怒れる生徒に便乗し、五条の失墜を狙うモブ教職員。
校内で済むはずだった小さな諍いは、やがて呪術界へと広がっていく──!
ヘイトマスター五条、ここに見参ッ!
原作の時系列など整合性に欠いているので、それが気にならない人のみ読んでください。
好きなものを好き勝手書きました。
見に来てくれてありがとうございます。
「お、」
教室に入って来た五条は、思わず声をあげた。
そこにいるはずの生徒たちが、およそ一人もいなかったからである。
電気のついていない教室は、ガランとして家鳴りがした。
空席になった椅子は、きちんと机の中に入って、お行儀よく鎮座している。
五条は不思議そうな顔をして教室に入って、教卓の椅子を引いた。
「わあ」
椅子の上には、五条のスマホが五寸釘で打たれて死んでいる。
五条は三角にした口でニコニコしながら、「それ、画鋲置くところじゃなあい?」と一人で言った。
学級崩壊なんて初めてのことだったので、単純に面白かったのである。
この世のありとあらゆる悪意なんて、五条にとって娯楽にすぎなかったので。
この時、本人は気づいていなかったが、実は生徒たちの間で五条いじめが始まっていた。
度が過ぎる傍若無人に耐えかねて、ついに生徒たちがレジスタンスを起こしたのである。
五条いじめの筆頭は、釘崎であった。
彼女は毎週嫌がらせのように任務を入れられたせいで、すっかり都会人生活ができなくなっていた。
「新大久保に行かせろ!!!!!!!」という言葉を最後に、五条のスマホに釘を打った。
伏黒と虎杖は、釘崎の付き添いである。「まあ確かに、最近の五条先生には、目に余るものがあったし……」という、割かし冷静な判断だった。
あとの2年ズは、まあノリだった。
かわいい後輩たちが五条叩きをしてるなと思ったので、ノッたのである。
ついでに五条が痛い目を見てくれれば良し。半ば遊びみたいなものだった。
五条いじめに本気で取り組んだのは、高専の教職員たちの方だった。
彼らは散々五条の気まぐれに振り回され、辟易していた。マジで五条さん、痛い目見て学習してくださいよ、と。
単体で五条と争うのは怖いけれど、今回のは学校ぐるみなので、勇気が湧いた。
赤信号、みんなで渡れば怖くない。
そういう理屈から、今回の五条いじめは始まったのだった。
五条は上履き何てもんを持ってなかったので、代わりにしょっちゅうスマホを捨てられた。
ある時は川に、ある時は釘で打たれ、ある時は巨大な爪で引っかかれた痕があった。
そのせいで、五条はスマホを何度も買い替えなければならなかった。
連絡先をクラウドへ上げる前に壊されてしまうので、気づいたころには大半の連絡先を失っている。
終いには面倒になって、五条は自分から携帯をトイレに流してしまった。
呪術界のお偉方なんて、情報漏洩を恐れて未だに吠えメール(ハリーポッター風に言うなら)を使うので、スマホが壊れたところで何ら問題はなかったからだ。
トイレが詰まったせいで、五条は事務員から包丁を向けられた。
それを止めてくれる人間は元よりいないし、そもそも自分には斬撃など効かないので「バーリア!」とだけ言って笑って済ませた。
無茶苦茶な男である。
その様子を見ていた釘崎は、グギギと可憐なハンカチを噛んだ。
「何笑ってんのよ……!!!!!」
なんだかどこかで聞いたことのあるセリフだった。
例えば姉妹校交流会とか、禪院真依とか。
「おう釘崎、お前それ真希さんの妹と同じセリフ言ってるぞ」
「仲良しなんだな」
「殺す。あんたたちってどうしてそういうことしか言えないの? ただでさえ苛立ってる私に対して言う言葉ソレ?? 生まれるとこからやり直せ」
「あまりにも酷い……!!」
「だからそれを五条先生に言えって。俺らに言われても」
虎杖はびっくりしたように口元を覆って、伏黒は呆れたように腕を組んだ。
