メンタルよわよわヤンデレ娘を救いたいだけの異世界召喚   作:Gallagher

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やっと死にます。


第一章5『禁断の宴』

 

 「よっしゃ!!大鳳との初デート、気合入れていくぞ!!」

 

 波乱の混浴を終え無事に自室へとたどり着いたアキラは、箪笥に入っていた藍染の浴衣に袖を通した。帯を腰の位置で締める。自然と気持ちまでもが引き締まり、アキラは鋭く息を吐き出した。

 

 洗面台へと向かい、剃刀で伸びかけの髭を剃る。蛇口を捻り、冷水で顔を引き締めた。生憎ワックスは持ち合わせていないので、手で軽く髪の向きを整える。歯も三回磨いた。万が一キスをしてもおそらく大丈夫だ。

 

 アキラは鏡に映る見慣れた顔をじっと眺めた。

 

 大して特徴のない顔だが、アキラは自分の顔がそこまで嫌いではなかった。小さいありんこが、一生懸命に食べ物を運んでいるのを見るのと同じ感じだ。決して見てくれは良くないが、なんだか応援はしたくなる。そんな顔をしている。

 

 「よし。なんかよく分からんけど、風呂上りの俺はいつもの二倍イケメンに見える……ような気がする!うん、行ける!これならきっと大丈夫だ!」

 

 頬をぴしゃりと叩いて、アキラは居室を出た。

 

 早足で廊下を進み、城の正門へと繋がる長い階段を降りる。一歩一歩下へと進んでいくたび、拍動が加速していくのが分かった。相手がこちらに好意を抱いてくれているからこそ、嫌われたくないという重圧が背中に重くのしかかっている。

 

 しかしこの心臓の高鳴りは決して緊張のせいだけではなかった。これから月明りが支配する夜の町を二人きりで歩く。お喋りをしながら、恋人繋ぎとかして、ひょっとしたらお互いの唇を……心臓が刻むビートと共に興奮と高揚が、アキラの全身を駆け巡る。

 

 「ダメだ……楽しみすぎて吐きそう」

 

 明日からの生活に平穏は望めないということを、アキラは薄々勘付いていた。大浴場から指揮官居室に帰る途中、やけに城内が慌ただしかったし、敬礼をしてくる人たちの顔には緊張が色濃く浮かんでいた。

 

 指揮官という職務について詳しいことはアキラには分からない。しかしその名前の響きとある程度の知識から推測するに、重大な責任と使命を帯びていることは想像に難くなかった。

 

 指揮官とは、部隊を指揮し戦闘や任務を成功に導く者だ。強い権力を持つと同時に大きな責任を背負うことになる。大切な部下が敵の銃火に晒され呆気なく死んでいく光景を目の当たりにすることだって当然あるだろう。

 

 果たして自分にそんな重責が務まるのだろうか。

 

 白龍が帰ってから、アキラは風呂で何度も自問した。けれど答えは出なかった。そしておそらく、どれだけ考えたところで答えは出ない。

 

 だからこそ、アキラは深く考えて、そして考えるのをやめた。難しいことを考えれば気が滅入る。しかし可愛い女の子といちゃいちゃしていれば気分はハッピー。

 

 「人生たいていのことは何とかなる。未来なんて知ったことか。俺は今日という日を楽しんで生きるぜ」

 

 こんなことを言えば、アキラの倍以上生きてきた大人達から「何言ってんだこのクソガキ」とぶん殴られるのは目に見えているが、アキラなりに十七年間を生きて得た教訓だ。あながち間違いでもない……かも知れない。

 

 踏み締めるように、最後の一段を降りた。

 

 ゆっくりと深呼吸を一回。

 

 左胸を抑え、今にも爆発しそうな心臓を落ち着かせる。

 

 浴衣の乱れを素早く直し、アキラは重厚な門に手をかけた。

 

 「ーーッ」

 

 世界から、音が消えた。

 

