まさか不死身退役軍人と同じ声だったとは……。
今週が楽しみだなぁッ!
ダークサイドムーン大好きッ!!
夢を見た。
初めて見る夢だった。暗い世界。地面には短い雑草がただ永遠と続く様に生えている。
たった、それだけしかない世界だ。
木や池、動虫などの生き物たち、雲や星、月などと言った当たり前のものは無い。ただ草だけが生えている、そんな世界だ。
しかし、そんな世界でも一際目立つものが目の前にあった。
扉。
独房で使うような鉄製のドアが俺を出迎える様にある。
俺は、そのドアを見上げている。
………見上げる?
ふと、気になって俺は今の姿を見た。
金欠の時に売った軍帽とゴーグル、軍服一式を着ている。胸のベルトには愛用していたナイフが挿していたり、腰のベルトには非常食が入っているポーチをぶら下げている。
俺が少年兵の部隊にいた頃の姿。
なんとも懐かしい格好だ。
「◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️◼️。◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️、◼️◼️」
「◼️◼️◼️? ◼️◼️◼️◼️、◼️◼️◼️!!」
突然、扉の向こうから声が聞こえた。
二人の──、掠れているから聞こえないし性別もわからないが──、何やら言い争っている場面ののようだ。
「◼️、◼️◼️◼️!! ◼️、◼️◼️、◼️◼️!」
「………◼️◼️◼️。◼️◼️◼️◼️」
そっと、鉄の扉に耳を当てる。
鉄の冷たい質感を肌で感じながら扉の奥の声を聞こうとした。
「◼️の、裏◼️◼️◼️ぁ……、◼️◼️◼️は◼️◼️◼️、にッ!」
「◼️◼️さ」
パンパンパンッ!
突如、風船の割る音が落雷のように響き渡った。
無情で非情な音は、周りの空間を静寂に包み込む。
もう何も聞こえない。耳を当てても、聞こえない。あるのは鉄の硬く冷たい感触だけ。
俺は扉の先の様子を見に行こうか迷っていた。ドアノブを試しに回すが鍵をかけられている様子は無い。
しかし、扉の向こう側には全く興味が無かった。
あの声の主は何者だったのか、破裂した音の正体はなんだったのかなんてものは一切無頓着だった。
知りたいと思わないし思えもしない。
なら、後ろに進もう。
奥は真っ暗だ。永遠に続く野原の先には何もない、ただの闇の中。
まるで冷たい冷気を放つかのように乾燥した風が俺の肌を撫で回す。
しかし、何処か安心するようなそんな感覚を覚え一歩前に出た。
闇は好きだ。沈んでも底がないから退屈しない。
深淵は好きだ。暗くて寒いから布団を捲って寝れば心地良い。
スッと目を閉じる。柔らかい土と草の感触が無くなり、代わりに深い暗闇が俺を出迎えてくれた。
暗い。どこまでも深く、そして黒い。光なんてものは存在せず、ただ闇だけが俺を包み込んでいた。
しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
突然、地面がバラバラと発泡スチロールの様に崩れ始める。地に着いていた両足が土と草と共に落ちてゆく。
しかし、そんな状況でもビリーは落ち着いていた。
やっぱり、好きだな───
ビリーは安堵の笑みを浮かべながら底なし沼のような闇の奥へと沈んでいった。
そして、深く、深く沈んでゆくと───────
ジリリリリリリリリリリリリリリリリ────
耳元で鳴り続ける呼鈴の音が俺の意識を覚醒される。
重りが付いているのかと疑うくらい重い瞼をゆっくりと開けて俺は目を覚ました。
知らない天井だ。いや、昨日の夜に見たか。
白くて、汚れや穴がひとつもない頑丈そうな天井が俺に朝の挨拶をするかの様に出迎えてくれる。
瞼と同じくらい重い身体を半端強制的に上体を起こした。
体の上にかかっていた布団をどかして綺麗な床に足をついた。
俺が寝ていた部屋は天井と同じく白い壁、木の模様をした床。
装飾品はあまり無く、家具はベッドと机のみの、あまり素気ない部屋だ。
まぁ、昨日引っ越したばかりだから家具が少ないのは仕方がないのだが。
「ふあぁぁ……」
俺は体の意思に従いながら欠伸をして、扉を開ける。
かなりぐっすり眠れた。俺の家にあったボロボロで硬いマットとは比べ物にならないほど柔らかく飛行機の椅子同様、雲の様にフワフワだった。
もう少し寝たかったが、この後はお楽しみの朝食が待っている。仕事も早いし、わがままを言っている暇なんて無い。
視界がぼやけながらも、目を擦りながら部屋を出る。
向かいにある階段を一段一段転ばない様に慎重に降りるとリビングに続く扉を開けた。
