親愛なるお隣さん   作:TrueLight

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夢は覚めた

 STARRY(スターリー)でバイトをさせていただくようになってから数日が経ちました。その間後藤さんが体調を崩してしまったりとありましたがなんとか回復し、無事学校に顔を見せてくれました。やはり一緒にお昼を食べたりはしてくれませんでしたが。こうなると避けられているのは明白ですね、放課後に二人でSTARRY(スターリー)へ向かってくれるだけマシなのでしょう。

 

 ……と、思っていたら。どういう訳か後藤さんは同級生の中からボーカル候補のメンバーを見出したと言うではありませんか。ちょっと予想していなかった行動力です、凄いですね。……私とはあまり話してくれないのに、と考えてしまうのは器が小さいでしょうか。

 

亜細(あさい)さんよね? よろしくねっ!」

 

 私とは比較にならないほど愛想の良さを振りまいてくれたのは喜多さん。他人への関心が薄い私でも耳にしたことがあるくらいには有名な同級生です。部活に入っていないのにバスケを始めとして色々なスポーツの助っ人にと頼られるほど人望が厚いとか。マンガの主人公みたいですね。

 

 とにかく後藤さんが連れてきた喜多さんと共に、STARRY(スターリー)へと向かうことになったのでした。

 

「あーーっ!? 逃げたギター!!」

 

 そしてなんと、道すがら遭遇した伊地知(いじち)さん曰く、彼女こそが初ライブの直前に脱退メッセージを送ってきた無責任なギターボーカル本人だったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に喜多さんをボーカルに迎えるんですか?」

 

 罪滅ぼしがしたいと言う喜多さんを臨時バイトに加え、結果的に彼女を再びボーカルとして結束バンドに迎え入れる運びになりました。すでに他のメンバーは帰宅しており、私と山田さんだけが残ってトイレの換気扇を掃除しています。

 

 補足すると、これは喜多さんが働いてくれている間に惰眠(だみん)(むさぼ)っていた山田さんに対する罰のようなもので。バイト初日から彼女について仕事をすることが多かった私はセット扱いでとばっちりを受けたのでした。

 

 その上喜多さんが誤って購入した多弦ベースを買い取った山田さんは金欠になったらしく、お金を無心されたのですが。この罰代わりの清掃といい、大丈夫でしょうか、この人。

 

 

世代(じぇね)は反対?」

「……みなさんが決めたことですから、私も受け入れますけれど」

 

 脚立に登った山田さんの求めに従って掃除用具を渡し、あるいは受け取って。清掃チェックリストを確認しながら二人で今日の出来事を振り返ります。マスクは万全なのでホコリが口に入ることは無いでしょう。

 

「嫌なら正直に言ったほうが良い。後から蒸し返されると面倒」

 

 山田さんの率直な物言いに少し言葉が詰まりますが、こうして話を聞いてくださるのは有り難くもありますね。これでお金のことと突拍子もない言動が無ければ尊敬できるのですが。

 

「嫌、と言いますか。一度無責任に脱退した人ですから。そういう人だという印象は(ぬぐ)えません。それに……人柄も、個人的には得意なタイプではありません」

 

「それを嫌って言うんじゃないかな」

「──そう、ですね」

 

 私はどうやら喜多さんが結束バンドに加入するのが嫌なようでした。我ながら頭が悪いですね、自分の感情にすら気づけず、あまつさえそれを山田さんに指摘してもらうだなんて。

 

 心の何処かで、私の心情を汲み取ってくれた山田さんが、うまいこと喜多さんを抜けさせてくれるんじゃないか、なんて。醜い考えが頭の何処かにあったようでした。

 

世代(じぇね)は前にもバンド、組んでたんだよね」

「えっ? あぁ、はい……」

 

 自らの愚かさに自己嫌悪していると、唐突に山田さんが(たず)ねてきました。

 

「どうして抜けた?」

 

 その問いに、私は中学でのことを大まかに説明します。強制されたクラブ活動で、半ば義務感でバンドに加入したこと。メンバーに馴染めず、果てには嫌がらせを受けたことを契機に脱退したこと。

 

「酷なこと言うけど。世代(じぇね)に問題があったね」

「……」

 

 そうだと言う自己分析を既にしていたとしても。それを他人から──それ以上に、バンドメンバーの先輩から言われるのは、なかなかに辛いものがありました。

 

「嫌なら最初から入らなければ良かった。世代(じぇね)もそうだけど、そのメンバーたちも困ったはず。ひとり馴染めない人間が居たって、顧問に辞めさせろなんて言えるわけないし」

 

 淡々と続ける山田さんの表情はマスクもあって見えませんが、清掃の手に(よど)みはありません。

 

「それで嫌がらせするのはクズだけど……とにかく。その時、世代(じぇね)は嫌だと思ったのに行動しなかった。周りに流された」

 

「……はい」

 

「それは今回も同じ。ぼっちが引き止めた時。私と虹夏(にじか)がそれをフォローした時。世代(じぇね)はただ見てた。良いとも嫌とも言わなかった」

 

 ああ……そう、ですね。結局、私は過去と同じ(あやま)ちを繰り返そうとしているのです。このまま内心の反対を押し殺して喜多さんを迎え入れ、そしていずれは破綻(はたん)する。()()()()()()()

 

「……抜けるべきなのは、私かも知れませんね」

「発想が極端すぎる」

「ぐっ」

 

 いよいよ情けなくなって思わず(こぼ)すと、頭上の山田さんからそこそこ強めの手刀を頭に受けました。痛い……。

 