 いや、違う。

 

 視覚に自分の全神経が集中しているのだ。この瞬間を脳裏に刻み込もうと、他の感覚が介入することを視覚が明確に拒絶しているのだ。

 

 無意識に、呼吸が止まる。

 

 全身に鳥肌が立った。

 

 古代ギリシアの彫刻が人々を魅了するように、彼女の美貌は見る者から言葉を奪い去る。美術品を思わせる洗練された美しさは、もはや人を超えた高位の神的存在であるかのように思えた。

 

 女神は、真紅のドレスを纏ってそこに立っていた。

 

 肩から胸元までを大胆に露出したその姿は、彼女の幼気な声色は全く正反対の雰囲気で、アキラは思わず背徳感を覚えてしまう。

 

 「指揮官様、大鳳は待ちわびていましたわ」

 

 彼女の銀鈴のような声がアキラの鼓膜を震わす。これから始める逢瀬を思い、アキラはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 本能を呼び起こす甘い匂いがアキラに近づき、鼻腔を擽る。大鳳はアキラの左腕を抱き寄せ、そして耳元で囁いた。

 

 「あの橋を渡って、大鳳と二人っきりで人のいない所へ行ってみませんか?」

 

 アキラは目の前に架かる真っ赤な橋に視線を飛ばした。

 

 本陣と市街地との境目を流れる川の上に架けられたその橋は、千と千尋の神隠しに出てくる湯屋の橋によく似ていた。

 

 「行こうか」と、アキラは口に出そうとした。

 

 しかし何か本能的なものがそれを拒んだ。この橋を渡れば、()()()()()()()()場所へ行く気がして、アキラはその場に立ち止まった。

 

 おいおい、思い込みが激しすぎるぞ。アキラは大鳳に気付かれぬように自嘲した。千尋が渡ったあの橋は、この世とあの世を繋ぐ物だったという話を聞いたことがあったが、そのせいかもしれない。

 

 流石に考えすぎだ。

 

 不穏な妄想を振り払ったアキラは、大鳳に笑いかけた。  

 

 「二人きりになって何をするんだ?」

 

 「それはもう、指揮官様がやりたいことぜ〜んぶですわ♡」

 

 「じゃあ夜店で甘い物買って、あの高台の神社で一緒に食べようぜ。俺、夢だったんだよ。夜の神社で女の子と一緒にお参りすんの」

 

 「はあっ……そして指揮官様は淫らな欲望の赴くまま大鳳のナカに愛の丑の刻参りを……」

 

 「いや愛の丑の刻参りってなんだよ!?それもう呪っちゃってるし、ぜんぜん愛ねえじゃん!」

 

 「違います指揮官様。大鳳は指揮官様に、愛という決して解けない呪いを掛けるんです。たとえ死神でさえ二人を分つことは出来ませんわ」

 

 「その上手いこと言ったみたいな顔やめろ!めっちゃ可愛いな!」

 

 してやったりと言った風に自慢げな笑みを浮かべる大鳳の頬を、アキラは人差し指で優しく突いた。ぷにっと至福の感触が指先に走ると同時に、大鳳の顔がとんでもない勢いで赤くなる。

 

 耳の先まで朱色に染まった大鳳は、男を狂わせる程の色香を漂わせる姿からは想像できないほど、無邪気であどけなく、気が遠くなるくらいに可愛かった。

 

 そんな大鳳の目にして、アキラの胸中に愛おしさと同時に、嗜虐心が芽生える。

 

 キュートアグレッション。

 

 人間はあまりに可愛いすぎるものと遭遇すると脳を防御するために攻撃的衝動を引き起こす。今のアキラはまさにその状態だ。

 

 可愛いは正義とはよくいうが、限界を超えた可愛さは人間の脳の機能を停止させるほどの破壊力を持つ。即ち可愛いは兵器。核爆弾の発射スイッチに柴犬のシールでも貼っとけ。そうすればきっと戦争は無くなる。