広く、窓から朝日が眩しく差し込むリビングで一人の男がこちらに顔を向けた。
「おはようございます。ビリー」
「おはよう、フシさん」
俺は朝食の支度をしているフシさんに挨拶をする。
これからいつも通りになる新しい朝が、始まる。
事の経緯はニホンの偉い人の命令で決まった。
人間でありながら悪魔になれる存在は大変希少であるらしく、そこそこ長くデビルハンターをやっているフシさんでも見るのが初めてなほど。
それ故に、悪魔になれる存在である俺は、どうやら公安にとって屈指の爆弾らしい。
勝手に退職、又は離反し、俺の存在が公共の場でおおやけになった場合、日本社会にどんな影響を及ぼすのか分からないらしく、現状は公安で様子見、及び監視と言うことになっている。
今はマキマさんの命令でフシさんが住むシェアハウスのような寮に監視という名目の元住むことになった。
俺が不審な行動や逃亡を行なった場合は悪魔として駆除されてしまう。人権なんてあったものじゃない。
しかし、それはそれ。あれはあれだ。上の命令は気に食わないがスラムに住んでいた時以上に豪勢な生活が俺を待っていた。
風ひとつ通さない頑丈な壁や、曇りひとつない窓。綺麗な空気。柔らかいソファとベッド。そして何より美味い食事が毎日三食だという高待遇。
はっきり言って俺には勿体無いくらい贅沢すぎる。こんないい生活を送っていいのかと不意に思ってしまうが、ここは言葉に甘えるとしよう。
逃げるよりも留まっとくほうが得だ。
「昨日はぐっすり眠れましたか?」
朝食の用意をしているフシさんが訪ねてきた。
既に寝衣ではなく、デビルハンターのスーツに身を包んでいる。仕事の支度は既に済んでいる様だ。
「うん。すげー寝れた」
「なるほど。それは良かった」
俺はそう答えるとフシさんは食事を傷ひとつない木のテーブルに一つ一つ置いていく。
今日の朝食はエッグサンドと暖かいコーンスープ。
エッグサンドは今まで見たことないくらいたくさんの具材が挟まれており、コーンスープは湯気が立ち上り、そこからくる甘い匂いは俺の食欲を沸き立たせる。
「「いただきます」」
フシさんと共に手を合わせて挨拶するとエッグサンドを手に持った。
まず一口齧ってみた。最初に感じたのは思っていた以上にふんわりとした食パンに、少しだけ硬いベーコン。柔らかい目玉焼きにシャキシャキと水々しいレタス、少々酸っぱい玉ねぎの感触。
そして噛み締めると脂が乗ったベーコンの旨味が口に溢れた。
それだけじゃない。卵の黄身が噛んだ瞬間、噴出する様に口の中に入り込んでゆく。黄身のまろやかな甘味と昨日食べたタコヤキにかけてある酸味を持った
これまで食ってきた食パンよりも柔らかく、甘く、そして美味しい。ベーコンの脂と卵のまろやかさ、レタスや玉ねぎのサッパリとした味がちゃんとマッチしており、エッグサンドの味を飽きさせない。
本当に、美味しい。
「パンにマヨネーズとレタス、ベーコンに卵だけでこんなに美味しいなんて……」
「美味しいと言ってもごく普通のエッグサンドですよ? 今までどんな食生活をしていたんですか」
俺の美味しそうな顔を見てフシさんが疑問を持つ。
どうやら前までの食生活の事を聞きたいらしい。
「えっと……。毎日3食食パン一切れ」
「たったそれだけ?」
「うん」
「かなり貧相な生活を送っていたんですね……」
俺の言葉を聞くとフシさんは憐憫にかげった顔をしながら食事を進める。
あまり同情を誘う様な顔をしないでもらいたいものだが。食欲は減るし、気分も少しだけ悪くなる。俺からしたらもう過ぎた事だから気にしないで欲しいものだ。
「相方の、バディ? の人は帰ってきてないの?」
そう考えてから甘いコーンスープを一口飲むと、俺はあからさまに話を逸らした。
フシさんは難しい顔をしながら答える。
「書類整理と始末書などで深夜働らしいですよ」
「へー。シマツショ」
「この後の仕事で合流するので、その時紹介しますよ」
シマツショという物はわからないが、多分仕事で忙しいとか書類を書くとかそういう系だろう。
あ、そう言えば書類の書き方を俺は知らない。ニホン語だってひらがなとカタカナくらいしか覚えてないから、もしこの先書類仕事が出回ったら完全にお手上げだ。
そうなった場合はフシさんに丸投げしよう。うん。どうせわからないんだから人に頼れば良いとかマキマさんが言ってたし。
そんな甘い考えをしながら今度はエッグサンドを大きく齧り付く。
今度は白身の柔らかい食感を味わいながら食べていると、フシさんが口を開けた。
「というか、呑気に朝食を食ってる場合では無いですからね。食べ終えたら急いで支度してください」
? 急ぐ?
