ウマ娘―星天の路を往く―   作:アメリカ兎

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第4R 勝負への執念。勝利の理由

 

「國弘トレーナーに言われて様子を見にきただけだ」

 ナリタブライアンの第一声は極めて簡潔なものだった。それに號もまた快い相槌で返し、会話が一度区切られる。

 タイキシャトル、マチカネフクキタル、ライスシャワー、ハルウララ。そしてエヌラスの担当バであるマンハッタンカフェ。以上が號トレーナーの率いるチームメンバーだった。

 チームとして活動する以上チーム名を提出しなければならないのだが、そちらも期日が迫っている。このままではアオハル杯以前の問題だ。

 

「…………」

 確かに士気は高い。全体的に空気も悪くなかった。だが、ナリタブライアンはそれに少なからず居心地の悪さを覚える。

 

「おい」

「ん?」

「……着替えてくる。少し待ってろ」

「わかった」

 

 制服で様子を見ていたが、ジャージに着替えて戻ってくるとアップを始めた。それになにを言うでもなく、號はタイムの計測とレースの運び方、仕掛けるタイミングのアドバイスを出す。

 

「少し借りるぞ」

「かまわん!」

 言うや否や、ナリタブライアンは走り始めた。身体を慣らすために速度を抑えていたが、戻ってくると號に声をかける。

 

「私と走りたいやつはいないのか?」

「ならフクキタルとライスとマンハッタンカフェだな! タイキとウララは距離の問題で休憩!」

「ほぎゃあ!? わ、私もですか!?」

「ん? 走れるだろう、中距離」

「い、いえ確かに走れますけれども〜……」

「いつもの占い的によろしくないか? なら外すが」

「いえそんな滅相もありません!」

「ならばよし! 準備始め!」

 暑苦しい。だが嫌な暑さではない。快活な印象が強いからか爽やかな雰囲気の方が強かった。ただ熱弁を奮うだけでなく、そこに相手への配慮もある。だからだろうか、その期待に応えようとする意気込みがチーム全体から感じ取れるのは。

 だからだろうか。ナリタブライアンにとって、居心地の悪さを覚えるのは。

 

「……チッ、調子の狂う」

「そちらからの申し出だ、思う存分走ってくれ」

「そのつもりだ」

 あわよくば、その減らず口を黙らせて鼻っ柱を折るつもりでナリタブライアンはマチカネフクキタルとライスシャワー、マンハッタンカフェと共に走り出す。

 

 

 

 悪くない走りをする。それがナリタブライアンからの印象だった。だがそれまでの話。

 結果から言えば、模擬レースはナリタブライアンの勝利で終わる。

 

「……ふむ、なるほど」

 號は結果を受け止め、一人納得したように何度も頷いた。模擬レースとはいえ負けは負け。足りない部分も見えてきた。勝敗に対するスタンスはあくまでストイックに徹する。勝ちは勝ち、負けは負け。それ以上でもそれ以下でもなく、結果だけが全てだ。時の運もあるが、それも引き寄せてこそ。

 

「ナリタブライアン、今後の課題も見えてきた。感謝する」

「それだけか?」

「? それだけとはなんだ」

「負けておいてそれだけか、と聞いているんだ」

「なら逆に尋ねるが、勝って満足か?」

 悔しくはないのか。結果に付随する感情の是非に、しかしナリタブライアンの待ち望んだ声はなかった。

 

「私はチームに欲しくないのか?」

「そうだな、戦力面で言えば申し分がない。欲しいかどうかで言えば、是非加入してくれると助かる」

「アンタの担当もまだ決まってないだろうに」

「そこはそれ! なんとかするしな!」

 調子が狂うことこの上ない。それとなく目配せすると、察したマンハッタンカフェが会話に混ざる。

 

「その、號トレーナーさん……ブライアンさんはトレーナーになってくれないかって言いたいのでは……?」

「……正直な話、アンタの話題は事欠かさない。挑む相手も強敵難敵だらけだ。私も走る相手はその方が望ましい」

 利害の一致、共通した認識の共有。ナリタブライアンが號に求めるのは、つまりそういったものだ。担当トレーナーが決まらない現状ではそれすらままならないが、この男となら飽きる走りをさせないという確信があった。

