「そうか、やはり俺の商会に殴り込みが」
「あぁ、そう言ってたよ」
ところ変わってボーサの拠点にて、オレはボーサに依頼の報告をしていた。報告内容は、ダレストの依頼の通りの内容。
大規模な盗賊団が、近々ボーサ商会の本拠地への殴り込みを計画しているというものだった。
どうやらダレスト達は、ボーサから本当に盗賊団と思われているらしい。流石にプロは、オレがどうこうする以上に上手くやっているようだ。
ボーサは少し考えこむと、「もういいぞ」と言ってオレを部屋から追い出した。
……さて、仕事の時間だ。
「”
オレは魔術を使い、宿の窓から屋根に上った。
物音はしない。足音や布ずれの音を消すこの魔術は、斥候職の必須技能だ。
ボーサは歓楽街近くの宿の、最上階に拠点を持っている。おかげで、こちらとしてもやりやすい。
「”
盗聴用の魔術を使い、ボーサとボディーガードの話を聞く。ダレストの見立てではボディーガードは秘書の役割も担っているとのことだったので、その会話を聞いてきてくれとのことだった。
「……うちにちょっかいをかけるようなとこだと、どこのどいつの盗賊団だ」
ボーサが忌々し気に言う。
「この辺りででかいとこだと、邪蛇やトンプル盗賊団やらが……」
ボディーガードがそう言えば、ボーサは機嫌が悪そうに唸った。
……ボーサ、ダレストたちの動向は掴んでいても、正体まではわかってなかったらしい。こいつが阿保なのか、はたまたダレストが有能なのか。……どっちもな気がしてきた。
「面倒な、どいつもこいつもウチの足を引っ張りやがる。魔族との取引だ、下手なヘマはできんぞ」
「……最近はウチをコソコソ嗅ぎまわる連中も目立ちます。官吏に金は握らせてはいますが」
「当たり前だ!貴族なんぞに見つかってみろ、俺の計画が……ッパア!だ!!」
ファッ!?魔族!?聞いてませんよそんなこと。
ボーサはサラッと魔族と言い、忌々し気に吠えたが、オレはじっとりと汗をかいた。
魔族とは、そのものずばりあの魔族だ。ドラゴ○ボールでいうところのピ○コロ大魔王、ドラ○エでいうところのバラ○ス、○ドー、デ○タムーアetc...ともかくそんな風な、人の領域を侵そうとする種族である。
こちらではもう日本でいうお化けや悪魔や閻魔様、その辺の概念がすべて魔族に置き換わっている。
オレもこの世界にきて初めて魔族と聞いた時には「うはwwwテンプレ異世界wwwww」と草をはやしたものだが、実際にこの世界で生きてみれば、皆がRPGの魔王並みに魔族を恐れるのにも納得した。
はっきり言って、魔族には勝てない。
生き物としてのレベルが違うのだ。人が必死こいて魔術で火の玉を出す間に、魔族はため息で火炎放射器のような炎を吐きながら空を飛び剣を振り回してくる。
魔族殺しの英雄なんて伝説があるが、それも何人もの英傑がハメにハメて搦手で勝ったような内容だった。もちろん、最後は英雄譚らしく一騎打ちだったが。
基本的に、人間のどんな英雄でも魔族には手も足も出ないのが常識だ。
まあ、とりあえず絶対アンタッチャブルな存在よね。そんな奴らと手を組んだのか、ボーサは……。
「しかし、この2年でクゥは良い駒になった。使える斥候がいるのは、良い」
「それに見てくれも悪くない。最後は魔族に売れば、それなりにはなりそうですね」
「カハハ、それだ。適当に金をかっぱらったら、そうするか。良い商品ができたもんだ」
「――ゾッとするぜ」
オレは思わず呟いた。そんなの真っ平ごめん被るぜ。
第一、オレは、男ですからね、心は。
「……で、次の指定はなんだ?」
ボーサがボディーガードに聞く。
「三日後の夜。南の湖のほとりで、魔術の扱いに長けた人間を20人とのこと」
「また、人か……。それもその辺で攫うこともできんとは。いい加減、契約で縛った魔術師も少ないのだがな。代案などは?」
「1人でも足りなければ、見せしめに商会の人間を皆殺しにするとのこと」
「……ったく。これで高値が付くのだから良いが、取引とは言えんなあ」
「魔族が王都を落とすまでの辛抱です」
「おぉ!そうだったな」
……あれ、やばいこと聞いてない?
