異世界で生きたくて   作:自堕落無力

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六話

 

 

 ミドガル王国王都にて衝撃的事件が起こり、膨大な人口もあって喧噪の規模もとんでもないことになっていた。それもそうだろう……この王都にて主流となっている剣術であり、元は伝統的な側面が強かったブシン流を実戦的なものとした王都ブシン流へと改良し、伝えるのに重大な役割を担っていた剣術指南役であるゼノン・グリフィが謎の失踪をしたのだから。

 

 近頃はアイリス・ミドガル王女の妹であるアレクシア・ミドガルの婚約候補者として有力だとも言われる程であったために彼が失踪して一週間以上というのに今でも喧騒は収まらない。

 

 そして騒がしいのは王都の市民や王国関係者だけでなく……。

 

「ゼノン・グリフィめ……まさか、やられたというのか」

 

 ゼノンが投資し、建設した地下施設――ゼノンは世界で暗躍する『ディアボロス教団』に貢献し続けており、実績次第で次期幹部の座を約束されているほどの大物。更には施設で行っている様々な実験と研究は『教団』にとっても重要なものであった。

 

 そのために様子を探ることもそうだが、可能なら研究資料などを回収する事を命令された部隊がその役割を果たしに来たのだが……。

 

『んなっ!?』

 

 施設の中へ入った部隊は無造作に転がっている自分たちの仲間の凄惨な場面を目撃し、絶句した。

 

 圧倒的な蹂躙により、人の形すらしていない死体が多くあったのだ。ともかく、全てを探ろうと……特に研究施設の中へと入ろうとその部屋の扉を開けた瞬間……。

 

『は?』

 

 何かが切れる音が聞こえたのと奥の壁に血文字で書かれた『大まぬけ』という文字が目に入る。

 

 そして強烈な発光……。

 

 発光の直後に大爆発が起こり、その炎は施設内にばらまかれた燃料に引火し、一気に大火災を巻き起こし施設中を焼き尽くしたのであった。

 

 そう、『シャドウガーデン』の首領シドは撤退の準備と同時にもう一つ、即席のトラップを用いた破壊工作も行っていたのだ。

 

 こうして調査と回収を任務とした部隊はその役割を達成することなく、全滅した。

 

 王都では地震のような揺れが起こった事で一時の騒ぎとはなったが……。

 

 

 

2

 

 

 

 

 その少女は幸せだった……彼女の母は彼女が幼い時には亡くなっていたが、それでも彼女の父親がその分、いっぱいの愛を与えて育ててくれたからだ。

 

 王都で近衛の一人と会って忙しく、会えないこともあったがそれでもなるべく傍に居てくれた。

 

「お父さん、私頑張っていずれ、お父さんに楽をさせてあげるからね」

 

「ありがとう、その気持ちだけで十分だ」

 

 少女は15歳となり、彼女の父親が近衛として仕えている王都にある魔剣士のための学園へと入学するとそれを祝われながらも将来は父親に孝行する事を伝え、それは喜ばれた。

 

 祝いとして贈られた短剣を大事にすると誓いながら、学園生活を送ろうとしていた矢先……。

 

「ぅ……あ、はっ……い、痛い……」

 

 最初は魔力を扱いづらくなり、次には魔力の制御が不安定となって、魔力を扱うだけで痛みが走るようになり、そうして体が黒ずみ腐り始めていった。

 

「こ、これはまさか……あ、〈悪魔憑き〉……し、心配するなミリア……父さんが必ず、お前を治してやるからな」

 

 寝たきりとなりながら苦しみ、体を腐らせていく娘ミリアに対し父であるオルバはそうして、悪魔に魂を売ることを誓った。

 

「(駄目……お父さん……)」

 

 ミリアはおぼろげな視界の中で父の悲痛な覚悟を秘めた目を見て、止めようとしたが声に出せなかった。

 

 ミリアはこの後、只々夢の中を彷徨っていたが……。

 

「っ……え、あれ、私は……」

 

 ふと目を覚ますと知らない空間の部屋の中で寝台に寝かされていた。そして次に感じたのは痛みが無い事とまるで生まれ変わったかのような爽快感、膨大な魔力が馴染んでいるような感覚もあった。

 

「起きたみたいね……」

 

「(綺麗な人……)貴女は……エルフですよね……えっと、此処は?」

 

「私はアルファよ。ちょっと待ってて、貴女の疑問と貴女に起こった全てを説明してくれる人を呼ぶから」

 

 傍に居てアルファと名乗ったエルフの少女は自分に微笑むと部屋の扉前まで行き……『シド、彼女が起きたわよ』と声をかけ、扉の外から『分かった』という少年の声らしきそれを聞きながら、扉を開けつつ、離れて傍の壁の方へ……。

 

「おはよう、そして初めましてミリア嬢……カゲノー男爵の息子、シド・カゲノーだ」

 

「は、初めまして。ミリアです」

 

 扉を閉めて中に入り、丁寧に礼をしてシドが自己紹介してきたので自分もそれを返す。

 

「それじゃあ、状況説明をさせてもらう。君の父、オルバ子爵の事も含めて……」

 

 そうして、シドはミリアへ『ディアボロス教団』、『〈悪魔憑き〉』など全ての事を話し、自分たちが『シャドウガーデン』として『ディアボロス教団』と戦っている事も含めて話始める。

 

 自分がオルバ子爵を討った仇である事も隠さず、全てだ。

 

 

 

「……そんな……お父さん……」

 

 ミリアは衝撃的すぎる事実の連続に戸惑いながら、涙を流し始める。

 

「これからどうするかは君の自由だ。勿論、俺に対して復讐するのもな。その資格が君にはある。整理する時間も居るだろう……これを読んでおくと良い」

 

 そうして、シドはミリアが体を腐らせ、寝たきり状態ながらにずっと持っていたオルバから贈られた赤い宝石の入った短剣にオルバが持っていた短剣、オルバの日記とミリアにあてた遺書であるため、封を切っていないそれをミリアへと渡す。

 

「これだけは言っておく……すべてを犠牲にしてでも君を救おうとしたオルバ子爵の親としての愛に俺は敬意を表している」

 

 シドはミリアから離れ、部屋を立ち去り始めアルファはそれに続いてシドと共に部屋から立ち去り、扉を閉める。

 

「お父さん……」

 

 ミリアはオルバが残した日記と遺書を読み始め……声にならない声を持って慟哭した。

 

 それをアジトとしている廃村、ミリアがいる家の辺りからシド、彼に寄り添うアルファは聞く。

 

「……(救えたつもりか、馬鹿が)」

 

 シドはミリアの慟哭を聞くそれを自分の罰として実質的には救えておらず、自分は救世主ではないと深く戒めつつ、体を自噴によって震わせ。両拳を血が滲むほどに握りしめ、歯も噛み砕かんほどに噛み締め、口の端から血を流す。

 

「……」

 

 アルファはそんな彼に言葉をかけず、しかし抱擁をして深く寄り添った。

 

 

 

 

 

 

そして……。

 

「シドさん……私も『シャドウガーデン』の一人として、『教団』と戦わせてください。悪いのは全て、教団ですから……」

 

 ミリアの居る家に入れば、彼女はそう決意を込めた瞳でシドを見据え、告げる。

 

「分かった……なら、これからは君の名前はシータだ」

 

 シドはミリアに頷きながら、『シャドウガーデン』の仲間であるシータとして迎え入れたのであった……。

 




 この作品ではミリアが『シャドウガーデン』のシータになります。

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