 マンハッタンカフェに言われてようやく合点がいったのか、ぽんと手を叩く。

 

「なるほどそうか! 実力を見せてくれた方が早いな、確かに! だがナリタブライアン、お前にひとつだけ聞きたい」

「なんだ」

「俺が担当するのは構わんが、君に覚悟の是非を問う」

「無いように見えるか?」

「違う」

 ナリタブライアンが眉を寄せる。どんな厳しいトレーニングだろうと、どんな相手とだろうと走る。そういった覚悟だと思ったが、違うと断言された。

 

「違うとはどういう意味だ?」

「俺が言う覚悟、というのは──“負け続ける覚悟”があるか、という事だ」

「……なにを言ってるんだ?」

 普通は勝利を求めるものだ。誰だってそのはずだ。負けるためにレースなどしない。それも連敗するであろう口ぶりに、ナリタブライアンは思わず鼻で笑ってしまった。

 

「俺にとって兄貴とはそういう“絶対の壁”だ。越えられん相手だ。兄貴が選んだオグリキャップも、いずれそうなるだろう。それでも俺は挑むし、俺が担当する奴にもそうさせる。俺と負け続ける覚悟があるならかまわん」

「…………」

 武者震いをさせる。そんな口振りだった。度胸と勢いと威勢だけだと思っていた、だがそれは霜天路號の上辺でしかない。

 この男の本質は、兄に対する執念だ。

 

「ぶっちゃけた話。俺にとって樫本理事長代理も國弘トレーナーも知ったことではない。そんなものは二の次、俺の敵は兄貴だけだ。アレに勝てたその時になら、他の誰にでも勝てる。買いかぶりの誇大妄想だと言われても構わんが、事実これまで俺は兄貴に全敗している。そんな相手に「今度こそは」と中央に来た」

「トレーナーとしての経験は、アンタのが上だろう」

「そんなものが何の役に立つ。……負けて悔しいのもわかる。泣くほど後悔するウマ娘など、何度でも見てきた。自分の足と走りが、求めた勝利に届かなくても走り続けるやつなど何処にいる。ここにいるのは走るためだろう、違うのか」

「…………」

「勝てる戦いなどより、勝てるかわからない勝負の方が面白い」

 ナリタブライアンは胸中で霜天路號に対する認識を改める。そして同時に、國弘トレーナーの観察眼にも。なるほど確かに、皇帝を目にかけるわけだ。

 

「あの兄貴に。夜空に輝き、落ちることのない星のような男に。ただの一度でも足を地につけさせることができるのなら──俺はもう思い残すことなど何もない。俺の人生に何か意味があったのとしたらそれだけだ。……つまらん身の上話だった、忘れろ!」

「気が変わった」

「うん?」

「私と契約しろ。明日中にでも。チームトレーナー兼任でも構わない」

「そうなるとチームと合同練習する形になるが」

「なら、いい刺激になる。退屈させるようならそれまでだ」

 手を差し伸べて、ナリタブライアンは薄く笑う。

 きっとコイツなら、飽きるような走りをさせてくれないという確信があった。

 

 號は差し出された手を見てから、握手を交わす。

 

「ならよろしく頼むぞ、ナリタブライアン」

「ブライアンでいい」

「そうか。それで早速なんだが──一度言ってみたかった」

「なんだ?」

「こんなこともあろうかと! 俺はトレーナー契約書だけは常日頃持ち歩いている! お前がサインするだけだブライアン! あとは提出するだけだ!」

「…………」

 もしも本当に運命の巡り合わせというものがあるのなら。

 ──今日という日を忘れないだろう。

 ナリタブライアンは呆れながらも、ぶっきらぼうにボールペンで契約書に名前を記入した。

 

 

 

 ──エヌラスが温水プール室に向かう道中でボイラーの定期点検作業に付き合わされること三十分。ようやく業者から解放されてプールサイドで柊を探す。

 どうしてこう人が予定を立てた日に限って余計な用事ばかり舞い込んでくるのか。ただでさえ顔つきのせいで中等部からは怖がられているエヌラスが今はちょっとお天道様に向けられない顔をしていた。何処の世界に左目に刀傷のある用務員がいるというのか。

