異世界で生きたくて   作:自堕落無力

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十八話

 

 彼女は侯爵家の令嬢であり、社交界では顔が広く、煌びやかな日々を送っていた。学生ながら、将来は騎士団長になるだろうと噂される程の優秀な魔剣騎士の男が許嫁に決まったりもしたのだ。

 

 彼女の人生は彼女の意志とは関係なく、決められた道、決められた相手、決められた将来があったが彼女に不満は無く、その通りに生きてきた。

 

 周囲の価値観に従い、周囲の言葉を聞いて生きているだけで十分だった。

 

 しかし、そんな彼女の人生は一瞬で激変した。彼女は〈悪魔憑き〉になってしまったのだ。

 

 その瞬間、彼女は侯爵家の歴史から抹消され、追い出され、後は醜く腐っていき、死にゆくのみとなったが……。

 

 

 

『俺たちが救ってやる』

 

 彼女は――現在はナンバーズの一人であるニューは『シャドウガーデン』によって救われ、世界の真実を聞かされた。

 

 そうして、問われたのだ。自分たちの庇護の元、平穏な暮らしをするか……あるいはこの世界で暗躍し、悲劇を齎している元凶たる『ディアボロス教団』と戦うか否かを……。

 

『私も貴方たちの仲間として戦わせてください』

 

 ニューは初めて、自分の意志で『シャドウガーデン』の一人として『ディアボロス教団』と戦う事を決めたのである。

 

「(シド様、私の全ては貴方のものです)」

 

 ニューは、というより『シャドウガーデン』の全員がであるが、首領であるシャドウことシドに深い感謝と大きな愛情を抱いている。

 

 力だけでなく戦い方、知識を与えられただけでなく、優しさや愛情ですら与えられたのだ。

 

 そう、シドは遥か高みにある力と深淵の如き叡智を持つだけでなく、誰の心をも温める人徳を持つ。

 

 部下として道具のように扱わず、まるで家族のように接してくれ、頼ってくれるのだ。

 

 しかも悪魔憑きだけじゃなく、ディアボロス・チルドレンとなる犠牲者が出ないように魔力適性のある孤児や貧しい平民の子等、そうした人物を見つけては引き取ったり、両親ごと保護するなどもしている。

 

 自分の事以上に他者の事をどこまでも思いやれる男なのだ。

 

 もっともそんな、大きな人徳が無ければ六百名を超える『シャドウガーデン』の女性たちが全員、シドを崇拝したり、支えようとはしないし、愛したりはしないが……。

 

「お願いします、シド様。もう一度俺たちに女友達を作る機会をくださいっ!!」

 

「彼女が欲しいんですっ!!」

 

「欲望にどんだけ正直なんだお前ら、というか前にそういう機会を作ってやったら先走りまくって、チャンスを駄目にしたじゃねえかよ。俺の面子、潰しやがって……アフターケア大変だったんだからな」

 

 本当なら学術学園で二年生として生きていたニューはダークブラウンの髪を団子にまとめ、野暮ったい眼鏡をかけ、女子寮から借りた制服を着る事で一生徒へと変装した状態でシドが居る魔剣士学園の教室へと行き、悪友であるという二人と会話しているシドの姿を見る。

 

「(また、誰かのために悩んでいるのですねシド様)」

 

 そして、シドが何気ない風を装いながらもその心の奥では誰かを救うために一番、良い対応を考えているのを悟る。

 

「あの、お悩みを解決していただけると聞いたんですけれど……」

 

「ああ、そうだ。それじゃあ、場所を移そうか」

 

 シドとニューは視線では組織の首領とその配下としての挨拶をしながら、屋上へと向かった。

 

「指示通り、準備はすべて整いました。以前、イータ様に頼まれていた物も出来ています」

 

「分かった、連絡ありがとう……それで、学園は懐かしいか?」

 

連絡役としてのニューの報告にシドは頷き、問いかけてきた。

 

「はい、懐かしいですしそれに何も知らず、平穏に生きている学生たちが羨ましいです……でも、だからって私は今の……『シャドウガーデン』の一人として生きている事を後悔していません。全て自分が決めた事ですから。そして、お心遣い感謝します」

 

「そうか……こちらこそ仲間として力を貸してくれている事、感謝しているよ」

 

 ニューは自分の心情をそのまま、伝えるとシドは微笑んで感謝を告げてくる。

 

「(やはり、変わらないですね)」

 

 変化しない大きな人徳にニューは安心し、更には心を温かくされた事で微笑む。

 

 

「そう言えばナンバーズになった褒美がまだだったな。なにか望みはあるか?」

 

「では、抱き締めてください」

 

 ニューの望みに『そんな事で良いのか?』と戸惑いながらも愛情を込めてシドはニューを抱き締め、ニューも又、愛情を込めてシドを抱き締める。

 

 少しでも彼の心に安らぎを与えられるように……。

 