釘崎は噛んでいたハンカチを釘で破き、ゴミ箱に捨てた。
ちなみにこれは五条のハンカチだった。
「口ゆすいでくる。汚染されたから今」
「汚染だと分かってるのに何で嚙んじゃったの?」
「人は歯を食いしばらないとやってけない時があんのよ」
「じゃあ食いしばるのは歯だけでいいじゃねーか」
「うっさい!! アンタたちに私の悔しさなんて分かんないわよ!」
「理屈が通じなくなった時キレて誤魔化すのやめねえ?」
「途端に冷静になんのやめろ」
まあ、生徒たちの嫌がらせなんて、こんなものである。
根が良い子たちなので、五条に直接危害を加えることはしないのだ。
というより、五条悟に物攻が効かないことは分かりきっているので、賢明な判断でもある。
嫌がらせの本懐とは、無駄なエネルギーを使わないことだ。
逆にいじめの本懐とは、無駄なエネルギーをすべてつぎ込むことである。
アンチは効率的で、ヘイトは非効率的だった。
「あなたがもう少し人心を分かっていれば、かの友人も呪詛師にならずに済んだでしょうに」
「……ア?」
五条は久しぶりに、殺気立った顔で振り返った。
学級崩壊が起きてから、呪術界もなぜか五条を遠巻きにし始めたので、かえってストレスが減っていたのだ。
大仰で黴臭い老人たちを相手にしなくて済むようになったので、五条は鼻歌を歌って廊下を歩いた。
そんな折、ねばついた嫌味が耳に届いたのである。
見れば陰気臭そうな痩せぎすの職員が、細い目で五条をせせら笑っていた。
五条はろっ骨を折られたような気持ちになって、唇を引き結ぶ。
乾燥した唇が切れて、ピリッと痛んだ。
ポッケに手を突っ込んだまま、五条は低い声で言う。
「……何?」
「へえ。あなた、怒れたんですね。ヒトの感情なんか持ってないのかと思いました」
「何?」
「あなたは平気で人を使い捨てる。人を振り回す。へらへら笑って、何の痛みも感じていないように」
「何?」
「ヒトの感情を理解していないから。そうでしょう。そうですよね? だから大事な人からいなくなるんです。地獄に落ちますよ。ざまぁ見ろ。いえ落ちてる最中なんですね、今まさに」
「は?」
五条は職員を蹴り飛ばした。
予備動作のない、人を殺すような蹴りだった。
陰気臭い職員は地面に転がって、重たい咳と血を吐いた。
ろっ骨が折れたのである。
「何?」
機械みたいに、五条は繰り返して言った。
職員の胸倉を掴んで、無理やりに頭を上げさせて。
「なあ、何?」
雷鳴みたいな声だった。
腹に響く、重たい声である。
壊れたラジオみたいに、五条はそればかりを言って職員を恫喝した。職員はガタガタと震えて「だれか!」と叫ぶ。
五条の指は、力を入れすぎて真っ白だった。
その後駆け付けた他の職員が、五条と職員を引き離すまで、彼はずっと「何?」と繰り返した。
それはまるで呪詛のように。
別の職員は五条を突き飛ばし、陰気な職員を守ろうとする。
対して五条は、アッサリ突き飛ばされた。
「何してるんですか!」
別の職員は、五条に非難の言葉を放った。
五条はジッと床を見つめたまま、その場から動かなかった。……
弱みを抉ったので、効果は覿面だった。
あの陰気な職員は、効率的ないじめに成功したのである。
このときの暴力沙汰のせいで、五条はしばらく謹慎の身となった。陰気な職員のいじめは、ファインプレーだったのだろう。
夜蛾は何とも言えない表情をしていたが、五条は自分から謹慎を申し出た。
これはまるで、刑務所にでも入るかのようだった。
謹慎の期間は1か月ほどだった。
五条が車に乗り込んで実家に帰ると、釘崎たちは気まずそうに視線を交わす。
「……私たち、やりすぎたかしら」
「いや……けどアイツ、絶対ノーダメだったぞ」
「でも現に、暴力沙汰って……」
「……。冷静になりましょ? よく考えたらホラ、あいつって無茶苦茶じゃない」
