【アストレア・ファミリア】の生き残りの1人は現英雄   作:百合こそ至高

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 不定期更新とは言ってますけど、できるだけ一ヶ月以内には投稿したいと思ってます。


オラトリア三巻
アイズのランクアップ


「……ありがとう、レイ」

 

 二人だけになったルームで、そう伝えられる。

 

「どういたしまして」

 

 変に言葉は伝えない。今回みたいなのはこれっきりにしてほしいとか、あんまり無茶をしないでほしいとかは話しても、数日後には破るくらいにはアイズは戦闘狂で、お転婆な姫様なのだから。

 

「……」

 

 二人の呼吸の音だけがルームに響く。

 小さな、ほんの僅かな振動が履いているメタルブーツを揺らし、やつが現れる予兆を伝える。

 

「来た」

 

「……あー、そういえばもう三ヶ月経つのか」

 

 地面の揺れは次第に大きくなり、ルームの中心あたりの地面が隆起する。耳が痛くなるほどの爆音を鳴らしながら現れた、全身真っ黒で覆われた骸骨のモンスター。その名も、『ウダイオス』。

 37階層の階層主として冒険者の前に立ちはだかる『迷宮の孤王(モンスター・レックス)』であり、ギルド評価はLv6相当。復活までに約三ヶ月のインターバルが空き、以前【ロキ・ファミリア】が倒してから今日で丁度三ヶ月が経つ頃だった。

 スパルトイをそのまま真っ黒に染めて巨大化させたような見た目ではあるが、スパルトイに比べて下半身が地面に埋まっているため機動力はなく、上半身だけで高さ数十M(メドル)に迫るほどの巨体。また、頭部には二本の(オウガ)を彷彿とさせるような角が生えており、胸部にはとんでもない大きさの魔石が、分厚い胸骨と肋骨に守られるようにして存在している。

 私との相性はかなり良かったけど、アイズとはどうだろうか。というか、まさか本当に私と同じように一人で特攻するつもりなのか。

 

「レイ、手を出さないで」

 

 するつもりらしい。ここまで意思が固まってるなら、私は見守るだけに徹しよう。致命傷を受けて死にそうなら助けに出るくらいで、あとは本当に何もしない。だって、私は信じてるから。

 

「すぐに終わらせるから」

 

 ───【ロキ・ファミリア】最強の女剣士は、こんなやつに負けるわけないって。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 戦闘は一時間以上の長期にわたった。

 ウダイオスが呼び出したスパルトイを受け持ち、そわそわしながら見守る。ひやひやするところはあったけど、本当に何も手を出さずアイズはウダイオスを単独で討伐した。

 大量の灰の上に巨大な魔石が乗っかっている中、アイズは屍の上に立ち、ゆっくりと見上げた。腕やお腹からも出血し、最も酷い怪我をしている額からの血で胸当てを血まみれにしながらも、頭上を仰ぎ続ける。

 そんなアイズのもとに歩み寄り、緩慢とした動きでこちらを向く頭を顎を掴んで少し上に向け、有無を言わさずに万能薬(エリクサー)を飲ませた。

 喉の動きが止まるのを確認してから、試験管をアイズの口から抜き取る。そしてそのまま何も言わずに、顔などに着いてしまっている血を服の裾を一部ちぎって拭う。

 拭い終わり、少しぼーっとしている目を正面から見つめながら、尋ねる。

 

「あの赤髪の女と何があったの?」

 

 瞠目した後、アイズうつむいてそのままぽつぽつと静かに話し始めた。そのほとんどは私も知っている内容だったけど、最後。

 

「あの人、私のことを……『アリア』って」

 

 その情報は私に衝撃を与えた。

 アイズが風の大精霊『アリア』の娘であるということを知っている人は僅か数人のみ。具体的には、ロキ、フィン、ガレス、リヴェリア、そして私の五人だけだ。全体的に口が堅いことに定評があり、性格的にも誰かが漏らしたとは考えられない。