 シドを支え、力となり、女性として温もりや安らぎを与える事こそ『シャドウガーデン』の女性たちの優先すべき目的なのだから……。

 

 

 

 

 

 空を夜による闇が覆っている中、ミドガル王国王都も又、闇によって黒一色に包まれる。

 

 その黒を家や建物、街灯による光が明るく照らしているものの、しかし灯りの無い古びた建物の中で……。

 

「随分と人を集めたもんだなぁ、『痩騎士』さんよぉ」

 

『ディアボロス教団』のディアボロス・チルドレンであり、その中でも最上位の実力者である1stであり、組織に貢献した事でネームド・チルドレンであるくすんだ赤髪、飢えた野良犬のような目で嗤う男こと『叛逆遊戯』のレックスが彼とその他、2ndと3rdであるディアボロス・チルドレンを大勢集めた顔を仮面で隠した騎士の男に対し、声をかける。

 

「王女を誘拐しようというのだから当然だろう……それになにやら、危険な男が居てな。『強欲の瞳』があるとはいえ、念には念だ」

 

「随分と慎重なんだな、元ラウンズさんは」

 

「文句があるのか?」

 

「いいや、報酬さえ支払ってもらえりゃ十分だ」

 

「ふん……決行は学園のブシン祭の学園枠選抜大会の後だ。それまで待機していろよ。絶対に勝手な事をするな」

 

「ああ、分かってるって」

 

 凄みながら言う痩騎士にレックスは辟易しながらも頷く。そうして、痩騎士はレックスたちの元を去る。しかし、彼らは気づかない。

 

 気づく筈もない。この王国王都全域には視界でも感覚でも捉える事の出来ない程に薄い霧による結界が張られていて、その結界内に居るもの全ての姿や声など全てを知ることが出来る者が居る事など。

 

 そして暗躍する『ディアボロス教団』の影から、『ディアボロス教団』を標的として狙っている者が居る事など……。

 

 

「それじゃあ、此処は任せる」

 

「ええ」

 

 痩騎士が姿を消すのを見たシドは連れてきたアルファにベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン、ゼータ、イータ、シータらに指示をすると同じくその場から姿を消す。

 

「それじゃあ、さっそく試してみましょうか」

 

 アルファはレックスたちが控える建物へと手に持っていた球体に魔力を流して起動すると球体を投擲する。それは建物の近くに落ちて破裂すると球体が破裂して強烈な発光が生じる。

 

「っ、なんだ!?」

 

 当然、この事態に建物の中から戸惑い、出てくるレックスたちであるが……。

 

「それじゃあ、いくわよ。皆」

 

『はっ!!』

 

 アルファ達はレックスたちへと強襲を仕掛ける。

 

「な……ぐああっ!?」

 

「ま、魔力が練れ……」

 

 奇襲を受けながらも対応しようとしたレックスたちはしかし、魔力が練れず無力のままに殺されていく。

 

『痩騎士』が言っていた『強欲の瞳』というのは周囲の魔力を溜め込む性質を有するアーティファクトであり、アルファが投げたのはシェリーとの研究中にその『強欲の瞳』の研究成果を知ったシドがそれを改良し、イータに開発させた『魔力阻害爆弾』。

 

 範囲内の魔力の流れを乱す力場を発生する爆弾であり、アルファ達がその影響を受けないのはその防備処理を施したスライムスーツを纏っているからである。

 

「どう、自分たちがやろうとしていた事をやられるのは?」

 

「く、くそがああああああっ!!」

 

 仮面で顔を隠しているため、唯一見える口元、残酷な笑みを向けるアルファ達に断末魔の叫びを上げながら、レックスたちディアボロス・チルドレンは何を成す事も無く、無残な死を遂げたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇に溶け込んでいた室内に明かりが灯る。

 

「……」

 

 

 そうして、レックスに痩騎士と呼ばれていた者が仮面を外そうとして……。

 

「夜更かしは老体に響きますよ、ルスラン副学園長」

 

「っ!?」

 

 全く気配も姿も見せていなかったシドの声が聞こえ、副学園長室の中にあるソファーに座っている姿が見えた事、そして自分の正体を見破った事に驚愕する。

 

「……ふふ、ずっと私の全てを見透かそうとしている目だと思ったが、本当に見抜くとは恐れ入る。それで何の用かな?」

 

 痩騎士は仮面を取り、ルスランとしての素顔を見せると苦笑しながら目的を問いかける。

 

「一つ、俺の話に付き合ってもらおうと思いまして」

 

「良いだろう、君の話は面白そうだ」

 

 ルスランは言うと、シドと対面する方のソファーへと座り込む。

 

「事の経緯はこうだ。『ブシン祭』で優勝した貴方はその経歴を元に『ディアボロス教団』に声をかけられ、貴方は応じそうして『ナイツ・オブ・ラウンズ』まで上り詰め、その恩恵も何某かは受けた」

 

「っ……」

 

