従魔士迷宮探索中!   作:ランバージャック

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決着!

 ヤツの腹の鱗は完全に吹き飛び、皮は急冷の影響でボロボロだ。だが、息の根を止めたワケでは無い。寧ろこの攻撃は、あの半魚人に、恐慌状態からの復帰と、闘争心を取り戻させる結果を招いてしまった。だからと言って判断ミスを考えたりはしない。普通は倒れる。想定を上回ったなら、動くしかない。

 

「ウソや!?」

 

 遠山ちゃんの驚愕に、松永ちゃんの崩れ落ちる音が聞こえる。元々、松永ちゃんはここまでの迷宮攻略で出突っ張りのハードワーカーだったんだ。MP切れを起こすと発生すると云う、強烈な疲労に倒れるのはおかしな事では無い。お疲れ様、ここで倒れても本日のMVPを誰も疑ったりしない。

 

 再び剣を抜き、支えに立ち上がる。鼻血をガントレットに擦り付けた。

 

「最高だったよ二人共!タロー!遠山ちゃん、松永ちゃんを見ててくれ」

 

 そうさ、ネガティブに捉える必要はない。相手はどう見ても半死半生の大怪我を負っている。丁寧に畳み掛けさえすれば!

 

 横を風が抜けて行った。明日香だ。これ以上に頼もしい存在を、俺は知らない。鉄臭い息を吐き出して彼女に続く。唸りを上げた槍の殴打を左手一本で防いだヤツに、石突きの返しが襲い掛かった。鈍い音が響き、幾つかの歯が飛んでいった。——咥えてる。ミシミシと柄材が悲鳴を上げる。明日香の焦りに歪む横顔が見えた。素早く剣を走らせ、焼けた皮に一本の線を描いた。柔らかになった皮膚だが、その下の肉は固い。思った様には刃は通っていかなかった。それでも吹き出たドス黒い血は、流石のヤツも危険を感じたのか口元を緩めてくれた。

 

「よっちゃん!コイツ力が強くなってる!」

 

 取り戻した槍を抱きながら、彼女はイヤな感触を口にしてくれた。微妙に槍は変形してしまっている。

 

「死に際に力が上がるタイプかもな、クソみてぇだ!——明日香!俺が前衛だ!削ってくれ!」

「うん!」

 

 振るわれた左腕を掻い潜り、右腕の一撃を剣でカチ上げれば、鋭く入った槍がヤツの肩肉を削っていった。怯んだ隙に、また一つ腹に線を刻み込む。激昂にビリビリと震える迷宮。成る程、確かに圧が違う。肉が固いのは、怒りと命の危機に全身の筋肉が隆起したのか。傷跡に足刀を叩き込むが、パンパンのタイヤを蹴った感触だ。続け様に明日香の槍が腿の肉を削いでいった。顔に血が混じった唾液が飛ぶ。

 

「いいぞ!明日香!」

 

 防ぎ、打ちはらい、隙を作っては明日香が突き入れ、少しずつ、少しずつだがヤツの命を削っている実感を手にしている。流れは完全にこっちに傾き、身体中から血を流すヤツに、後はどうやって引導を渡すのか、それだけだ。しかし、それが油断となった。

 

 まるで息を吹き返したかの様に、動きが速さを取り戻したのだ。俺は防戦必死となり、振るわれた右拳に、剣を叩き付けてしまった。拳の半ばまで侵入した剣は、肉に掴み止められていた。

 

「うあっ!!」

 

 抜くに抜けない剣が、拳と共に返って来る。単純な力比べでは、部が悪い!——ぬちゅり、と肉を貫く音が聞こえた。

 

「——抜けないっ!」

 

 明日香が半魚人の左脇腹に刺さった槍を必死に抜こうとしているが、ヤツはそれを掴んで許さない。アレは、拘束だ。ばかりと開いた口内に、真っ赤な泡が見えた。

 

「手ェ放せ!明日香!!」

 

 剣は諦める。ヤツのガラ空きの右胸下、鰓に思いっきり腕を突っ込んで————閃光、胸元に強烈な衝撃、視界がブレる。

 

