キヴォトス晄輪大祭が間もなく開催される。
この祭りは一大イベントなだけあって、至るとことでリハーサルや準備が行われており、慌ただしくあちこちへと走る生徒たちの姿が目に入る。
「ふぅ…ハッ」
この教室では、チアガールの格好をしてヒビキが練習に励んでいる。白と青を基調としたミニ丈のスカッツと、たわわな胸部が今にも見えそうなユニフォームに身を包み、ポンポンを振りながらチアダンスをしている。
ところどころ息を切らしつつも、曲に合わせてダンスをしている。
そして、その練習風景を三脚に立てたカメラ越しに眺める先生がいた。
先生はヒビキの特訓に付き合っており、その様子をカメラで撮ってほしいとヒビキに頼まれている。
西に沈みかけている太陽が、二人にスポットライトを当てている。
「時間だね、お疲れ様」
ピピッ、ピピッ、と先生が持つスマホからアラームが鳴った。
つい今切り上げたのは、明日のヒビキの部活動や先生の仕事に支障が出ないように二人で予め取り決めとしていたからだ。
「ヒビキ、今日も一段と良かったぞ」
「ふふっ…ありがとう、先生」
「このままの調子で続けていこう」
先生は、カメラの録画停止ボタンを押し、カメラの片づけをし始めた。
それにならってヒビキも、タオルやスポーツドリンクといった私物を片付け始めた。
ただ、先生の手前、だらしないところを見せたくなかったため、私物は纏めていたので時間はかからなかった。
「先生、明後日は…」
「ああ、もちろん付き合うよ」
「うん…うん!」
ヒビキの犬耳がぽわっ、と一瞬宙に浮く。
思わず口元も緩み、尻尾がゆさゆさと横に揺れる。
「じゃあ、明後日も今日と同じ教室を使えるようにしておくよ」
「遅れずに来てよ、先生」
「勿論だとも」
もう少し練習を続けたかったな、とヒビキは心の中で独り言ちる。
お互いの予定を考慮した結果、このように先生がヒビキと一緒に取れる時間は限られている。
チアガールをするうえで、チアダンスの練習は行わなければならないのだが、それ以上にヒビキは先生と二人きりでいる状況に幸せを感じてしまっているのだ。
なぜなら、こうして小まめに面倒を見てくれたり、困ったときは手を差し伸べてくれたり、笑顔が素敵だったり、そんな頼りがいのある先生のことを-
「大丈夫?ヒビキ、撤収するよ」
「…ああ、ごめん先生。今行く」
愛しているからだ。
廊下を歩き進む足音が二つ。
ヒビキと先生は、並んでお互いに他愛ない話をしている。
「じゃあ、近いうちにウタハと一緒に予行演習するのか」
「私も振り付けを一通り覚えたし、合わせないと本番が台無しになっちゃうから」
「そりゃそうだな」
ウタハはヒビキが所属する部活動の部長で、共に応援を行うようになっている。
もっとも、ウタハの場合はチアガールというよりも応援団のそれであるが。
「ウタハってほんとクールって感じでかっこいいよね」
「…そうだね」
ぷくー、とヒビキの頬がわずかに膨らむ。
自分自身のことを見て、褒めて、側にいてくれるのは良いが、他の人の話題を出されると、胸の奥が苦しくなる。
一緒にいる時くらい、私の話だけして、とヒビキは思うが、それは傲慢な想いだろう、とも考える。
だからこそ、好きな人にはイジワルをしたくなるものなのだ。
「そうだ、あとで今日カメラで撮った動画データを送って」
「了解。…にしても、そのままカメラを渡せばいいんじゃないか?」
「…カメラを変な風にいじっちゃうかもしれないから、ダメ」
「そ、そうなのか」
「そう、だからちゃんと確認してね?先生」
「ッ!…わかった」
思わず、先生の目が一瞬泳いだ。
良かった、とヒビキは一安心する。
ヒビキは実のところ、練習中の先生の視線を気にしていたのだ。
チアダンスの特性上、大きく開脚したり跳んだりと激しい動きがある。
ヒビキがそのような振り付けを踊ると、先生からの熱い視線が胸や太もも、股、臀部へと突き刺さる。
たった今、ちらと先生の視線が泳いだのは、性的な思惑があるに違いない。
そう確信したヒビキは、さきほどのちょっとした不愉快さは消滅し、太陽で照らされたように麗らかな心持ちとなった。
「さて、じゃあ俺はもう一仕事しなきゃな」
「あっ…練習に付き合ってくれてありがとう、先生」
歩くうちに、いつの間にか女子更衣室前に到着した。
名残惜しさをかんじつつも、ヒビキは着替えやシャワーのためにここで分かれると決めた。
ただ、素直に分かれるのも勿体無い、とヒビキは考え、
「お仕事、頑張れ、頑張れ…先生!」
「!!!」
「行け行け、勝て勝て、先生…」
精一杯の応援をした。
そして、羞恥心。
自分でも顔がみるみる熱されていくのがわかる。
ヒビキはその顔を見られまいと、ポンポンで隠した。
ああああああ私は何をしてるの!とヒビキは数秒前の自分を叱責する。
尻尾が上向きにピン、と伸び、スカッツが捲られる。
そんなことを意に介さず、先生はなんて思うんだろう、とヒビキはビクビクしている。
そうして先生の反応を待っているが、いつまでたっても何も話さない。
ポンポンで顔を隠していたが、隙間からチラッと先生の方を見てみる。
「…」
先生は、目を大きく真ん丸に開けて固まっていた。
「あ………あぅ」
「あ、ありがとうヒビキ!おかげで頑張れそうだよ!」
痴女だと思われた、とヒビキは察した。
唐突に一生徒から応援されても困惑するだろう。
「…ごめんなさい」
さっさと着替えてしまおう、とヒビキは更衣室のドアノブに手をかけようとした。
「待って」
「…なに」
「正直、その、魅力的だった」
「!」
「ヒビキが可愛くてびっくりしちゃった」
「!!!」
腕をつかまれて、ヒビキは先生と目を見据える。
ヒビキ自身、前と向かってストレートに誉められたのは初めてで、それも愛する先生から言われたのだから、嬉しくならないわけがない。
「あ、ありがとうございます…」
ぷいっ、と先生から顔を背ける。
口角が上がっているのを隠すためであろうが、尻尾は左右へ今までにないほどに振り回されている。
「…長く引き留めてごめん。シャワー浴びたかったでしょ」
「あ、えーと、シャワー浴びてきます」
「ああ、じゃあね、ヒビキ」
「うん。またね、先生」
軽く挨拶をし、バタン、と扉を閉める。
そっと手を頬にあてる。口角を元に戻すようにくるくると解してみる。
そして、さっさと服を脱ぎ捨てると、個室のシャワー室にヒビキが入った。
「先生…」
鏡と相まみえる。そこには、ただの恋する乙女が映っていた。
我ながら、情けない顔になっている、とヒビキは思う。
「可愛い…か」
魅力的だと言ってくれた。可愛いと言ってくれた。
反芻する。
たとえ、この言葉が先生の本心ではなくて嘘でも良い。今は、この言葉に溺れていたい。
目を閉じると先生がまだ近くにいて、囁いているように。
ただ、熱冷め止まぬ体であるが、汗のせいでベトベトであるから洗い流さなければならない。
「愛してる…」
でも、さっぱりするのは、行為が終わった後にしよう。
そう考え、ヒビキは自分自身の股の方へ手を伸ばしたのだった。