ミルキのネトゲ友達   作:湯切倉庫

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「お姉ちゃんだもん」

「ねえねえ、次はあっち見に行こうよ!」

 

 俺とそっくりな顔がくるりとこちらを振り返って、眩しい笑みを向けてくる。

 

「早くってば、セレン!」

「姉さん……引きこもりはそんな俊敏には動けな……」

「えー? なっさけなーい」

「陽キャ怖い……陽キャ怖い……」

 

 被っていたフードを両手で掴みながらぶつぶつと呟く。

 

「むう……せっかく外に出られたのに勿体ない。パパの気が変わらないうちに買い物済ませちゃお?」

「買い物なんて全部ネットで済ませたらいーじゃん。わざわざ陽の光を浴びなくても」

「分かってないなぁ、セレンは」

 

 ハムスターのように両頬を膨らませる少女。その仕草はとても可愛らしいけど、自分と同じ顔だと考えると萎えるものがある。

 

 

 俺とネオンは双子の姉弟だ。正確には兄妹。

 

 三歳の時にネオンが「やだやだぁ! あたしがおねえちゃんがいいー!!」と駄々をこねたせいで、俺は強制的に弟へとジョブチェンジさせられた。

 双子でどっちが先かなんて不毛なのは分かってる。でも、未だに納得していない俺は心の中では決して()()()とは呼ばない。

 

 父さんは昔からネオンに甘すぎる。 

 いつだったか、ネオンの占いの才能が開花してからはさらに顕著になった。

 

「仕方ないなー。それなら、カフェに入って休憩する?」

「するする!」

「ふふふ。お姉ちゃんだもん。セレンのお願いなら聞いてあげる」

 

 なんとも恩着せがましい言い方だが、実際にネオンは俺と父さん以外の人間の言葉を聞き入れない。

 

 俺たちはそばに停めてあった車に乗り込んだ。

 

「ここから近くて、勿論美味しくて〜、あと雰囲気もいいカフェまで連れてって!」

「畏まりました」

 

 運転手に無茶な行き先を告げたネオンは、隣の俺にぎゅうっと抱きついてくる。

 

「セレンと外出できるのうれしい。今日はゲームしないんだよね?」

「うん。約束だから」

「そうだね。約束守ってくれるセレンが大好きだよ」

 

 ネオンは俺に抱きついたまま、幸せそうに目を閉じた。

 

 俺とネオンを挟むように座っている黒服の一人が、束になった紙をネオンに差し出す。

 

「ネオン様。本日の分です」

「今月の分もうやったよね?」

「姉さん、今日の外出先を変更する代わりに追加していいって父さんに言ったでしょ」

「……後にして。今はヤダ」

 

 ネオンは目を閉じたままいやいやと首を横に振る。

 

「今やっといたら? あとで仕事のこと思い出したら憂鬱だろ」

「それはそうだけど……せっかく一緒にいるのにぃ」

「姉さんは()()()()()()()()()。なら、今の方がいいじゃん」

「うー……」

 

 ネオンはゆっくりと目を開けて、乱暴な手つきで黒服から紙を奪い取った。

 

「ん」

 

 言われる前に右手を差し出す。俺の手はあっという間にネオンの左手と繋がれて、じんわりとお互いの熱を分け合う。

 

 彼女の前髪がふわりと僅かに持ち上がる。ついでに俺の前髪も。

 

 ネオンが占ってる時の感覚は、どうにも言葉にし難い。

 といっても、俺はこれまでに一度も彼女が占ってる姿を見たことがない。

 

 ――あたしは占い結果は見ないの。その方が当たる気がするから。

 

 以前ネオンから聞いた言葉だ。

 

 ――あたしとセレンは双子。二人で一人なの。だから、セレンもあたしが占ってるところは見ないでね?

 

 いまいちピンとこなかったけど、本人が言うんならそうなんだろうと納得して、占いの時は目を閉じたままじっと時が過ぎ去るのを待つことにしていた。

 

 やがて、右手の熱が離れていく。終わったようだ。

 

「今日の分多すぎ! これ以上増えるなら、外出日も増やしてくれなきゃもうやんなーい」

 

 外出日を増やす発言のところで黒服たちの顔が明らかに引き攣った。

 分かるマン。ネオンの外出に付き合うと命いくつあっても足りないもんね。

 

 ネオンが手に持っていた紙束を放り投げる。黒服たちはそれが散らばる前にかき集めて、鍵付きのトランクに仕舞う。

 

「パパにあたしたちの口座に入金するよう言っておいてね」

「はい」

「ねね、来月の誕生日は何買ってもらう?」

「もうそんな時期? うーん。新しいゲーム部屋ほしい、かも。もうちょっと広いとこ」

「それくらい今すぐ用意してもらったらいいよ。あたしがパパに言ってあげる」

 

 それとは別に誕生日プレゼント考えておいてね! と言われて苦笑する。

 ゲーム環境とゲーム自体に課金するお金以外に欲しいものないんだよなあ。ゲーム環境もキルミーに色々教えてもらったやつ揃えたらこれ以上ないってくらい快適になっちゃったし。

 本当に、キルミーってすごい。

 

「……ねえ、今なに考えてたの?」

「んー?」

 

 不安そうな顔に、ぎゅっと俺の手を握る手のひら。伸びた爪が皮膚に食い込んでちょっと痛い。

 

 ネオンは、変化を嫌う。違うことを嫌う。理解できないものを嫌う。

 双子の弟()を自分と同一の存在だと信じてやまない。

 