確かまだ出勤までの時間は余裕があるはず。そんなに急ぐ必要はないと思うが。
しかし、フシさんは既に朝食を食べ終えており食器を洗面台に片付けている最中だった。
表情も、少しだけ焦ってる様に見えるので何か理由があるのだろう。
仕事が仕事だから、昨日の様に悪魔でも出てきたのだろうか。
「? また悪魔出現したの?」
「いえ、違います」
フシさんは食器に水をつけながら否定した。
そして、手提げバッグを手に持ち、俺の疑問に回答するかの様に答える。
「我々公安が追っている悪魔。その潜伏先だった場所の調査ですよ」
朝食を素早く、それでいてしっかりと味わいながら食い終わると公安のコートを羽織って仕事の支度を済ませた。
ちなみにネクタイは適当に結んだ。結び方分かんないし、少し曲がっているが多分これで合ってるだろう。
そう考えながら玄関で待たせているフシさんと共に寮の扉を開けて外に出る。
そして寮の横に止めてある黒い車の鍵を開けて乗り込んだ。
どうやら車で移動するらしい。
「え、フシさんって車乗れるの?」
「乗れますよ。さ、時間も押してますし早く」
フシさんの言われるがままに俺は助手席のドアを開け、車の中へと入り座席に座る。
意外と狭いが窮屈に思えない。車に初めて乗った時の印象はそんな感じだった。
事故ると大変だからと言う理由でシートベルト? とかなんとかを着けて車はゆっくりと加速して道路に出た。
その後は今までにない快適なドライブだった。
窓を開けっぱなしにして心地の良い風を通し、車が多く走るハイウェイを真っ直ぐに飛ばした。車内から聞こえる音楽は落ち着いた、しかしリズムの良いテンポで流れており今でも踊り出したい気分になる。
「良い曲だな…。なんて曲名だろう…」
「downtownですね」
「ダウンタウン」
そんなたわいもない会話をしながら窓に映る田舎町の景色を夢中に楽しんでいるといつのまにかハイウェイから住宅街の道路に出ていた。
そして走る事十数分、走る速度を緩め駐車場に車を止める。
どうやらここが目的地らしい。
「ちゃんと着いて来てくださいね」
「はーい」
今度はフシさんの言う事を聞き、言われた通りについてゆく。また怒られたくないし。
俺らが着いた所は田んぼや古い木造建築や新築のコンクリート製の家がポツポツと建ってる田舎町だった。
もちろん通りには人が誰一人いなく、道路も自動車どころか自転車すら通ることも稀である。家などは少ないが所々建っていて生活感はあるのだが、物音などはせずただ静かに草木を渡る風の音がするだけ。あたりには静寂が満ちていた。
そんな街の周りを見ながら歩く事数分。奥に人混みと赤いランプの薄い光が見えて来る。
俺らが辿り着いたのは田舎町にある持ち主のいない廃屋だった。
庭は長く伸びた雑草で埋め尽くされ、古自動車の解体された残骸が、錆に侵食されながら無残な姿をさらす。
家の木でできた壁も所々に穴が空いており、地震が来たら今にでも崩れそうだ。
警察がたくさんいる事から、恐らくここが事件現場らしい。
「公安デビルハンター、対魔特異四課の伏ヒデトシです」
「同じくビリー、です」
フシさんは黄色いテープを超えて近くにいる警察官に手帳を見せた。
許可が出ると現場に入り、あたりを見渡し始める。
「…! おい。そこの少年」
「?」
すると、一人の警官が俺を呼び止めた。
まさかまた、知らず知らずのうちに何か問題を起こしてしまったのだろうか。
しかし、それは見当違いだとすぐに知る。
「また問題起こすなよ」
「……はい」
どうやらこの人は昨日のスーパーで現場を封鎖していた警官のようだ。
ちょっと聞き覚えのある特徴的な渋みの声をしているからすぐにわかった。
