召喚学園の生徒だけど守護獣が異形すぎて邪教徒だと疑われてます 作:だぶすと
『あ、悪魔……っ!? 悪魔が出たぞおぉ!』
『ひぃっ……!? なに、これ……気持ち悪い……ッ、こっちに来ないで……!』
「違う……」
『召喚獣を出せ! 魔導師は攻撃準備! 数で制圧するんだ!』
『触手の化け物が逃げたぞ! 探せ! 邪神の眷属を討伐しろ!』
「違う……私、は……」
深海。暗闇。
ふとした瞬間に襲ってくる過去の記憶から逃げるように耳を塞ぎ、長い足で全身を覆って縮こまる。
それは数年前から始まった。近海にいる生物達とは全く異なる姿に変化し続けていたこの体はついに成長を止め、私は一つの生き物として完成した。その時から、時折声が聞こえてくるようになった。
『誰か、私の声に応えて──召喚』
『我こそはと名乗りを上げる強き者よ、俺の元に来い──召喚』
『可愛い子が来てくれたら嬉しいな──召喚』
そうした声が聞こえた時、決まって目の前には光る円陣が現れる。どこか遠くと繋がっているような予感がする、淡く光る魔法で出来た陣が。
声の内容は私個人を呼んだものではないものの、どこかで誰かが困っている事だけは分かる。そんな不思議な感覚。
「これに触れば……私にも、仲間ができるのかな……」
近海を探し回っても、自分と同じ見た目の生き物はいなかった。魚達が私に怯えて逃げていく中、私はひとりぼっちだった。
この呼び声に応じれば、少なくとも意思疎通ができる相手がいる場所に行けば、私にも仲間ができるのではないか。そう思った。
そしてある時、私はついに魔法陣に触れた。勇気を出して一歩踏み出した。瞬間的に転移した先は──地上だった。
そこで行われていたのは生き物を召喚する儀式。私に召喚されるよう呼びかけていたのは人間という生物で、その人は悲鳴を上げて逃げていった。すぐに大勢の人間がやってきて、魔法陣で沢山の生き物を召喚して私に攻撃するよう命令した。水を喚び出して元の場所に戻ろうにも、不思議な力で阻害された。
そこから先は記憶に無い。命からがら海に辿り着き、傷だらけになった自分の体を庇いながら泣いていた事だけは覚えている。
悲しかった、拒絶された事が。陸の生物にとって、自分の姿が異質でおぞましいものであったという事実が。
それから暫くは召喚の声も魔法陣も無視して海の中で過ごした。でも、何もない暗闇の中で孤独には勝てなかった。若しくは、この大きく強く変化した体は召喚される事を本能的に求めていたのかも知れない。
海へと逃げる途中で何度も聞こえてきた『召喚獣』という言葉。今の自分がそのような存在なのだとすると、どうして私はこんなにも醜い姿になってしまったのだろうか。それとも、こんな姿でも受け入れてくれる誰かがいるのだろうか。私を一個人として見て、分け隔てなく接してくれるような誰かが。
そんな居るかも分からない相手を求めて、私は何度も魔法陣に触れ、呼びかけに答え、その先々で悲鳴を上げられ、罵倒され、刃を向けられた。
小さな子供にも、優しそうな女性にも、穏和な老人にも拒絶され、少しずつ自分が醜いだけでなく恐ろしい化け物になってしまったのだと理解していった。
『すみませーん、誰か聞こえますかー』
もう誰かを怖がらせることはやめよう。次で終わりにしよう。
自ら死に至る方法を考えながら海中を揺蕩っていた私に、再び声が降ってきた。優しい声。心が惹かれる声。
とても温かな、これまでにない何かを感じた。この人に拒絶されたのなら、一切の悔い無く全てを諦められると思った。最後にして最大の希望を得られた事に、私は心から感謝した。
「え、えっと、魔法陣……魔法陣に触れないと…………あっ」
今まで通りなら召喚の魔法陣が近くに現れているはず。淡く光る輪を探して周囲に目を向けてみたものの、思ったものを発見する事はできなかった。
そうしているうちに、声の主と繋がっているという感覚が薄れていく。きっと別の誰かがその呼びかけに応じ、召喚が成されたのだろう。
「そんな……」
生涯一度きりとも言える機会を逃してしまった。自分の代わりに誰かがそれを掴んでしまった。
