消えた天才が喫茶店やってる話   作:岩フィンガー

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身近なお店の気のいい店主が実はめちゃくちゃすごい人みたいな展開好き。


喫茶店を開こう!

 

 

 雨の日の喫茶店が好きだ。客足も少なくて、自分だけがこの場を独り占めしている感覚がして気持ちがいい。お客さんが来ない分、静かな店内では雨の音と店内で流しているジャズが混ざりあって一つの音楽を奏でる。普段の繁盛している雰囲気とは打って変わって、不思議で心地良い空間が生まれるのだ。

 

 

 今日みたいな日がいい例だ。

 来ているお客さんもまばらで、お昼時とは思えない静けさ。今日のようにお客さんが来ない日ばっかりでは経営も苦しくなるだろうが、私はむしろこんな日が多くあった方が嬉しい。

 バイトを雇っていないから忙しくない方が良いというのもあるが、単純に好きでやっているだけなので利益を求めている訳では無い。ギリギリ赤字じゃなければそれでいいのだ。

 

 

 

 

 喫茶店を経営する前までは音楽をやっていた。

 作曲をしたり、バンド活動をしたり、まあ典型的なバンドマンだ。

 

 活動していくうちにバンドは着実に有名になり、私自身もトラックメイカーとして名を揚げた。

 

 それから数年後にバンド全体の夢が叶う。夢が叶った私たちはこれから新しい目標を見つけてまた頑張っていこうと思った矢先、バンドは解散することになる。

 やっぱりアーティストたるもの、一人で売れたいという想いがあったのだろうか。一人がソロデビューを目指し脱退。その後はなし崩しに解散という流れだ。

 

 それぞれの道を進むメンバーたち。その中でも私は音楽活動自体から離れた。別に音楽が嫌いになった訳では無い。ただ目的を見失ってしまっただけだ。

 バンドを解散した時に気づいたのだが、私には私個人の夢というものがなかったのだ。私にとっての夢だと思っていたものはバンドとしての夢と変わらない。バンドを辞めた私にはモチベーションも創作意欲も残っていなかった。

 

 

 残っていたものといえば、音楽で稼いだ大金。それこそ一生働かなくても大丈夫なレベルの貯金はあったが、それでも何もしない訳には行かない。仲間が新しい目標を見つけて挑戦しているのに、私だけ何もしていないのは逃げているみたいで嫌だった。なんとかして皆のようにやりたいことを見つけたかったのだ。

 

 

 そこでふと思いついたのが喫茶店の経営。

 小学生の頃の自分の将来の夢は喫茶店のマスターだった。もし私が音楽をやっていなかったら、その情熱を喫茶店経営という目標のためにつぎ込んでいたと思うぐらいには喫茶店が好きだ。バンド時代、私は色んな喫茶店に通っていた。作曲で行き詰まった時に喫茶店に行くとインスピレーションが得られることがある。喫茶店という空間や隣の席の会話、美味いコーヒーと料理、色んなところに非日常が潜んでいる。そんな身近な非日常が私の心を刺激してくれる。

 

 

 喫茶店を開店するという目標を得た私は勉強を始めた。当然今まで音楽以外に触れることがなかったため、喫茶店開業に必要な知識など持っているはずもなく、勉強をする必要があったのだ。ただ、喫茶店開業に特別な資格は必要ないのだが、やっぱりいい物を提供するならそれ相応の勉強は必要だ。それからの私はバリスタスクールに通ったり、調理師免許の取得に取り組む生活を過ごした。そうして数年の勉強を経て、私は喫茶店を先月開店するまでに至ったのだ。

 

 念願の喫茶店経営はすごく楽しい。毎日毎日新鮮な経験ばかりで、音楽しかやってこなかった私にとっては本当に非日常の毎日だ。

 

 だからこそ、私の人生のハイライトはきっとバンド時代なのだろうなと思ってしまう。あの日々を超える経験はもうこの先の人生でもうないのだと確信してしまった。

 

 だがもうそれでいいのかもしれない。変なことを始めてあの楽しかった日々に泥を塗るよりも、思い出として封印して永遠に色褪せない物にした方が良い。

 

 

 音楽は形に残る思い出だ。私たちの音楽は本に挟む栞みたいな物で、人生という本の間にいつまでも存在している。記憶が薄れていっても、その栞があればいつでもその人生のページに戻ることができるのだ。だから普通の人よりは絶対に恵まれているし、不満は言えない。

 

 

 

