狼傭兵と英雄少女   作:玉鋼金尾

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47話

 日が昇り丁度良い時間となった時、俺達は使用人の1人に部屋を汚したことを告げてから蛙男の下に"挨拶"をしに向かった。子供達2人は着替えて身体を拭いているが、俺は血の染みを口元に付けたままであるので出会う全ての使用人達の視線は恐怖で染まっている。

 

「何だ傭兵、朝っぱらから何の用――」

「夜食と下賜の御礼をと思いまして」

 

 暗殺者が持っていた財布や大槌を見せながら肉片を挟んだままにした口で笑みを作り、下手に出ている素振りを見せて礼をする。凶悪な見た目は不便に感じる事が多いが、今のような恐怖心を植え付けたい場合には便利だ。

 

「そ、そうか……喜んでもらえて良かった」

 

 会ったことのない類の相手に警告の混じった挨拶をされた蛙男は恐怖を覚えたらしく、首を振って周囲に護衛がいるのかを確認した。

 彼が視線を扉へと向けたその時、扉が勢いよく開かれこの地域で最初に会ったあの兵士が姿を現した。荒い呼吸をし、頬を汗で湿らせた彼は崩れるように膝をつくと枯れた声で話し始めた。

 

「報告致します! 国境沿いの村落を見たことがない化物と……仮面の女が襲っています! 居合わせた者が対応していますが、あまりにも数が凄まじくて……ここに来るのも、もう時間の問題かと……!」

「仮面っ! お師匠様!」

「あぁわかってる。2人とも行くぞ。ハゲとした約束を終わらせて、ついでに気は進まないが少しだけこのクソッタレな世界を救ってやろう」

 

 報告を終えると同時に倒れた兵士と蛙男に背を向けて歩き出す。

 相手が大きな行動を起こしてくれたおかげで、ようやくこの地域にやって来た本来の目的を果たせる。それに摩訶不思議な存在である仮面ならば、同じく摩訶不思議な存在である"大火"について何かを知っているかもしれない。そうであったなら都合が良い、そうであって欲しいものだ。

 

 

 兵士の報告の通り、街を出て少し歩いた場所まで化物は迫っていた。

 以前街中で襲ってきた複数の人間達を混ぜ合わせたような魔物の群れが、壊走する兵士達や逃げ惑う者達に襲い掛かっている。化物の動きから、統率が取れているというわけではなく各々が好き勝手に眼前の生物を襲っているように見える。

 

「指揮されているわけではないのか、指揮出来ていないのか」

「どちらなんでしょうね……」

「関係無い。全部倒すだけ」

「そうだな。2人共、まだ戦える兵士を出来る限り回収しながら前に進むぞ。街と逃げている連中は街に居る衛兵に任せて俺達は仮面をつけた女とやらを仕留める!」

 

 暗殺者から奪った石切りにも使えそうな大槌を握りしめ、勇者一行に属していた時にしていたように露払いとしての少女達の前を走る。目に見える範囲に居るのは200程度で街へ向かっているように見える。少なくとも突破は容易そうだ。

 

 先陣を切り、眼前に迫る化物の顎を大槌で下から上に向けて叩きつける。腰の回転を加え全体重を乗せた大槌は化物の頭部を下側から打ち砕き、破裂した骨肉が花火のように打ち上がる。

 襲い掛かろうとした矢先の一撃を受け、動きを止められたその魔物の残った頭部に対し、体の脇を摺り抜けた子供達2人が攻撃を加える。弟子は額に短刀を突き刺した状態で根元から折って致命傷を与え、鯱娘は槍斧の一振りで肉の繋がりを断つ。そうして瞬く間に1体を倒すことは出来たが、突破して前へと進むにはまだまだ壁はあり、それはこちらを捕食しようと迫っている。連携して1体を集中的に攻撃して倒すことはもう出来ない。ここからは各々が仲間を守りながら前へと進んでいかなければならないだろう。

 

「っ! 正面を抉じ開ける! 邪魔者をやれ!」

「ナール、左!」

「ランジェ、右!」

 

 俺が食い千切られ食い千切りながらながらも大槌を振り回し、前方へ進む道を作っている間。俺達を挟み込むようにして左右から襲い掛かろうとする魔物に対し、弟子達は時折お互いの場所を入れ替えながら戦い続ける。

 ランジェが死角から襲われそうになったならばナールは投げ輪を投げ、その逆が起こったならばランジェは呪術か何かで虚空より触手の束を呼び出して魔物を握り潰す。2人はお互いの死角と足りない部分を補い合い、俺が道を開くまで耐えてくれた。

 

「メシ、人飯! 食ウ!」

「マンマ、マンマ!」

「この人喰いの化け物共め……。お、おい! お前達逃げるな! ここで出来る限りを食い止めないと先に逃げた女子供が食われちまうんだぞ!」

「知るかよ! 俺達は逃げさせてもら――」

 

 敵の壁を突破した先には円陣を組んで戦っている兵士達が居た。彼等の内の数名は街とは別の方向へと逃げようとしたが、すぐに孤立したことに気付いた魔物に狙われ捕食されてしまう。群れから離れた被食者が捕食されたかのようだ。

 

「馬鹿な奴め。そこのあんた、助けに来てくれたのか?」

「仕事だから来ただけだ。仮面はどっちだ?」

 

 肉を飲み込み傷口が治っていくと違和感と痛みを感じながら、俺に対して過度な期待を持った兵士にあくまでも仕事で訪れたのだと伝える。勝手に御立派な人物であると思われ期待されても困る。

 

「あっちに居る……が、道中に妙に身軽な奴が塞いでいて辿り着くのは無理だ。ここは一度退いて城壁を活用すべきだ!」

「……馬鹿かお前は」

「ば、馬鹿とは何か! こっちはお前が無駄死にしない様に親切心で言ってやってるってのに!」

「それなら余計なお世話だ。いいか、良いことを教えてやろう。今から戻っても城門が閉じられていて逃げられない上に、城壁で足止めされている魔物と鉢合わせて集中的に狙われることになる。それこそ無駄死になるだけだぞ!」

 

 魔物が登ろうと殺到している城壁を大槌の先で指差す。そこは城攻めの様相を呈しており、兵士達が城壁の上から石を落として登ってくる魔物を落としたり、手足を掴まれ下に落とされてしまったりしている。

 驚くべきことにその城壁の上にはあの御令嬢が立っており、指を差し大きく口を開けて兵士達に指示を出している。見ているだけではいられなくなったのだろうか。勇敢な娘だ。

 

「それに城壁を守れたとしてもそれは一時凌ぎにしかならん。相手方にとって重要な部分を崩さない限りは何度だって大群を作り上げて仕掛けてくるはずだ」

「そうかもしれないが……だがな、仮面が相手にとって重要かどうかはわからないだろ。何か確証はあるのか?」

「強い個体がいるのにそれを前線に出さずに守りに使う。これって王や皇帝を守る近衛兵に似ていますよね? つまりそういう事……なんですよね?」

「あぁそういう事だ。この話を信じるか信じないか、乗るかどうかはお前ら次第だ。行き残っていたいだけなら、ここで固まって襲い掛かってくる奴等の相手でもしていろ」

 

 彼等の言動から正義感に溢れているとわかっているので、それを強く刺激する言葉を投げかけてから教えられた方向へと向かう。兵士の、それも彼等のような正義の味方のような類の者は見知らぬ者に命令されても彼等は動かないだろうが、正義感を刺激する言葉を吐きかけてやれば動く。彼等は自分が良い人間であるという部分を否定されることを強く嫌うのだ。


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