親愛なるお隣さん   作:TrueLight

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手と手を取り合って

「えー、諸君──お待ちかねの給料だぞ」

 

 いま私たち結束バンドが暗礁に乗り上げているのは、そんな店長の声がきっかけでした。

 

 私が結束バンドに加入し、リョウや虹夏(にじか)さんと親交を深め、少しばかり隔意のあった喜多さんともバイトを通じて距離を縮めることが叶い、個人的にはバンド活動が安定してきたそんなある日。

 

「ライブ代徴収するねっ」

 

 もとよりバンド活動のためにバイトをしていた私たちは、もちろん店長からお金をいただいたその場で虹夏(にじか)さんにライブ代を納め。

 

「来月ライブできるようお姉ちゃんに頼んでくるね!」

 

 当の虹夏(にじか)さんはその足で店長の元へ向かいましたが……。

 

「は? 出す気ないけど」

 

 店長は妹である虹夏(にじか)さんの申し出をバッサリと切り捨てたのでした。その後も紆余曲折ありましたが、結論から言えばSTARRY(スターリー)でライブをするにはデモ音源審査、あるいは店長・PAさんを前にして実際に演奏するオーディションなどで認められなければ、ライブをさせてはもらえないということでした。

 

 以前のライブではそういったものはなく、店長が虹夏(にじか)さんの思い出作りのためにと二つ返事で参加させてくれたようで、どうもお二人の間で認識の齟齬があったようです。その時の虹夏(にじか)さんの荒れようは中々のものでした。

 

 そんな訳で、乗り上げた暗礁とはすなわち、結束バンドの実力がSTARRY(スターリー)でライブをするバンドとしてのラインに達していない、ということでした。

 

「じゃあ二人のパートはオケ流しとくから。アテフリの練習だけしっかりしてくるように」

「「はいっ」」

 

 リョウが一瞬でギターのお二人を見放したことも、それを後藤さんも喜多さんもすぐに受け入れてしまったことも衝撃を受けましたね。虹夏(にじか)さんはエアバンドじゃないんだとお冠でした。さすが虹夏(にじか)さん、結束バンドの清涼剤は伊達ではありません。

 

 しかしまぁ、現実的な話をしますと、後藤さんと喜多さんの実力が見劣りしてしまうのは間違いではなく、リョウの言い分も分からないではありません。曲合わせなどでバンドとしての完成度を高める以前の問題であるなら後藤さんと喜多さんの努力次第という話になってしまい、そこでお二人に責任を押し付けるのはリョウの本意ではないでしょう。

 

 だから今回ばかりは間に合わなくとも仕方ないと、問題の焦点をズラそうとしていたのです。それがオーディションでのギターを音源で誤魔化すというのはパワープレイにも程があると思いますが……リョウなりに後藤さんと喜多さんを気遣ったのでしょう。

 

 さて、その日より一週間後にオーディションを控えて、結局はそれぞれにバンドとして成長すべく頑張ろう、という曖昧な目標を設定して今に至ります。というかすでに審査は二日後に迫っていました。その間リョウの提案で男装を試みたりとありましたが、私個人は何も備えることが出来ていません。

 

「ライブハウスって、平日でも意外にお客さん来るのね~っ」

「そうですね、大学生の方が多いみたいです。たまに子連れのお母さんも見かけますが」

 

 それでもバイトはあるわけで、今日は喜多さんと二人でホール掃除の最終シフトに入っていました。不思議なもので、私は喜多さんに話しかけられてそれに返す、ということでしかコミュニケーションをとれていませんが、それでも悩んでいたよりずっと親しく出来ているように思えます。

 

 反面、喜多さんと仲良くなるよりは簡単だろうと考えていた後藤さんとはまるで距離が縮まっていません。今思い返せば、人付き合いが苦手な者同士だと、どちらかが会話をリードするということも無いので進展のしようもありませんでした。

 

