異世界で生きたくて   作:自堕落無力

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三話

 

 

 この世界の貴族において15歳という年齢になるととある義務が出来る。それは王都にある学校に3年間通う事だ。そして、カゲノー家の長女であるクレアは15歳となった。

 

 よって、王都へと出立に備えて色んな準備が行われる中……。

 

「シド、今日は姉弟としてでなく、ただの1人の魔剣士として……本気で相手をしてちょうだい」

 

 いつもの手合わせだが数日程、経てばクレアが王都へと出立する事になるので二人が鍛錬を行なえるのは今日で最後だ。だからか一つの区切りとして、クレアはシドへと覚悟を秘めた瞳で本気でやってほしいと要求する。

 

 因みに今、二人が居る場所は屋敷より離れた自然の中である。

 

 二人の手合わせはその余波だけで周囲のものを巻き込み、破壊する程の規模になっているので中庭でやる訳にはいかなくなったためだ。

 

 そして、シドはというと……。

 

 

 

「分かった、姉さんの言う通りにするよ」

 

 クレアの意思に応え、頷く。

 

 

 

「ありがとう」

 

 そうして、二人はお互い剣を構え、魔力を練り上げる事で魔剣士としての戦闘態勢へ、どちらも周囲の空気を震わせるが……。

 

 

 

 

「(まさか、此処まで遠いなんて……底すら見えないわ)」

 

 クレアはシドの構えた姿、そして静かに放出している魔力の質から自分よりも遥かに高い次元の強さを持っている事を感じ取り、身体すらも震える。

 

 クレアはどう挑もうと負ける事を悟ったのだ。

 

 

 

「(それでも……)」

 

 たとえ敵わずとも自分の全力をぶつけてみせると気合を入れ、そして……。

 

「やああああっ!!」

 

 全力全霊の力を振り絞りながら、シドへと剣を振り上げながら突進する。

 

 

 

「ふっ!!」

 

 シドも又、クレアへと向かっていき……。

 

 

 

「本当、今までどれだけ手加減していたのよ」

 

 クレアは自分の剣を捌きながらその勢いを利用して死角へと切り込み、同時に振るった剣を自分の首元で寸止めしているシドへと溜め息を吐きながら言った。

 

 シドがやったのは基礎的な返し技であるが、精度もタイミングも何もかもがあまりに流麗であり、正確無比であるがゆえに絶技の域。

 

 何度も切り結んできたにも関わらず、クレアはまったく反応することが出来なかった。

 

 

 

「あ、あはは……手合わせとはいえ、大好きな姉さんを傷つけたくなかったんだよ。でもそれで姉さんの心を傷つけたというなら、ごめんなさい」

 

 シドは剣を引き、クレアから離れてクレアと同じように剣を鞘に納めると頭を深く下げて謝った。

 

「……まあ、今回は正直で素直で優しいシドの態度に免じて許してあげるわ。でも、これからは私との勝負は手加減なんてしない事、そして見てなさい。貴方より強くなってみせるんだから」

 

「だったら、僕はもっともっと強くなるよ……そう簡単に負けたくないからね」

 

 互いに挑戦的な笑みを浮かべながら、言うも……。

 

「ふふふ……」

 

「ははは……」

 

 互いに可笑しくなったのか笑い声を上げ、大きく笑う。

 

 

 

「私が居なくて寂しくなると思うけど、しっかりするのよ」

 

「姉さんの方こそ……」

 

 そんな声を掛け合いながら、二人は抱き締め合ったのだった……。

 

 

 

2

 

 

 

 

 俺はクレアが王都へと出立する前に最後の手合わせをしていたが、その中で俺とクレアの手合わせの様子を何者かが見ていたのを魔力感知で見つけていた。

 

 十中八九、ディアボロス細胞を持つ者を常に探している『ディアボロス教団』の密偵だろう。

 

 どのみち、俺とクレアの事は噂となっているので更にそれに脚色も加えて『クレアとシドの姉弟は英雄の子孫』というような噂をアルファたちに頼んで流してもらい、『ディアボロス教団』が此方へと来るように誘ったのだ。

