山を切り開いたかのような地形に壮麗な聖教会が立ち、その下に白を基調とした街並みが広がっている『聖地リンドブルム』。
此処には魔人ディアボロスを倒した英雄の一人、オリヴィエがその際、ディアボロスから切り落とした左腕が『聖域』という遺跡に封印されているが故、この世界において主流となっている宗教の『聖教』においてリンドブルムは聖地とされている。
しかし、実際において聖地リンドブルムは今もなお、『ディアボロス』の力を使って世界の支配を企み、暗躍している『ディアボロス教団』の重要拠点の一つだ。
そして、真に聖地リンドブルムの支配者となっているのは『聖教』の大司教代理でありながら、その正体は『ディアボロス教団』の幹部の一人、『ナイツ・オブ・ラウンズ』の第11席こと『強欲』のネルソンである。
もっとも彼の本業は研究者であるため、普段は秘密の研究施設である『聖域』でディアボロスの左腕を研究材料として研究し続けながら、他にもディアボロス教団のために重要な薬などを開発したり、使えそうな人間などを実験材料にしたりもする。
そうして、今までは密かに暗躍し続けていたネルソンだが、最近になって急に風向きが変わってきてしまい、表に出ざるを得なくなった。
出所は不明だが、自分たちが秘めている『ディアボロス・チルドレン』を増やすために魔力適性のある孤児を密かに選んで洗脳や教育機関に送り付ける事による失踪や必要な研究資金を得るための汚職など、その確証を付いているような具体性のある噂が急に広まったのだ。
そのため、監査をするためとして何とも厄介な事にミドガル王国アイリス王女が騎士団を率いてやってくる事になった。しかもその時期が悪い。
なにせ、リンドブルムで例年通りに行われる重要なイベントである『女神の試練』が開催されようとしている時なのだから……。
だからこそ、いざという時の生贄として用意していた大司教のドレイクを殺し、それを口実に監査を封じようと十年前の『女神の試練』の際に拾えた英雄オリヴィエの記憶を呼び出す事が出来る程の剣士であり、現『処刑人』のヴェノムとその手下をドレイクの元へと送ったのにしくじり、ドレイクが姿を消した。
そして、こちらがそれを知る前にリンドブルム内にドレイクが監査を恐れて逃げ出したというような噂が広まり始めたのだ。
「ぐうう……おのれ、小癪な真似をおぉぉ」
明らかに狙いすましたかのような策略と行動にネルソンは最近、『ディアボロス教団』の拠点及び構成員や重要人物などを撃破するなど、自分たちに敵対している人員も拠点も不明な組織の仕業だと確信し、まるで嵌め殺すかのような手際にネルソンは呻く。
「どうして、私ばかり厄介事が付きまとうのだ。ただでさえ、あいつらにも厄介事を押し付けられているというのに……」
『ナイツ・オブ・ラウンズ』になった際の利点であるという莫大な力と不老の肉体を得られる『ディアボロスの雫』を当然、ネルソンは摂取しているのだがそれを良い事に他の幹部からネルソンは厄介事を全て、押し付けられている。
普段はいがみ合っている関係なのにネルソンに厄介事を押し付けるときばかり彼以外の幹部は協力し合うのだ。そして、ネルソンはその激務によるストレスによって『ディアボロスの雫』を摂取しているのに髪がほぼ、抜け落ちてしまった。
ともかく、まずい事態だ。
アイリス王女直々の監査であり、噂によってリンドブルムの民衆が不安がっているのもあって、重点的に調べられるだろう。
そうなれば、今後においても動きづらくなってしまう。
「ともかく、私達の問題は私達で解決しますので……」
監査対象であるドレイクが失踪した事は自分たちも驚きの事であり、現在聖騎士を使って捜査中であり、見つかるまで待ってくれと言い、捜査や監査をしたいなら改めて許可を取れとネルソンは何とかごり押そうとした。
これは普段、表に出ないしこういう時の生贄として色々と仕組み、いざという時は知らぬ存ぜぬが出来るようにしておいたのが役に立つ。
その筈だった……。
「失礼ですが……こんな事態を起こしている以上、解決できるようには思えませんが?」
自分に対し、意見を述べるのは『女神の試練』に参加しに来たと言い、更にはアレクシア王女の友人だというシド・カゲノー。
彼の全てを見透かしてくるような、下手な事を言うなら射殺さんばかりの視線や重圧などによりネルソンは激しく気圧される。
「それに不安がっているリンドブルムの民衆たちを思い、アイリス様たちが直々に来たというのに無駄足を踏ませようとするとは……『聖教』はミドガル王国より偉いと?」
「そうだというなら、こちらにも考えがありますよ」
シドに威圧されながら、問い質されたかと思えば次にはアイリスに威圧されてしまう。
「ま、待て……そちらの考え過ぎだ。決して敵対したいわけでは……」
