回り廻る迷宮潜り   作:どうしようもない

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あの日学んだもの達よ

 

「…あ?逃げたぁ?」

「は、はいぃ…三十分程前に」

 

 ソーニャが申し訳なさそうに俯く。

 俺とアレイが夕飯に使えそうなものを探してこようと、ノノやウィンを置いて一時間程竜車から離れた。残念ながら成果は幾つかの山菜のみ。暗くなり出したせいで碌に見つけられなかった。

 それらを持って帰路につくと、竜車で待機していたソーニャ達に「他の子供たちが逃げた」という報告が為されたわけだ。

 

 竜車付近に残ったのは、依頼主のベリルさんとノノ、それにアレイの仲間であるウィンとソーニャだけだった。

 

 俺はなんとなく察して、ばっとノノを見る。

 

『お前が勧誘蹴ったから拗ねて逃げたぞ、これ』

『知らない』

 

 口パクで圧力を掛けたが、ノノはスンと無表情を貫く。

 クソ…、いやだがベリルさんが何も言わないという事はもう割り切っているという事か?

 ちらとベリルさんの方を見ると、彼女はウィンに協力してもらい、竜車から夕食に使うであろう食材を取り出していた。

 

 …依頼した探索者がいなくなってんだぞ…?

 なんでそんな何でもないような顔してられんだ、この女…。確かに戦力としてはほとんど変わらねぇかもしれないが…。

 

「流石にこの人数じゃマズいよなぁ…」

 

 アレイがそう呟きながら、取ってきた山菜をベリルさんに渡しに行った。

 ノノが、鞄から取り出したであろう布にくるまりながら、ずりずりと俺に近寄ってくる。

 

「今日は塩漬けのお肉と野菜のスープだって」

 

 何気なしに俺にそう教えたノノの視線は、着々と準備される大きな鍋にじっと注がれていた。食い意地しか知らねぇのか、こいつ…。

 

 ◇◆◇

 

「スープ美味かったなぁ!」

「あぁ」

 

 焚火に照らされたアレイが上擦った様な声をあげる。

 周囲には既に闇が落ち、少し歩けば何も見えなくなってしまうほどだった。竜車やその傍からは数人の寝息が聞こえ、俺は枝を握ってそれを炎に放り込んだ。

 

 夜は交代で見張りを立てる。探索者じゃなくても知る常識だ。

 始めは俺とアレイ、次にノノ、ソーニャ、ウィンが担当し、数回繰り返した後朝を迎える。

 ぱちぱちと炎が中空に散り、はじける。確かに人数は減った。明日の竜車の全方位への警戒は不可能だ。それなら全員が竜車に乗って早々に目的地に着く方が余程いい。

 

「つーかライ強かったな!やっぱ”鼠”だろ!」

「残念、違ぇ」

 

 ナイフを抜き、刀身を軽く手入れしながらアレイの詮索を適当に答える。

 まず、本当に俺が”鼠”かも分からない。身なりや情報が一致していても、別人って可能性もあるだろ。それとなくアレイにそう伝えると、アレイは「うーん」と唸った。

 

「まぁ、あんまし聞くのも良くないか」

「そうそ――」

 

 アレイの言葉に同調する途中、暗闇の奥で何かが聞こえた。

 

「何か、いる」

「げぇ」

 

 蠢く何か、こちらを狙うものだ。炎を怖がらないという事は兎などの可愛らしいそれじゃない。間違いなく、魔物か盗賊、それに準じた何かだ。

 立ち上がり、ナイフを握り込む。アレイも剣を握り、きょろきょろと周囲を見渡した。

 

 一分…、二分…、三分が経つ。

 

「…なぁ、いないんじゃな――「あ、おい!」」

 

 アレイが臨戦姿勢を解き、剣を下に向ける。俺へと問いかけようとする。しかし、直ぐにそれを咎めようとしたその時、

 

「――ぐうぇ!?」

 

 のしかかる様に何かがアレイを襲った。

 それは、間違いようもなく()だ。見覚えがある、見覚えしかない。真っ黒な体毛に鋭い牙と爪を持った漆黒のそれは、俺の記憶の中の苦い記憶として確かに刻まれている。

 

「クソ狼…!」

 

 夜狼(よろう)、別名、首狩り、初見殺し。

 闇に溶け込み、牙や爪で探索者を襲うクソ魔物。至る場所から現れ、素早さで翻弄し、首を執拗に狙ってくることから、そう名付けられた。

 

