そして翌日の文化祭ライブの日。暇だったから朝から来たけど文化祭って意外と面白い。昨日はぼっちちゃんの店にしか行ってなかったけど、今日はお化け屋敷とか色んな出店にも行った。
私は二年間は海外のハイスクールに通ってたから文化祭はやってなかったし、日本に戻ってきてから通い始めた高校は文化祭にはあまり力が入ってない高校だったからこんなの出来たら楽しいだろうな〜って思う。海外じゃクラス全員で同じことに取り組むってことが極端になかったんだよな。
でももう文化祭を楽しむような年齢は過ぎてしまっている…いい大人がはしゃいでたら恥ずかしいからそこそこで終わりにしておいた方が良さそうだ……あっここのお店も面白そ〜…占いかぁ……最後にここだけ入ろうかな……?
「あれ? ユーリちゃんじゃ〜ん!」
「あ、廣井さん」
「何やってんのぉ〜? 私は迷っちゃってさ〜! 体育館ってどこだろ〜?」
私みたいなのが言うのもなんだけど、この酔っぱらいなんで入れたの。
「てかユーリちゃんめっちゃ楽しんでね? 帽子なんか被っちゃってさ〜?」
「いやいや、もうそんなはしゃぐ年齢でもないですし…」
「その格好じゃ全然説得力無いけどね〜」
私の格好のどこが変なんだ! 言ってみろよ!
「いつもの格好で来たんですけど」
「いやいや、本気で言ってる? 眼鏡もいつものやつじゃなくて星型のサングラスだし、片手でフランクフルトとチョコバナナ持ってるし、なんかいっぱい袋持ってるし! 普段つけてたら絶対恥ずかしい帽子つけてるし!!」
……確かに、言われてみれば私の格好おかしいね。でも家からこの格好で来たわけじゃないから! このパーティーグッズみたいなの射的とかの景品で貰えるんだもん!
はしゃぎすぎたね。恥ずかしいね。
「……外しますよ! 外せば良いんでしょ!」
「いや別に外せって言ったわけじゃ無いけど〜、良いじゃん! 可愛いし! 似合ってる!」
「ああああああああああ!!!!」
うるさい! そういうフォローが一番いらない! もう帰る!
「帰ります!!」
「結束バンド見に来たんでしょ〜、帰っちゃダメじゃ〜ん」
うぐ、それを言われると帰れない。羞恥心と結束バンド、天秤にかけたらそりゃ結束バンドの方が重いに決まってる。
「……体育館はそこの渡り廊下から出た所ですよ…ご丁寧に張り紙まで貼ってありますから」
「ああ! こっちか! じゃあまた後でね!」
え? これ一緒に行こうって流れじゃないの?
「私ももうやることないんで一緒に行きましょうよ」
「ユーリちゃん、そこの出し物に入りたそうにしてたからさ〜? そこ行ってからでも全然良いよ!」
「べべべ別に行きたく無いですけど? 私の友達が占い好きだったからそれ思い出してただけです!」
い、行きたいわけないじゃん……所詮高校生だよ? プロの占い師でもないし……。
「ふーん、じゃあ時間まだ結構あるし私は行こっかな。ちょっと気になるし」
「え……?」
「ユーリちゃんは興味無いよね、先体育館行っててもいいよ!」
「ひ、廣井さんが行きたいなら行ってあげてもいいですけど……」
「えー本当に!? じゃあ行こうよ!」
しょうがないなぁ、廣井さんは! 行きたいなら早く言ってくれれば良いのに!