 ですが喜多さんは、結束バンドの面々に積極的に話しかけて仲良くしたいと考えてくれているようですし、それは私も例外ではなく、さらに私にとっても望むところでした。リョウに相談した日から、私なりに喜多さんに対する理解を深め、そして交流を深めたいと思っていましたから。

 

 

 なので個人的には手応えを感じていたのですが、それがどうやら良くない伝わり方をしていたようで。

 

「ところで亜細(あさい)さん──勘違いだったらゴメンねっ? その……私のこと苦手だったりするのかなー、なんて……」

 

「──」

 

 その気まずそうな質問に、なぜ? というのが率直な感想でした。なぜそう思ったのでしょう、と。

 

 喜多さんの結束バンド内での振る舞いを思えば、リョウや虹夏(にじか)さんとは仲が良さそうに思えます。

 

 しかし私と後藤さんに関してはそれほど親しいとは言えないでしょう、であれば今私に問いかけていることは、後藤さんにも同様の懸念があるのでしょうか──いえ、後藤さんと喜多さんは学校の昼休みなどで顔を合わせてはギターの練習をしています。そこにキーボードが入ると指導の妨げになるだろうと私は遠慮していますが、そこで関係を深めているとすれば、喜多さんが私に対してのみ関係性の不安を覚えているのは道理でしょう。

 

 ですがなぜ、それが苦手とまで伝わってしまっているのか──?

 

「ごめんなさい! なんとなくそう感じたってだけなんだけどっ。その、ちょっと距離を感じて、というか。亜細(あさい)さん、私と話すときはちょっぴり難しそうな顔するなーって思ったの」

 

 動揺から言葉が出ない私に対し、喜多さんは慌てたように続けました。……言われてみれば、なるほど。確かにそれはそうだったでしょうね。私にとって目下一番の悩みのタネは、喜多さんといかに上手に付き合うか、だったのです。

 

 オーディションの件に関しては、正直なところそれほど焦っていません。来月のライブに出られないからと言って、結束バンドが無くなるわけではありませんから。

 

 けれど、喜多さんと上手く関係を構築できるかどうかは結束バンドの円満な活動の可否に直結します。

 

 リョウと相談したあの日からずっと、私にとって喜多さんの存在は、彼女とのやり取りは。ともすれば楽器の練習以上に重大な課題であったのです。

 

 その緊張感が伝わってしまっていたとしたら、私の他三人に対する接し方との比較もあってネガティブな伝わり方をしていてもおかしくはありませんでした。

 

 ゴクリ、と喉が鳴るのを自覚しました。ここでどう返すのが正解なのか、そして間違えた場合はどうなってしまうのか、と考えずにはいられません。窮地と言えました。しかし、これほどの好機もまた無いと思えました。

 

 つまり、この瞬間以外に。私が喜多さんに対する(わだかま)りを解消するタイミングはそう訪れないだろうと。直接彼女に伝えてしまうにはこれ以上ない機会であると。

 

「……そ、その」

 

 頭では分かっていても、口は思うように動いてはくれませんでした。喜多さんが私の言葉を聞いてどう思うのか見当もつかないのです。貴女のことが、出会った時から苦手でした。結束バンドに入った時は嫌だと思っていました──なんて。

 

 他人と仲良くした経験がほとんど存在しない私は、当然に折り合いの悪い相手との接し方にも覚えがありません。その何もかもを避けてきたのですから。

 

 ──私が喜多さんの存在を疎んでいたことなんて、今更蒸し返しても得られるものはないのだから。彼女の所感は勘違いだと訂正して。仲良くしたいという事実だけを伝えて、波風立てずに場をおさめるべきだ──。

 

「わ、私は──」

 

 そうしていつものように、何とか都合の悪い現実を回避しようと。それらしい理屈を捏ねながら、私は当たり障りのない言葉で喜多さんの不安を解消するべく言葉を紡ごうとして──。

 