 だから月に数回だけ許されてる外出日には必ず一緒に出かけて、同じものを食べて、同じ屋敷やホテルへと戻る。

 そして、可能な限り夜は同じベッドで眠る。

 

 これが、俺たちの約束。

 

「ゲームのこと考えてた。明日は何しようかなーって」

「そっか」

 

 理解できないものの中で、ネオンが唯一存在を受け入れてくれたもの。それがゲームだ。

 いやあゲームってすごい。最後まで許容たっぷりだもんね。俺がしつこく強請っただけだけど。

 

 運命共同体だから仕方ないとはいえ、ずっと室内に閉じ込められてるのにゲームまで取り上げられたら発狂するしかない。というかした。前科持ちだからもっと仕方ない。そういう風になっちゃってるんだ俺は。

 

 

 

「あーあーあー。マイクテスト。聞こえてますかぁ?」

『いや』

「聞こえてるんじゃないですか! 嘘はいけませんね、嘘は。けしからんです」

 

 ヘッドフォンの向こうから聞こえていた音が遠ざかっていく。

 放置プレイか? それは俺に効きすぎる。

 

「まって。俺が言い当ててやるから。キルミー選手、ポテチ探しの旅に出ましたね?」

『…………』

「このガサガサ音は……ついに見つけたか!」

『…………』

「席に戻るまで我慢できずに食べはじめるキルミー選手!」

『今日はディライトやんの?』

「あ、はい」

 

 ネオンと外出した翌日。

 俺は日が昇ると同時に《今日は早めにゲームしませんか!? できれば今すぐ!!》とキルミーにメールを送った。さすがに寝てるかなーと思っていたら、俺がメールを送信した一分後に《いいぜ》と返ってきた。

 

 もうね、一生好き♡

 

 おかげさまで今日は朝からゲーム三昧確定演出だった。

 

 VCしながらパソコンの電源を入れて、メールでやり取りしていた段階で候補に上がっていたゲームを起動する。

 

 ディライト。こんなタイトルだけど、ゾンビ側と人間側に分かれて殺し合いをするバトルロワイヤルだ。しかもゾンビ同士、人間同士でも潰し合うというイカれ具合である。

 

「俺たち、デュオは上げすぎて今のレート帯だと死ぬだけだもんなー。野良入れて四人でやる?」

『……なんで?』

「だから、デュオだときついって話」

『デュオでいいだろ』

「……キルミーがいいなら、いいけど」

 

 前回このゲームやった時に「デュオ上げすぎ! キルミーが強すぎるからこんなところまで来ちゃったんだよ!」「はぁ? オレだけのせいかよ。次からはソロでもスクワッドでもやればいいだろ!」って言い合いになったんだよなあ。

 これは100%俺の理不尽な言いがかりが悪かったので、ゲーム終わってすぐに謝罪会見を開いた。

 キルミーは慣れた風にアッサリ許してくれたものの、デュオが死体蹴り(される方)になってるのは確かだし、一応提案してみただけなんだけど……。

 心なしかキルミーが不機嫌になっちゃった気がする。

 

「あーっと……その」

『…………怒ってるわけじゃねーから』

「そ、そう? ならいいんだ」

 

 これまでキルミー以外に友達がいたことのない俺は、こういう時どうすればいいのか分からなくて、ついそわそわしてしまう。

 友達どころか、ネオン以外の同年代とはほとんど関わったことがない。父さんの部下たちに囲まれ、まさに蝶よ花よと育てられた。

 

 黒服たちにどう思われようと気になったことなんてないのに、キルミーには嫌われたくないなんて変だよな。

 

 ネオンに対してもそう思ってるけど、まず前提としてネオンが俺を嫌うことはありえないという確信がある。

 

 キルミーの「怒ってない」発言に、俺はパァッと顔を輝かせた。

 

「じゃ、デュオやろ! 野良入れだとグダグダするしそっちのが助かる」

『お前が野良相手にブチ切れてるだけだろ』

「……そうとも言うね」

 

 本当に、ゲームやってる時の情緒不安定さはどうにかならないものか。ゲーム終了後の自己嫌悪がやばい。

 キルミーに会うまでは、それもどうでも良かったことなのに。

 

「安地きてるきてる! なんで教えてくれなかったの!?」

『…………』

「さっき安地ギリギリで敵に手を出したのがダメだったかな……ごめんね」

『…………』

「ちょっと、今俺のこと殺したやつチートじゃね!? あの距離を腰撃ちで全部ヒットは異常だって!」

『……デスカメラ見てみろよ』

「そんなの見なくたって分か…………なんだコイツうっっま」

 

 ぷつんっと脳内で何かのスイッチが切り替わる音がした。

 ほうほう……と声に出しながら画面上を動き回るプレイヤーの動きを注視する。

 このゲームには自分を殺した時の相手の動きを相手目線で見られる機能があって、そのまま相手のプレイを継続して観察することも可能だ。

 

『素直なんだか捻くれてんのか……』

「何か言った?」

『なにも』

 

 次は俺も人間側でやろうかな。

 ゾンビ側は銃を持てない代わりに、一度でも相手の身体に触れることができたら大ダメージを与えることができる。

 武器に頼らず自分の体の動きのみで勝利を勝ち取るスタイルが気に入ってたけど、こうやって人間側を見てるとこっちもいいなーって。

 

「あ……今日もごめん。なんか色々言った」

『その謝罪もいい加減いらないから。ゲーム中のスズリの発言は全部聞き流してる』

「ぜ、全部!?」

 

 それって実質俺の存在皆無……ってこと!?

 


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