「可愛いなぁ、この子」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いやー! 意外と本格的だったね!」
「はい! なんか文化祭のレベルじゃなかったですよね!」
とりあえず占いの店から出て、今は廣井さんと体育館に向かっている途中。占いの出し物は結構凄かった。普通に街でやってるような占いの店みたいな感じ。
「それにしても廣井さんが……け、結婚……」
「えー? 笑わなくてもいいじゃん!」
だめだ、笑いが……。こんな人結婚出来るわけないじゃん……。
「そういうユーリちゃんの方こそ、頭上注意とか言われてたじゃん! 近いうちに痛い目見るぞ〜」
そう、私もそんなことを言われた。街中歩いてたら植木鉢とか落ちてくるのかな。
「いやいや、頭に何か降ってくるだけなら対策出来ますよ。気をつければ良いだけですから」
上に気をつけてれば絶対気づけるでしょ! パラシュートで人が落ちてくるとかならまずいかもしれないけど。
「あ、ユーリさんこっちです!」
「あ、店長さん」
そうこうしてる内に体育館に着いていた。ステージの前の方でスターリーの店長さんが手を振ってる。すごい特等席じゃん。
「いやー、こういうのって初めてなんではしゃいじゃいますね!」
「ああ、ユーリさんって海外の学校行ってたんだっけ」
「高校は二年間だけですけどね、海外じゃ文化祭やらないんで」
「楽しいもんですよ、やる側も見る側も」
「先輩〜、私もいるんだから無視しないでよ〜」
「うわっ、お前今日も酒飲んでんのか……」
廣井さんが店長さんに絡みに行ってるのを脇目に、ステージ横を覗き込んでみる。うーん見えそうで見えない。確か結束バンドはこの次だったか。
ぼっちちゃん、緊張してるだろうなあ。普通の人だったら文化祭ライブはお客さんも知ってる人が多くてやりやすい雰囲気だと思うけど、ぼっちちゃんだもんね。普通の人じゃないから。
幸いなことに、文化祭ライブのハードルは低い。みんなプロ並みの演奏求めてるわけじゃないからね。それに少ないけどいつものお客さんもいるよ。後ろの方には金沢八景の時の人、私たちの反対側にはぼっちちゃんの親御さんらしき人がいる。私がぼっちちゃんだったら、家族がアイドルライブみたいなうちわ持ってくるの恥ずかしいけどなぁ。ビデオ撮られるぐらいなら良いけど。
それに廣井さんに店長に、私もいる。いつもとそんな変わらないと言ったら嘘になるけど、いつもと同じところもある。
何度も言うようだけど、いつも通りやれば大丈夫。落ち着いて行こう。
「あ、そういえばユーリさん、今度うちでライブするんでしたよね」
廣井さんとのプロレスを終えた店長さんが話しかけてくる。
「そうですね、お世話になります。でも告知はしないんで収入のお力になることは出来ませんが」
「告知しても集客は見込めないんですか?」
「とりあえず呼ぶのは知り合いだけにしとこうと思ってて。解散して何年も経ってますけど、告知したらお客さんは何人か来るとは思いますけど」
「え!? ユーリちゃんライブすんの!? 私も行く〜」
「是非来てください」
ここは謙遜しておこう。告知したらキャパオーバーどころじゃないからね。日本最大のアリーナでも余裕で満席どころか、会場の外までお客さんでいっぱいだったんだから。下北のライブハウスじゃあ結果が目に見えてる。
「とりあえずは結束バンドですね、もうすぐ曲も終わりますよ」
いつの間にか次だ。私も緊張してきた……。
一つ前のバンドの演奏が終わる。このバンドの片付けが終わったらもう始まるね。
しばらくして片付けが終わったのか、司会の子がアナウンスをする。
「続いてのバンドは結束バンドの皆さんです」
ステージの幕が上がる、それと同時に一斉に歓声が上がった。喜多ちゃん人気すげー。
「お姉ちゃーん!!」
「ひとりちゃーん!!」
ぼっちちゃんも普通に人気じゃん。私もなんか言っとこうかな?
「おぉ〜い! ぼっちちゃ〜ん! 頑張れぇ〜!」
……やっぱやめとこうかな。私は自分のことを客観視できるんだ。こんなやばい酔っぱらいに加えて、私みたいな刺青入りまくりの怖い人が声援を送ってたら、ただでさえ浮いてるぼっちちゃんが余計浮いちゃうからね。でもライブに来てないとは思われたくないから手を振ってアピールしとく……あ、ぼっちちゃん気づいた。
こう考えると、ぼっちちゃんの人脈面白いなぁ。同年代の知り合いがほとんどいないじゃん。みんな年上だし。
「ってあれ? ぼっちちゃんなんで無視すんの〜! きくりお姉さんだよ〜〜!」
「お前はいい加減にしとけ!」
またも店長にプロレス技をかけられてる廣井さん。私は関係ないふりして離れておこう……。
「今日は私たちにも、みんなにとってもいい思い出になるようなライブをします! それでもし少しでも興味が出たらライブハウスにも見に来てくださーい!」
喜多ちゃん本当に人気だなぁ。一挙手一投足に歓声が上がる。
「それじゃ、一曲目行きま〜す!」
こうして結束バンドの文化祭ライブが始まった。
