ミルキのネトゲ友達   作:湯切倉庫

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「一人でやったってつまんないし」

「バッッカ、おまっ、なぁんでそこで芋るんだよ!? 今の絶対()れたじゃん!」

『うるせーな! 煩くて集中できねェだろうが!』

「集中した結果のクソムーブなんだからもう一緒だろ!!」

 

 マイク越しに口汚く罵り合いながら、両手に持ったコントローラーのボタンやスティックを忙しなく動かす。

 ボタンの連打速度と連携するかのようにテレビ画面には血飛沫の演出が増えていき――

 

『お前だって同じやつに負けてんじゃん』

「あー!?」

 

 ヘッドフォンからはパリパリと何かを咀嚼している音がする。

 コイツ、またポテチ食ってんな。太るぞ。

 

 テレビ画面の中央にデカデカと表示されている『LOSE』の文字。俺はひくりと口端をひくつかせ、がくりとその場に項垂れた。

 

「……負けちゃったなぁ。お疲れ、“キルミー”」

『お前さあ、ゲームやってる時人格変わらね?』

「そお? ……まあ熱は入っちゃうけど」

『あとイラついてる時の方が動きがいい』

「……へえ」

 

 そのわりにアッサリ負けましたけど? 瞬殺でしたけど?

 ダメだ、またイライラしてきた。十代なのにもう更年期か?

 

 カチッとライターの蓋を開けて火をつける。口に咥えた煙草に火をつけ、ふーっと息を吐いた。

 十代なのにもう煙草。これはまあいいや。

 

「でも、そろそろどうにかしないとなあ。ゲームやってる時の暴言とかって、一緒に暮らしてる親しい人間への態度と同じって聞くし」

『……はぁ? なんかキショいな、お前』

「夢みたっていいじゃん……可愛い女の子と結婚したい……」

 

 耳元から『うわ……』とガチめにドン引きしてる声がしたので、ちょっとだけヘッドフォンを遠ざけた。メンタルにくるからやめて。

 

 

 “キルミー”とはもう三年近い付き合いになる。

 性別は男。意図的に声を変えてたり、それっぽく振る舞ってるわけじゃないのなら、だけど。

 互いの素性を詮索したことないし、する必要性も感じなかったから、付き合いの長さのわりに知ってることは少ない。

 あと、多分引きこもり。プロの引きこもりニートである俺がいうんだから間違ってないはずだ。

 

「明日はどうする?」

『明日もするのかよ。ホント好きだよな、このゲーム』

「キルミーとやるのが楽しいんだよ。一人で他のゲームやったってつまんないし」

『…………』

「んで、返事は?』

『仕方ねーな。付き合ってやるよ』

 

 やりぃ! 向こうには見えないから遠慮なくガッツポーズする。

 リップサービスでもなんでもなく、キルミーとやるゲーム楽しいんだよな。どんな課金ゲーだってお互い金に糸目をつけないタイプだから同じ熱量で遊べるしさ。

 完全に自身のPSのみで戦わなきゃいけないゲームでもそうだ。キルミーはどのゲームも得意で、初めてのシステムでもすぐ理解して自分のものにしてしまう。

 ……さっきはつい罵ったけど、キルミーは弱くない。世界ランクだって上から数えた方が早いくらいだ。

 

「いやあの、マジでありがとう。こんな俺とのゲームに付き合ってくれて。明日もよろしくね」

『だからキショいって。じゃあ、もうVC切るから』

「うん。おやすみ」

 

 ゲームで散々暴言を吐いたのちに、謝罪するまでがテンプレになりつつある。

 ギイッとゲーム専用の椅子の背もたれに背中を預ける。完全防音なゲーム部屋の壁に立てかけてある時計の針は深夜二時をさしていた。

 

「あーあ。暇になっちゃった」

 

 キルミーは大体この時間にゲームを中断する。数時間の仮眠(だと思ってるけど他に何かしてるかもしれない)の後にゲームを再開することもあれば、そのまま朝か昼までオフラインコースの時もある。

 

 ぐーっと大きな伸びをした。

 

「ねぇ、誰かいるー?」

 

 部屋から顔だけを出して叫ぶ。すぐに飛んできた黒スーツの男は、顔色ひとつ変えずに「お呼びでしょうか、セレン様」と腰を低くする。

 

「今日はもう寝るから支度して」

「はい。ネオン様はもうお休みになられています」

「うん」

 

 そりゃそうだろうな。こんな時間なんだから。

 

 ふあああ……と弱々しい欠伸をしつつ、風呂の準備やらを全部手伝ってもらった。

 風呂から出て服を着せてもらってる間に、もう一人の黒服が俺の濡れた髪をドライヤーで乾かしている。

 

 まさに至れり尽くせり。こんな生活もう手放せない。

 

 最後に軽く髪に櫛を通してもらい、差し出されたお白湯をふーふー息を吹きかけながら飲み干す。

 

「ネオンは自分の部屋?」

「セレン様のお部屋の方です」

「そっちかあ」

 

 お白湯が入っていたコップを渡して今いる部屋を出る。

 俺の後をついてくる黒服たちを途中で追い払って、自分の寝室の扉を控えめに開けた。

 当然のように部屋は真っ暗でよく見えない。明かりはつけず、できるだけ足音も立てずにベッドに近づく。

 ベッドの半分を占領している少女がすうすうと穏やかな寝息を立てていた。

 

 そっとベッドに膝を乗せた。うう、このベッド、無駄に沈むから先客がいる時は向いてないな。寝心地はいいけど。

 

「……セレン?」

「……ごめん、起こしちゃった」

 