「うーん」
「別に正気の時でも人くらい殴るわよね?」
「まあそうだな」
「けどさあ……」
「うーん……」
罪悪感のある三人衆、建設的な議論はできなかった。
みんな開き直ろうとしつつ、しかし心のどこかでそれができなかったのだ。
「……謹慎解けたら、教室行ってみる?」
「うーん」
「そうね。どんな顔で戻ってくるのか見ものだし」
「俺らが始めちゃったことだしなあ……」
「これでちょっとは反省してくれればいいけどな」
「悪いこと、したかなあ……」
ところで実家に帰った五条、なんと居場所を奪われていた。
またしても何も知らない五条さんは、家の表札が「五条」から「二条」に変わっているのを見て、キョトンと首を傾げる。
そうして何食わぬ顔で実家の敷居を跨いだら、帳が降ろされていて入れなかったのだ。
「……エッ?」
これには五条もびっくりして、バカみたいに何度も手でパチパチ帳を叩く。
五条悟だけを中に入れないタイプの帳が降ろされていた。
「──そこで何をしている」
凛とした声が響いて、五条は無防備に振り返った。
背後には、気位の高そうな御曹司が居て、五条はぽかんと目を丸くする。
五条は彼に見覚えがあった。
この男は五条の分家の人間で、名を二条清治という。
勝ち気でプライドが高く、前時代的な若者だ。彼はまるで当主のような振る舞いで、五条に汚いものを見る目を向けた。
「ここはもう貴様の家じゃない。五条の人間はお前を売ったんだ」
「……え。……。そんな恵みたいなことある?」
「五条家にとっても、貴様は目の上のたんこぶだったというわけだ」
「あ、ねえ。差し支えなければ聞きたいんだけど、僕っていくらで売買されたの?」
「話にならないな。出ていけ。ここはもうお前の家ではない」
「アハハ。あのさ、「話にならない」で相手を追い出すのって、自分のトークスキルが低いから上手く説明できないだけじゃないの? 僕はそう思うんだけど、実際どう?」
「……」
「ウケるよね。自分が相手を見下したつもりでさ、実際自分のスキルが足りないだけじゃない? うまく説明できるんなら、もっと自慢げにするでしょ? 犯人はよく犯行手口を意気揚々と喋るよね。アッハッハッハ」
五条は二条を指さして、心底馬鹿にするように笑った。
腹の底から二条を馬鹿にしている声だった。
マトモな二条は、こんなイカレポンチには取り合わない。ゆったりと鶴の絵の扇子を開き、風雅に扇いで家の中に戻る。
「家、ッアハハ! 家なくした、僕! むり。チョー面白い、アハハ……」
笑いすぎてくずおれた五条の膝が、土で汚れた。
カミキリムシが五条のスネを噛む。のけ反った白い喉が太陽に光った。
この静謐な土地でただ一人、五条だけが場違いだった。
これは生まれついての異色で、一生ものの孤独である。……
家を失った五条、謹慎中はホテル住まいとなった。
金には困っていなかったので、グランドホテルのスイートルームをとったのだ。
五条が口笛を吹きながらルームサービスを見ていると、窓の向こうから狙撃されてしまった。
五条家が五条悟を見放したと知った呪詛師どもが、一斉に暗殺を始めたのである。
「いいね。大統領になった気分だ」
五条は呑気に笑って、窓を割って現れた呪詛師を殺した。
どうせ処刑対象の危険人物だったし、ちょうど良いや、という具合である。
しかし実はこれ、二条清治が差し向けた罠だった。
「あの子は……あの子は、誤ってあなたを狙ったんです! 近くに他の術師がいて、そちらを狙っていたのです。何の罪もないあの子を、こともあろうにあなたは殺してしまったのです……!!」
呪術界のお白洲に呼ばれた五条は、そんな悲鳴を聞かされた。
五条はポカン……とした顔で、泣き叫ぶ老女を見つめる。