頭の中が真っ白になる。どうしたらいいのかが分からない。
温もりの残滓を探して周囲に足を伸ばしても、海の冷たさばかりが体に伝う。
あれは夢だったのか。都合の良い幻想だったのか。
たとえ妄想の中の出来事だったとしても、あの心を溶かす温もりは甘い毒となって近く自分を殺すだろう。一度得てしまった甘美な経験は、今までの全てを色褪せさせるには十分な劇物だった。
「……寒い」
冷たくないはずの水が冷たい。もう孤独には生きられない。しかし、今の声をもう一度聞く事も叶わない。
「声だけでも、もう一度聞きたかったな……」
全てを諦め、小さく丸まって足を抱える。
ぽつりと呟いた想いは、深い海の底で誰にも聞き入れられる事なく泡となって消えていった。
『すみませーん、誰か僕を知らないひと、聞こえますかー?』
「……? え、えっ!?」
聞こえた。もう一度声が聞こえた。何故。どうして。
ついさっき召喚は成されたはず。まさか契約に失敗したのだろうか。この声の主が? とてもではないが信じられない。
私なら、どんな条件を出されたとしても絶対に首を横に振ったりしない。先に呼び出された召喚獣には、その覚悟が足りていなかったに違いない。
「ま、魔法陣っ! 魔法陣はどこにっ…………あれは……?」
見つけたのは円盤のように浮かぶ黒い渦。光の届かない暗闇の中で、更にもう一段階暗くなっている闇の門。視覚に頼らず、温もりを追っていたからこそ気付けた小さな繋がり。
全力で近付いてそれに触れると、遠くのどこかに転送されていく感覚が身を包む。このまま待っていれば、すぐに私は声の主に会うことができるだろう。
「や、やった……!」
期待と喜び、そして緊張。
身だしなみは大丈夫だろうか。人間と比べて多過ぎる足が目立たないよう綺麗に揃え、唯一の衣服である窮屈な胸当てを手で伸ばし、水を弾く魔法と乾燥の魔法を使って地上への転移に備える。
最後に自分の長髪を撫でた所で、致命的な事に気が付いた。
「っ、前髪が……」
無理矢理魔法で乾かした事が災いしたか、前髪の一部がくるりと外側に跳ねてしまっていた。
体が光に包まれる。何度か経験のある召喚の予兆。
「あっ……! だめ、待って!」
終わる。寝癖を付けていると思われる。絶対に悪印象を与えたくない相手に、だらしない女だと思われてしまう。
「そうだ、足で隠せば……!」
咄嗟に足を使い、自身を包み込んで姿を隠した。
粘液を分泌させた足で何度か頭を撫で付けると、跳ねた前髪はすっかり大人しくなった。
これで大丈夫。身だしなみは完璧だ。
先程と同じ立ち姿に戻ろうと球状にしていた足を解くと、既にそこは陸の上だった。転移が終わっていた。
足元でこちらを見上げている人間を一目見ただけで瞬時に理解する。この少年が声の主だと。
「あっ……」
自分の立ち姿を見て気付いた。足を隠すどころか、最大限に目立たせる形態を見せてしまった事に。
また怖がらせてしまう。気味悪がられてしまう。また──拒絶されてしまう。
「えっと……」
緊張で声が震える。何を言えば良いのか分からない。
足元の少年が纏う柔らかな雰囲気に心を奪われつつも、どうにか話し掛けようと言葉を探していると、彼は丸くしていた目を輝かせて満面の笑みを見せてくれた。
「やったー!」
「!?」
初めて見る人間の反応。嫌悪や悪意を感じない、明るく穏和な表情。自分に対し、こんな目を向けてくれた相手は今までただの一人もいなかった。初めての経験に体が驚いているその内で、心が喜びで満ち溢れていく。
近付いてきた少年が私の足に阻まれて動きを止めてしまった。いけない、目線を合わせないと失礼だ。
「僕はヘレシー! 召喚したのは僕だよ! 急に声を掛けちゃってごめんね!」
「あ……はい……」
手を差し出され、それを咄嗟に握る──温かい。
体が温まり、心が燃えるように熱く焦がれていく。彼の体温が私に移っていくと同時に、色褪せた過去の記憶が鮮やかな希望へと上書きされていく。とても言葉では言い表せない心地の良い感覚。
この繋がりが二度と切れてしまわないよう、私はその手を両手でしっかりと包み込んだ。