 少し、いやかなり動揺したけど、よくよく考えればまだ少しの余裕はある。なんなら、私は偉業さえ果たせばLv8にランクアップすることはできるわけだし、例えまたあの女が襲ってきても数ヶ月程度では、成長促進スキルがない限りそう変わらないはずなので、十分対処出来るはずだ。

 

「アイズ、そういうことに気づいたらすぐ私かリヴェリアに相談して。……私達はそんなに頼りない?」

 

「そっ、そんなこと、ない」

 

「ほんとかな?……ねぇ、悩み事があるなら話してよ。何でも聞くし、相談にも乗るからさ」

 

 そっとアイズの頭に手を乗せ、髪を梳くようにして撫でる。撫でられているアイズは気持ちよさそうに目を細め、頷いた。

 やがておずおずと、頬を淡く染めながら顔を見上げられる。

 

「レイ……」

 

「ん?」

 

「……ごめんなさい」

 

「…………しょうがないなぁ」

 

 右手の甲でアイズの額をコツンと叩き、意識を切り替えるよう促す。

 

「この話はもう終わり。ほら、ドロップアイテムとか魔石回収しよ。アイズも手伝って」

 

「……うん」

 

 灰の中に埋もれてしまった魔石を頑張って探り、ドロップアイテムも回収。魔石はレフィーヤから預かったバックパックに突っ込み、ドロップアイテムは入り切らなかったので手で持つことにした。

 そのまま三日ほどかけ、ようやく『上層』に着く。その間アイズには戦闘させず、めんどくさいから【バーストレイ】をぶち込んでそそくさと『深層』、『下層』、『中層』を後にした。

 そして、ウダイオスのドロップアイテムである『ウダイオスの黒剣』は、アイズとの激しい戦闘の末剣先を始めとした部分が破損しているものの、ちょうど冒険者が使える程度のサイズになっていた。そしてそれを過去鍛冶師(スミス)を目指していたという武器狂(ウェポンマニア)のボールスからの強い懇願を押し負け、18階層にアイズは次回探索に備えた保管という体で託すことにした。

 そして今は、5階層。

 私とアイズは、広間(ルーム)の中でぽつんとうつ伏せで寝転がっている冒険者を発見した。まあなんとも命知らずな。

 二人で近づくにつれ、とても見覚えのある髪色が目に入る。

 下級冒険者を思わせる軽装に、まだ筋肉もあまり着いていない細身な体、そして処女雪のような白髪。まさに、ミノタウロスに追いかけ回され、酒場でベートに散々言われていた白兎(少年)だった。

 片膝を着いて少年の姿をよく観察する。

 

「……外傷は無し。んー、周りに魔力の残滓が残ってるってことは、精神疲弊(マインドダウン)かな」

 

「レイ。私、この子に償いをしたい」

 

「まあ、少年を守るのは当然として……膝枕でもしたら?」

 

 何かもう、今回の小遠征で異常事態(イレギュラー)が起きすぎて、思考を放棄した返答をする。

 思わずアイズも数回瞬きをした。

 

「……そんなことでいいの?」

 

「いいんじゃない?誰だってアイズみたいな可愛い子に膝枕されたら、もう飛び跳ねるほど嬉しいに決まってるよ」

 

「別に、私は可愛いわけじゃ……」

 

 え、寝惚けてんの?

 アイズが目を下に逸らしながら言った言葉に驚愕を隠せない。今、この子はなんて?