「首だけ守れ、アレイ」

 

 そう叫ぶと、アレイを襲った夜狼に続いた他の夜狼がこちらに襲い来る。

 

「あんまり舐めるなよ、クソ共が」

 

 昔の俺が、どれだけお前らに手を焼いたと思っている。

 初めての護衛依頼で失敗したのは、誰のせいだと思っていやがる。慕ってくれていた後輩が殺されたのは、誰にだと思う。

 

 一体俺が、どれだけ夜狼(お前ら)について調べたと思っていやがる。

 

「て、き…襲ー!」

 

 アレイが必死に首を守りながら、夜狼と揉みくちゃになりながら対峙する。その最中で、アレイが力一杯に叫んだ。

 俺は焚火に左手を突っ込み、燃える木々を手に取る。じゅうと掌が焼ける感覚とこちらに迫りくる夜狼が視界に入る。

 

「分かってんだよ」

 

 燃え盛る木々を夜狼たち目掛け投げつける。地面に転がったそれらは今にも消えそうな炎ながらも、その周囲を薄っすらと照らす。

 

「つくづくてめぇらは光に弱ぇ」

 

 間近で炎に照らされた夜狼が、しゅうと()()()()()

 奴らは、確かに姿形こそ狼だ。だが、それは仮初であり、実際には闇精霊の集合体、それが夜狼の正体だ。恐らく、狩れる獲物が俺らくらいしかいなかったから、わざわざ焚火を囲んでいる俺達を襲ったんだろう。

 

「習性を知っていたこっちの勝ちだ」

 

 ノノがランタンを持ってアレイを照らすのが視界の端に映る。

 その途端、アレイの上にいた夜狼が紐解かれる様に中空に霧散し、消えていった。残った数匹の夜狼も分が悪いと判断したのか、逃げ帰るように暗闇に姿を消した。

 

「運が悪い…!」

 

 夜狼は焚火をしていれば普通は襲われない。

 それこそ、焚火から少し離れたりしない限り、あちらもこちらを襲おうなんて思わないからだ。余程獲物が獲れなかったと見える。

 

「つぅ…」

 

 左掌の火傷に水を掛けようと、竜車の中の水樽に向かう。

 一応とばかりに利き手の右ではなく、左手で掴んだものの痛いものは痛い。火傷はずきずき痛むから嫌いなんだ。

 

「ライ君、寝てい…っ、そ、それ…!どうしたの!?」

「んぁ…気にすんな。水掛けりゃ多少マシになる」

「そ、そういう話じゃ…!」

 

 ノノが瞼を擦りながらこちらに近づいてくる。

 しかし、掌の変色した火傷を見て、血相を変えて俺の左腕を掴んだ。

 

「街に着けば治療は受けられる。手が吹っ飛んだわけじゃねーんだ」

 

 火傷程度なら安くつくだろう。

 四肢の再生やらは王都とかに行かなきゃ受けられねぇし、莫大な金が必要になる。そんな事するくらいなら義手やら、四肢型の遺物を探した方が得だ。

 

「で、でも…」

「いいから寝ろ、お前次起きてなきゃなんだから」

 

 ノノは、いやいやと引き下がったが、ソーニャに協力してもらい、無理矢理竜車の中に押し込んだ。こういう時、お嬢がいりゃあいつも素直に言うこと聞くが、無い物ねだりしても仕方ない。

 

「辛くなったら言えよ?何ができるわけでも無いけど…」

「気にすんな」

 

 アレイとそんな会話をしながら、再び焚火を囲んで座る。それから一時間程して、俺とアレイはノノ達と交代するのだった。

 

 

 

 ……寝れねぇな。

 火傷が思ったより痛い…というより、痛みに弱くなっている。ガキの頃は、色々と敏感だってのは聞いた事があるが、痛みにも敏感とかあるのか?勘弁してほしいな、おい。

 

 竜車の隅で更に丸くなり、布を被る。

 どうしたものか、俺はこんなにも脆弱だったか。あぁ、でもハイ・コボルトの群れにすら勝てないんだから脆弱っちゃ脆弱か。

 左掌に当てられた布を強く押し、痛みを抑える。あとどれくらいで寝れるんだか。

 

 早く寝てしまいたいと、瞼を閉じる。

 痛みを我慢していると、誰かが布の上から俺の頭を触った。

 

「大丈夫?」

 

 鈴の音の様な抑揚のない声が頭の上に響く。

 

「ノノかよ、なんでここいんだ。はよ戻れ」

「うん…」

 

 しかし、ノノは何時まで経っても傍から離れる気配がなく、寧ろ俺の隣に座り込み、ぎゅうと俺の被った布を掴んだ。

 

 …こいつ、見張りの役目を放置してきやがったのか?