 そんなことを考えながら、溜まっていた皿を拭いていたらもう最後の一枚。やっぱり今日はお客さんが少ないな。今店内に居るのも髪が短めな女の子一人。このまま雨が止まないなら早めに店を閉めようかね。

 自由に自分が決めることが出来るのも、個人経営のいい点だと思う。私の性格的に企業勤めは絶対無理だったから自分の店を開店できて良かった。

 

 

 とりあえず天気予報を見てから早めに閉めるかを決めよう。そう思って、裏のパソコンを見に行こうとしたその時。

 

 

 からんからん

 

 

 

 ドアベルが軽快な音を鳴らす。新しいお客さんが来たということだ。やっぱりバイト雇おうかな。作業が中断されるのはあまり好きじゃない。とりあえずすぐにカウンターに戻った。

 

「いらっしゃ──」

「あっ、へっへい、大将やってるぅ…………」

 

「へいらっしゃい」

 

 …………店間違えてないか? 

 居酒屋じゃないんだけどうちは。てか大将は私だろうが! 

 

 今来たジャージの女の子は店にいた子と友達らしい。待ち合わせでもしてたのかな。それなら天気予報見に行ってもいいか。

 

「注文あったら呼んでください」

 

「あっあっ、はい」

 

 注文しないと決まった訳ではないので、とりあえずお冷だけ出して裏に戻る。

 

 パソコンで世田谷区の天気を調べてみる。1時間後には雨が止むらしい。雨が止むなら17時くらいにまた混みそうなので、店は閉めなくて良さそうだ。

 暇だからあの子たちの会話に聞き耳立てるか。

 

「…………」

 

「…………」

 

 …………全く話してないし。なんならジャージの子はテーブルに突っ伏してるし。さっきはあんなに仲良さそうなやり取りしてたのに。

 

「……? 早く歌詞見せて」

 

「あっはい、お願いします」

 

「うむ、拝読いたす」

 

 どうやら歌詞のチェックに来たようだ。この子達はバンドでもやっているのかな。

 懐かしいなあ。昔は私もメンバーとこういうことをしてた記憶がある。レコーディングの時でも意見を言わないベースの奴が歌詞のチェックになると急に厳しくなって、本気の議論になったなあ。自分の過去と重なって色んな思い出が蘇ってくる。

 

 ノスタルジーに浸ってたら会話を全然聞いていなかった。

 

「個性を捨てたバンドなんて死んだのと一緒だよ。前のバンドも結局解散しちゃったし。私このバンドには死んで欲しくないな」

 

 めっちゃいいこと言うね。ジャージの子はキャッチーな売れ線歌詞を書いていたのかな。やっぱり歌詞は形にすることよりも、どれだけ自分の世界を展開出来るかなんだと思う。

 

「だから他人のこと考えてつまんない歌詞書かないで自分の好きなように書いてよ。皆ぼっちがいいと思ったから頼んでるんだ。バラバラな人間の個性が集まって、それが一つの音楽になるんだよ」

 

 ああ…………うちのベースと同じこと言ってる。

 感動だ。私は膝から崩れ落ちた。バンドっていうのはこういう関係が理想的なんだよ。学校にいる軽音部バンドには無いような、音楽に本気で向き合ったが故の悩み。それを真摯に受け止めて、助けてくれる仲間がいる一枚岩な関係のバンドは絶対に上に上がってくる。今の時代にこんな音楽にひたむきな若者に出会えるとは思わなかった。今は何よりも、この子たちの奏でる音楽が聞きたい。やっぱり音楽はいいものなんだと再認識させられた。

 

 なんていうバンドなんだろう。聞いてもいいのかな。他人の会話に聞き耳立ててたキモイ奴だって思われないかな。いや思われてもいいから話しかけよう。きっと後悔する。

 

 とりあえずお会計になったら話しかけよう……

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 まさかリョウ先輩がこんなにしっかりした人だったなんて……

 リョウ先輩への認識を改めよう……だってこんなにも結束バンドのことを考えてくれてるんだから。

 

「ところでさ、ぼっち」

 

「あっ、なんでしょう…………」

 

「今手持ちがないのでお金貸してください」

 

 …………前言撤回。やっぱりリョウ先輩はお金使いが荒くて、後輩に金をたかるクズベーシスト。なんか逆に安心する。

 それに今から私はリョウ先輩に衝撃的なことを伝えなければいけない。

 

「あっあの、私も今財布に小銭と交通系ICしかなくて……」

 

 そう言って財布の中を見せる。だんだん青ざめていくリョウ先輩。

 

「…………ぼっち」

 