 頭がじんじんする。幾らか粉塵を吸い込んだ様で、思い切り咳き込んだ。一体何メートル吹っ飛ばされたのか。壊された胴鎧を剥ぎ取り、投げ捨てた。ごろりと横になり、今更の様に痛みが襲い掛かってきた。骨の髄まで響く鈍痛、ここまでか。後は、明日香が——明日香はどうなった?ぺろぺろと顔が舐められる。愛しい毛玉、そして——

 

「今のが最後。ハイ、コレ飲みぃや」

 

 遠山ちゃんの声だ。彼女はそっと首元を持ち上げて、ゲロ不味の液体を飲ませてくれた。回復薬だ。腹立たしい事に、こんなモノで幾らか気分が楽になるのだから堪らない。

 

「——さんきゅー女神サマ。……火線でアイツの気も引いてくれたな……帰ったらジュース一本奢る」

「ええよええよ。後は明日香ちゃんがどーにかしてくれる筈やで、休んどき」

 

 アイツの膝蹴りを受ける瞬間に割って入った火線が、ヤツの気をほんの少し削いだ。それが今、俺が無事でいられる理由だった。情けない話だ。タローを守りに就かせたのは失敗だった。俺が守りに、タローを明日香と一緒に——イヤ、それはたらればだ。彼女は、なんとなくだが、タローが積極的に前に出て戦う事を良しとしていない。当然の話だ。十何年、彼女が世話を続けていたんだ。そしてそれは、俺にも言える事だ。

 

「ちょ!やめときーや!」

「大丈夫」

 

 彼女の膝から自力で身体を起こすと、案の定な光景が目に飛び込んできた。激情に燃える琥珀色の瞳の彼女は、次から次へと折れた槍で剛撃を放ち、その悉くを躱され、流されている。余りに直情的な動きだ。ただ、流しても防いでもその上から削る事は出来ている。彼女のポテンシャルを褒めるべきか、冷静さを取り戻す様諭すべきか——何れにせよデカい声が出せそうにない。アレでも決着はいつかは着くだろう。半魚人の筋肉の隆起に依る魔法は解けつつある。

 

「ね、まだ着てるん?」

 

 遠山ちゃんからの声を受け、溜息を吐きながらキャリアーを手に取った。この謎メッセージは、戦ってる最中も届きまくってた様だ。思えば、これの送り主は半魚人の襲来を教えてくれていたのだ。如何して顔文字だけで意思疎通を図ろうとするのかは、甚だ疑問だが。じゃあ、それ以前は?俺を探していたのか?——また端末が震えて、新規のメッセージが届いた。歯を見せて笑う顔文字。そして、どういう訳か地図アプリが起動した。

 

「……何だコレ」

「え、何なん」

 

 迷宮内の地図に、見慣れない赤点や青点が追加されまくっていく。俺の現在位置に一番近い青点は、二つ。思わず遠山ちゃんと、気絶中の松永ちゃんの顔を確認してしまった。そして、もう一つの近い青点は、揺れ動いては赤点にぶつかって行く。

 

 また一つ、メッセージが届いた。今度は——槍と魚の絵文字が並び、思案顔の顔文字。俺は、初めてコイツに返信を打った。魚と、拳の意味が伝わると信じて。直ぐ様、笑顔の顔文字が返って着た。

 

「よかったん?」

「あぁ、多分。心強い味方が来てくれるよ」

 

 その直後だった。何か破裂する様な音が響き、半魚人に残された眼球が吹き飛んだのは。決定的な隙を晒したヤツに、明日香は完璧な槍捌きから首元を刺し貫いた。藍色に燃やし尽くされた頭部は、放物線を描いて水面へ落下して鈍い水音を立てた。

 

「——やったーー!!」

 

 喜びを爆発させた明日香が、槍を投げ捨てこっちに駆けて来る。

 

「大丈夫!よっちゃん!?」

「あぁ、素敵な女神様が助けてくれたよ。……悪かった。あんな威勢の良い事言って、結局お前一人にしちまって。スゲェよ、明日——おい」

 

