消えた天才が喫茶店やってる話   作:岩フィンガー

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年内に次話を出したい


ライブに行こう!

 

 とうとう結束バンドのライブの日。

 二週間前から店の臨時休業を告知し、最高の準備でこの日を迎えた。

 

 しかし関東には来ないと言われていた台風がまさかの直撃。家から出るのが憚られるほどの大雨が朝から降っていた。ただでさえ、まだライブ回数も少ない結束バンドを見に来る人が少ないのに、この雨でさらに減っちゃいそうで心配だ。

 

 それにしても本当に今日は雨がすごい。店を開けていたとしても、ほとんど人が来ないような天気だ。こりゃ開けなくて正解ですわ。

 

 楽しみ過ぎて無駄に早起きした私は夕方頃までの長い長い時間をどうにか潰し、とうとうライブの時間まで数時間程度になった。

 

 そろそろ出よう。晴れていたら歩いて行こうとも思ったが、この雨ならやめておく方が良さそうだ。初めて行くから駐車場があるのかも分からないし大人しくタクシーで行こう。

 

 家から出てタクシーを拾い、目的地を伝える。

 ライブハウスなんて何年ぶりだろう。もう覚えてないほど昔だ。それも見る側で行くのは初めて。目的地に近づくにつれて、ワクワクよりも緊張が勝り始めた。私がライブする訳じゃないのにね。

 

「ありがとうございました」

 

 とか考えていたらもう着いていた。お金を払ってタクシーを降りる。下北と三茶。同じ世田谷区だしすぐに着いちゃった。ああ緊張するなあ。

 

「あ!ユーリちゃんじゃん!」

 

 下北沢駅の方向から廣井さんがふらふらしながら傘もささずに歩いてきた。普段だったら酔っぱらいが近づいて来るのは嫌だが、今日に限っては嬉しい。一人で入らなくて済みそうだ。

 

「廣井さん、十日ぶりですね」

 

「いやー!お店行こうと思ったんだけどね?よく考えたら店名も知らないし、連絡先も交換してなかったからさー!あ!これこないだの電車賃です。ありがとうね」

 

「返ってこないと思ってましたわ」

 

 雨で湿っている千円札を渡される。まあ返ってこないよりはマシだからいいや。

 

「じゃあ連絡先交換します?」

 

「しようしよう!店名も教えてよ!」

 

「純喫茶Sekiってとこです」

 

「え?有名なブログかなんかで見たよー!すごい美味しいところって書いてあった!」

 

「あー、なんか最近お客さん多いと思ったらそういうことなんすね」

 

 有名ブロガーに書かれていたそうだ。前に『ブログに書いてもいいですか?』って聞いてきたお客さんがいたが、その人結構有名だったんだな。

 

「とりあえず入りません?雨すごいですし」

 

「うん!そーしよ!」

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「あ〜私の友達も来れないみたいです」

 

 喜多さんの友達も来れない、虹夏ちゃんの友達も来れない、リョウさんの友達も来れない……私の親も来れない……。

 

 私の嫌な予感が当たってしまって、今日は来ないはずの台風が直撃している。これで私が路上ライブで売った二人も来なかったら人が本格的に少ない……。

 

「結局、半分以下になっちゃいましたね……」

 

「しょうがないよ!切り替えていこう!」

 

 やっぱり虹夏ちゃんはどんな時も明るいな……。そういえば助っ人で入った最初のライブの時も怖がっていた私を元気づけてくれたっけ……。

 

 よ、よし!今日は私が盛り上げていくぞ!私の家で遊んだ時のサングラスをかけて……。

 

「ぼっちちゃん、真面目なライブだから今日はふざけちゃだめだよ」

 

 ……別にふざけたつもりはなかったんだけどな……。これが温度差か……。

 

 

「ぼっちちゃん来たよぉおお〜〜〜〜」

 

「あっ……お姉さん……」

 

 お姉さんは来てくれた。一人分は貢献出来た……。

 

「えっお前ぼっちちゃん目当てで来たの?」

 

「そうだよぉ〜」

 

「えっ?お知り合いなんですか……?」

 

「私の大学の後輩」

 

 意外な繋がりだ……同じ学校だったんだ……。

 

 からんからん

 またお客さんが来たようだ。

 

「やあ、ぼっちちゃん」

 

「あっ、ユーリさん……!」

 

 ユーリさんも来てくれた……!良かった……!

