タイトルで誰のことかは分かって貰えると思います。
高校入学前のエピソードをIFという形で作りました。

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※作中で蛇を貶める描写がありますが、誹謗中傷の意図はありません。


もしあの時蛇を殺さなかったら

 小学校の遠足ってやつはなんともかったるい行事だ。大人の決めた予定の中で子供がはしゃぐつまらない構図。
 

 教師の先導で森の中を進みながら、俺はここに来たことを後悔さえしていた。



 

「お、おい!蛇がいるぞ!」



 

 休憩しながら黄昏ていた俺の耳に飛び込んで来たのはそんな叫び声だった。


 長距離で歩き疲れていたはずのやつらは大騒ぎ。歓喜、恐怖、焦燥、無関心、様々な感情が飛び交うのを横目に、誰一人として蛇に近づこうとする人間がいないことに俺は気づいた。
 

 教師ですら遠巻きに蛇を警戒しているこの状況にふと興味が湧く。
 足下の石を掴み、蛇の方へと足を進める。

 あの蛇をぐちゃぐちゃに撲殺してみたらどうなるのだろう。何かが変わるのではないか、という漠然とした期待があった。

 

 

 周りから悲鳴や静止の声が聞こえるが気にはならなかった。俺の心を占めていたのはまだ見ぬ未知との対面。

 これから訪れるだろう未来への高揚に笑みさえ浮かべ、俺は蛇の目前に迫る。
 

 噛まれるかもしれない、という恐怖はなかった。ただ本能に従い、俺は拳をありったけの力で振り下ろした。



 

 パチンッ!
 乾いた音と共に手首に衝撃が走る。

 何かに振り下ろした腕を静止させられたと理解し、隣に視線を寄越す。

 

 小柄な女子が立っていた。半ば睨みつけるように見たが、そいつは眉一つ動かさない。

 

 

 ガサガサッ!と、蛇が逃げていくのを見て俺は追跡を諦めた。

 俺の手を掴んで離さない目前の女がどれだけの膂力で俺を拘束しているかを理解したからだ。
 

 

 とてもではないが同学年の女子とは思えない怪力に少し興味を持った。

 狩りの邪魔をされた腹いせのついでとして話しかけてみようとも思った。



 

「何の真似だ?」



 

「蛇を殺そうとしていただろう。勿体ないから止めに来た」



 

 独特なハスキーボイスで思い出した。

 そういや、こんなやつがクラスに居た。

 意味不明な自己紹介で周りを軽くドン引きさせてたっけか。

 影が薄すぎて今の今まで完全に忘却していた。確か九条、だったな。



 

「勿体ない、かよ。蛇に温情かけるとは中々の変わり者じゃねぇか。誰かが噛まれてても同じことが言えたかよ」

 



「誤解させたようだが勿体ないと言ったのはお前のことだぞ、龍園」



 

「あ?」 

 

「殺生の初体験が人間でないなどつまらないだろう。意思疎通もできない生物を殺してどうする。背負っていくにはあまりに無益な命だ」

 

 

 何言ってんだ?こいつ。

 意味不明な内容だったが、分かったこともある。
 

 それは、この女も俺と同じで蛇を微塵も恐れていないということだった。そして俺を押さえ込むほどの腕っ節。
 

 

 蛇への興味は完全に失せていた。

 新しい疑問(おもちゃ)を見つけたからだ。

 俺とこいつの違いは何なのか、という疑問。俺と同じように蛇を恐れないくせに何故排除しようとは考えなかったのかを。
 
 

 

 最初は、その力の強さから来る自信だと思った。そこそこ体を鍛えてはいたが、本格的にトレーニングしてみようとジムに通ったりした。


 

 ある程度体が出来てから、喧嘩慣れしてそうなやつにタイマンを挑んだ。結果はこっちの辛勝。
 

 それなりに殴られたりもしたが、傷つけられることに対して不思議と恐怖を感じなかった。

 俺に恐怖がないのは、強い『暴力』に起因するものじゃないってことらしい。     

 

 その日から敵が大勢できた。喧嘩の絶えない毎日になった。

 複数人でリンチされたこともあったが全く気にならなかった。


 どれだけボコボコにされても心が折れることはない。常に反撃の姿勢を崩すことはなく、最後には誰もが俺の前にひれ伏した。

 ここに至って、ようやく俺は理解できた。  

 『暴力』だけでは何の意味もない。『恐怖』を克服しただけでは不足している。『暴力』と『恐怖』の2つを支配した存在こそが全てを凌駕する。

 