ある程度場数も踏んできたからかな。ちゃんと落ち着けてるね。
みんな落ち着いてるから安心して見れますわ。やっぱり緊張は観客まで伝染するから堂々としてた方が良いね。
これからトラブルが起きるとしたら機材だけだ。本人たちはこれ以上にないパフォーマンスを出来てる。
一曲目が終わる。うん、良かった。このまま何も起きないと良いけど。
不安なのはぼっちちゃんのギター。なんかチューニングが安定してない。終わったら修理出した方がいいよ。まあひとまずの問題は最後まで持つかどうか。なんか嫌な予感がするなぁ。
「皆さーん! 初めましてー! 盛り上がってますかー?」
「ベースの山田リョウ曰く、結束バンドはMCがつまらないそうでして〜」
虹夏ちゃんのMCが始まったけど、ぼっちちゃんは心ここに在らずって感じだ。客の私が気づくぐらいの異変なんだから、弾いてる本人が気づいてないわけない。どうにか乗り切ってくれ、ぼっちちゃん。
「それじゃあ、二曲目です!」
二曲目が始まる。私がギター持ってきてたら貸してあげるんだけど、まあ持ってないよ。持ってきてあげれば良かったね。
しばらくは異変が起きないまま曲が進行する。それでもやっぱり私の嫌な予感が当たったのか、ぼっちちゃんのギターの1弦が切れる。
ペグも故障してるから2弦のチューニングも直せない。どうやって乗り切ろうか。もうすぐぼっちちゃんのギターソロが来るよ。
ぼっちちゃんの異変に気づいた喜多ちゃんがアドリブで場を繋ぐ。うん、成長してるのはぼっちちゃんだけじゃないんだよね。
でもどうしますよ、時間を稼いでもぼっちちゃんのギターは直らんぜ。
ぼっちちゃんのギターソロパートが来た。聞こえてくるのは鳴らないはずのギターソロ。
ぼっちちゃんは廣井さんが飲んでたカップ酒の空き瓶を使ってボトルネック奏法を始めた。
「この土壇場でボトルネック奏法とか普通やるかぁ? すげーな」
「あれならチューニングずれてても関係ないもんね。私がお酒飲んでたらたまにはいい事もあるっしょ?」
土壇場でチューニングが合わない。そんな状況を覆せるとしたらそれしかなかったんだろうけど、普通の人は自分の演奏の練習に精一杯でスライドギターの練習なんてしてないのよ。私でも出来ないし。
それが孤独をギターで埋め続けたぼっちちゃんにしか出来ない業。誰よりもギターに触ってきたぼっちちゃんにしか許されない乗り切り方だよね。
こうして何とか二曲目も無事に終わる。一曲目とは比べ物にならないくらいの歓声で埋め尽くされる。本当にファインプレーだったからね。
やっぱり結束バンドは素晴らしい。これからも応援し続けよう。
「えーと……本当はこのまま最後の曲行く予定だったんですが……これだけは言わせてください! 今日は本当にありがとうー!!!」
「この日のライブをみんなが将来自慢できるくらいのバンドになりまーす!!」
「武道館行っちゃえー!」
「ご……なんとかさんも良かったぞー!」
「弦切れたのによく頑張ったねー!」
すっごい盛り上がり。ぼっちちゃんも野次で褒められてるし。名前覚えられてないのは可哀想だけど。
「ほら後藤さん! 一言くらいなにか言わなきゃ!」
「あっ……」
ぼっちちゃんくそ焦ってる。会場のボルテージはMAX。全員の注目がマイクを渡されたぼっちちゃんに向けられる。そんなんぼっちちゃんには重い期待過ぎる……。
緊張して目が泳ぎまくりのぼっちちゃんの視線が廣井さんに向けられた。おっ、何か思いついたみたいだぞ。
あれ、ぼっちちゃんこっちの方まで歩いてくるけど……? 何するつもりなんだ?
ステージからお客さんの方まで小走りでやってくるぼっちちゃん。そのまま躊躇無く観客の方へ飛び込んだ。いわゆるダイブってやつですね。うわー、ロックスターだー……。
ぼっちちゃんがそんなことするとは1ミリも思ってなかった私は、一人避けることが出来ず、ぼっちちゃんの下敷きになる。
あの占いってこういうことなんですね〜。
「いたたたたた……大丈夫? ぼっちちゃん」
「お、お前は伝説のロックスターだ……」
「あははは! ぼっちちゃん最高〜!」
「お前ら少しは心配しろ!」
「本当だよ!」
返事がない。私がクッションになったからそこまで衝撃はなかったはずだけど、これは羞恥心でやられてるやつか。
「立てる?」
「あっ……本当にすいません……お怪我は無いですか……?」
「私は全然、むしろ受け止めきれなくてごめんね?」
みんな避けなければ胴上げみたいになったと思うんだけど、まあ文化祭でダイブする方がおかしいです。
もはやぼっちちゃんは陰キャじゃないよ。陰キャはダイブしないもん。
「一応保健室で診てもらおっか?」
「あっ、そうします……」
そう言ったぼっちちゃんはおぼつかない足取りで保健室に向かった。そんな落ち込まなくてもねぇ! 盛り上がってたし!
「いやー、文化祭ライブって面白いですね!」
「多分、大当たりに入る部類の文化祭ライブなんで……こういうの期待しない方が良いですよ……」
やっぱり結束バンドはすげーや!