 

「あっチケット買います。結束バンドを見に来ました」

 

「あっはい」

 

 ユーリさんの刺青にちょっと面食らったPAさんが対応する。

 

「ねえねえぼっちちゃん、あの人知り合いなの?」

 

「あっ、そうです」

 

「なんかすごいね、カリスマ感というか、オーラというか、貫禄が只者じゃない感じがする……」

 

「あっ……リョウ先輩も知り合いですよね……」

 

「うん、ユーリさんは超いい人」

 

 お代を負けてもらっただけあって言葉に重みがある……。

 

 

 それから立て続けに私のお客さんが来る。路上ライブの時にチケットを買ってくれた二人のお姉さんも来てくれた。

 

「き、来てくれたんですか……!」

 

「もちろん!だって私たちひとりちゃんのファンだし!」

 

「台風吹っ飛ばすくらいかっこいいライブ期待してますね!」

 

 うへへ……私のファン……。ぐふふふ……。

 

「えっ?こんな人だったっけ?」

 

「人違いかも……」

 

「ぐへへへへへ……」

 

「「人違いでした!」」

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 とうとうライブ直前。結束バンドの子めっちゃ緊張してるなあ。まあ他のバンドのファンも来てるし、聞いてくれるかもね。

 

 だがそんな期待も消えるような言葉が響く。

 

「一番目の結束バンドって知ってる?」

 

「知らない興味なーい」

 

「観とくのたるいね」

 

 ……まあ好きなバンドを見に来たのなら、知らないバンドにこう思うのはしょうがないよね。これがステージの裏の方まで聞こえてたら引きずっちゃうだろうな。

 

 私たちのバンドはやりたい事をやるだけだったから、こういうことを言われても全く気にしなかった。客の言うことなんて知らねえよって感じのスタンスで、名声も人気も金も勝手についてきただけ。

 

 だけど結束バンドはそうはいかないだろうなあ。お客さんを大事にするタイプのバンドだ。まあ活動していくには批判はつきものだから、乗り越えなきゃいけないんだけどね。

 

 まあとにかく頑張って欲しいね。ぼっちちゃんが本来のパフォーマンスが出来れば、批判する人も黙らせる実力はあると思うよ。

 

 

 しばらくして結束バンドのライブが始まった。MCはお世辞にも面白いとは言えないけど、最初はこんなもんだろう。

 

 あくまで演奏がメインだ。

 結束バンドの曲、つまりはぼっちちゃんが書いた歌詞を初めて聞くことが出来る。

 

 作詞というのは人生の写鏡。もちろんジャンルにもよるが、歌詞にはその人の歩んできた人生が表れていると言っても過言では無い。

 

 自分の体験という裏付けがある歌詞はリアルで、重みがあって、それでいて心に刺さる。それはどんなに些細な体験でも、言語化して声に出せば音楽になる。

 

 だから作詞は面白い。紙とペンがあれば誰でもヒーローになれる可能性を秘めてる。

 

 

 導入のMCが終わって一曲目が始まった。

 やっぱり緊張しているね。演奏に一体感がない。ギリギリ形にはなってるけどって感じだ。

 

 歌詞はすごい良いね。ぼっちちゃんが歩んできた一人ぼっちの人生。ぼっちちゃん以外には書けない味が出てる、ぼっちちゃんらしい歌詞だ。メロディーの気持ちよさだけの大衆向けの曲より何百倍もいい。

