後藤ひとりの英霊召喚   作:TrueLight

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うんめいのひ

 あるところに一人の少女がおりました。

 

ちゅうがくさんねんかん……けっきょくバンド組むどころか友達すらできなかった……

 

 少女の名前は後藤ひとり。中学校の卒業式を終え、同級生たちが別れを惜しんで遊びに繰り出す中で、誰からも声をかけられず、寄り道一つせず帰宅した女の子です。

 

 さめざめと涙を流しながら、特に感慨も無さそうに中学の制服を脱ぎ、そして飾り気のない部屋着に着替えました。すると、ひとりは指先にかさりと。上着のポケットの中で紙片が触れるのを感じました。

 

「……は、は、ハハ……」

 

 それを取り出し、正体を確認したひとりは渇いた笑いを漏らします。広げられたそれは正方形の紙。奇怪な模様が描かれたそれは、見る人が見ればこう表現できるでしょう。魔法陣であると。

 

 数日前に、誰あろう彼女本人が描き上げたものでした。ノートPCに張り付き、あるWEBサイトに記載されたものを丁寧に描き写したものです。ちなみにそのサイトのタイトルは、【使い魔召喚! 君だけのお友達を呼び出そう!】という胡散臭いものでした。

 

 それなりの時間をかけて描いたものの、「わたしなにやってるんだろう……」と我に返り、ポケットに突っこんだまま放置していたのです。こんなもので友達が出来るなら苦労しない、と。

 

 しかし、この時の少女は精神的にキていました。進学する高校が違っても連絡を取り合おうと番号を交換したり、あるいは同じ進学先だと手を合わせて再会を約束するキラキラした同い年の少年少女を目にして。音もなくその場を離れたひとりは己を卑下しながら現実逃避しようとしていたのです。

 

じゅうごねんも生きてきて、友達ひとりもいないどころか、こんなの描いちゃうなんてどうかしてるよね。いないよこんな女子。きしょうせいぶつだよ……つちのこ。そう、わたしは後藤つちのこ……

 

 手元の紙片を死んだ魚のような目で見やり、ひとりは自らをUMAと定義しつつ自室の足元、畳の上にそれを放りました。

 

わたしがつちのこだったら、それって都市伝説てきな存在ってことだよね……だからこの都市伝説てきな召喚魔法もきっとうまくいくはず……

 

 ひとりはついに現実から目を背けました。同級生の子たちが。周りが当たり前に持っている友達(キセキ)が、自分にはないのだから。卒業式という一つの節目に、自分にだって何か、そんなキセキのような出来事が起こったって罰は当たらないじゃないかと。自らの孤独への嘆きから、ひとりは衝動的に未だ覚えていた呪文のようなものを口にします。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公──」

 

 もちろん、ひとりは本当にそれでキセキが。自分だけのお友達だなんてものが呼び出せるなんて欠片も信じてはいません。いわばこれこそが、彼女の卒業式なのです。在校生の送辞も、先生方の祝辞も、卒業生の答辞も。何ひとつ心に響かず、体育館の床を眺めるに終始したあれは、彼女にとっては断じて人生の区切り足りえないのです。

 

 だから彼女は、どうか、何かしら、些細でも良いことが起こったらなぁ、だなんて曖昧な願いを抱きながら。それ以上に、これまでの自分との決別を祈っていました。仲の良い同級生一人作れず、図書館でばかり過ごしていた過去の自分にさようならをするために、ひとりは馬鹿馬鹿しい儀式を行おうとするのです。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する──」

 

 そういえば、この魔法だか儀式には……触媒? 生贄、みたいなものが必要だったなぁ、などと今更になって思い返したひとりは、視界に入っているちょうどよく不要なもの、先ほどまで自分が中学生だった証である制服(抜け殻)を手に取り、雑に紙片の上にかぶせました。卒業の儀と考えるのなら相応しい供物だと心無し満足げに頷きつつも、ひとりの口は詠唱を続けていました。

 

 そして、それはいよいよ終わり(はじまり)を迎えます。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!」

 

 瞬間、ひとりは自分の身体から不可視の何かがどこかへ流れるのを実感しました。じわじわとその身が虚脱に包まれていく感覚。彼女にとっては、そう。体育祭のクラス対抗リレーで走っている時のような。クラスメイトからかけられる応援(速く走れ)に心身が摩耗していくような、そんな既視感。

 

高校でもあるのかな……無いといいな……

 

 ひとりの部屋は、彼女(つちのこ)制服(抜け殻)が被せられた魔法陣(紙片)を中心に眩い光に包まれていました。しかし過去のトラウマを思い出している真っ最中のひとりはまるで気づく様子がありませんでした。彼女には自分の世界に閉じこもる悪癖がありました。

 

