召喚学園の生徒だけど守護獣が異形すぎて邪教徒だと疑われてます 作:だぶすと
「ここならいいかな。おいで、ハッピー」
『
あれから思ったより多くの果物が買えて荷物が増えたから、中心部から離れた路地裏に入ってハッピーを呼ぶ事にしたんだ!
積み上げられた木箱の影に隠れて声を掛けると、見慣れた肉塊が空間の裂け目から落ちてきたよ! 王都の町中でハッピーを顕現させたのは初めてだけど、やっぱり隣に居てくれると落ち着くね!
「悪いけど、これ持っておいてもらっていい? 当分は使わないだろうから」
『
「……そうかな?」
そりゃ君にとってはそうだろうけど、僕はそのくらいの重さじゃないと持ったまま走り回れないよ! 一応護身用っていう免罪符があるんだから携帯性も大切だよね!
『
「……」
『
あーあー! 聞こえない聞こえない!
それは王都で作られた道具! それだけで高い価値がある! うちの村みたいな田舎では手に入らない貴重品! きっと切れ味も良くて長持ちするから大丈夫!
ほら見て! この折れて短くなった四角い個性的な刃を! 実に美しいね! 工芸品としても価値があるよ! 持ち帰って隣町で売れば儲かるだろうね!
『
あの……何かを察して言葉を飲み込むのやめて? 一人で盛り上がってる痛い奴みたいになっちゃうからさ。
ハッピーも昔は僕と一緒にはしゃぎ回ってたのに、最近は随分と落ち着いたよね! 僕があまり成長していないという説もあるけどね!
「……こほん。じゃあそれの保管はハッピーにお願いするとして、荷物を減らすついでに果物も今食べちゃおうか。……あっ、そうだ。顔合わせついでにハイドラも召喚するのはどうかな? ここじゃちょっと狭い……?」
身を寄せ合えばギリギリ全員収まったりしないかな? 壁とか圧迫して壊しちゃう?
『
「悪いね。買った果物も渡しておくから、こっちは好きに食べちゃって」
『
最近少し大人になった気がするハッピーが無邪気に喜んでる姿を見るとこっちまで嬉しくなるね! 彼女の好みについては世界で一番詳しいって自負してるから、お土産の選定なら任せてよ!
ハイドラはどうだろう、今日選んだものは喜んでくれるかな? 早速呼んでみよう!
「こ、これ、ヘレシーさんが私のために選んでくれたんですか……!? でしたら全部大好きです! ありがとうございます……っ!」
黒い水溜まりから這い出てきたハイドラに買った果物を見せると、喜んではくれたんだけど……なんか喜び方の方向性が違ってない?
嬉しそうにブンブンと尻尾を振る姿を幻視するくらい興奮してるのは可愛いんだけどさ、僕に祈ったり拝んだりしなくていいからね? 契約者として君の好みが知りたいだけだから……。
「まぁまぁ、取り敢えず食べてみてよ。いくつか良さそうな店を見て回ってみたからさ。……本当はハイドラと一緒に店を回って相談しながら買い物したかったんだけどね」
「う……それは……やっぱり駄目です。そう言ってもらえるのは凄く嬉しいんですけど、私の体は遠くからでも目立ちますし、怖がられたり、攻撃されたり……ご迷惑になると思います。私のせいでヘレシーさんに何かあったら生きていけないので……」
「大袈裟だなぁ」
「学園で誰も何も言ってこないのが不思議なくらいなんですけど……」
そう、長年の憧れだった召喚獣との町歩きがついに実現すると思って今日の買い物を楽しみにしていたんだけど、なんと今朝部屋から出る時にハイドラに断られちゃったんだよね! 試しに足の一本に抱き付いて引っ張ってみたけど微動だにしなかったから諦めたよ!
もし彼女が心配しているような事になっても僕とハッピーがいるし大丈夫だと思うんだけどね! ああやって頭まで下げられたんじゃ本人の意志を尊重する他なかったよ!
どうも彼女は少し心配性みたいだね! 思考が後ろに向いちゃう前に、果物を食べさせて話題を変えちゃおう!
