少し前にミドガル魔剣士学園、学術学園で一学期の学年末テストが行われた。シドとシェリーはこのテストで全科目において満点を取り、アレクシアにローズ、クレアも満点では無いものの、平均点以上のテストを取って無事に夏休みは補習無しに過ごせる事となった、
因みにシドの悪友であるヒョロとジャガは赤点を取るというより、何を血迷ったかカンニングをやろうとし、それがバレて夏休みはぺナルティも含めてほとんどの期間、補習を受ける事が決まった。
シドはテスト前にヒョロとジャガから勉強を教えてくれと言われていたのだが、勝手に相談屋にされ、しかも厚かましい事に仲介屋として金を取っていた事やこの前の選抜大会でも自分に賭けて金を手にした事などその他諸々含め……見放した。
「畜生、一生恨んでるやるからなーっ!!」
「シド君の薄情者ーっ!!」
「薄情なのはお前らだ」
ヒョロとジャガの断末魔に対し、シドはお前らに言われちゃおしまいだという態度で告げた。
ともかく、そうして夏休みに入り、シドは通常の馬車なら学園から四日間、かかるところにある『聖地リンドブルム』で開催される『女神の試練』を受けに行く事となった。
最初はクレアと共に通常の馬車でリンドブルムに行こうとしたが、アレクシアからアイリスと共に『聖教の監査と女神の試練の来賓』のため、リンドブルムに行くのでそれに同行しないかと求められた。
アレクシアの独断では無く、アイリスからもシドがアレクシアと仲良くしている事、それにアイリスとアレクシアとの姉妹仲を和解させる切っ掛けとなった感謝、一度じっくりと話をしてみたいなどとそうした理由で承諾しているとの事。
そうまでされては逆に断るのは無礼になるので受け入れ、そうしてミドガル魔剣士学園を集合場所に馬車を待ち、そうして王族専用のために豪華な馬車がシドとクレアの前で止まる。
『おはようございます、アイリス王女、アレクシア王女』
シドもクレアもそれぞれ馬車から降りてきた王女姉妹へとしっかりとした礼儀を取りながら、挨拶する。
「はい、おはようございますクレアさん、シドさん」
「おはようございます、シド、クレア先輩」
アイリスとアレクシアもシドとクレアに応じ、挨拶を返した。
「シドさん、これは王女としてではなく私個人として礼をさせてください。貴女のお陰で私はアレクシアと又、姉妹としての絆を取り戻すことが出来ました。ありがとうございます」
「いえ、そんな……俺はただ、切っ掛けを作ったようなものですから……それにこちらこそ、二人の公務に同行させてもらえるなんてご好意を頂けるなんて……感謝します」
アイリスとシドはそれぞれ、深く頭を下げて礼をする。
「なんか似た者同士ね……」
「どっちも生真面目だから」
クレアとアレクシアは二人の様子に苦笑しながら、言う。
「ところでシド、その剣は?」
アレクシアはシドが帯剣しているものが学園支給のものでない事に気づく。もっとも見た目からして、かなりの名剣だというのが分かる程のもので『女神の試練』用の剣を用意したのにそれが渡す事が出来なさそうで、アレクシアは残念な気持ちになった。
「これは『ミツゴシ商会』のルーナさんから『一族の家宝』だと言って、『女神の試練』の時はこれを使ってくださいって貰ったんだよ。ミスリル製だからビビった」
シドはアレクシアの問いに答える。もっともそういう形式にしただけで本当のところは表での活動用に幾つかのミスリルを加工しながら造った合金製の剣であり、魔力伝導率は80%の代物である。
「見せていただいても?」
「どうぞ」
シドは鞘に納められたままの剣を丁寧にアイリスへと渡し、アイリスは受け取ると鞘から剣を抜く。
「わ、魔力を凄く流しやすい。とんでもない名剣ですね」
軽く魔力を流し、その伝導力にアイリスは驚く。
「本当、びっくりです」
シドはアイリスから剣を返され、帯剣し直す。
そうして、後は馬車の中で話をする事になったが、クレアとアレクシアがシドの隣を巡って争いかねなかったので公平なジャンケンで決めることになり……。
「こうなったか」
「あはは……」
広くて快適な馬車の中、シドとアイリスが隣り合い、クレアとアレクシアが隣り合って対面している。
クレアとアレクシアは残念がったが、気を取り直し、主にシドの話で盛り上がったりしていた。
「シドさん、学園選抜大会優勝と生徒会長就任おめでとうございます。色々と話はアレクシアや噂を通して聞いていますよ。大変、優秀で頼りになると」
「恐縮です。でも俺はただ姉さんが誇れるように、何よりどんな分野でも誰かに負けたくないし頼られたら、その期待に自分が出来る限り、応えられるようにしているだけです」
「ふふ、凄い向上心ですね。『女神の試練』を受けようとするだけはあります。それにしたって落ち着いていますね」
「気を抜けるときは気を抜いて、気を張らなければならないときは気を張って……切替は大事ですからね」
「それは確かに」
シドとアイリスも話をし、笑い合う。
「アレクシアが言ってますよ。貴方はアレクシアの専属騎士になる事を受け入れていると……」
「はい、そのためにも今から早く誰もが文句を言えないだけの実績を積もうとやれるだけの事はやっているつもりです。ブシン祭での優勝も目指してますよ」