 

 「大鳳は可愛いな。自分からエッチなこと言う割に、可愛いって言われただけで照れちゃうの?」

 

 「あ、あまり大鳳を揶揄わないでくださいっ!!恥ずかしくて顔から火が出そうですわ!」

 

 「ちょっと怒った表情もいとうつくし。もっと怒らせちゃおうかなぁ?」

 

 「まっ、待ってください指揮官様〜」

 

 アキラは大鳳の艶やかな黒髪を優しく撫でてから、勢いよく走り出した。後ろから大鳳の弱々しい声が聞こえ、アキラは小学生の頃好きだったバスケクラブの女の子を思い出す。

 

 ショートカットの彼女は、アキラの隣の家に住んでいて日が暮れるまでよく鬼ごっこをして遊んでいた。どう言うわけか二人が六年生になっても放課後の鬼ごっこは終わらず、よく同級生にバカにされた。

 

 『お前たち、付き合ってんのかよ』

 

 そう言われた日は一日中、彼女は機嫌が良かった。しかしアキラが『そんなんじゃねえし』と反論すると、頬を膨らませこちらを睨んできた。

 

 『もうそろそろ鬼ごっこやめね?俺は勉強しなきゃいけねえし、お前もバスケで忙しいだろ』

 『私が鬼になって捕まえておかないと、あんたはどこかに逃げちゃうでしょ?』

 『なんだよ逃げるって』

 『あんた、意外とモテるじゃん。だから捕まえておくの』

 『いやなんでさ』

 『あんたが好きだから』

 『ウェッ!?』

  『今度、一緒に保健の実技試験してあげる』

 

 「ーーうわっ!!クッソ恥ずかしい思い出フラッシュバックするじゃん!」

 

 結局は違う中学校に進学したのだが、甘酸っぱい思い出が蘇りなんだかアキラは気恥ずかしくなってしまう。

 

 どうしていきなり、もうずいぶんと前の出来事を思い出してしまったのだろうか。不思議に思いながらもアキラは橋を渡り終え、後ろを振り返った。

 

 大鳳が豊かな胸部をもはや暴力的とも言えるほど揺らしながら、こちらへと近づいてくる。

 

 きっと、今回の恋はハッピーエンドだ。そんなことを思いながら、アキラは駆け寄ってくる大鳳に向けて微笑んだ。

 

 両手を掲げて、アキラは大鳳をハグで迎え入れようとしてーー 

 

 

 

 

 

 

 「ーーあぶっ」

 

 衝撃波が、全身を貫いた。

 

 視界が真っ白く染まり、耳を裂くような爆音が響いたかと思えば、次の瞬間には何も聞こえなくなる。

 

 二秒ほどあって、背中に硬いモノが激突した。それが地面であることは、回復した視界に星空が映っていたから分かった。

 

 「た……ほぅ」

 

 アキラは大切な人の名を呼ぼうとしたが、喉から漏れたのはかすれた呻き声だけ。体を動かそうともがいたが、そこで自分の下半身がほとんど欠如していることに気づいた。

 

 まだ痛みは無かった。ただ、熱かった。熱くて、仕方がなかった。

 

 血がたくさん出ていた。動脈が切れたのだろう。心臓の拍動に合わせて噴水のように勢いよく血液が漏れ出すその光景は、父と見た戦争映画の主人公が死ぬシーンによく似ていた。

 

 朦朧とする意識の中、アキラの脳内でこれまで手に入れた情報が繋がる。

 

 ーーセイレーンだ。

 

 人類の91%を滅ぼした襲撃者。正体不明の人類の敵、そいつが攻撃を仕掛けてきたに違いない。主人公補正を無視した現在の状況に、アキラは狂犬のような表情で血反吐を吐き出した。

 

 状況を認識すると共に、アキラの全身を待ち構えていたように激痛が襲い始める。

 