 ゆえに、しばらくの間。自室に見知らぬ男性が、どこからともなく現れたことさえ視界に入らなかったのです。

 

「──フン、貴様か。不届きにも(オレ)を呼び出した愚昧な雑種は」

 

もしあったら今度こそ仮病で……あぁむりだ、嘘ついて休むなんてできないから今までも参加したんだし。氷風呂でも入ってほんとに風邪ひくしか……

 

「……(オレ)の言葉を無視するとは見上げた胆力よ。しかし蒙昧よな、蛮勇が許されるは如何な難事にも目を背けぬ傑物のみ。我が光輝を盗み見ぬ心得は認めてやるが……不快だ。(オレ)手ずからその命を散らしてやる。幸運に咽び泣き──疾く死ね」

 

 その男は尊大で、そして明らかに普通の人間ではありませんでした。逆立った金髪に、同じく黄金の鎧で身を包んだ美青年。紅い瞳は鋭くひとりを見下ろし、その背後には何やら光り輝く波紋が広がっていました。口調からは微かに苛立ちが滲んでいます。

 

「──はっ。いけないいけない、これから変わるって決めたんだ……」

 

 そこでひとりが意識を取り戻したのは奇跡だったでしょう。畳に落としていた視線をがばっと上に向けます。結局この儀式でお友達を呼び寄せることは出来なかったけど、自分が孤独な存在から卒業するための区切りとしては十分だ。高校ではせめてバンドを組めるよう、今日もギターの練習をするんだ──そんな決意から、彼女は無意識に立ち上がったのです。

 

 そして仰いだ先には、無表情に腕を組んだ金の美青年。この時、ようやくひとりは自室に不審者がいることを認めたのでした。

 

……どっ。どっどっどちゅらしゃまでしょぅきゃ……

 

 ガタガタと震えながら、ひとりはなんとか口を開きました。涙目で。卒業式に参じてくれた家族は階下にいるはずでしたが、助けを呼ぶことは思いつきもしませんでした。それほど、目の前の人間(?)から目を背けることは危険だと本能が警鐘を鳴らしていたのです。

 

 それはきっと、どうにかひとりが首の皮一枚で生還した理由のひとつでしょう。

 

「──愚にもつかぬ惰弱な凡骨の類だったか……」

 

 男は、哀れみを以て目の前の小動物に首を振りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分ほどが経ち。男の威光にあてられ、ただでさえ低い言語能力が幼児レベルまで後退したひとりと、当の威厳たっぷりな彼はどうにか現状の把握に成功しました。つまりひとりが紙片の魔法陣により男を呼び出したのだと。少女は召喚者で、男は使い魔であると二人が認識したのです。結果。

 

「くっ、くっ、くっ……クハハハハハハハハ!! 魔術の素養もない凡愚が! 飯事(ままごと)気分でこの(オレ)を招来せしめるとは!! 怒りを超えて痛快である!! ハハハハハ!! 我欲に溺れ、健気にも座に手を伸ばした魔術師もどき共に知れれば大層愉快な見世物になろうよ!!」

 

 男は心底面白いと、天井を仰いで大きく笑い声を上げました。

 

「ククク……己を畜生に貶め、よもや不要になった装束如きでこの(オレ)をなぁ……。はっはっは、確かに貴様が原初であろうな! この世で初めて脱皮した槌の子は!! 他ならぬ(オレ)が認めてやるわ!!」

 

 何がそんなに楽しいのか分からないひとりは、びくびくと肩を震わせながらも男を諌めようとします。

 

「あっ、あっ、あの……家族にき、聞こえちゃいますから……」

 

(たわ)けが。この(オレ)が不用意に余所者を近づける愚を(おか)すものか。人払いは済ませてある、この物置より外に音が漏れることも無い」

 

 そう言えば、とひとりは廊下に繋がる障子を見ます。それなりの年月を過ごしている家ですから、男の声量であれば両親が不審がって部屋を訪れてもおかしくありません。と言いますか、男を諌めた時点で手遅れだったでしょう、間違いなくひとりを心配して訪ねてきたはずです。

 

 しかし、それはありませんでした。不思議な儀式で呼び出された不思議な男が、言葉通り不思議な力で部屋に人を近づけず、そして音すら漏らさないようにしていると納得するのです。

 

「じゃ、じゃあどれだけギター練習がうるさくても怒られない……?」

 

 ひとりは真っ先に頭に浮かんだそれを思わず口にしました。それを聞き漏らさず、ぴくりと耳を震わせた男はひとりを見下ろしました。

 

「なんだ貴様、楽器をやるのか。良かろう、奉ずることを許す。ヒトの形を模した爬虫類の演奏だ、多少の無様は見逃してやろう」

 

 ギターという言葉に興味を惹かれたらしい男は、どこからともなく取り出した、嫌味はなくとも華美な椅子に腰を下ろし。腕を、足を組んでひとりに命じます。

 