「いやいやバアさん、それ無理あるでしょ。ソイツは処刑対象の呪詛師だったし、僕じゃなくても殺してたよ」
「こんなむごい……こんなことが許されるのですか!」
「それ僕のセリフね。へえ。これって許されるんだ」
しかしすべてが敵に回った五条、そんな仕打ちが許されてしまった。
呪術界にとっても五条悟は目の上のたんこぶだったらしく、平然と見放されてしまったのである。
誰も五条を庇わなかった。
誰も五条の味方じゃなかった。
これにはさすがに仰天して、五条は真顔でその場に立ち尽くす。
「……」
五条は無言で目隠しを外した。
そうして裸眼で老女を見る。
老女はギョッとして身を固くして、避けるように腕で顔を庇った。
殺される、と思ったのである。
「……」
次の瞬間、五条は興味を無くしたように踵を返した。
──「僕」を引き合いに出せば、ルールがひっくり返るんだ。
そんなことを今更のように思った。
なら、10年前のあの時に、どうかひっくり返ってほしかった。……
高専に戻って来た五条は、笑わなかった。
目隠しもサングラスも外して、むき出しの裸眼で誰とも目を合わさない。
日に透けた睫毛が痛々しかった。
冷たい冬の逆むけによく似ている。
1年生三人衆は、笑わない五条を冷や汗をかきながら見た。
噂じゃ家もなくして、「冤罪の呪詛師殺し」でお白洲に呼ばれたらしいじゃないか。
「え。これ、って、ガチで俺たちのせい?」
「アイツにこんなに人望がなかったなんて……」
「いや。普通に考えておかしいだろ。いくらなんでも……」
「そもそも四面楚歌だったってこと?」
「俺たち「きっかけ」作っちゃったんじゃない?」
「どうしよう……」
「どうしようったって、さあ……」
虎杖の頬で、宿儺が大あくびをした。
伏黒はギョッとしたようにそれを見て、視線を床に落とす。
「ねえ野薔薇。今時間いい?」
「えっ!? え、あ。別に。いいけど?」
不意に五条に呼ばれて、釘崎はギクシャクと返事をして教室に入った。
久しぶりの教室である。
内心ひどく動揺していたが、悟られないように必死だった。
だってまさか、あの五条から「時間いい?」なんてことを聞かれるなんて。
どうにも居心地が悪かった。
傲岸不遜の彼を変えてしまったのは、自分たちかもしれなかったから。
しかし釘崎はプライドが高いので、健気に背筋を伸ばしてツンとした態度をとる。
「今月いっぱいで僕、退職することになったから」
「え、」
「呪具入れてた倉庫のカギ、渡しとくね」
「……ソレ、生徒に渡していいものなの?」
「ん? しーらない。けど、敵か味方かも分かんないヤツに渡すより……ってさ」
「……」
五条は黒板の方を見ながら笑った。
釘崎もその視線を追ったけれど、何を見ているのかは分からなかった。
彼女は一度目を伏せて、それから拳を握りしめる。
「……ねえ、アンタさ、」
釘崎が口を開いた瞬間、五条はグルッと廊下を見て笑った。
「あ、ようやく来たね」
妙に明るい声で五条が言うと、ズカズカと歩いて大股で廊下へ出た。
釘崎は一瞬ギョッとして、家鳴りのする教室に立ちすくむ。
「やっと尻尾出してくれて助かった~~! いつまでしょんぼり僕(笑)をやんなきゃいけないのかと思った」
廊下の向こうからは、くもぐった男の声と、明朗な五条の声が聞こえていた。
「いやあ、自分を偽るなんて生き地獄だよね! ま! オマエは本物の地獄に行くんだけど」
ドアの隙間からは、顔面を掴まれた陰気な職員が見えた。
高飛車な細い目を見開いて、死にかけの虫みたいに暴れている。
暴れて揺れたジャケットの隙間からは、一本の扇子が顔を覗かせていた。
……鶴の絵の描かれた、風雅な扇子でした。
ここまで見てくださったあなたは相当に我慢強いですね。
訳の分からない幻覚に付き合わせてしまい、申し訳ありません。
本当にお疲れ様でした。
閲覧ありがとうございます。