この雨止んでもらえませんか? 作:沼住人
バイト先をクビになって不貞腐れて帰ったところ、二人はゲームで盛り上がっていた。
「おかえりー。すぐ帰ってきたけどどうしたの?」
「忘れ物でもしたのか?」
ゲームの画面から目を離さずに呑気なことを言ってくれる。
「いや揶揄ってると思われてクビになったんだよ...。また新しいバイト先を見つけなきゃいけない。あそこはシフトの融通効くから良い場所だったんだけどなぁ...」
そこそこシリアスな雰囲気を感じてくれたのか、ゲームを切って真面目な会話が始まった。
冷えた身体に炬燵の暖かさが染みわたる。
「じゃあローソン一択だろ常識的に考えて。艦これコラボと言ったらローソンが真っ先に浮かぶし」
「えぇ...コンビニってブラックって聞くしあんまり気が乗らないんだけど」
「じゃあファミレスとか個人経営のカフェはどう?賄い出るし制服似合うと思うよ。おれ達めちゃくちゃ可愛いから採用されやすいだろうし」
「急に真っ当な意見出て来たな...。あんがと、候補に入れとくよ。一番いいのは明日全部元に戻ってることなんだけど」
「まあ無理なら履歴書買って面接行くしかないっしょ。あれ?俺たちって履歴書どう書けばいいんだ?」
「...身体丸ごと変わってるし今までの名前とか学歴使えないじゃん。これ面接も通らないかもしれないわ」
「おれ達全員男子校出身だもんね。そのまま書くわけにもいかないし学歴真っ白だとアウトか」
少し暗い雰囲気になったところで、それをまずいと思ったのかザキが話題を切り替えようと大きな声でオレたちに呼びかけた。
「てか時任がバイトなくなったら飯行けんじゃん。酒飲んでパーっとやろうぜパーっとな!」
「おれ達の見てくれで酒は出してくれないだろ...適当につまみ買って宅飲みにしようず」
勝手に話進めてるけど大切なこと忘れてるぞこいつら。
「...オレらまだ19歳だぞ。酒飲んだらまずいって」
「大丈夫だって。俺もお前もあと数か月で二十歳じゃん。それに律儀に守ってるの多分お前ぐらいだゾ」
「それに時雨は飲兵衛、雪風は助兵衛って言われてたし飲んでも大丈夫だよ、多分」
「でも誰が買うんだよ」
「そこは俺が行くよ。瑞鶴の見た目なら普通にお酒買えるっしょ」
適当に買ってくるわ、なんて言い残してザキは部屋を立ち去って行った。
徒歩5分圏内にファミマがあるからそこまで時間はかからないだろう。
「お ま た せ」
大量の缶の入ったビニール袋を片手にザキが帰ってきた。
意外にもビールなどはなく、缶チューハイなどが中心だった。
無造作に一つ選んでまじまじと見つめる。
「ん...アルコール度数3%か。これって低いの?」
「低いゾ。お前さんはお酒初めてだからとりあえず飲みやすそうなの片っ端から買ってきたわ」
実際飲んでみたところほとんどジュースと変わらなかった。
飲みやすいせいか飲むペースが早くなり、気づけば危険な雰囲気に突入していた。
「「よし、もう1回!!もう1回!!」」
「「ハイハイハイハイ、時任君のちょっと良いとこ見てみたいー♪」」
「やってやろうじゃねぇかこの野郎!!」
三人でバカ騒ぎをしたところでふと時計を見ると22時をすぎていた。
それなりに酔っていた気はするが、醒めるのは早かった。
「あー...オレはそろそろ寝るわ。二人はどうすんの?」
「泊まってくわ。こうなると思って寝袋持ってきてるし」
道理で荷物がバカでかいわけだ。
最初から泊まる気満々だったなこいつ。
「おれも。寝袋がないので一緒のベッドに入れてくだち...」
「いやそれ吹雪じゃなくて伊58じゃん」
基本的に末村はおっとりとしているが妙に図太いところがある。
そこらへんが遺憾なく発揮されたのか、他人のベッドだというのにあっという間に眠ってしまった。
正直眠れる気がしない。
中高男子校だったため女子の免疫がまったくないのだ。
なんかメッチャいい匂いがするし...。
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翌日
なんというかまあ、なんとなく分かり切っていたことなのだが起きても元には戻っていなかった。
「起きたか!相変わらず寝坊助だな」
先に起きていたザキがスマホをいじりながら挨拶をしてくる。
「むしろお前が早すぎるんだが?」
こいつは中学時代から5時起きというイカれたスケジュールで過ごしており遅刻したことは1回足りともなかった。
オレには到底真似できない。
コミケとかリアイベだったら早起きできるんだけど。
「あれ、お前髪ツインテにまとめてんの?」
「ああ、なんとなく落ち着かなくてさ。こっちのがしっくりくるわ」
よく見ればザキだけではなく末村も髪をまとめている。
しっかしこうしてるとほんとに瑞鶴と吹雪にしか見えない...。
目覚ましと汗を流すことを兼ねて、シャワーを浴びることにした。
寝間着を脱ぐと、年相応にある乳房と桜色の乳首が視界に映る。
「はぁ...」
今は自分の体だというのに、ドキドキしてしまう....