 

「可愛いに決まってるでしょ」

 

 真っ直ぐに目を見て、また頭を撫でてやる。なんかアイズの頭には私の手を引きつける魔力があるらしい。ことあるごとに頭撫でちゃう。っていうか、昔からアイズのことは猫可愛がりしてたのにまだわからないのか。

 

「よく、わからないよ……」

 

「わからなくてもいいよ。でも、私からしたらアイズはもうそこらの女神より可愛いと思ってるから」

 

「……そういうもの?」

 

「そういうもの」

 

 軽く思考に耽っている様子のアイズを最後に一撫でし、その場を後にする。

 ここはもう『上層』だし、アイズがあの少年を守るなら心配も要らないだろう。お邪魔虫はさっさと退散させてもらいましょうかね。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】のホーム、黄昏の館の一室で、ロキとギルドの職員であるハーフエルフの女性が問答していた。そしてリヴェリアもロキに聞きたいことがあったらしく、そこに同席し話を聞いている。

 そしてその横で、明らかに雰囲気を壊すような異質の二人がいた。

 一人は、慌てふためいてどうにか機嫌を直そうとする私。もう一人は、アームチェアの上で膝を抱えて盛大に意気消沈するアイズ。

 なぜ、このような事態になったのか。それは、アイズの膝枕から起きた少年に脱兎のごとく逃走されたからである。つまり、邂逅(ミノタウロス)の時と全く同じことが再び引き起こされてしまったのだ。

 今頃どうなっているかな、あの時の謝罪はできたかな、ちょっとはアイズも落ち着きを取り戻せたかな。

 そう心を躍らせていた私の目に映ったのは、派手に項垂れて肩を落とすアイズ。思わず駆け寄り、何があったのかと問いかけると、返ってきたのは───また、逃げられちゃった……

 堪らず爆笑してしまい、真っ赤になって頬を膨らませながらどんっ!も両手で突き飛ばされた。

 その場にいた団員にめちゃくちゃ驚いた目を向けられたけど、暫く笑いは治まらなかった。結果、アイズはいじけてしまい今に至る。

 

「ごめんって。まさかまた少年が逃げるなんて思ってなかったんだよ」

 

「……」

 

「ホントにごめんって。許して?」

 

「……」

 

「お詫びと言ったらなんだけど、今度一緒に休み過ごそ?ティオナ達も誘ってさ」

 

「……………」

 

「なんでまた機嫌悪くなったの!?ごめんって〜!!」

 

「ほれ、アイズぅ。自分、いつまで落ち込んでんねん」

 

 もう話は終わったのか、ロキがこちらに歩み寄ってくる。心做しか輝きを失っている金髪を見て、「重症やな」と苦笑した。

 

「そや、【ステイタス】更新しよ?帰ってきてからまだやっとらへんやろ?な?」

 

「……わかりました」

 

 そのままロキに着いていくようにして部屋を後にするアイズ。去り際にリヴェリア達に小さく一礼したものの、私とは一切目が合わなかった。

 

「…………ねえ、もしかしてアイズ結構根に持ってる?」

 

「もしかしなくともそうだろうな」

 

「……………………泣きそう」

 

 ハーフエルフの女性が瞬く間に落ち込んでいく私にわたわたとし、リヴェリアに鎮められる中、大声がホーム中に響いた。

 

 

 

 

 

 

「アイズたんLv.6キタァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

 

 

 

 おめでとう、アイズ。

 ついでに機嫌直して………。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 アイズがLv.6になった夜から次の日の朝になっても、話題は彼女の【ランクアップ】で持ち切りだった。

 それに触発されたように、同じくLv.5だったベートやティオナが心からの悔恨を見せ、今すぐにでもダンジョンに潜りそうな勢いだった。

 そして私は、団長である『椿・コルブランド』に案内され、バベルにある【ヘファイストス・ファミリア】の一室を訪れていた。

 

「主神様、失礼する」

 

「あら、椿……と、珍しいお客さんね。どんなご要件かしら?」

 

「では簡潔に、私が今使っている武器を改良して頂きたいと思い訪問させて頂きました」

 

「……詳しく、聞かせてもらえる?」

 