 アキラは漫画やアニメのキャラではない。どこの骨が折れただとか、出血が多すぎる、などと言った風に自分の負傷を冷静に確認することなど出来る筈もない。

 

 「……い、てえ……あぃ……ぇぁ……」

 

 涙やら鼻水で顔面を汚く濡らし、おそらく糞尿も垂れ流しながら、ただみっともなく襲いくる激痛に声にならない呻き声を上げて、地面に這いつくばる。

 

 馬鹿だった。

 

 人生を舐めていた。

 

 異世界に召喚されたから、自分が主人公で、神に祝福された特別な存在だと思い込んでいた。

 

 しかしアキラはどこまでいっても凡人だったのだ。白龍の言う通り、吹けば飛ぶような弱者だったのだ。

 

 だから死ぬ。

 

 好きな女の前で、最悪の醜態を晒しながら、みっともなく生き絶える。

 

 「ーーぜんぜん、たりない」

 

 声が、した。

 

 スマホから流れる機械音声のような、無機質な女の声だ。

 

 アキラは首だけを動かして、その声の主を見た。

 

 白髪の女だ。金属のサメのようなモノが、背中に張り付いている。怪しく光る金色の瞳が死にゆくアキラを見下ろしていたが、瞬きする間に姿を消していた。

 

 ーーああくそ、足ねえじゃん

 

 爆発に巻き込まれて、即死しなかっただけ運が良かったのかも知れない。膝から下の脚が衝撃波によって千切れ飛び、夥しい量の血液が地面に赤い水溜りを形成していた。ビーフジャーキーみたいに繊維状になったピンク色の筋肉が、剥き出しになっている。

 

 アキラは激痛と恐怖に駆られ悲鳴を上げようとしたが、喉から出たのは「こひゅっ」と空気が漏れるような掠れた音だけだった。

 

 ーー痛い痛い痛い痛い痛い

 

 人体を流れる血液総量の二分の一、約1.5Lの血液を失えば失血性ショックを引き起こし死に至ると、どこかで聞いた覚えがある。おそらくもう、死は避けられないだろう。石畳を未だ朱色に染め続ける液体が止まる気配はない。

 

 すでに呼吸すら上手く出来ず、肉体は意識を手放しかけていた。

 

 「死なないでっ!死なないでっ!いやっ、いやっ、いやっーー」

 

 消えゆく魂を繋ぎ止めるように、女性の声がアキラの鼓膜を震わす。下半身を蹂躙する激痛がほんの一瞬だけ和らいだ、気がした。この声はいったい、誰のものなのだろう。決して忘れてはいけない大切な人であることは、直感が告げていた。

 

 しかしあまりにも多くの生命を失い過ぎた肉体では、最期に彼女の表情を思い浮かべることすら叶わない。アキラは裂傷を負い血塗れになった右腕を、声の方へと伸ばした。せめて、触れていたかった。冷たく、寂しい死を迎える前に、彼女の温もりを味わいたかった。

 

 もう目は見えていない。しかし伸ばした右手が、柔らかい感触に包み込まれたのは分かった。ぞっとするほどに、冷たい手だった。握り返してくれた彼女の手は、既に命の温もりを失いかけていた。

 

 「ごめん、なさい……」

 

 「ーーッ!」

 

 「恨んで、ください……不甲斐ない……私を」

 

 ーーどうしてどうしてどうして

 

 死の間際、アキラの脳を支配したのは降りかかる理不尽への疑問だった。なぜ自分は殺されなければならない。なぜ彼女は死ななければなれない。なぜあのバケモノはこの国を襲った。

 

 ーーなぜ、なぜ、なぜ

 

 どれだけ考えても、答えは出なかった。けれど、意識が消失する瞬間。アキラはただ、冷たくなった彼女の手を強く握りしめた。なぜそうしたのか、その答えだけは分かっていた。

 

 「次は、俺が君をーー」

 

 

 ーー守ってみせる

 

 

 

 

 

 

 


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