 リョウと虹夏(にじか)さんの姿が、頭を過ぎりました。

 

 ここ数日、バンドの成長という曖昧な目標に対して、素っ頓狂ながらも考えを実践するリョウが。とにかく店長を認めさせるべく、短期間でもしっかり実力を磨こうと練習を先導してくれた虹夏(にじか)さんが、思い浮かんだのです。

 

 オーディションに関して、私に出来ることはそう無いと考えていました。けれど二日後に迫った審査などに関係なく、私は今この瞬間、確かに結束バンドの成長のために出来ることが。やるべきことがあったのでした。

 

 それを自覚した以上、この局面を避けることは。問題を先送りにして逃げるなんてことが許されないのは明白だったのです。

 

「私は──」

 

 ゆえにこそ、私は決意しました。それでどういう結果になろうとも、全力で言葉を尽くそうと。親身に相談に乗ってくれたリョウの期待を裏切らないためにも、それ以上に、自分自身の未来のためにも。

 

「──喜多さんのことが、嫌いでした」

 

 そして私は、ようやく。喜多さんに対して抱えていた嫌悪を。それ以上に、自分自身の醜さを語ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいっ、本当に……わたし、あさいさんのこと、なんにも知らなくて……」

「こちらこそ、勝手にきらって、勝手になかよくしようとして……混乱させて、すみませんでした……」

 

 十数分後。STARRY(スターリー)のホールで掃除用具を手にしたまま、私と喜多さんは向かい合って涙していました。

 

 恥ずかしながら、良かれ悪しかれ自分の思いの丈を口にするという経験はそう無く、意図せず涙交じりに告白してしまい。それにつられて喜多さんまで泣き出してしまったのでした。

 

「私が悪かったの! 無責任に逃げ出したんだもの……でも、直接、嫌いだったって言ってもらえて嬉しかった……仲良くしたいって今思ってくれてるってことがとっても伝わったものっ。私が好きとかじゃなくてバンドのために、って言うのはきちんと分かってるけど、それでも私、嬉しい!」

 

「あ、いえ、その……今では喜多さんのこと、好意的に思っていますから。私と違って人当たりが良くて、ギターの練習も努力されてて……そ、尊敬、しています。ですからその、嫌いだった、苦手だった、というのは事実ですが、それ以上に……喜多さんと、仲良くなりたいと。今はそう思っています……」

 

「~~~~! もちろんっ。もちろんよ亜細(あさい)さん……ううん世代(じぇね)ちゃん……! これからもよろしくね! わたし、もっと練習頑張るから……!!」

 

 たどたどしい私の言葉に、喜多さんが抱き着いてきてくれたのは僥倖でした。でなければ、自分でわかるほどに真っ赤になった顔を見られることになっていたでしょうから。

 

世代(じぇね)ちゃん……じゃ、じゃあ私も、喜多さんを下の名前で──」

「喜多ちゃんって呼んで! ねっ!! ねっ!?」

 

 これ幸いと私も呼び名を変えさせてもらおうとしたのですが、私の肩を掴んでがばっと顔を合わせた喜多さんの剣幕がそれを許しませんでした。ちょ、ちょっと怖いですね、名前にコンプレックスでもあるのでしょうか……私も名前がこうですから、察するところではあります。

 

「で、では喜多ちゃんと。改めて、今後ともよろしくお願いします……」

「うんっ、よろしくね! 世代(じぇね)ちゃん!!」

 

 私は不慣れながら。喜多さん……喜多ちゃんは自然に笑みを浮かべて、お互いのそれを交わして。私はやっと、彼女と結束バンドのメンバーとしての関係を始めることが出来たのでした。

 

「……あー、そろそろ仕事に戻ってもらえる? 仲良くなったのは良いことなんだけどね、うん……」

「ふふふ♪ 初々しくていいですねぇー」

 

 その一連のやり取りを、店長とPAさんに見られていたのは失敗でしたが。

 


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