来週に予選開始となるミドガル王国王都の『ブシン祭』を観戦しにくるのは一般市民だけでなくミドガルの周辺国の者たちもであり、更に言えばミドガルの同盟国である『芸術の国』と呼ばれるオリアナ王国も自国内では魔剣士の立場は低いものの、国の関係も考えて来賓として『ブシン祭』開催の時にはオリアナの王族たちは観戦へとやってくる。
「(……シド君)」
そして今日、『ブシン祭』の来賓として招かれ、準備などのために早めにミドガル王国へとやってきたオリアナ王国の王、ラファエロ・オリアナに彼の娘であり、オリアナ王国の王女であるローズ・オリアナは再会しようとしていた。
オリアナ王国では魔剣士は野蛮だとして、蔑まれていると言っても良い程であり、そのため、剣の道を選んだローズに父も含めて誰も良い顔をしなかった。
それでもラファエロは娘が選んだのならと直接的な応援こそしなかったものの、ミドガル魔剣士学園への留学を許すなど手助けはしてくれた。だからこそ、感謝しているし久々に再会出来るのは嬉しい。
とはいえ、それを抜きにしてローズの気持ちは曇っている。今から彼女の婚約者としてオリアナ王国の侯爵家次男ドエム・ケツハットを紹介される事になるからだ。
自分にはもう既に心に決めた人が、シドが居るのに……。
ともかく、ローズは文官や騎士たちが傍に控え、後は国王とドエム・ケツハットが入るのを待っている部屋で待機していると……。
「陛下のおなりです」
騎士の声が響き、そうして扉が開けられラファエロとドエム・ケツハットが部屋へと入ってくる気配。
「さあ、陛下……」
「面を上げよ」
「お久しぶりです、陛下」
そうして、ラファエロの声に従い顔を伏せて待機していたローズは顔を上下て父の顔を見……。
「あっ!!」
瞳の焦点が明らかに定まっておらず、茫洋としている確実に正気じゃない父の姿がそこにあった。
「久し……ぶりだ。ローズ」
その話し声すら普通ではなく、口の端から涎を垂れ流す様子は苦しそうである。
「お父様……っ」
ローズは驚愕しながらも父の姿を見、次に長髪を後ろで束ねたそれなりに容貌は整っているが、悪どい笑みを浮かべた男――ドエム・ケツハットの様子を見……。
『フフフフ……』
更に嗤い始める文官と騎士たちの様子と声に全てを悟った。ドエムは『ディアボロス教団』と繋がっており、文官や騎士たちも裏切っている。そして父親は傀儡に……ならば母は? 国民は?
ローズの中で不安や怒りや悲しみや絶望がありとあらゆる負の感情が巡り……追い詰められ……。
「(ふっ、容易い)」
ローズが覚悟を決めた表情を浮かべたのを見てドエムは後はどうにでも自分の策略で翻弄出来ると内心、喜んだ。
しかし……彼は知らない。いや、知る術など無い。
彼が居るミドガル王国王都は『悪』を許さぬ者の領域である事を……。
「何を嗤っていやがる」
「がっ、あ、が……?」
暗く、そして聞くだけで心まで凍り付くかのような凄まじき憎悪と憤怒と殺意に塗れた声が聞こえたかと思うとドエムは背中から腹部まで剣によって貫かれた。
「貴様のような屑に許されるのは、断末魔の悲鳴を上げながら地獄へと落ちる事だけだ。もっとも、そう簡単に地獄へは送ってやらんがな。まずは挨拶代わりだ。苦しみ抜け」
「う、ぐぅ……ごぱっ、うぐあああああっ!!」
剣がゆっくりと捻られ、引き抜かれる痛みを味わうと誰かも分からない者が自分の目の前に現れ、そのまま剣で切り刻まれる。
「うぐああああああ(な、何だこれは……何がどうなって……)」
ドエムは奇妙な体験をしていた。切り裂かれている感覚とそれに伴う激痛はあるのに、手足も胸も心臓も首も全く体から離れる事は無く、よって永遠に感覚だけが積み重ねられていく。
そして、それは他の騎士と文官たちも同様であった。
「言ったろ、挨拶代わりだと……そんな程度で参ってんじゃねえよ」
『っ!?』
そうして、一日や二日それ以上の時間、永遠に切り刻まれる苦しみを味わっていたドエムたちは男の声により、意識が覚醒。
其処は自分たちが先ほどからいた場所であり、目の前にはローズの傍に顔を隠した仮面、鎧とスーツなど黒の化身とも評するべき者が居た。
それは無論、シドである。
オリアナ王国へと潜入している部下からディアボロス教団の関係者であるドエム・ケツハットがミドガルへと国王と共にやってくるという情報を掴み、更にドエムがローズの婚約者となっている事などを含めてローズの身を案じ、ミドガルに張り巡らせている霧の力を使って様子を探り、事態を知ると霧状の魔力をまずは放って、幻覚の世界にドエムたちを誘ったのである。
そして、自分も又、ローズの元へと転移した。
「(シド君……また助けに来てくれたのですね……)」
仮面などで姿を隠していても幼い自分を助けてくれた時と変わらぬ背中を見て、ローズは目の前にいるのがシドだと直ぐに分かり、感動し、安堵さえする。
「はぁはぁ……き「喋って良いと誰が言った? まだまだ、苦しんでもらう」が、あがああああああっ!?」
『ぐ、うぐぉぉぉぉっ!!』
何か言おうとするドエムの言葉を制し、シドは霧状の魔力をドエムたちに放つと霧を浴びた者たちは苦しみ始める。何故ならその霧は猛毒であったからだ。
「さて、お前たちの末路は当然、地獄行きだが……その前に喜べよ。お前たちがラファエロ王にやったようにお前たちを俺の人形として役立てながら使い潰してやる。その処置を始めるまではしばらく毒を味わっていろ」
「う、が……や、止め……」
シドはドエムたちに裁きを告げるが如く、言うとドエムたちを霧で包み、その霧を晴らすとドエムたちの姿は消えていた。シドの本拠地の方へと転移させたのである。
「シド君……」
「安心してくださいローズ先輩、貴女の父を……ラファエロ王を今から治します」
「っ、どうか、お父様をお願いします」
シドの言葉にローズは頭を深々と下げて頼み込む。
そうして、シドは未だ茫洋としているラファエロ王の元へと近づき……。
「今、治します」
ラファエロ王へと右手を翳し、霧状の魔力の光を浴び始めた。
そうして、治療を終えると一旦、シドは隅の方へと移動し……。
「……っ、わ、私は……何を……此処は……?」
ラファエロは先ほどまでとは違い、はっきりとした様子であり、今の状況に混乱していた。
「お父様……」
「ローズ……おぉ、ローズかっ!! 随分と美しくなったな」
「ありがとうございます、お父様……」
ラファエロはローズの姿を見ると優しく微笑み、声をかけローズも又、優しく微笑みながらも涙を流し、そうして親子二人は抱擁を交わした。
「(ようやく、少しはましな救い方が出来た)」
ローズとラファエロの様子にシドは納得しながら、内心で呟くのであった……。