 なぜ改良してもらいたいと思ったか。その理由は四つある。

 一つ。双剣だと機動性には富むが、攻撃範囲がとてつもなく狭いこと。

 二つ。打撃に耐性を持つモンスターと戦う際に、双剣だけだと決定打にかけると感じたこと。

 三つ。武器がどうにも使いにくく調節を頼んだが、オラリオ最高峰の鍛冶師である椿にも、神ヘファイストスでは無い鍛冶神の『ゴブニュ』様にも「無理だ」と断られたこと。

 四つ。長く使用し続けるためには鋭斬属性だけだと心許ないということ。

 その話を聞いた神ヘファイストスは、一度口元に手を置いて考えた後、やがて小さな声で。

 

「そう、貴女が……」

 

「?」

 

「きっと、これが貴女に馴染まないのはまだ同じ死線を潜った回数が少ないからね。この武器は、使い手と一緒に危機を迎える度に段々適応されて馴染んでいく武器。魔力の伝導率も上がっていくわ。椿の前の団長が作った武器で、元々使っていた人も最初はボヤいていたわね。……それで、これをどう改良してほしいの?」

 

「……双剣と大剣で自由に武器を入れ替えられるのが好ましいと考えています」

 

「双剣と大剣で自由に武器を入れ替えられる、ね……」

 

 やはりこの要望を叶えるのは難しいのか、頭を悩ませている様子の神ヘファイストス。だが、出てきた言葉はその不安を打ち破るようなものだった。

 

「それくらいなら簡単に出来るけれど、貴女大剣は使えるの?」

 

「……へ?」

 

 あ、え、できるのッ!?

 

「できるんですか!?」

 

「ええ、まあ。これの刃渡りが双剣にしては少し長めの60C(セルチ)だから、子周りの効く貴女にとってちょうどいい長さになるんじゃないかしら。ただ、さっきも言ったけれど貴女大剣は使えるの?」

 

「人並み程度にはいけます。最初武器で迷走してた時にあらかた使ってきたので」

 

「そう。じゃあ、四日後にまた来てちょうだい」

 

「はい、お願いします」

 

 なんだ、めちゃくちゃ悩んでたのにあっさりと解決してしまった。でも、これでようやく本当の私の戦闘(バトル)スタイルになれる気がする。ブランクもあるし、誰かに教えてもらおう。あ、オッタルとか?

 椿にまた案内されて【ヘファイストス・ファミリア】を出ると、私はウッキウキで新しいおもちゃを与えられた子供のように喜ぶ。思わずスキップまでしてしまうほどに高揚していて、周りから二度見されているけど気にしない。

 気分が浮き立ったままホームに帰り、近くにいたレフィーヤにこのことを話して談笑していると、ロキに話しかけられた。

 普段はあまり話しかけてこないので何か大事な話かと思って話を聞くと、なんでもレフィーヤとベートと【デュオニソス・ファミリア】の『フィルヴィス』さんと共に24階層にいるアイズの援軍に行けとの事だった。

 大急ぎでレフィーヤが荷物をまとめ、【ヘファイストス・ファミリア】に武器を預けた私は、代理品である『不壊属性(デュランダル)』をもった大剣を担ぎ驚かれ、やがてフィルヴィスさんが来た。

 臨時パーティを組むということでレフィーヤが軽く自己紹介するも、彼女は無言を返すのみ。続くように私が挨拶をすれば、彼女は慌てふためいた様子を見せた。

 挨拶が終わって少ししたら、ベートとフィルヴィスさんの間で険悪な空気を漂わせ始める。何かもう既に先が思いやられた。

 ちなみに、今更ながらなぜベートとレフィーヤくらいしか主戦力の人がいないのかを尋ねると、下水路の方の探索に行ったらしい。私が武器の調節をお願いしている間に何やら会話は進んでいて、その時の会話中にいなかった私は置いていかれたということだった。

 なんか会話の除け者にされた感じがして悲しくなりました。まる。


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