 突然目を覚ました少女に腕を掴まれて、心臓がドクドクと嫌な音を立てる。

 少女の顔色はひどい状態で、一瞬ゾンビか何かかと思ったほど。

 

 ……びっくりした。

 

「まだ夜だよ。おやすみ、()()()

「う、ん……起きるまで、一緒にいてね」

「もちろん。そういう約束でしょ」

 

 額にキスするとホッとしたように眠りの世界に落ちていく。顔色はすでに正常なものになっていた。

 

 俺の腕を掴んだまま寝てしまったので、無理に振り解こうともせず隣で横になる。

 

 ――約束というより、これは契約だ。

 

 俺たちが互いに心地よく生きていくための縛り。

 

 すぐ隣にある温もりを感じながら目を閉じる。

 

 今日のゲームも楽しかったなあ。……キルミー、本当に明日も一緒に遊んでくれたらいいなあ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 キルミーと出会ったのは、とあるMMOだった。

 

 あーいうのって最初はただのおつかいゲーだから今はやってない。なんというか、ゲームの核に触れられるまでが長いんだよな。

 でも当時はとにかく楽しくて夢中になってた。時間も金も溶けるけど、その分得られるものが多い気がして。

 

《今日から新しいギルメンが増えます! なんと……うちの鯖で有名なあの人!》

 

 ギルドマスターがギルドチャットに投稿した内容は、その文面からも興奮してる様子が伝わってくる。

 

《“KM”さんです。みんなよろしくね》

《マジ!? ランカーじゃん!》

《“スズリ”さんとランキング一位取り合ってる人だよね?》

 

 いつになくギルチャは賑わい、ポンポンと画面がスクロールされていく。ログの流れが早い。

 

 “スズリ”というのは俺がネトゲでよく使ってるハンドルネームの一つ。

 カチャカチャとキーボードで文字を打ち込む。

 

《よろしくお願いします》

 

 ランカーとしては珍しいことに、俺はあまりランキングに興味がなかった。

 

 提供されているコンテンツはほぼ全てソロで攻略しているし、人数制限のあるダンジョンだけはギルドメンバーの力を借りることもあるが、難易度的には一人で難なくクリアできる。

 

 ランカーがお互いを意識し合うタイミングがあるとすれば、ランキングを見た時や、同じダンジョンで相手の貢献度を確認した時くらいじゃないだろうか?

 

 相手に興味を持つきっかけがなければ、当然相手に向ける感情は生まれない。

 

 俺は“KM”のことをまったく知らなかった。その名前ですら初めて聞いたくらいである。

 しかし、どうやら相手はそうじゃなかったみたいだ。

 

《“スズリ”ってずっとランキングにいるわりに防具のOPは厳選してないし、装飾のセット効果も考慮してないよな。もしかして頭使えない人?》

 

 『よろしくお願いします』でも『はじめまして』でもなく、“KM”の一発目のギルドチャットがこれだった。

 

 ギルドチャットの空気が凍る。

 

 俺の精神がある程度成熟していたら、こうはならなかったかもしれない。

 悲しいことに、俺はゲームに関してはことさら沸点が低くなる残念な少年だった。

 

 カチャカチャカチャとこれまでにないタイピング速度でチャットを打ち込む。

 

《じゃあ、お前の()()使()()()()装備と俺の装備、どっちが強いかラストダンジョンで確かめようぜ》

《いいけど》

《VCできるツール持ってるか?》

《個人チャットで送る》

 

 絶対に勝つ。絶対にこいつよりボスへのダメージ稼いでやる!

 

 KMから飛んできたフレンドリクエストを渋々承諾して(このゲームはフレンド同士しか個人的なメッセージのやり取りが出来ない仕様だからだ)、続けて送られてきたIDをVCツールの検索バーにコピペする。

 

 ピコンッと軽快な音が響く。ボイスチャットが出来るルームへの入室音だ。俺もルームへと入った瞬間、ザーザーとノイズ混じりの音が聞こえてくる。

 

『“スズリ”だよな』

「うん。よろしく」

『…………』

 

 チャットでの喧嘩腰がなかったせいか、俺の声が成人男性のソレではなかったせいか、もしくはその両方か。KMは黙り込んでしまった。

 俺も内心(こいつ、ただのキモいおっさんだと思ってたけど歳近そうだな)なんて考えていた。ふつふつと煮えたぎっていた脳内のマグマの温度が下がっていく。気が削がれたともいう。

 

「なあ、さっき言ってた防具のオプションの厳選は分かってるんだけどさ、装飾のセット効果ってなに?」

『……お前、プライドとかねーの?』

「そんなもん母親の腹の中に置いてきたわ。いーから教えてよ」

 

 一旦ゲームから離れたおかげで、俺は普段の平静さを取り戻していた。

 KMは『フン……いいだろう』とどっかのツンデレキャラみたいな気取った態度をとりつつ、驚くほど丁寧に教えてくれた。

 

「なるほど。そんな隠し効果があったなんて知らなかった」

『隠しじゃなく初心者でも知ってるようなことだって』

「そうかなあ。まあ、認めるよ。俺は頭使えてなくて、お前は賢いってこと」

『…………』

「でも、敵に塩送ったこと後悔すんなよ? これで俺の勝利は確実だからな」

 

 ふふんと胸を張る。現実の俺がではなく、ゲーム上で俺が操作しているアバターが。

 KMのアバターは「ははん?」と小馬鹿にするように両手を広げた。無駄に美少女だから余計にムカつく。

 キャラメイクに金かけすぎだろ。

 でも、周年イベのコーデ(課金限定)は文句なしに可愛かった。

 


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