「そら、奏でてみせよ」

「──────えっ。えぇ!!??」

 

 男が現れてからジェットコースターに乗っているかのような展開に。パニックに陥ったひとりはついに叫びました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度だ」

ひゃ、ひゃぃ……

 

 男の有無を言わせない物言いに、もたもたと準備を整えてギターを弾き始めて、すでに1時間が経っていました。一度ひとりの演奏を耳にした瞬間から男は神妙な表情を浮かべ、何度もひとりに命じます。

 

 人前で演奏したことが無いだとか、1対1で見つめられ続けながらだと気まずくて集中出来ないだとか。不格好な演奏を謝りつつも、もにょもにょと実力を発揮できない言い訳を口にするひとりを、意外なことに男は叱責しませんでした。

 

 ただただ、もう一度弾けと。それだけをひとりに求め続けました。

 

 もう終わってくれと祈りながら、ひとりはそれに従い続けます。そうしてまた幾ばくかの時間ギターを奏でると、ようやく男は別の言葉を口にしました。

 

「……不細工な音色だ」

「すっ、すみません……」

 

 椅子に腰掛けた顔色の読めない男が、畳に座り込む泣き出しそうなひとりを見下ろします。

 

「不甲斐ないとは思わんのか?」

 

 それは初め、目の前のどうやら偉いらしい男性に不出来な演奏を見せていることに対する説教かと思われました。しかし。

 

「貴様がどれほどその楽器に親しんだか。どれほど音に向き合ったかなぞ容易に分かる。ゆえに解せんな……確かに貴様は畜生にも等しいほどに矮小よ。しかし、貴様の積み上げた過去はその道のヒトにも劣るまい」

 

 迂遠で古風な物言いもあって気づくのが遅くなりましたが、確かにそれはひとりの腕に対する評価でありました。

 

「貴様は恥じるべきだ。この(オレ)の前で無様を晒していることは言うまでもないが──他ならぬ貴様自身が、己が誇りを貶めていることを」

 

「──っ」

 

 それは間違いなく、尊大な男の激励でした。お前がもっと上手に弾けることはわかったから。緊張して失敗して、それを繰り返して辛いだろうけれど。今までの練習を、重ねた時間を思い出して頑張れ、と。そのような応援の言葉でした。

 

「…………っ」

 

 ひとりはどうしてだか、さっきまでの息苦しさからではない、熱くなる胸から雫がこみ上げてきました。ですが泣く訳にはいきませんでした。なんとなくではありますが、それは言われたように自分も。そして励ましてくれた男をも貶めるような気がしたのです。

 

 だから、ひとりは自分を奮い立たせるために、退路を絶ちました。

 

「──もう一度。もう一度だけ、弾かせてください!」

「良かろう、己の吐いた唾だ。最後の好機だと心得よ」

 

「はいっ!」

 

 そしてひとりは。一部でギターヒーローと呼ばれる、プロと遜色無い腕前を誇るギタリストは。出会ったばかりの黄金の男に、自身の限界を叩きつけたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぜぇ、ぜぇ……

 

 魂を燃やし、少女は肩で荒く呼吸を繰り返しました。

 

 対して男は──胸がすいた様な面持ちで、どっかりと椅子に背を預けました。男もこの時、自身が前のめりに少女を見ていたことに思い至ったようで、口元に弧を描きます。

 

「──喜べ雑種、褒めてやろう。この(オレ)に奉献する最低限の水準に達した音であると。貴様という召喚者(マスター)一度(ひとたび)は認めてやる」

 

 呼吸を整えながら、ひとりは男の顔を仰ぎ。そこに楽しげな表情を見つけてへにゃりと笑いました。自分の演奏は、この人を楽しませられたのだと。

 

 その心を察することなど、出来ようはずもありませんでしたが。

 

「クク、この世界が(オレ)の庭より外であることは疑いようもあるまい。龍脈はあろう、しかし他が杜撰に過ぎる。よもや惑星(ホシ)が、貴様のような珍生物を愛そうとはな……」

 

「あ、あの……?」

 

 顎に手を当て、ニヤニヤとなにやら口走る男に、どこか不穏なものを感じたひとりはおずおずと話しかけました。

 

 ですが、またも強制搭乗のジェットコースターは急発進します。

 

「もはや無聊を慰めるには貴様の生態を観察する他無い。友を求めて儀を行ったと抜かしたな? あぁ勘違いするな、(オレ)と貴様の間にそれが成ることは有り得ん。しかし手助けくらいはしてやろうではないか。貴様の望み、この(オレ)が見届けてくれよう」

 

「──えっ。えぇ……?」

 

 こうして後藤ひとりは、奇妙な金色の男とともに、高校生活に臨むことになったのでした。


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