招待状を持っている俺達は正規の方法で貴族街にある住居1つ、貴族が所有する豪邸の門前へと辿り着く。外から見ただけの評価としては豪勢さこそベーリン邸のそれに劣るが、敷地の面積と建築物の大きさでは勝っている。貴族街の道と同じく魔石灯が明かりとしてふんだんに使われており、暗い場所はかなり少ない。
「大きなお家ですね。出入り口に土嚢を積めば堅牢な要塞になりそうです!」
「そうかもしれないが、内側に内通者が居たらすぐに陥落するだろうな」
壁にもたれ掛かる騎士団員を横目に、門前に立つ使用人の下へと向かう。彼は以前来た時に門番をしていた者であるが、あの時は泥酔して意識が曖昧だったようで俺の姿を見ても何かを思い出す素振りを見せなかった。普段から警備は緩く、もう何も起きないと思っているようで危機感が全くない。これでは泥棒や魔神教徒が入り込んでいても気づくことはないだろう。
「招待状を此方に。……確認致しました、ご案内しますのでどうぞ私の後に」
無表情で不愛想な使用人に懐から取り出した招待状を渡すと、彼女はそれを広げて本物であるかどうかを執拗に確認してから案内を始めた。魔族をあまり好ましく思っていない彼女に続いて屋敷の中に入り案内されたのは、料理が乗った大皿が置かれた机が並ぶ広間であった。夜会は立食形式であるらしく、机の近くには小皿が満載されたワゴンが、壁際には座食用の椅子が置かれている。
辿り着いた時には夜会は既に始まっており、貴族と彼等に招待された者達が親密になりたい相手と交流を行ったり用意された食事に舌鼓を打っていた。魔神教徒との戦いで目立った活躍をした者達が招待されているらしく、参加者の半数は冒険者や傭兵と思しき者達だ。
「おい、あれを見ろよ。あいつ魔族だぞ」
「本当だ。何で魔族居るんだ? ここは貴族街だろ?」
「なんて恐ろしい顔……。私、気絶してしまいそうですわ……」
「見ただけで呪われそうな見た目をしてやがるな。うわっ、目が合っちまった」
貴族や招待客が、小さな声で囁き合っている言葉が耳に入る。やはりというべきか、招待状を送ってくれた貴族以外には歓迎されていないようだ。
「ここでは抜くなよ? 絶対に抜くなよ?」
「わかってます。わかってますよう……」
唇を噛みしめ肩を震わせる弟子が思慮に欠けた行動に出ないように言い聞かせながら、彼女と共に壁際の人の少ない場所へと移動する。拒絶はすれども興味は無いのだろう。こちらが何かをするわけでもなく視界から消えようと努めていることに気付くと、彼等は視線すら向けなくなっていった。
「俺達は俺達に興味を持って寄ってきた奴らだけに構えばいい。それまでは美味い飯を存分に味わって楽しく過ごさせてもらおうじゃないか」
「……そうですね! 折角の機会ですしね!」
ワゴンから小皿を取り、ナールを連れて周りに人が集まっていない机へと飲食物を取りに行く。大皿には牛ヒレ肉の薄切りにチーズやニンニク、オリーブオイルをかけた肉料理、白身魚のソテーに塩コショウとレモンをかけた魚料理、ベリーをふんだんに使ったパイやカスタード液に浸した後にフライパンで焼いて作る甘いパンなどの多岐に渡る料理が載せられている。
それらの色鮮やかな見た目と発せられる匂いに空腹感が刺激され、腹の虫がそれを寄越せと騒ぎだし、堰が切れたかのように溢れ出した唾液が喉を鳴らさせた。
多くの人々が集った夜会の中、2人で食事を楽しんでいるとこの国に居ないはずの人物が尻尾を揺らしながら歩み寄ってきた。その人物とは"赤狐"の異名を持つ獣人、かつて存在した勇者一行で共に斥候として活動していたルナであった。
彼女は普段とは違って化粧をし、背中が大きく空いた赤いドレスを身に纏っている。その姿は彼女が性根の腐った夜盗と知っていながらも、数度瞬きをするまで目を奪われてしまう程に美しい。
「まさかこんなところでお前達に会うとはねぇ、元気そうで何よりだ」
「何で悪党のお前がここに居るんだ?」
「勿論招待されたからさ。需要が生まれそうな武具と復興に必要な食糧や建材を買い付けて戻って来たら、結構儲かった上に感謝までされちゃってねぇ」
ルナは胸を張り、自慢げにそう言った。彼女がやった商売は足元を見た物であったのだろうが、多くの人々がそれで救われたのは間違いない。善意の欠片も無い利己的な行動が、結果として人助けになることもあるという良い例だろう。
「そっちはまぁ聞くまでもないな。弟子と一緒に多くの魔神教徒を、洗脳された女の子達を殺したり喰ったりした功績で呼ばれたってとこなんだろ?」
「お前……今回の一件をどこまで知っていたんだ?」
「拠点の数に場所、装備の質に資金の出所。お前達と酒場で会って警告をした時には、魔神教徒の動きから近日中に武装蜂起するだろうことまではわかっていた。その情報があったから安全を得れて、さっき言っていた交易で利益が出せたのさ」
「早くに大事になるとわかっていたのに、そのままにしておいたのですか?」
「多くの貴族と繋がりがある連中の悪事を事前に阻止しようとしても、罪状をでっちあげられて捕まっちまうから、したくても何もできなかったのさ。現に何かを訴えようとして連行されていく男を狼のお嬢ちゃんは見ていただろう?」
ルナは唇に付いた赤ワインを艶かしく舐め取ると、少々棘のある発言をしたナールの鼻先を人差し指で優しく押した。どうやら弟子は新しい玩具として見られているようだ。
「あの時の男の人はそうだったのですね……」
「世の中には勇気や正義だけでは解決できない問題もあるってことさ。あぁそうそう、こんな話をしに来たんじゃなかった。ほら受け取り給えよ」
本来の目的を思い出した彼女は胸元から鍵を取り出して手渡してきた。生暖かいそれを受け取り眺めてみると、鍵の根本には3桁の番号が彫り込まれているのが確認できた。
「何だこれ……夜の誘いならお断りだぞ?」
「残念だがそうじゃない。招待状をお前達に送った貴族様が、その鍵を使う別館の部屋で待っているから会いに来いってさ」
そう言って彼女は開かれた部屋の出口の先にある建物を指さした。今居る屋敷よりも質素な造りのそれは異様に窓が多く、廊下以外は全てが個室なのではないかと思ってしまうような外観をしている。
「お師匠様が気になった人と会えるのですね! 一体どんな方なのでしょう?」
「おっと楽しんで想像しているところ悪いが、呼ばれているのはエルスウィンだけだから狼のお嬢ちゃんは同席出来ないぞ。別館は内々の話をするために作られた場所だから、呼ばれていない者は入っちゃいけないんだ」
ルナは俺の後を追って別館へと向かおうとしたナールの前に立ち塞がった。好ましくない類の貴族に良からぬことをされないか心配だが、呼び出した相手と問題を起こすわけにはいかないので彼女にはこの場で少しの間待ってもらうしかない。
「すぐに戻る。悪いが帰ってくるまで飯でも食って待っていてくれ」
「わかりました……規則は規則、仕方ないですしね! ナールは待ってます!」
一緒に来れず1人残されることに寂しさを覚えたのだろう。俺を見送るナールはその気持ちを露骨に顔と声色に出していた。出来得る限り早く戻ってやらねば。
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