 

「あ、いた。おーい、柊」

「……エヌラストレーナー? なにか用ですか」

「めっちゃ探した。具体的には一時間ぐらい」

「学園広いですし無理もないかと」

「半分ぐらい業者のせいだけどな……」

 なんで俺が立ち会わないといけないんだ、等と愚痴をこぼす様を生暖かい目で見守られた。

 柊の視線の先では、オグリキャップがスタミナトレーニングの真っ最中。水着姿でプールを泳いでいた。

 

「最近、なにか変わったことはないか」

「特には」

「そうか。ならいいんだ。もしなんか、こう……超常的な被害とか、オカルトチックな問題に直面したら真っ先に相談して欲しいんだわ」

「はぁ……かまいませんが。どうして?」

「そりゃまぁ。マンハッタンカフェのトレーナーとして、な」

 エヌラスの言い分からすれば、自分の担当に降りかかりそうな火の粉は払っておきたいらしい。ちょっと、いや過分に変わった人だなと思いながら柊は了承した。自分の手に負えない問題に直面した時は遠慮なく頼らせてもらおうと考えて。

 

「学園での生活、慣れたか?」

「あまり。なにしろ中央は広すぎて、俺のような持病持ちにはつらいですね」

「はは、まぁそん時も頼ってくれ。たづなさんばりに東に西に走り回らされてるから」

 思い返せば、見かける時は大抵忙しそうに走っている気がした。ウマ娘ばりに。

 

「ところで、世間話をしに?」

「あー、まぁちょっとした交流も兼ねて。本来の目的としては、ちょっとした疑問を解消しに──どうしてそんなに勝利することにこだわるのか、気になってな」

「……普通では?」

「普通の奴は無敗を掲げないんだよ。一応俺も経歴には目を通させてもらったけども、ちょっと常軌を逸してるというかなんというか」

「……弟のためです」

「はい?」

 エヌラスは思わず聞き逃しそうになって素っ頓狂な声が出る。

 弟のため、と。確かにそう言った。学園内でも兄弟揃って話題に挙がることが多いからか、すっかり有名人だ。しかし、二人が会話しているところはほとんど見かけることがなかった。何かと衝突の多い姿からそこまで仲が良さそうにも見えない。

 喧嘩するほど、とは言うが柊がそういうタイプにも思えなかった。

 

「俺のせいで勝負の舞台から降りた弟がトレーナーをやっていなかったら、俺もトレーナーになろうとは思わなかったでしょうね」

「……そうか」

「ええ、まぁ。……たった一人の、馬鹿な弟のために俺は“最強”であり続けたい。どんな勝負の舞台であったとしても。お前の兄貴は誰よりも強かったんだと、胸を張ってほしい。それだけですよ」

「その結果として、弟さんを叩き潰してでも?」

「あいつくらいですよ、今だに俺の背中を追ってきてくれるのは」

 あまりにも無敗であり続けた。eスポーツチーム内でも、どこか敬遠されがちだった。疎外感を覚えていたが、そんなもの気にも留めなかった。団体戦で結果、敗北することはあっても個人戦績だけは独占状態。他のプロチームからスカウトの声もかけてもらったこともある。金も積まれたこともある。メディアにも取り上げられたこともあった。だが、そのどれもが勝利には程遠かったから全て断っている。

 ただ退屈だった。勝利するだけの日々が。

 

「……お兄ちゃんは大変だな」

「ええ。馬鹿な弟がいると、特に」

「悪いな、時間取らせちまって。俺もまだやること山積みだか──」

 ピリリリリリ。エヌラスが言い終わる前に、単調な着信音。通知画面には「たづなさん」の文字。

 

「はいもしもしエヌラスですぅ。……今向かいまぁす! 悪い柊、また今度な! そのうちなんかどっか飯でも食いに行こうぜ! じゃあな! はいすいませんただいま参りまぁす!!」

「ご武運を」

 軽く手を振ってダッシュで廊下に消える姿を見送る。

 

「……あの人ほんと見てて飽きないな」


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