「…………じゃあ私はそろそろ…………今日はありがとうございました……」

 

「二人で皿洗えば二倍の速さで終わるから」

 

 やっぱりリョウ先輩って感じだ。

 気持ちは分からなくもない。なぜならお店の人がちょっと怖い。

 すごく綺麗で美人な人なんだけど、随所随所から只者じゃないオーラが伝わってくる。服装は柄シャツと柄スキニーにスモークがかかった眼鏡。極めつけには首に入った鷲のタトゥーと、袖から覗く腕に入っているタトゥー。今私たち以外にお客さんもいないから、あの人と二人っきりだ。

 

「も、もしかしたら優しい人かもしれませんよ……さっき泣きながら膝から崩れてたし…………?」

 

 よく分からないけど、さっきあの人は何かに感動して泣いてた。裏にテレビでも置いてあるのかな。何かに感動して泣く感受性を持っている人なら相当優しい人のはずだ。

 

「…………ちょっと行ってみる」

 

「が、頑張って下さい!」

 

 すたすたとあの人がいるカウンターまで歩いていくリョウ先輩。そして突然の土下座。

 

 

「今手持ちが無いんで、皿洗いでも靴舐めでも何でもするんで許してください!」

 

 静かな店内にリョウ先輩の腹から出たような大きくて情けない声はよく響いた。お店の人はすごく驚いた顔をした後に、一瞬だけニヤリとした後にこう言った。

 

「あのさ、さっき君たちの会話を聞いてたんだけど…………」

 

 そこから語られたことを要約すると、私たちの会話に感動したからお代はいらないけど、その代わりにバンド名とどこで活動しているか教えて欲しいとの事だった。

 確かにリョウ先輩はいいこと言ってたけど、まさか泣くほどとは思わなかった。それから私たちは店長としばらくの間談笑をした。

 

「私も昔はバンドやってたんだけどさ。今は楽器をコレクションしてるぐらいで全然音楽から離れてたんだけど、久々にいい若者に会えて興奮してるんだ」

 

 ここの店長であるユーリさんはバンド時代にミュージックドリームを叶えて、今は喫茶店をやっているようだ。お代がいらないって簡単に言ってたのも、口座に9桁の貯金があるかららしい。

 まさに私の目標。ああ、私も早くお金を稼いで高校中退したい…………。

 私がユーリさんに夢を聞かれてそう答えたら、普通に共感されてしまった。

 

「でもさ、ぼっちちゃん、ぼっちちゃんにそんな小さな夢は似合わないと思うんだよね」

 

「えっ、そうですかね……?」

 

「ぼっちちゃんには素質を感じるよ。ロックスターのね」

 

「えっえへへ……そうですかね……えへへへ…………」

 

「だからさ、今ここでぼっちちゃんの夢を再設定しようよ」

 

「えへへへへ…………え?」

 

「私はぼっちちゃんにはでっかい夢を叶えて欲しいのよ」

 

 ええ……突然そんなこと言われても……

 

「さあ! ぼっちちゃん! 新たな夢を作るのだ!」

 

「ぼっち、頑張れ」

 

 リョウ先輩まで……。私の夢……とにかく有名になった後のその先……。テレビに取材されるくらい有名になるとかじゃきっとダメって言われそうだなあ。武道館ライブ?SSA2daysライブ?何がいいだろうか?うーん……あ……。

 

「わ、私は……」

 

「「おお」」

 

「音楽で世界に羽ばたいて……」

 

「「おお!!!!」」

 

「国民栄誉賞を取りたいです…………!」

 

「「うおおおおおおおお!!!!」」

 

 ああ、全部肯定してくれるユーリさん優しい…………。何故かリョウ先輩もスタンディングオベーションしてるけど。

 決めた。この店に通おう。ここ三軒茶屋だし、下北からそこまで遠くもないからバイトのついでとかに絶対来よう。

 

「あのユーリさん、楽器のコレクション見てみたいのですが」

 

「いいね! 私も人に自慢したかったんだよね! ちょっと店閉めてくるね」

 

「そこまでしてくれなくてもいいですけど…」

 

「大丈夫! どうせ雨で人なんて来ないから!」

 

 リョウ先輩の提案で、二階のユーリさんの家にお邪魔させていただくことになった。ユーリさんはドアの看板をCLOSEDに変えに行く。大雨でお客さんは来ないという言葉とは裏腹に、既に雨は止んでいた。

 

 




リョウ先輩に助言を貰う回って原作だと雨降ってるけどアニメだと普通に晴れてますよね。

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