「お、来たか」
「お疲れ様です。剛田さん」
俺の後ろから声が聞こえた。親戚のおじさんの様な、そんな雰囲気に近い声だ。
すぐ後ろに振り返る。
そこにいたのは俺と同じ黒スーツを着たデビルハンターだった。
黒髪短髪でかなり厳つい顔つきであり、黒スーツの上からでもわかる様なガシッとした筋肉。
年齢は40後半だろうか、漫画で良く見る体育教師の様な雰囲気をしている。
フシさんは男の声に反応して喋り始める。どうやらこの人が例のバディらしい。
「おう。全く、書類仕事は疲れるぜ」
「災難でしたね」
頭をガシガシと掻きながらため息をつくと、男はフシさんの後ろにいる俺の存在に気がつく。
「? 後ろの奴は誰だ?」
「新入りですよ」
「ビリー、です……」
俺はフシさんの言う通りに自己紹介を始める。勿論コードネームは言わない。こちらの方が呼びやすいし、変な勘違いを起こしても困る。
「ビリー? 顔と体格に似合わねぇ名前だな」
そうかな? あまりそう言う事は考えた事ない。
確かに俺は東洋人だし、レックスからも比較的童顔と言われたからビリーと言う名前にも違和感があるのかもしれないが、あのスラム街で十何年もビリーで通っていたのであまり実感が湧かない。
多分、人によって感性は違うのだろう。気にすることではない。
「というか、この時期に新人なんて珍しいな。公安の試験は大分先だろ」
「訳ありってわけですよ」
「なるほど。俺は剛田タイジってんだ。よろしくな」
「よろしく、です……」
ゴウダと呼ばれる男は厳つい顔からは想像つかない様な笑顔をしながら俺と握手する。
フシさんと同じく多分優しい人なのだろう。スラム街ではこう言う自己紹介はあっても、握手とかはせずに、いきなり理不尽に怒鳴られる事が多かった。
日本人は親切心がある人が多いのだと俺は改めて知った。
「それで現場の状況は?」
「酷い。これに尽きる」
どうやらこの中の状態はかなり酷いらしい。一様、フシさんが事前に用意したポリ袋を取り出そう。
「取り敢えず中見てこいよ。ありぁ地獄絵図だ」
「……わかりました」
ゴウダさんの言う通り廃屋のドアを開ける。
ドアノブは錆び付いておりうまく回らないが、少しだけ力を入れると勝手に空いた。
ドアから流れる重い空気を身体で受けながらギシギシと鳴る廊下を歩き、リビングに続く扉をゆっくりと開ける。
血が、出迎えた。
「グロ……」
「これは、酷い……」
扉を開けると始めに鉄の匂いが一気に溢れ出す。
かなり酷い物で、一息吸っただけでも鼻の奥を針で刺した様な、そんな鉄の刺激臭が俺を襲う。
それだけでは無い。ゴウダさんの言う通り、この現場はまさに地獄絵図と言っても過言ではなかった。
内臓、骨、皮ごとついた髪、目玉、壁床にドッペリとこびりついている血。人間の中身である五臓六腑の全てが家族と談話するはずの広いリビングに撒き散らかしている。
床に貼ってある人の形をしたテープのほとんどは上半身が無く、その付近が一番酷い惨状だった。恐らく、咀嚼しながら喰われたのだろう。細かい肉片がバラバラに飛び散ってるのはそのせいだ。
こんな現場は初めてだ。悪魔に喰われた死体は何人も見たことがあるもののこんなに行儀悪く食う悪魔はスラム街でも居なかったと思う。
チリっと、脳内で嫌な思い出が浮かび上がった。
随分昔の出来事だ。忘れていたと思っていたがまだ俺の頭に深く刻まれている。
出来れば、あまり思い出したく無い。
俺は想起された出来事を忘れさせる為に額を手で軽くコツン、と殴っる。それと同時に昔の嫌な思い出が霧に霞むように消えてゆく。
安堵の息を吐いた後、一歩踏み出そうと前に出た。