「……ふふ、それは怖いですね。でも、ちゃんと妹の事を考えてくれているのが伝わってきますし、覚悟があるのも分かります……なら、私から言う事はありません。それだけ、想ってくれる男性に会えるなんてアレクシアは幸せですね」
自分の問いに自信すら込めて堂々と宣言するシドにアイリスはそう言う。
「はい、私は幸せです。アイリス姉様」
「……シドさん、私は貴方とアレクシアを応援します。そして、これから私的な時は私の事は姉さんと呼んでくださいね」
妹の満面な笑みに頷きながら、シドへと微笑みながら言う。
「え、い、いやそれは……流石に……」
「なに、戸惑ってんのよシド。呼んで良いって言ってるんだから、呼んじゃいなさい」
「はい、ぜひお願いします。」
「……」
シドはアイリスの話に戸惑ったが、クレアが促したのと再度、アイリスから要求されたので最終的には受け入れたのであった……。
2
一人の騎士の話をしよう――その男はまさしく英雄譚に出てくるような正義の剣士に憧れたのを切っ掛けに人々に害を成す悪党を倒し、人々を助けるために力を付け始めた。
そうして男は『流浪の剣士』となり、世界を旅しながら世直しをしていくようになる。
その日々の中、男は力試しのために『リンドブルム』で開催される『女神の試練』に参加する。
資格は十分にあり、聖域の扉から出てきたのは佇むだけで凄まじい力を感じさせるエルフの女性剣士であった。
「ぐ……」
エルフの女性剣士は強く、流浪の剣士は負けてしまう。真剣勝負で負けたので男に悔いは無いし、このまま死んでも悔いは無かった。
しかし、流浪の剣士であったヴェノムの人生はこれで終わりでは無かった。
「まさか、オリヴィエを呼び出すとはな……ふふ、お前のような優秀な手駒となる者を探していたのだ」
死にゆこうとするヴェノムに悪意が迫り、そうして十年の時が経過した現在。
「ま、待て……待ってくれ、ヴェノム。監査は絶対に乗りきってみせる。だから、ネルソン様に心配ないと伝えてくれ、頼むっ!!」
リンドブルムにて建設されている『聖教』所有の大聖堂の中で大司教たるドレイクが必死に命乞いをしている。
その相手は大司教代理という身分でありながら、ドレイクからすれば自分よりも遥かに偉いし、逆らうことも出来ない相手であるネルソンの部下にして、彼の敵対者や標的を始末する存在、『処刑人』であるヴェノム。
「……」
そう、流浪の剣士ヴェノムは『処刑人』へと身を堕とされた。
かつては力が無いために悪党によって害され、平穏を奪われる人々の笑顔のために戦っていたそんな高潔な精神を持っていた彼はその精神を奪われ、ネルソンの指示の元に容赦も情けも無く、処刑をするだけの存在となった。
よって……。
「う、うわああああっ!!」
ヴェノムはいつものように処刑の刃を振り下ろそうとして……瞬間、闇夜の大聖堂の外から中まで黒い霧が発生し、周囲一帯を覆い尽くす。
「っ……」
ドレイクはその霧を吸った事で昏倒し……。
「!!」
ヴェノムは霧を吸った瞬間、奪われていた意識を完全に取り戻し、そうして自分が処刑人として多くの罪なき者や力を持たない者を殺し、自分が忌み嫌っていた悪党と同じ事をしていたのを思い返す。
「……殺してくれ」
そうして、ヴェノムは剣を手放し両手も下ろして無抵抗の状態となると霧の中から自分の方へと向かってくる存在に対し、懇願した。
「任せろ、お前の無念は俺が晴らしてやる」
ヴェノムはその慈悲の籠った返答に安堵しながら、純黒の一閃によって両断され、その軌跡を起点に純黒が広がりヴェノムの体を呑み込んだのだった。
そうして、シャドウとなっているシドはミスリルの剣を鞘に納めた。
「シャドウ様。大司教の確保と処刑人の始末の手際、お見事です」
「こちらも処刑人の手下の始末は完了しました」
「後の事は全て、私達にお任せください」
そんなシドの近くにベータにイプシロン、シータが駆け寄り声をかける。
大司教ドレイクがアイリス王女率いる騎士団の監査にてぼろを出さないよう、口封じ、そしてドレイクを殺す事で監査が出来ないようにするため、ネルソンが放った処刑人ヴェノム。
その一連の動きを掴んだのでリンドブルム近くで宿泊している場所から駆け付けたシドは『霧の龍』の魔力による霧を放って人払いとドレイクの意識を昏倒、ヴェノムに関しての全ての把握と意識を覚醒させる干渉を行なった。
霧を張り巡らせ、領域を形成すればシドは自身の魔力によってその領域内において、望むがままの干渉が出来る。
勿論、その規模や範囲など諸々によって魔力の消費は大きなものとなるが……。
「それじゃあ、後は任せた。ドレイクは丁重にもてなしてやれ。今までの行いを含めてそれ以上をな」
『はっ!!』
シドの指示にベータたちは頷き、そうしてシドは黒い霧を纏うと次の瞬間、黒い流星の如くとなって空を疾走する。
霧を纏った足が触れた虚空はすぐさま、小型の領域に変わり、それは足場となっている。実質、一種の空間移動だった。
ともかく、こうしてシドは大司教ドレイクの確保と彼を始末しようとしたネルソンの目論見を崩したのであった……。