 

 無論、それと同時に誘い込んだ『ディアボロス教団』に対し、状況に応じた対応をするようにも備えた。

 

 今回は密偵が来たなら、その密偵が報告へと戻るそれを追い、『ディアボロス教団』の手の者のアジトの場所を探る対応を取る。

 

 作戦とかそういうのが苦手ではあるが、『狩猟』としてならば待ち伏せや追い込み、偵察など様々な技術が出来るデルタと諜報を担当しているゼータにその対応を任せた。

 

 

 

 

「(さて、どうなるかな……)」

 

 そうして、屋敷で結果の報告を待っていれば……。

 

 部屋の扉が外から叩かれ……。

 

「シド、『教団』のアジトの場所が分かったわ」

 

 扉を開くとスライムを加工した変装道具を使って、人間のメイドの一人に変装したアルファが報告してきた。

 

 

「良し、ならば行こうか」

 

 

 

 因みに『シャドウガーデン』ではイータの開発技術によってスライムによるボディスーツや武具などを共通装備として用意している。

 

 ボディスーツについてはともかく、武具においては例えば運動神経が劣っているガンマなら弓矢、獣人としての身体的能力の関係上剣よりも近距離での戦いが得意なデルタなら鉄爪などそれぞれに合う武具を用意させ、その技術を磨かせている。

 

 ともかく、そうしてアルファの報告を聞いた俺は直ぐに用意を始め……。

 

「それじゃあ、皆。『ディアボロス教団』の魔の手から世界を救いに行こうか」

 

『はい、シャドウ様』

 

 『ディアボロス教団』のアジト近くにてスライムによる黒い仮面に鎧とボディースーツを混ぜたような姿となり、スライムソードを持った俺の声にそれぞれ、やはりスライムボディスーツに身を包み、スライムによる武具を持ったアルファたちが答え、そうして俺たちは襲撃を始めたのだった……。

 

 

 

3

 

 

 此処は世界中で密かに動いている『ディアボロス教団』の数多くあるアジトの一つである。

 

「む、妙だ」

 

 30半ばを過ぎたくらいの年齢、鍛えられた体躯に鋭い眼差し、灰色の髪をオールバックに纏めた男は異様に静かになった雰囲気に嫌な予感がした。

 

 彼はこのアジトの責任者であり、元は王都の近衛兵を担当し栄誉あるブシン祭の決勝大会にまで出たオルバ子爵。

 

 彼は唯一の愛娘であるミリアがこの世界における〈悪魔憑き〉の症状を発症した事で接触してきた『ディアボロス教団』と取引を交わし、娘の治療と引き換えに『ディアボロス教団』に協力する事を誓った。

 

 もっとも、今となっては『ディアボロス教団』が自分が思うよりも更に深い闇を抱えた組織であると共に自分が悪魔に魂を売った事を理解している。利用すらされているのだろうが、それでも今更、後には引けない。

 

 現に異変を感じる前には『英雄の子孫』、もしかすれば〈悪魔憑き〉かもしれないカゲノー家の長女クレアと長男のシドを拉致する計画の用意と準備をしていた……。

 

 そんなオルバの居るこのアジトの大部屋の扉が突如、切断され崩壊する。

 

 

 

「おや、これは意外だ……まさか、王都の近衛兵を務めたオルバ子爵が居るとは……」

 

「(な、子供!?)貴様らは何者だ」

 

 手に黒き剣、顔には黒い仮面、黒いスーツの上に鎧を着込んだ純黒の化身とも言うべき少年と彼に付き従う長い金髪にエルフとしての尖った耳、黒い仮面を被ったボディスーツを着た少女が自分の前へと現れたのでオルバは問いかけた。

 

「これは失礼……俺は『シャドウガーデン』の首領、シャドウ、こっちは副首領のアルファ……まだ仲間は居るが貴方の手の者を始末したり、このアジト内を探らせているので俺たち二人で先に来させていただいた」

 

 シャドウとアルファはそれぞれ、芝居がかった礼をしながら問いに答える。

 