しかし、ゴウダさんが俺の肩を掴んでそれを阻止する。
「そこ踏むなよ。鑑識課の新人が吐いたらしいからな」
「警察も現場荒らしてんじゃん……」
ゴウダさんの言われた通りに目の前にある吐瀉物を避けながら部屋の構造を見た。
広さは大体6LD。テレビなどの家電製品は無いが、埃の溜まったテーブルや穴がいくつも空いた絨毯などはそのまま残っている。まぁその家具も、血で真っ赤に染まってしまっているのだが。
現場は惨状だったが、一番気になっていたのは二階の床が全て取り払われている事。
丁寧に取り外したのではなくシャベルカーで強引に剥がした様な跡が荒々しく残っている。
恐らく、ここに潜伏していた悪魔がやったのだろう。それなら鬼の悪魔ほどでは無いとはいえ、かなりの巨体な悪魔だ。
一応、フシさんに確認を取ってみよう。
「これって悪魔の仕業なの?」
「ええ。今現在、東京公安デビルハンターが追っている悪魔です」
そう言いながらフシさんは紙が何枚も挟まれているボードを俺に渡す。
漢字が沢山あって読みにくいが、一番最初の紙には写真がプリントされてある。
「名称、猿の悪魔。巨大な体格に4本腕を持った悪魔ですね。これが監視カメラの映像で映し出された写真です」
「コイツがね……」
写真自体、暗くて見えにくいが電灯に照らされた身体はかなり禍々しい気迫を放っている。
全身が猿の様な毛で覆われており、両肩からは交互に2本づつ腕が生えている。そしてこちらを見るまん丸な目玉に血がついた鋭利な牙が電灯の光を反射させギラつかせていた。
「コイツの厄介な所はかなりの高度な知性がある事。こうやって廃墟や下水道を自身の根城にして移動しているようです」
「へ〜」
「そして一番の特徴なのが子供の血肉を好んで食べる事だな」
ゴウダさんの言葉に反応し、俺は床に貼られてある遺体のテープを見た。
喰われた場所はバラバラだがどれも小さい。足なんて俺の腕くらいの太さしかなかったし、近くにある歯は成人男性と比べるとまだ大きく無い。
なるほど、この悪魔はかなりの悪趣味らしい。
「年齢は五歳から八歳までの男女だ。今まで18人もの子供達が行方不明になっている」
「そして、今回で5人が犠牲となり、先週のと合わせて計12人ですか…」
「結構食ってるね」
「後6人ねぇ…。熟成の名目で生かされてるか、既に食われてるか……」
ゴウダさんの言葉を最後にみな口を開くなり空気は澱む。
まぁ仕方がないのだろう。何故なら生かされている可能性よりも殺されている可能性の方が高いからだ。
悪魔は常に人を殺す。そんな存在が人を生かす事なんてあるはずが無い。
もし生かしているのだとしたらコイツはかなり変わった悪魔だ。勿論、悪い意味で。
「……どちらにしろコイツは早急に駆除しなければなりません。野放しにすれば、被害は大きく広がってしまう。そうなる前に手を打たなければ」
「先週はどこら辺にいたの?」
「先週は下水道の通りですね。管理人が子供の死体を発見したらしく、監視カメラの写真もその時取られたものです」
成る程。わざと人通りの少ない所を根城にしているようだ。
なら、そこを手当たり次第探せば猿の悪魔に辿り着くのかもしれない。
「本当に、どこにいるんでしょうか」
「姿を隠すのがうますぎるからな。ここら周辺の廃墟を手当たり次第当たらせれば見つかるかもしれねぇが、時間がかかる作業だ。こりゃあ、今日で終わる仕事じゃねぇな」
確かにそうだ。ここら辺の廃屋や廃墟を探せばいいと思うが時間はかかるし、その分人手も多くなる。さらにはその事がバレると悪魔が逃げてしまう可能性もあるから慎重に動かなければならない。
なら、事件の鍵を握るのは子供達の行方か?