 勝利による『愉悦』を味わえるのだ。

 

 

 

 そうして小学校卒業間近、俺はふと確かめてみたいと思うようになった。

 恐怖を知らない異常者、俺の同類であるあの女を支配した時、どんな景色が待っているのだろうか、と。

 



 別クラスのやつとは今まで顔を合わせることさえなかった。

 放課後に教室の前で待ち伏せしていれば、九条は誰よりも早く出てきた。



 

「よぉ、久しぶりだな」

 

 

 他のやつらが俺を見てビビっている中、躊躇わずにこちらに向かってくる。



 

「そうだな。うちのクラスに何か用か?」



 

「用があるのはお前だ」



 

「俺に?……どういう用件か知らないが、場所を変えよう。ここでは周りの迷惑だ」

 

 俺にとってもここでは()()()()()。人通りが少ない体育館裏に移動する。

 着いた先で起こることになんとなく察しがつきそうなものだが、九条の表情に変化はない。

 あの頃と何も変わっていないことに安心する。()()は問題なく行えそうだ。

 

「さて、一応聞いておくが俺がどういうつもりで呼んだかは分かってるんだよな?」

 

「もちろんだ。体育館裏に男女2人とくればこの後の展開はお決まりだろう」

 

 念のための質問に、やつは得心顔で返答する。こいつ、ボケてんのか?

 

「……告白じゃねぇぞ」

 

「……違うのか?」

 

 頭が痛くなる。会話能力の低さもあの頃のままとは。そんなとこまで変わってないのかよ。

 

「俺は今まで、あらゆるものを暴力で従えてきた。負けたことは数えきれないほどあるが、最後に俺が勝つことを疑ったことは一度もない」

 

「そうだろうな。お前の所業はある程度耳に入っている。一度狙った獲物は逃さない、というタイプだろう?」

 

「まあな。それで思い出したんだよ。お前のせいで一回獲物を逃したことを」

 

「蛇のことだな。随分と昔の話だが、今頃になって報復か?別に構わないが」

 

 そう言って、無抵抗を示すようなポーズをする。当然、認められるはずもない。

 

「つまんねえこと言うなよ。お前、ただものじゃないだろう。やる気のない獅子を狩ったところで何の価値がある」

 

 それなりに修羅場をくぐり抜けてきたからか、俺は対面しただけでなんとなく相手の力量を測れるようになっていた。

 目の前の存在がどれだけやばいかは十分すぎるほど伝わってくる。

 

「そうか。そういう目的ならこちらも相応しい対応をしよう」

 

 先ほどまで肩すかしを食らっていたが、ようやくピリピリとした俺好みの雰囲気になる。

 

 何かしらの合図などなかった。俺は一気に距離を詰め、九条の腹部に蹴りを繰り出す。

 真横に飛んで回避されるが、構わず追撃する。重心を低くして右拳と左拳による連打。

 が、全て腕でガードするか避けられる。ある程度武道に精通している俺からしても見事な立ち回りだった。

 

 不意に守り一辺倒だった九条がこちらの顔を目掛けて掌底打ちを放ってくる。

 咄嗟に片手で防ごうとした瞬間、目前の掌が遠ざかっていく。

 何が、と思う間も無く脇腹に衝撃が走る。

 

「っ!?」

 

 蹴りを貰ったことを理解し、後方に飛んで距離を取る。それなりに重い一撃だ。

 

「面白ぇな、堪らねえよお前」

 

 期待を裏切らない女だ。自然と口角が上がるのが分かる。

 

 反対に俺の表情を見た九条は、どこか落胆した様子を見せる。

 

「あの頃とさして変わらないな。まだ自分を偽っているのか、お前は」

 

「何言ってんのか、分かんねえんだよっ!」

 

 殴る。蹴る。掴む。俺が知る限りのあらゆる攻撃が捌かれ続け、的確に反撃される。

 この短い時間で、どれだけ差があるのかを思い知らされる。ほら、今も強烈な右フックを左頬に受け口の中が切れた。

 

 痛ぇ痛ぇ、だがそれだけだ。

 