「そして、俺たちの目的は『ディアボロス教団』の殲滅だ」

 

「何、貴様ら。何処でその名を知った?」

 

 隠されている『ディアボロス教団』の名を知っている事に驚きながら、更に内心で驚いているのはシャドウと名乗る少年、アルファと名乗る少女、どちらからも自分が奇襲をしかけるための隙が見えない事、それどころか下手をすればすぐに自分が殺される事すら、二人の立ち振る舞いと威風だけで感じてしまっている。

 

「知っているのはそれだけじゃない。魔人ディアボロス、英雄の子孫、〈悪魔憑き〉の真実についても……一つ言っておくが、真実というのはどうあっても隠せないんだ」

 

「……む、むうぅ……」

 

 答えるシャドウに対し、今すぐにでも排除しなければならないと思っているがしかし、動けない。動いた瞬間に殺すとばかりに威圧されてしまっているし、更には己の全てを見透かそうとしているかのように観察されている。

 

「そして、ついでに一つ当てよう。貴方が『ディアボロス教団』に協力しているのは貴方の一人娘、ミリア嬢が〈悪魔憑き〉になったからだろう? 別に間違っているとは言わないが……まさしく、悪魔に魂を売ったんだな」

 

「ああ、そうだとも。今更、後には引き返せない……私はどうあってもミリアを、あの娘を救ってみせると誓ったんだっ!!」

 

「良いだろう、ならばその覚悟を持って掛かって来い」

 

「ほざくなぁぁぁぁっ!!」

 

 待ってやるとばかりの態度にオルバは懐から幾つも錠剤を取り出し、その全てを飲み込みつつ剣を抜く。

 

 

 

「オオオオオッ!!」

 

 そうして彼は筋骨隆々の巨体であり、異形染みた姿となり、莫大な魔力を宿した『覚醒』状態となる。

 

 こうなればもう、元には戻れないがそれでもシャドウたちを倒さなければならない。

 

 

 

「最後に一つだけ……絶対とも言えないし、そもそも、その機会すらないかも知れないがミリア嬢を救う努力をする事を誓おう」

 

 剣を両手で持って構え、濃密に凝縮し溜め込みんでいる魔力を練り上げ漂わせながらオルバへと告げる。

 

 

「っ!?……感謝する……」

 

 オルバは覚醒状態になっても届かないシャドウとの力の差を感じながら、真摯に告げるシャドウの態度と声に何故か安堵と救いを与えられた事を感じた。

 

 後の事は心配するなと悔いは残させないと告げてくれている。

 

『ディアボロス教団』より先にシャドウに会えていればとさえ、思ってしまった。

 

 しかし、もはやどうにもならない。自分に出来る事は全てを賭してシャドウへと挑むだけ……。

 

 

 

 

「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 そうして、剣を構えるシャドウへと剣を振り上げながら突進。

 

 

 

「ふっ!!」

 

 シャドウもまた、剣を振り上げながら突進する。

 

 

 

 

 

 

「が……」

 

 そうして互いに振り下ろした斬閃が一瞬ぶつかり合うとオルバの剣は切断されると共に彼の体をシャドウの放った救済の威が籠った斬閃が体を切り裂きながらも傷を刻みつける事無く、浸透した魔力がオルバに痛みや苦しみなくオルバの命を終わらせていく。

 

「あ……り……が……」

 

 オルバはシャドウからの慈悲に感謝を告げながら地へと倒れ伏していく。

 

 彼の死に際の表情は安らかであった。

 

 

 

 

 

「礼は不要だ」

 

 言いつつ、オルバから転がった青い宝石の入った短剣、柄に娘への愛を刻んだそれをシャドウは拾う。

 

 

 

「やらなければならない事と『教団』を許せない事が一つずつ増えたな」

 

 口調は静かだが怒りの籠った声と青い宝石の入った短剣を力強く握るシド。

 

「ええ、そうね……」

 

 アルファはそんなシドの背中に手を置きながら答える。

 

「(貴方は本当に……優しい人……)」

 

 堪らず、背中からアルファはシドを抱き締めたのであった……。

 


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