 言い切る前に、ベージュの頭髪がぶつかって来た。温かい。半魚人の頭を吹っ飛ばし、血に塗れた姿だが、俺の大好きな女の子には変わりない。ぐいぐいと強い力で抱き締められ、少し息が苦しい。間近で彼女の心音と啜り泣きが聞こえるのも、随分と心臓に悪い。背中に手を回して、彼女の存在をもっと感じ取ろうと瞑目した。——目を開けたらバッチリ遠山ちゃんと目が合ってしまった。彼女は何とも居た堪れない表情で、後退りしようとしているところだった。顔が滅茶苦茶に熱い。

 

「明日香。その……、見られてる」

 

 赤く腫れた目が、強い不満を訴えかけてくる。——そんな目をするなよ。必死にアイコンタクトを投げてみるが、通じていないのか、それとも無視しようとしているのか。

 

「——やっぱ二人とも付き合っとるん!?」

「……今はまだ」

 

 お手上げだ。

 

「アカンで!そんなん!!(ヨシ)!気合入れぇや!あほんだら!」

 

 ……大分、締まらない幕引きになってしまった。明日香の支えで立ち上がり、彼女と共に半魚人の亡骸へと向かった。無残に千切れ飛んだ首元からは、今も血が流れ出している。俺と明日香、遠山ちゃんでこの大物の解体を行なった。データを見ながら、特徴的な稜鱗は防具の素材として確保し、肉と肝の一部を先輩達への土産に、高圧水流を生み出す水袋と、巨大な魔石を換金用として確保出来た。苦労に見合った成果か甚だ疑問だが、間違いなく今回の戦いは俺たちの財産となった。そんな気がする。

 

「——そういえば、最後は何もしてないのに目が爆発してたんだよね。アレ何だったんだろう?」

「あぁ、そいつは多分——アイツがやってくれたんだ」

 

 ばさり、ばさりと暗闇から漆黒の翼が迫り来た。くりくりした円らな瞳に大きな耳、体長は結構大きい。昔動物園で見たオオコウモリそっくりだ。そいつはキィキィと鳴いて、俺の胸元に飛び込んで来た。間近で見れば、口内に短くとも立派な牙も見える。すんすん鼻を鳴らして、不器用な動きで頭までよじ登ると、生乾きの血をぺちゃぺちゃと舐めだした。吸血コウモリなのか?ちょっと不吉な予感がする。

 

「血!血ー吸うとる!それにばっちぃ!」

 

 遠山ちゃんが百面相から、何かわたわたと手を動かして追い払おうとしているが、シャーと威嚇されて涙目になっていた。何やってんだ。

 

「——それって、新しいペットが増えたってこと?」

「多分。……名前考えなきゃな、何か良い案あるか?」

「男の子なの?女の子なの?」

「女の子だと思う。……だよな?」

 

 顔に逆さに張り付いた推定彼女は、俺の疑問に応じる様に一つ鳴いてくれた。直後、ブブブと震えたキャリアーには新規メッセージが追加されていた。両目がハートのやつ……返答としては微妙だ。後でステータスを確認しよう。

 

「取り敢えず、松永ちゃん担いで今日は帰ろう。それでいいよな?」

 

 こうして、突発的出会いから結成されたチームでの探索は終了した。迷宮の恐ろしさとか、予測不能な事態の発生、そういったものを大いに学ぶ結果となった。ままならないものだ。

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

[???]・アズ・ア・バロネスLv.8

HP:82

MP:186

STR:10

VIT:27

MAG:51

MEN:36

DEX:30

AGI:60

 

Skill:

[エコーネットワークLv.2]

音波を駆使した索敵を行う。

 

[エコーLv.1]

音の衝撃波を放つ攻撃。対象の内部を破壊する。

 

[アニマルセラピー・蝙蝠Lv.1]

アクティブ状態である限り、味方は毒、暗闇への耐性(小)を獲る。

 

 

 

 

 

 

 

 


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