 九条の右腕を掴み、壁際に押しやる。

 そのまま何度も膝蹴りを叩き込むが、やつの表情は眉を顰める程度で苦痛を感じる素振りがない。

 

「何だお前?痛みを感じねぇのかよ」

 

「いや、痛がる必要を感じないだけだ。……お前と違ってな」

 

「そうかよ!」

 

 ならばと、直接顔を歪めるつもりで拳を繰り出す。

 

 次の瞬間、拘束が振りほどかれ自分の顔面に痛みが走った。

 あまりの暴力に両膝から崩れ落ちる。全身が悲鳴を上げるが知ったことか。

 そんな俺に頭上から声がかかる。

 

「今日はここまで、としないか。これ以上は体に障る」

 

 こちらの身を案じた寝言を無視して立ちあがる。

 

「どうした?俺はまだ参っちゃいないぜ。この程度じゃ満足できねぇよ」

 

「俺としてはここで降参してくれた方がお前への評価は高くなるが?」

 

「なら、尚更続けねぇとなぁ!」

 

 全身の力を振り絞って頭から突進する。

 両肩を掴まれて静止させられると同時に顔を上げさせられ、鋭いストレートを受ける。そのまま押し倒され馬乗り状態にされたところで攻撃が止む。

 

「既に実力差は理解できただろう。まさか死ぬまで続けるつもりか?」

 

「クク、だったらどうする」

 

「それは虚勢だ。なまじ、痛みに怯まないばかりに自分の体に気配りができないだろう。死んでからでは全てが遅いぞ」

 

「なら、お前は殺人罪だな。俺はどっちでも良いぜ」

 

「そんなことをするわけがない、とたかを括っているのか?」

 

「違ぇよ。俺には恐怖がないのさ。一度も感じたことがない。お前が何しようと俺は食らいつく。最後に勝ってるのは……俺なんだよ!」

 

 俺の返答にこいつはため息をつくと、

 

「そうか、ならどちらが先に根を上げるか。チキンレースといこう」

 

 その言葉の意味を理解するより先に、首に両手が添えられる。

 

「ガハッ!」

 

 手を振り払おうともがくが、九条は意に介した様子もなく首を締め上げる。

 

「龍園、俺が思うにお前に足りないのは想像力だ。お前は恐怖を感じないと言うが、それは自らの人生が如何に貴重かを想像出来ていないからだ。どれほど勇敢な人間だろうと、目先の物事より優先すべき何かがあると思い至れるなら、()()()()()()()()()()()

 

 不意に力が弱まる。喋れということらしい。

 

「なら、お前には恐怖があるのか」

 

「ああ。だが勘違いするな。お前が持つその悟り()()()ものは所詮お前の中の常識に沿ったものだ。俺は俺の常識で行動している」

 

 また首を絞める力が強まる。淡々とした声音で語り掛けられる。

 

「なぁ、龍園。お前を殺せば俺は殺人犯だ。その点を否定はしないが、俺にとって自分の人生にハンデを負うことと、ここでお前の息の根を止めることはどちらが優先すべきことだと思う?」

 

 中々の役者だ。映画で見たことがある。まるで本当に殺そうとしているかのような、猟奇殺人者の目。脅しとしては大したものだ。

 

 声を出せない俺は、舌を出して挑発する。

 やれるものならやってみろ、と。

 

 力が強まる。そして意識が闇へと堕ちていき、

 

 

 

 

 

 

「ッ!ガハッ!ゲホッゲホッ!」

 

 胸部に衝撃を受け、突如として現実に戻された。

 無機質な声が降りかかる。

 

「意識を失ったらまた覚醒させる。お前がいつ死ぬかは俺にも分からない。この作業のどこかで()()()が来るだろう。降参するなら今の内だ。でなければ、本当に死ぬぞ」

 

 そう言いながら、また首が締め上げられていく。何の躊躇いも、迷いもなく。

 

 沈む、浮上、沈む、浮上、沈む、浮上、沈む、浮上。

 

 ゆっくりと、しかし確実に『死』が迫ってくる。

 そんな人間がいるはずはないと心のどこかで確信していた。そしてそんな前提がひっくり返っていることにようやく、気づいた。

 

 殺される。

 

