親愛なるお隣さん   作:TrueLight

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こんな隣人は嫌だ

 秀華高校に入学して早くも一か月が経とうとしていました。クラブ活動を強制されないというのは素晴らしいことですね、中学の後半こそ解放されたようなものでしたが、やはりそれまでに放課後費やさざるを得なかった時間を自由に使えるのは良いことです。

 

 やることはどちらにせよ、主にキーボードの練習であった訳ですが。しかし、私は高校入学を機に変わることを決意したのです。高校デビューだとかではありません。それは、学外でバンド活動をしよう、ということ。

 

 愛想が無いことを自覚しつつも、対人能力そのものは人並みであることを自負している私ですが、それでも中学でのバンド活動は最終的に失敗したと言えるでしょう。その原因を敢えて他人に求めるのであれば、それは楽器に対する熱量の差であったのかなと(かえり)みるのです。

 

 お隣さんと切磋琢磨するように特訓していた私と。仲の良いメンバーと和気藹々活動を楽しんでいたバンド仲間たちと。その間に温度差があったことが何よりの理由であったのではないかと考えたのです。そうであってくれという願望だろうと指摘する自分も居るんですけどね。結局私のコミュニケーション不足なのではないかと。

 

 とにかくこの一か月、私はそれなりに精力的に活動しました。学校では特に目立ったことはしていません。新入生であるクラスメイト達と仲を深めることもなく、部活に所属することもなく。教室の隅っこで淡々と授業を消化するのみです。

 

 しかし、放課後を迎えれば真っ先に校舎を飛び出し、数日かけて調べたバンドメンバーの募集方法を実践したり、それを目的とした掲示物の許されるライブハウスを巡ったりしていたのです。

 

 ここまでモチベーションが高い理由は一つ。お隣さんのポストへ残したメッセージのように、いつかどこかの舞台で、お隣さんとまた楽器を奏でる未来を夢見てのことです。

 

 比較するのも悪い気はしますが、私がお世話になっていた中学のバンドメンバー、その中のギター担当とお隣さんを比べてしまうと、天と地ほどの差があると言ってしまえます。

 

 つまりお隣さんがギターを続けるのだとすれば、その先にはきっと有名なバンドに所属するギタリストとしての将来が約束されているのです。その姿に気づいたとき、私自身が無名のキーボーディストだなんて恥ずかしい。セッションをお願いするなんて以ての外でしょう。

 

 ゆえに私はバンドメンバーを探すのです。中学の義務バンドとは違う、確固たる意志で活動する仲間たちを。お隣さんとバンドを組みたいだなんて高望みはしません。ただ理想を言うのであれば、大きな舞台で対バンしてみたいな、なんて。そんな夢想を抱くのです。

 

 まぁそんな夢を追って一か月が過ぎようとしている訳ですが、今日はその努力が実を結ぶかもしれない日です。あるライブハウスに掲示させてもらっていたメンバー募集がヒットしました。

 

 他にも先日、2件ほどチャンスはあったのですが。少しお話しして明らかに私の望むバンド活動の形とは違うパターンと、他メンバーとしっかり話し合わず独断で連絡してきたパターンとがあり、どちらもバンド結成とは行きませんでした。

 

 ですが、今日は少しばかり期待してしまいます。連絡をくれた方から聞くに、メンバーはギターボーカルにドラム、ベースと既にバランスが良く、その上今日はライブハウスで演奏予定だと言うではありませんか。

 

 今まではセッションにすら辿り着かなかったのに、今日はステージに立つことが出来るのです。三度目の正直と言いますし、このチャンスをモノにしたいところです。直接会ってみないと何とも言えませんけどね。

 

 ……さて、希望溢れる放課後に意識を向けるのはここまでにして、教室で現在起こっている出来事にフォーカスしてみましょう。

 

 一度の席替えを経て、私の席はクラスの最後方左端です。人によっては羨ましいことでしょう、私も正直嬉しいです。一人でいても大して目立ちませんから。

 

 問題はその隣です。私の右隣には、なぜか毎日ジャージで登下校するクラスメイト。名前は後藤ひとりさん。さすがに隣の席と前の席に座る級友の名前は覚えました。

 

 その後藤ひとりさん。彼女がとてつもなく面妖な装いで教室に現れたのでした。カバンには大量の缶バッジ、腕にはアーティストグッズと思しきアクセサリをいくつも装着し、極めつけは背負ったギター。

 

 血の気のひいた顔色でがばっとジャージの前を開き、覗かせたのは悪魔を模したような赤黒いシャツ。後藤さんの登場に、他愛無い話に興じていたクラスメイト達は一瞬ざわめくと、教室は静寂に包まれました。

 

 それをどう受け取ったのか、後藤さんはこころなしか満足げに隣の席へ腰を落ち着けました。その周りで談笑していた女子生徒が後藤さんからさりげなく距離を置いたところを確認し、私は手元の本に視線を落としました。

 

 ──あれが高校デビューというやつでしょうか。私も努力の方向性を間違えていたらああなっていた可能性があると考えると、恐ろしいですね……。

 

 私は決心しました。後藤さんとは関わるまい、と。あのギターが、後藤さんがバンド活動をしている、あるいはすることを望んで学校に持ち込んできたとは思えなかったからです。もしそうであるなら初日から持ってきて然るべきでしょうから。

 

 私の場合は学校で活動することを前提としていないので持ってきていないのは当然ですが、それ以上にキーボードの重量が問題なのです。ライブハウスに持ち込むことを想定して二台目に軽量タイプをお小遣いで買ったのですが、それでも本体だけで5kgを越えます。

 

 対してギターの重量は平均して3~4kgほどだと何かの雑誌で目にした記憶があります。この差は決して小さくはないでしょう。後藤さんの身長からして、そこまで持ち運びに難のある楽器とは思いません。

 

 要約しますと、後藤さんが持ってきたギターはただの飾り。高校デビューを飾るための小道具である可能性が高いと考えるのです。ゆえに、キーボードが趣味であるとバレてしまえば絡まれるかも知れませんし、何より楽器に対する向き合い方が違い過ぎて到底仲良くなれるとは思えません。

 

 3年。同じ時間、ともに楽器を奏でて音に向き合ったお隣さんを思い浮かべ、比べるのもおこがましい意識の違いに思わずため息を吐きます。あぁ、お隣さんの音色が恋しい……。

 

 長々と後藤さんの奇怪な様子と、それに対する私の所感を垂れ流しましたが、まとめてしまえば一文で済みます。

 

 私は校舎を出るまで、隣の席に座る女子に再び視線を向けることは無かったということです。


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