さっと鏡から目をそらし、シャワーのノズルを回す。
少し熱めのお湯が全身に当たる。
「ふぅ...気持ちいい...」
髪を洗い流し、プラスチックで出来た風呂椅子に腰を掛ける。
真正面の鏡に映るのは、水に濡れてどこか物憂げな顔をした少女の姿。
それは、かつて見慣れた男の姿の自分とは遠くかけ離れている……。
今まで胸筋のあった胸のあたりには、先っぽに桜色の突起をとがらせる乳房が。
髪も伸びてしまい、髪質も変貌し、かつての面影もない。
肌もシミ一つなく、白く透き通る美しさを醸し出している。
長い時間連れ添ったムスコは消え、代わりに、男を受け入れるためのものがついている。
他の女性の裸体を見たことがないため比較はできないが、極上の身体といっても過言ではないだろう。
今のお前は女だとこの体がそう告げてくる。
「大丈夫...きっと雨はいつか止むさ。というか止んでくれないと困る」
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二人を少し待たせる形になってしまったが、とりあえず現状確認から始めることになった。
「朝になっても元に戻らなかったし改めてどうするか考えよう」
「まず昨日のことからなんだけど、間違いなくおれ達は女の子に、もっと言えば艦娘になってるみたいだ。脳の認識機能がおかしくなって自分のことを艦娘だと思い込んでいる一般男性、という可能性は排除できたと思う」
「ま、そりゃ間違いないと思うぜ。オレも末村も周囲に人の反応的にちゃんと女の子って認識されてるみたいだからな」
妄想が溢れだした線がなくなったのは大きい。
このことを考慮せずに行動していたら最悪社会的に死にかねない。
「次はオレからだけど...二人とも身体が変わってからトイレに行った?」
「そういやいってねぇな」
「同じく」
「流石におかしくない?普通に飲み食いしてるわけだし昨日なんかぐいぐい酒のんでたじゃん」
一般的に人間は一日に6~8回ほどトイレに行くと言われている。
にも関わらず昨日は一回も行っていない。
というか起きた後もまったくその気配を感じさせなかった。
「あれか?アイドルはトイレ行かないみたいに艦娘はトイレいかない的なアレじゃないか?」
「もしかしたら生理とかの機能も削除されてるのかも。戦うこと考えたら生理は邪魔になりそうだし」
「この身体、人外の可能性高いかもしれないな。成長とかもしないんじゃないか?」
瑞鶴や吹雪は一生絶壁ということになる。
あ、でもアーケード版は盛られてたからどうなんだろう。
「てか人外なら寿命とかどうなるんです?」
「え、普通に人間と同じだろ。艦娘は人間と艦艇の両方の性質を併せ持つってどっかの本に書いてたゾ」
「進水日から最後までで計算するとちょっと恐ろしい結果になりそうだな」
ググって調べたところ、大雑把に
瑞鶴が5年、時雨が10年、吹雪が15年といったところだった。
思わず絶句してしまう。
「TSした直後も思ったけどこんなことになるなら風俗行って童貞捨ててくれば良かった...」
「いやー俺行ってきて良かったわ。二人ともすまんな」
「え、お前本番無しって言ってたじゃん。ならノーカンでしょ」
「精神的には脱童貞してるからセーフ」
「一度も攻め込むこともなく今度は防衛側に回るのか。たまげたなぁ...」
しばらくの間くだらない小競り合いをしていたが、話を元に戻した。
「ま、まあもしかしたらその期間が過ぎたら元に戻れるって可能性もあるから...」
「だとしてもお前は15年だゾ」
「まあそれを当てにするのも怖いだろうし、当面は戻れないことを想定して動いた方がいいだろうな」
色々話は二転三転したが、
・オレ達は紛れもなくTSしている
・家やものに変化はなかったので入れ替わりの線は薄そう?