ーーー
ボーサから盗み聞いた情報を持ち帰ると、ダレストとロルゴは顔をしかめた。
「魔族か……。面倒なものが出てきたな」
ダレストはカチカチと爪を噛んだ。
「規模にもよります。奴らは根っからの戦闘民族。自分の力を誇示するのに腐心し、組織的に動くことは稀有です」
ロルゴが言う。ダレストは「そうだが……」と呟いた。
「ボーサは王都が落ちることを期待しているのだろう?それなりに勝算がなければ、そんな大それたことが言えるものか」
「短絡的な魔族が、力にものを言わせて脅しているだけかもしれません」
「しかし、いや、しかし」
「ともかく。3日後に現場を押さえるべきかと」
「敵の規模がわからん。それに何族かもな。初見で魔族の相手は骨が折れるぞ」
――目の前で繰り広げられる議論においてかれてるオレ氏です。
やばいっぺ!ボーサは魔族と手さ組んどったべや!と報告したら、あっという間に二人だけの空間ができてしまっていた。
ちなみに、王都はこの町から馬車でひと月はかかります。都会です。
距離は正確な地図なんてないから分からないけど……日本横断とかできんじゃね?まだ行ったことはないけど、ドでかい城とシャレオーツなお店が並ぶと聞いてます。
誰に聞いたって?オレにだってよくつるむ冒険者仲間くらいいるわ。その子は女子だしな。羨ましかろう。
閑話休題。そんな王都陥落の情報を持つボーサは、どうやら要注意人物から超危険人物に繰り上げられたようです。
「クゥさん、ありがとう。これからも協力してもらうから、よろしく。今回はとりあえず依頼終了です」
ダレストはそう言ってソファから立ち上がった。今回の報告をもとに、改めて街中の情報を探るらしい。ご熱心なことだ。
「じゃあ、オレはとりあえず帰っていい?」
「いいけれど……また頼みたいことがあるから、2日後の昼にはまた、ここに来てほしい」
「わかった」
犯罪者一歩手前のオレに選択肢はない。ダレストは軍人、ひいては貴族だ、恐らく。そんな権力の代名詞のような奴に逆らえばどうなるか……。うん、串刺しだね。
ダレストが提示した日時に了解して、さっさと家に帰ることにする。
ボーサからも何も言われていないし、久々に羽が伸びた気分だ。拘束されてたのは1日だけど。
時間が濃かった。もうしばらくは寝て過ごしたい。
「ふぁ……」
そう思ったらあくびが出た。
オレは瞼が重くなっているのを感じながら、宿屋から自分の借家へと歩みを進めた。
「――ずいぶん腕を買っておられるのですね」
ロルゴが言う。彼が窓から見つめているのは、昨晩その窓の下に潜伏していた冒険者、クゥだった。
珍しい真っ黒な直毛の、猫を思わせる顔つきの女は、彼が長年培ってきた警戒の網を容易に潜り抜けてみせた。目の前の上官――ダレストがいなければ、まんまと情報がボーサの手に渡っていただろう。
「うん。なかなか見込みのある隠密だったし、手は多いほうがいい」
だから、ダレストがこう返すのも予想できたことだ。
「……気に入りましたか?」
「生意気な部下になりそうだろ?」
抱きこむつもりか……。
ロルゴは上官の笑みに肩をすくめると、出かける準備をし始めた。
この町の魔族との繋がりをあぶりだすために。
ーーー
ぬおおぉん、疲れたぞよ。
ブーツも革鎧も上着も雑に脱ぎ捨て、自宅のベッドに倒れこみながらオレは呻いた。
「なんでこんなスパイみたいなことしないといけないんだ……」
借金に塗れたのが悪いのかもしれない……でも仕方ないじゃん、気づいたら背負ってたんだから……あ。
「オレ、もう借金ないんだ」
胸の契約紋を見る。今までのようにそこにあるが、こいつはダレストが無効化してくれた。もうボーサはオレの行動を縛れないってことだ。
……正確には借金を返さなくても死ななくなったということだが。
つまり、オレはもう好きに生きられるのだ。
「好きに、好きにかぁ……」
寝返りを打って、天井を見る。見慣れた木目がオレを見下ろした。
生活費も出してもらえるってんで冒険者になったけど、そうかあ、もうしなくていいんだなぁ。
朝早くに起きて、魔物だらけの森や洞窟で、動物のフンを観察することもしなくていいわけだ。
楽だぜ、とても楽……。明日からテキトーに、ウェイトレスでもやって生きてこうかな……死ぬ心配はないし……。