ネルソンは考えを巡らせながらこの状況を潜り抜けようとしたが……。
「黙って聞いていれば、好き勝手言いやがってっ!! 良いだろう、望むところだ。ドレイク様もそうだが、俺たちにやましいところなんてあるものか。監査したければ思う存分、すれば良いっ!!」
「そうよ、このまま私たちの事を悪く思われるのは不愉快だわ。こんな事態になった以上、好きなだけ調べてもらって潔白だと納得してもらおうじゃない」
突如、聖騎士などが駆け付け、勝手に監査を受け入れると言い出した。
「よ、余計な事……「余計な事?」い、言え……ぐうぅ、わ、分かりました。監査を受け入れましょう。ただし、『女神の試練』が無事に終わるまでは静かにやってくださいよ」
空気や状況……特にシドからのプレッシャーがどんどん、強くなっている事に耐えられず、もはや、監査を受け入れるしかないという状況になりネルソンは渋々、監査を受け入れた。
「ぅぶっ……うげえええっ!!」
この後、シドからのプレッシャーから解放されたネルソンはトイレで吐いたのだった……。
2
リンドブルムの『聖教会』に監査を行うために向かったアイリスとアレクシアに同行したクレアとシド。
特にシドはネルソンの顔を窺うのと揺さぶるために同行したのだ。
更にリンドブルムの『聖教』内に潜ませている『シャドウガーデン』の工作員を使って、監査を受け入れる状況すら造り上げた。
これにより、かなりネルソンを追い詰めることが出来ただろう。
早まった行動をして、ボロを出すかあるいは、追い詰められた事で悩み続けるかしてくれれば、更に良い。
「いやあ、最後の方は面白いくらい狼狽えていたわね。あのハゲ」
「ふふ、シドも追い詰め方が上手だったわね」
「ふざけたこと抜かしまくる態度にはむかついたからな」
ともかく、そうして一つの仕事を終えた後は前から話し合っていた予定をこなすべく、シドはアレクシアとクレアの二人と一緒にとある場所へと向かい……。
「おはようございます、シドさん、それにアレクシアさんとクレア先輩も」
「おはようございます、皆さん。今日はよろしくお願いします」
集合場所で待っていたローズとシェリーと合流し、そうしてリンドブルムの街を散策し始めた。
「ち、ちくしょう。な、なんだあいつは……」
「ハーレム……だとっ!?」
大勢の女子に寄り添われ、親密な雰囲気出しているシドに対し、リンドブルム内の多くの男たちから嫉妬やら驚愕やら尊敬やらを受けながらもそうした者を気にせず、女性陣との散策を楽しんでいると……
その途中……。
「わ、ナツメ先生のサイン会。私大ファンなんですっ!!」
本屋の前で出来ている沢山の人だかりを見て、ローズが興奮しながら言う。
因みにナツメというのは最近、有名になった文豪の女性でありその正体はベータだ。
表の世界で情報収集をする時にベータはナツメとして動いているのである。
「あの女……なんか、胡散臭い物を感じるわ」
「あー、なんとなく分かるかも」
サインに応じながら、ナツメの読者に媚びを売るような態度が気に入らなかったのかアレクシアが不機嫌になって言い、クレアは苦笑する。
「とっても綺麗な方だと思いますけど……」
シェリーは純粋に意見を言った。
因みに……。
「(何ですか、あの女……気に入らない)」
ベータはサインに応じながら、シドと共にいるアレクシアに対し怒りながら愚痴る。
アレクシアは王女であるのもあって、『ディアボロス教団』が重要ターゲットに選んでいるのは突き止めているし、そのためにその身を守る必要があるのも理解している。
しかし、ベータはアレクシアから腹黒い物を感じ、それもあってとにかく気に入らなかった。
それはそれとして……。
「(シド様……普段のリラックスした姿も女性に対して優しく対応しているのも素敵です)」
シドに対しては好意全開であったが……。
「なにか、お勧めありますか?」
そうして、シドが店員に扮しているシータからベータがドレイクから拷問紛いの尋問により、絞り出した情報と今までの情報、今後の予定している計画についての現在の事などを書き記している本を受け取り、自分の元へとやってくるその姿に心弾ませ……。
「ずっと前からファンでした。これからも頑張ってください」
「はい、応援ありがとうございます」
そう、声を掛け合いながらベータはシドの差し出した本にサインを書く。
『ご苦労様、続けて頼むぞ』
『勿論です、シド様』
その合間に視線のやり取りで労われた事に対してもベータは嬉しくなる。これは先に対応したシータも同じであるが……。
「ほら、とっとと行きましょう。シド」
シータたちから情報記した本を受け取ったシドは特にナツメの事が気に入らないので直ぐにその場から離れようとするアレクシアに応じ、そうして散策を続けたのであった……。