・艦娘は人外、人間基準だと危うい場面があるかもしれない
・原因は不明
結局あまりわかったことはなかった。
「でも俺たちってよくよく考えればラッキーな方だよな」
思い出したかのようにザキが呟く。
「というと?」
「いや最初は翔鶴ねぇの方が良かったなー、なんて思ったけどよくよく考えれば銀髪じゃん?現代社会に溶け込むこと考えたらむしろ瑞鶴の方が適任だなって」
「あー...そういう。おれは吹雪型だからみんな似たり寄ったりだしそこまで頭回らなかったわ」
「あっ、おい待てぃ。肝心な叢雲を忘れてるぞ」
「そういうや叢雲も好きって言ってましたね。すまそ」
モイストシルバーの長髪に、赤の強いオレンジ色の瞳はとても目立つだろう。
絵師の違いのせいだろうけど一人だけめっちゃ派手だよなぁ。
「オレも時雨で良かったかも。他の白露型のみんなは髪がすごくカラフルだし」
赤とか水色とかピンクとか緑とか...
こんな髪色の人がいたら思わず二度見するだろう。
誰だってそうする。オレだってそーする。
とはいえ外出する時にいちいち周りからじろじろと見られるのはごめんだ。
「もしかしたら、おれ達の他にも艦娘になった人たちがいるんじゃないかな?」
「……考えなかったわけじゃない。オレ達以外にもいるんじゃないかって」
ただ今のところ、何で艦娘なのか……それについては全然分からない。
二人は髪を掻きあげて、深く頷いた。
「だよね。取り敢えず他にもこの現象が身に振りかかっちゃった人たちがいるとするよ?」
「多分その人達も同じように情報を集めるために自分の同類を探すと思う。で、もし孤軍奮闘するとしてどこで見つけようとするか」
「掲示板がTwitterじゃね?」
「まあ、そうなるよね。でもネットはいかんせん扱いが難しくてな...。まともに取り合ってくれるかも怪しいし」
インターネットは便利だが情報が多過ぎる。
うまく使えば有用なのは言うまでもないが、ガセネタも多くオレたちでは持て余してしまう。
自撮りした上で状況を説明して「自分と同じ状況の方はいらっしゃいませんか?」とリスク覚悟でネット上に投稿すれば多少効果が見られるかもしれない。
それでも非現実的すぎてネタとしか見られないだろう。
ツイッターやまとめサイトで話題になるというあまり嬉しくない追加効果があるかもしれないが。
最悪変なやつからDMが来たり粘着される可能性もある。
「うーん...自分で言っておいてなんだけど他の人とコンタクトを取るのはかなり難しそうだ。おれ含めて3人も同じ境遇の人がいたからちょっと感覚麻痺してたかも」
「あー...ままならねぇもんだな」
ザキがさっきラッキーって言ってたけどこういう面も考慮するとますますそう思えてくる。
まあ本当に幸運なら頭を悩ませるような状況にはなっていないけど。
「正直、他に案が思いつかなかったわけじゃないが...」
ネットより可能性が高いかもしれないが、やや危険を伴うため進言するのは気が引けてしまう。
「なんでも良いから言っとけよホラホラ」
「...近々舞鶴砲雷撃戦があるだろ?そこで何か情報がないか探るつもりだった」
端的に言い換えればリア凸である。
オレの意図が読めたのか、二人はなるほど、といった様子だ。
オレたちみたいに艦娘になってしまった人がいたならばこのイベントに参加してるかもしれない。同じ状況下に陥った同胞を探しているかもしれない。
リアイベならカラフルな髪色に艦娘になってしまっても外出のハードルは下がるはずだ。
「なんだよいいアイデアじゃん。だったら一緒に行こうぜ」
「艦これやってて吹雪や時雨、瑞鶴を知らないなんて提督は0だ。中には嫁って公言してるやつもいるだろ。そんな奴らの注目を浴びたら碌な目に合わないぞ」
昨日ザキや末村はオレの家に来るまでに公共交通機関を利用しているし、それなりに人の多いところを移動している。
にも関わらず大きな問題に巻き込まれなかったのは艦これの知名度によるものだ。
艦これのキャラは一般的には知名度が低い。
所謂、オタクへの影響力はあるものの、その他の層は名前を聞いても史実の艦艇を想起する
んじゃないだろうか。
でもこれが艦これのイベントとなれば話は変わる。
「だからオレ一人で行って情報を...」
そう言い終える前に二人に遮られる。
「これいっつも言ってるだろ?ヤバい橋を渡る時は3人いっしょだ。オレも末村もついてさくぞ」
「だね。あと単純に舞鶴に興味がある」
「おいおい」
普段お互いに遠慮なしに正論のナイフでめった刺しにすることもあるが、こういう風に気を遣ってくれたりするのがなにより嬉しかった。
さて、ここからどうなるかな。
時間軸としては2022年を想定していますが、こちら側とは細かいところが異なる設定です。
艦これオンリー「砲雷撃戦!よーい!」は2021年の時点で今後の開催予定はない、ということになっていますがこの小説内では普通に開催していることになっています。