 はぁ…、まぁいい。少しすりゃこいつも戻るだろ。今は俺が寝る事の方が大事だ。肩にノノの頭か何かが乗る重さを覚えながら、再び瞼を閉じた。

 

 ずきずきと痛む左掌を忘れ、微睡む様に――。

 

 

 

 

「ライ、交代らしい」

「…ぁあ、分かった」

 

 アレイに肩を揺られ、目を覚ます。

 隣にいた筈のノノは気付けばいなくなっており、外はほんの薄っすらと明るくなり始めていた。

 竜車の奥を見ると、寝息を立てるベリルさんが見えた。ガキだからって言っても中々の気の抜き様だな、とそんな事を思いながら竜車から出て、ソーニャ達と交代する。

 

 交代するとき、ノノがちらちらと心配そうにこちらを見ていた。

 適当に焚火に枝を足し、座り込む。向かい合うアレイも同じように幾らか枝を足して、周囲をきょろきょろと伺うと、腰を置いた。

 

「火傷はどうだ?街に着いたら治療費少しはこっちも払うぞ」

「気にすんな。火傷治すくらいの金はある」

 

 俺はそう言って、布を巻いた左手を見た。

 ……というか、何か、おかしいような…。

 

「――あ」

「…?どうした?…っておいおい!なにやってんだよ!」

 

 俺はアレイの言葉を無視して、左手に巻かれた布をぐるぐると取っていく。

 黄色い膿のようなものが染み出た後がある布を全て剥ぎ取ると、そこには火傷の一つもない()()()()があった。

 

「――」

「うぇ!?回復早くね!?」

 

 …おかしかったんだ。

 何故、寝る前ノノが傍に来た途端、痛みを耐えていた筈の俺は直ぐに眠ってしまった?何故、起きた時から今に至るまで火傷の痛みを一切感じなかった?

 

 ――治っていたんだ。

 治療されたのだ。誰でもない、”戦乙女(ヴァルキリー)”の治癒魔法で。まだ自分に治癒の魔法(それ)の素質があるとすら知らない筈のノノによって。

 

 …無意識?それとも故意?

 いや、無意識だ。故意なら隠す理由がない。無意識で発動したんだ。素質だけで治療したんだ。

 

「――”戦乙女(ヴァルキリー)”…」

 

 生粋の怪物。

 そう呼ばれた彼女の、底知れぬ才能を垣間見て、俺は静かに震えた。

 

 ◇◆◇

 

 あの後、もう一度ノノ達と交代して、朝を迎えた。

 ずっと寝ていて元気なベリルさんが保存食のパンを皆に配り、朝食をとる。ノノは、火傷が治った俺に心底驚いており、やはり自分が治したという自覚は無いようだった。

 

 ならばそれでいい。

 ――魔法は人を()()にする。特にそれが、人体の回復を促すものならば猶更だ。なにせ、後から治す前提の戦い方をしかねない。それに慣れたら、もうそういう戦い方しか出来なくなる。

 

 今はまだ知らない方がいい。

 もう少し基礎を固めてから教えれば、ノノはしっかりと魔法を扱えるはずだ。

 

「もう一つ」

「良いですよ、はいどうぞ」

 

 機嫌が良いノノが、ベリルさんにもう一つパンを貰っているのを眺める。空を飛ぶ鳥の鳴き声を聞きながら、俺は固いパンを噛み千切った。




ライ「火傷治ったわ!」

ノノ「火傷ってすぐ治るものなんだ!」
アレイ「回復力すげぇ…」
ウィン&ソーニャ「えぇ…」

【Tips】夜狼
低級の闇精霊の集合体。
暗闇にしか生息できない。洞窟や迷宮に生息し、夜な夜な日が昇る前に地上を彷徨い、獲物を探す。
物理攻撃はほぼ全て透かし、夜狼の攻撃だけがこちらに当たる事から、研究が進み、生態が判明した。長時間、生命力を吸い取れなければ消滅する。
逆に多くの生命力を吸収すれば、精霊として大きく成長できる。

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