「はい、果物食べようね。口開けてー」
「むぐ……? むぐむぐ……仄かな酸味が美味しい……好きです」
「ふむふむ。これは?」
「あむ……シャリシャリの食感が楽しい……好きです」
「なるほどね。こっちは?」
「んぐ……丸呑みした時の喉越しが心地いい……好きです」
「そうなんだ」
毎回こっちの顔を見て感想をくれるのは礼儀正しくて感心するんだけど……丸呑みしても大丈夫なんだ?
まぁ海中での食事を考えれば当たり前の事なのかな? 消化器官とか身体能力とか、人間より色々なところが強靱そうで羨ましいね!
幸せそうに果物を飲み込んでいくハイドラを見ながら彼女の生体について考えていると、表通りを通り過ぎていく足音が聞こえてきたよ!
「商品の奴隷が脱走したァ? どこのマヌケ商会だよ」
「パーヂィらしい。外から檻が壊されてたって話だ」
「盗まれたんじゃねえのか、それ」
どうやら町のどこかで奴隷の人がいなくなったみたいだね!
脱走なのか盗難なのか分からないみたいだけど、どちらにせよ良くない事が起こっているのは確かだよ!
さっきも強盗があったようだし、王都って想像してたより随分と物騒な場所だったんだね! 勝手に布団を持って帰る貴族もいるし!
「……あの、奴隷って盗まれるような貴重なものなんですか? 私も前に一度そうされそうになった事があって……」
「え、そうなの? もう契約したから大丈夫だろうけど、もし今度そういう人に会ったら教えてね。僕がちゃんと話をするから」
「は、はい……一生付いていきます……」
奴隷っていうと犯罪奴隷か戦争奴隷が多いと思うんだけど、ハイドラは悪事を働いたりする子じゃないし、海の生き物と戦争した国なんて聞いた事がないし、ちょっと奴隷にされそうになった経緯が分からないなぁ。
「奴隷っていうのは誰かの持ち物になっちゃった人の事だよ。戦争で捕まったり、奴隷の子供だったり、悪い事をした人とかね。最近は大規模な戦いが起こってないから減ってるんだ。そういう意味では貴重かもね」
「戦争……」
とはいえ国境付近では今も度々小競り合いをしているから多少の供給はありそうだけどね!
故郷の村にも若い奴隷の人がいたなぁ……もういないけど。
「戦争っていっても、母さんの上の世代くらいから一気に戦況が落ち着いたらしいけどね。最近は軍隊も武家も暇してるんじゃないかなぁ」
「そうなんですか。確かにそういう状況だと、戦うのがお仕事の人は退屈かも知れませんね」
「退屈ってのとはまた違う気がするけど……」
別に軍人だって平和が嫌な訳じゃないと思うけどね! でも武家の貴族なんかは武勲が無いと派閥で軽視されたりして大変なのかも?
積極的に争いを起こそうとしているのって案外そういう人達だったりするのかな。辺境の住人からすると普通に迷惑だからやめようね!
「ちなみに戦う仕事っていうと召喚師もそうなんだよ。特にメイユールでは魔導より召喚術が重要視されているし、昔は戦況をひっくり返す花形として大活躍してたみたい」
「あ、召喚師ってそういうお仕事だったんですね」
「苦しい戦場で召喚の光を見たら『勝利の光だ!』って大盛り上がりだったらしいよ。自称門番のお婆さんに何度も聞かされたから戦争関係の話は覚えちゃったなぁ……」
まぁそんな格好いい逸話も遠い昔の事で、争いが少なくなった今じゃ召喚師は開墾や建築に駆り出されたりしてるんだけどね! 基本的に召喚師は王都の周辺や主要な都市にしか居ないから、田舎じゃ複雑な建造物は建てられないよ!
村には偏った知識ばかり持ってる話の長いお年寄りが多くて困っていたんだけど、こうして召喚獣からの疑問に答えてる瞬間だけは長話を聞かされてて良かったと思えるね!
「じゃあヘレシーさんも卒業後は戦場に出るんですね! かっこいいです! 私、その時は頑張って人間を殺しますね!」
「いい笑顔で凄い事を言うなぁ」
気合い十分なのは頼もしいけど、卒業後に僕達が行くのは戦場じゃなくて辺境の寒村だよ……。