「というかさ。どうやって子供拐ってんの? こんなにでかいなら夜中でも目立つと思うけど」
俺が疑問に思ったのは隠れ方でもなんでもない。子供の拐い方である。
写真を見る限りこの悪魔の身長は二階建ての家ほどの大きさだ。昼間はおろか、夜中でも住宅地に入り込めばかなり目立つ。
しかも、夜中は人通りが少ない。つまり、人を攫う機会が少ないという事だ。
そんな状況で人を、しかも子供だけを厳選して攫うのは不可能に近い。
一体、どんな方法で人を攫う事ができたのか、俺は気になっていた。
「それが一番の謎なんだよ」
俺の疑問にゴウダさんは頭を抱える。
「実は先月から子供が突然行方不明になる事件が多発してやがんだ。しかもいなくなる時間帯は必ず昼。悪魔や魔人の目撃情報は無かったから、最初は誘拐の事件として警察が追ってたんだよ」
だが、とゴウダは重い空気の中話を続ける。
「行方不明になった子供達計18人の内、猿の悪魔が根城にしていた現場で死んだ5人全員がその中に当てはまったんだ。だから猿の野郎は必ずこの誘拐事件の根本に関わってるはずなんだが……」
攫い方も分からずじまい、と言う事か。
一体どうやって、どういう方法で子供を攫っているのか。
ゴウダさんの言葉が正しければ夜ではなく昼の時間帯で子供を攫うのだが、そんな中白昼堂々と悪魔が人の前に姿を現す事があるのだろうか。前例は一様あるにはある。
しかし、そう言う悪魔の大体は知性の低い奴らが多い。今回のような身を潜めながら人を食う知性を持った奴はあまり人前に姿を出すことを躊躇うだろう。
なら、どうやって昼の時間に動けているのか?
「どうやってるんでしょうね……」
「悪魔の能力とか?」
「あり得るにはあり得るんだが……」
皆一斉に腕を組みながら声をうねりだす。
そんな曖昧な事を挙げてもキリがないのだろう。もっと確定的な情報が欲しい所だ。
しかし、こんな事をしても何も解決しないのも事実。いくら事件の考察をしても何の意味が無い。
とりあえず現場の捜査結果を鑑識課の人に聞きに行こうと血塗れのリビングを出ようとした。
一歩踏み出すたびにギシィ、と木が軋む音と、パキ、と乾いた血を踏む音が俺の耳に焼き付ける。
ふと、後ろを見た。
広いリビングにある異様な光景。食い散らかされた血と骨と肉。五臓六腑を撒き散らかす異端の場所。
あの時と同じだ。あの孤児院にいたあの日と、少しだけ似ている。
雨が降っていた。
俺ともう一人の少女は濡れていた。
血が草木に撒き散らかしていた。
死骸があった。
死骸に群がる獣がいた。
一人の少女が泣いていた。
目を瞑る。何も見ないように、何も思い出させないように目を瞑る。
すでに過去の出来事だ。過去の出来事だから、振り返らない。振り返りたく無い。
リビングから出る。血塗れの世界から抜け出す。
不思議と奥歯を噛む力が強くなった。ギシリ、と歯軋りが鳴ってようやく自分が抱いている感情に気がついた。
別にこの悪魔が恨みは無い。初めて会うし、子供を食い殺しても俺には関係ないから憎くは無い。ただ、仕事だから殺すだけ。
しかし、それでもビリーの心の中では何が疼いていた。重く、苦しいような軽い気持ちが。
まるで、鎖で締め付けられるような、そんな感じだ。
その感情に疑問を持ちながらビリーは頭を掻きむしりながらポツリと呟く。
「猿、ね」
気づかないくらいの、殺意が湧いた。
遅れてすいません。
剛田タイジさんはチェンソーマン20話で登場したデンジくんに「頼め! 食え!」と言ってた人です。
23話で伏さんの隣にいたから多分彼のバディなのでしょう。多分。
タイジは漢字で書くと體爾と書きます