 シドがディアボロス教団、そして重要幹部の名まで知っている事に驚愕しながらもルスランは続きを促した。

 

「しかし、『ナイツ・オブ・ラウンズ』として、一流の魔剣士としての貴方は長続きしなかった。難病を患ってしまったからだ。それをどうにかしようと模索する内に貴方は出会ったんだろう。シェリーの母、ルクレイアさんに」

 

「ああ、その通りだよ。ルクレイアは優秀な研究者だったのだが、優秀過ぎるが故に学界には嫌われた不幸な女さ。だからこそ、接触しやすかったから私にとっては幸運だったけれどね」

 

 シドの話を、当時を懐かしみながらルスランは補足する。

 

「……そうして、貴方はルクレイアさんの研究の支援者となって数々のアーティファクトを集め、研究させた」

 

「ああ、実に良い関係だったし楽だったよ。彼女は富も栄誉も興味が無かったからね。私は彼女を利用するだけで良かった」

 

「そんな関係の中、貴方はとあるアーティファクトを見つけたんだよな。『強欲の瞳』を」

 

「本当に君は恐ろしいな……ああ、これは私が長年、探し求めたアーティファクトだ。しかし、あの愚かな女はこれが危険だと言って、国に管理してもらうよう申請を出そうとした」

 

 ルスランはピンポン玉サイズの球体を懐から取り出しながら、言う。

 

 

 

「だから、殺したんだな。ルクレイアさんを……」

 

 静かにシドはルスランへと言った。

 

「ふふふ……そうさ、体の先から中心へ突いていき、最後は心臓を突き刺し捻じったんだ。あの時は実にスカッとしたよ。それに更に幸運だったのがルクレイアの研究を娘であるシェリーが引き継いでくれた事だ。私が母の仇だとも知らずに私のために力を尽くしてくれるなんて本当に可愛い可愛い、愚かな娘だよ。その愚かさは母譲りだ」

 

 ルスランは邪悪な笑みを浮かべながら、自分の罪を何の惜しげも無く、告白した。

 

 

 

「……話に付き合ってくれてありがとうございます。ルスラン副学園長。お陰で良く分かりましたよ、貴方が情けをかけなくて良い危険な男だというのが……だからこそ、この場で始末します」

 

 シドは椅子から立ち上がりながら憤激に燃える瞳で睨みつけ、裁断者の如く、宣告する。

 

「それなら、抵抗させてもらおう。これを使ってね」

 

 同じくルスランも立ち上がりながら、手に持っていた『強欲の瞳』を起動させ、禍々しく光らせた。

 

「これで君は魔力の使えない無力な男……対して私は君が病気を治してふふ、まさか『強欲の瞳』を知っているのに何の反応もしないとは、君も愚かな男だ」

 

「ブランクのある貴方に対する只のハンデだ。良いから、来いよ」

 

「ふっ、随分と達者な負け惜しみだなっ!!」

 

 平然と言うシドに対し、魔力を放出しながらシドへと迫り、そして剣を振り下ろしたが……。

 

 

 

「がっ、あ……?」

 

 一閃を振り下ろしその斬閃を見たのに、直後……自分の肩口から袈裟上に切り裂かれていた。

 

 しかも手元には自分の剣が無く、代わりにルスランの剣先をシドが下ろしている。

 

 ルスランが一閃を振るうより早く、彼に気づかせないままに奪い取りながらルスランが振り下ろす動作に合わせて剣を振り下ろし、切り裂いたのだ。

 

「自分の剣で死ねるなら、本望だろ?」

 

「ぐがっ、」

 

 続けて剣を振り、ルスランを更に切り裂く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。徹底的に切り刻んでやる」

 

「ぅ……ぁ……や、止め……」

 

「止める訳が無いだろう、とっととくたばれ老害」

 

 無慈悲にルスランへとシドは壮絶なる剣の連閃を繰り出し、ルスランの体を肉片すらも残さない程に微塵に切り刻んだのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルスランが翌朝起きれば居なくなっていたので、シェリーは泣きながらシドを頼った。

 

「実はルスラン副学園長から昨日、夜遅くに渡されたんだ」

 

 シドはシェリーにそう言いながら、事前に自分が作っていたルスランの筆跡を真似て書いた手紙で内容は娘の幸せを祈りながら、病気も治ったので隠居するとしたそれを渡し、優秀な研究機関への推薦状、『ミツゴシ商会』がスポンサーとなっている形にした研究所(因みに所長はイータ)のそれも渡した。

 

 因みに学園自体にもシェリーより早く、スライムによる変装道具でルスランに扮し、シェリーより同じく事前に用意していたルスランの筆跡と印のある退職届を渡している。

 

 

 

「お義父さん、だからって急に居なくなるなんて……」

 

「それだけ、シェリー先輩の重荷になりたくなかったんだと思います」

 

 シェリーに多くの嘘をつき、騙す事を自分の罰としながら、一生面倒見る事をシドは誓うのであった……。

 

 

 


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