うぅん、気楽……zzz……。
「――でも、やっぱ来ちゃうよなあ」
いつの間にか寝落ちていて、翌日の夜明け前。
いつものように目覚めたオレは、簡単に身だしなみを整えると、皮鎧に小手を装備し、それからナイフを腰に差し、いつものように外へ繰り出した。
「よう、精が出るな」
「おはようございます」
いつか出迎えてくれた門番の兵士といつものように挨拶をして、オレは街道を進んだ。
「”
しばらく行ったところで魔術を行使すると、いつものように森に入った。
仕事の時間だ。
――森を見渡せば、様々なことが起こっている。とある花が咲き始めていたり、珍しいキノコが生えていたり、動物が餌を求めて堀った穴があったりだ。
植物の食われ方で何が繁殖しているかもわかるし、動物のフンの状態から水不足や食生の変化を読むこともできる。そんなことができるオレ氏、やるじゃん。と、自賛することもしばしばある。
「……イノシシか」
正確にはドルドボアという、こちら独特のイノシシが一心不乱に土を掘り返しているのを見つけた。優れた脚力を活かした超速の突進ができるイノシシで、筋張った肉があごに優しくない動物である。魔物ではない。
というか、こちらには魔素なる便利要素が水のように当たり前に存在しているが、それを利用する動物は少ない。利用するというよりも、魔素の存在によって、ない場合と比べて力強く成長していく特徴があるようだ。一方魔物とは、取り込んだ魔素を貯めたり増幅し、魔術として利用できる器官をもった生き物をいう。
オレたち人間やチャージボアなどの動物は、そういう器官を持ってない。持っていたら、人は魔族、動物は魔物と呼ばれる。
まあ、例外はあるのだが。
木の上から一心不乱に餌を食べるイノシシを見下ろしつつ、オレは人差し指を奴に向けた。
「一応見ておくか……”
稲妻のような光線が指先から迸り、イノシシに当たる。しばらくイノシシはもがいていたが、次第に動きを鈍らせた。
これが第一の例外、人間の扱う魔術である。
魔素はあらゆるものに宿っており、息を吸い込むだけで、少しずつ体に取り込んでいる。人間にそれを貯めておく器官はないと言われているが、血の中には一時的に魔素は宿り、全身を巡っている。
その魔素を練り上げ、指示を出して放出するのが魔術であり、異世界でファンタジックな世界を構成するに至った理由だ。
もう一つの例外が、今からする調査である。
オレは腰に差したナイフを抜き、横たわるチャージボアの蹄を削った。
「……魔力の反応がある。やっぱり。変化の兆候があるな」
第二の例外、動物の魔物化である。
フグが餌を食べれば食べるほど毒を体に蓄えるように、動物も極端に魔素を取り込めば、相応の器官が作られ魔物となる。
なら人間も……と思うが、人間は魔術を使うのでさほど魔素が溜まらない。だからいまだにその例はないらしい。
大昔、魔術が使われる前はどうなんだと思ったが、どうにもこの世界で支持されている神話で、人は全能の神から魔術によって生まれたことになっている。それを承知の上で話す気はなかった。
火あぶりはごめんである。
「さて、こんなになるまで魔素を取り込むなんて、どこにそんな餌場があるんだ?」
動物の魔物化は滅多なことでは起こらない。人為的に魔素を与え続けるか、それとも余程潤沢に魔素が含まれたものを食ったのか……。
「ワクワクしてきたな」
生活苦になって始めたこの仕事だが、自然の中でマイペースに出来るところは気に入っている。
とにかく、これは新鮮な情報だ。
オレは蹄の欠片やら珍しいキノコを腰のバッグに詰めると、森を散策しながら街へと戻った。
ギルドにこいつらを売って、馴染みの客にも情報を提供したら、ひとまず仕事完了だ。この時点で、午後の4時くらいだ。案外一日とは短いもんである。社会人は辛いね。
後は買い出しやら散策時に見つけたものを売ったりして一日を過ごす。キツイ臭い汚いがそれなりに揃う仕事だが、オレは不思議と穏やかな気持ちだった。
割と、この職が好きな仕事なのかもしれない。借金にまみれて余裕を失っていた昨日までのオレとは違い、ぼんやりとそう思った。
……風呂に入りたい。オレが泊まる常宿に風呂はない。
週末なので投稿。