「今のは客観論。初ライブに参加して、今まで一緒に活動したのは世代(じぇね)世代(じぇね)が抜けるくらいなら入れない方が良い」

 

「山田さん……」

 

 その言葉に、心が軽くなるのを実感しました。こんな狭量(きょうりょう)で浅ましい私を、山田さんはバンドメンバーとして大事に思ってくれていることを肌で感じたのです。

 

「だから、世代(じぇね)が本当はどうしたいか教えて」

 

 ついには掃除の手を止めて、山田さんはマスクの中にも無表情に私を見下ろしました。でも私は、その顔を怖いとは思わず、それどころか罪人の懺悔(ざんげ)を受け入れる神父様を目の前にしたような安心感を覚えたのです。この人は私が何を言っても、それを(なじ)ることは無いのだと。

 

 しかし、それに甘えてはならないことを直感します。例えばここで、本当は喜多さんが加入するのは嫌だと言ったとしましょう。それをミーティングの議題とし、おそらく山田さんは一票を投じてくれるのでしょう。私の背を押してくれるのでしょう。他のメンバーに白い目で見られようと。

 

 後藤さんは、どう思うでしょうか? 自身が勇気を出して勧誘したメンバーが。一度は喝采で受け入れられた人が、追い立てられることになったら。責任を感じるかも知れませんし、原因となった私を不愉快に感じるかもしれません。加えて喜多さんに対し罪悪感が芽生えるのは必然です。

 

 結束バンドのリーダーである伊地知(いじち)さんもそうです。短い付き合いですが責任感の強い人だと十分理解していますから、私の気持ちに気づけなかったと気に病んでしまうことは十分にあり得ます。それに、おそらく率先して喜多さんに加入取り消しのメッセージを送ろうとするでしょうから、直接喜多さんに頭を下げに行くことすら考えられます。

 

 少し予想するだけでこうなのです。私一人の我儘(わがまま)で、結束バンドの先行きに影を落とすのは間違いありません。

 

 ですから、私は喜多さんをメンバーに加えるべきではないなどと、口が裂けても言ってはならないのです。周りに流されて嫌々バンドに加わった中学時代とは前提が違うのです。私は、結束メンバーの繋がりを。未だそこまで強くは結びついていないそれを、(ほころ)ばせたくはない。

 

 ──いまになって、ようやく気づきました。山田さんが問うた、私が本当はどうしたいか。私が本当に嫌なことはなにか。

 

 喜多さんが入ろうがそうでなかろうが──私は結束バンドを失いたくはないのです。結束バンドで演奏していたい。その居場所を去りたくはない……今更になって、そんな想いが自分の中にあると気づいたのです。

 

 喜多さんの存在の是非による結束バンドと言うと誤解が生まれますので、より具体的に表現すると。私は、伊地知(いじち)さんに。山田さんに。後藤さんに。一人を除いて、過去に例を見ないほど親しみを覚えていたのでした。

 

 であれば、私がこれからすべきことは明白でした。山田さんの質問にはどうしたいか、ではなく。こう答えるべきなのです。

 

「──喜多さんと、仲良くなりたいです」

 

 バラバラのものを束ねる、結束バンド。名前を聞いた時、その意味に感心した記憶があります。そして、すでにそのメンバーとして努力すべきなのでした。

 

 嫌いだろうが苦手だろうが、喜多さんと打ち解けて。バンドメンバーとして結束することこそが、完全無欠の最善手なのですから。

 

「──そ」

 

 私の決意に、果たして山田さんは関心薄そうに作業に戻りました。

 

「一回ドタキャンしたバンドに頭下げて、仕事手伝って。ギターの練習もしてたみたいだし……ベースだったけど。間違った自分に向き合ったこと、私は凄いと思う」

 

 それでも、山田さんは静かに続けます。胸中を明かしてくれるのです。

 

「でも、世代(じぇね)はもっと凄い。嫌いな相手と仲良くなれるように努力するなんて私には出来ないし、しない。例え自分が間違ってるとしても、普通嫌いな相手は避ける。誰も文句言わない」

 

 掃除は一段落ついたようで、手元の道具を私に預けながら、山田さんは手際よく後始末をしていきます。

 

「尊敬する。世代(じぇね)のこと」

 

 ────。

 

 開いた換気扇の口を閉じる山田さんの表情は、やっぱり見せませんが。その言葉に、私は少し泣き出しそうな心持ちになりました。

 

「でも仲良くなるなら、メンバーともそうすべき。名前とか、他人行儀だし」

 

 さすがに山田さんも気恥ずかしくなったのか、マスクを外しながら少し早口にそう言いました。脚立から降りた彼女の顔を見ても本当にそうであるか分かりませんでしたが、両手でかかってこいと言う様に身振しつつ続けます。

 

「ほら練習。リョウちゃんて」

「……それはちょっと、ハードル高いですね。でも、少しずつ、練習しようと思います」

 

 口先だけにならないよう目を合わせて言うと、山田さんは少し驚いたように目を見開いて、次いで──柔らかく、微笑みました。

 

 その表情に目を丸くしてしまいます、そんな顔、初めて見たのです。それは実体験も無いのに例に出した、本物の神父様のよう。

 

 やはり山田さんは、一つとは言え先輩で。結束バンドの頼れるベーシストで──。

 

「そうやって頑張る世代(じぇね)が、私は好きだよ。それに──お金貸してくれるし」

 

「リョウって呼び捨てにしますね」

 

 色々と台無しでした。


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