 自分の中の感情が急速に膨れ上がる。

 逃げなければならない。どうやって?もはや四肢に力が入らない。

 自分の顔が歪むのが分かった。そんな変化さえどうでも良いと思えるほどに、俺の上に覆い被さる得体の知れない『何か』から逃げ出したいと思った。

 

 そして、再び意識が沈みかける。その刹那。

 

 

 パッ、と首から手が離れていく。体中が酸素を求め、咳き込む。

 

「ゲホッゲホッ!?ゴホッ!ハッ!ハッ!」

 

 九条が立ち上がりこちらを見下ろす。

 

「大丈夫か、酷い顔だぞ」

 

 とても先ほどまで人を絞め殺そうとしていたやつの言動じゃない。

 

「どういうつもりだよ」

 

「チキンレースは終わりだ。あれはお前が恐怖を持たないというからこその検証だった。お前が自分の内にある恐れを知った今、レースそのものに意味がない」

 

 やつにとって、あれはただの根比べだったということか。

 

「それで、俺に勝ったつもりかよ」

 

「先に手を離したのは俺だ。勝負自体はお前の勝ちだろう。そもそもお前のような男を殺すことなどできるものか。お前に粘る気さえ有れば、どのみちお前の勝ちだった。俺の演技もまだまだだな」

 

 そう言って去っていく九条を俺は追いかける気になれなかった。足が地面に張りついたような錯覚を覚える。

 俺は今『恐怖』を感じている。あんな人間がいること、あんなやつに挑んだことに。

 

 

 その日の夜、俺は九条の言葉を思い返していた。

 蛇を殺そうとした俺を止めたのは殺すのが人間でないことがつまらないからだと言っていた。

 言葉通り、俺を殺すことに対しては容赦なかったが、そこに『愉悦』はなかった。

 あいつは何も感じなかったのだろうか。人を屈服させる喜び、なんてものを。

 

 翌日、帰宅しようとしていた九条を捕まえて近くの公園まで付き合わせた。

 喧嘩の続きではない。ただ、会話だけしてみようと思った。

 

「なぁ。蛇を殺すのがつまらない、とか前に言ってたよな。あれはどういう意味だったんだ?」

 

 俺の言葉に何のことか分からないと答えたやつだったが、すぐに思い出した。

 

「蛇を殺したところでお前に他者のかけがえないものを奪ったという自覚が生まれるとも思えなかった。それに蛇如きにできるのは噛み付くか、逃げるかの2択だ。そこから学べることなど知れている。そうだろう?」

 

「噛みつかれていれば、俺は恐怖を学んでいたかもしれない」

 

「いや、それはない」

 

「なんでそう言い切れる」

 

「お前のその性質は、お前自身の『無知』故だ。大切なものを失うことの重大さを知ろうとしていなかった以前のお前に恐怖はあり得ない。俺だからお前に恐怖を教えられた。結局感情を学ぶ1番の教材は、人間だ」

 

 あの時石を振り下ろしたのが人間だったとして。

 ありえない仮定だが、俺は躊躇しただろうか?その行為を恐ろしいものだと感じただろうか?

 

「とはいえ、最後に気づいたのはお前自身だ。その自覚はお前にとっての成長の兆しともいえる」

 

 成長。この牙をへし折られ、地べたに転がされる感覚が、か。

 

「そこがスタートラインだ、龍園。お前は自分への理解を深めた。次は自分を御することを考えてみろ。その上でまだ俺に挑みかかれるなら、それこそ張りぼてではない本当の勇気だ」

 

「そうかよ」

 

 短い返答で流す。

 リベンジだの勝利だの、そんなものを考える気になれなかった。

 闘争というものに以前とは別人のように冷めた自分がいやがる。奮い立とうという意識は完全に萎えていた。

 

 そこからは何でもない毎日が過ぎていった。

 卒業となり九条とは別々の中学に通うことになってさえ、何をする気にもならなかった。

 

 中学に進級してからは喧嘩で頭にまで上り詰め、物騒な日々を過ごした。

 ただ、以前のように『暴力』と『恐怖』がこの世の全てだとは考えなくなっていた。

 この世には、俺がまだ知らない『実力』が存在してる。それを知りたいと思うようになった。

 

 

 

 そして、中学卒業後。

 高度育成高等学校と呼ばれる実力至上主義の地で、俺は思わぬ再会を果たすことになる。

 

 その話はまた別の機会にすることになるだろう。




その話→全く考えてない


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