 

 それだけに、本来のパフォーマンスができていないのが残念だ。普段通りやれば、この少ないお客さん全員振り向かせることが出来るのに。結束バンドはこんなものじゃないって知らしめることだって出来るのに。私がこんなに悔しいんだから、ステージの上にいる彼女たちはもっと悔しいはず。

 

 一曲目が終わる。そもそも入っているお客さんが少ないのもあってか、会場は冷えきっている。ここから巻き返せるかな。

 

 演奏の技術は突然劇的に変わるものではない。それでもスロースターターなバンドはいる。二曲目でギアを上げることが出来るといいね。

 

 

 二曲目が始まる。結束バンドを見に来た人以外、誰も期待していない空気感。

 

 そんな状況を打開するきっかけがここで生まれる。

 

 明らかに雰囲気が変わったぼっちちゃんのギターソロから始まった二曲目。さっきの不安そうな表情から一転、憑き物が落ちたみたいないい表情だ。

 

 演奏も私の家でやった時よりも、路上ライブの時よりも、格段に良い。吹っ切れたんだね、ぼっちちゃん。

 

 

 そう、ぼっちちゃんは魅せた。次は君たちの番だよ。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その後、ぼっちちゃんの変化に呼応した結束バンドは、一曲目が嘘のようなクオリティの演奏をやり切った。

 

 冷えきっていた会場も大盛り上がりとまではいかないが、初めてにしては上出来の盛り上がりだ。

 

 しかし今日の結束バンドのライブは手放しに褒められるものでは無い。改善するべきところなんて山のようにある。

 

 

 それでも、私は今日のライブのことを一生忘れないと思う。

 

 この興奮も、この熱狂も、全て見る側でしか得られない物だった。私たちのファンもこんな気持ちだったのかな。

 

 自分たち以外の音楽に衝撃を受けたのは本当に生まれて初めて。私の視界には私たちの音楽しか映っていなかった。そんな私が好きなバンドを見つけたよ、みんな。

 

 ああ、音楽をやりたいなあ。

 でも私は知っているんだ。もうみんなは私のやりたい音楽なんて興味が無い。自分だけの夢を見つけて突き進んでいるんだ。それを邪魔するくらいならアーティストとしての私を押し殺した方がよっぽど良い。

 

 それが今日のライブでよく分かった気がする。正真正銘、『Second Drop』のユーリはここで死んだ。私だけが怖くて進めなかったけど、今日やっと進めたよ。

 

 私も新しく一人で音楽を始めてみようか。もちろん喫茶店は続けながらね。

 私も今から追いつけるかな。こんな私が肩を並べてもいいのかな。

 

 なんだか私らしくないな。うん!私らしく行こう。

 

「ユーリちゃん!打ち上げ行かない?」

 

 そんな私の思考に突然入り込んでくる酔っぱらいの声。

 

「サシでですか?」

 

「いやいや、結束バンドのみんなとStarryの人でさ!」

 

「ええ、私なんかが行ってもいいんですか?全然面識無いですけど」

 

「いいのいいの!人数多い方が楽しいじゃん?」

 

「私明日の仕込みまだ終わってないんですよね」

 

「お願い!行こ!」

 

 そこまで言われるなら行こうかな。結束バンドの面識ない二人とも話したいし。

 

「じゃあ、行きます?」

 

「やったー!!絶対だよ?今日車で来てないよね?よし飲もう!」

 

 うるさいなあ、この人。でも今は気分がいい。お酒なんて飲んだらもっと楽しくなっちゃうなあ。今の私の顔は自分でも驚くほどの笑顔だと思う。

 

 ああ、結束バンドに出会えて良かった。本当に毎日が楽しいな。

 

 そしてそれはこれからもだ。きっとこれからも楽しませてくれる。

 

 本当に楽しみだよ。そんな期待を胸に私は居酒屋に向かう。

 




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