後藤ひとりの英霊召喚   作:TrueLight

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やさしいおうさま

 中学校卒業の日、後藤ひとりはインターネットの怪しげなサイトを参考にオトモダチ召喚の儀式を行い、全身が黄金に包まれた男を呼び出しました。残念ながら友とはなれませんでしたが、男を使い魔として主従契約し。その後無事に高校へ進学してしばらくが経ちます。

 

 その中である日、そういえば名前を聞いてないなと思い至ったひとりは、なけなしの勇気を振り絞って男に尋ねましたが。

 

『貴様のような雑種に(オレ)の崇高なる名を理解することなど叶うまい。王様とでも呼んでおけ、槌の子の奏者よ』

 

 そう袖にされ、結局教えてもらうことは出来ませんでした。しかし、ひとりはちょっぴり嬉しくなっていました。自称が発端とは言え、つちのこ、と呼ばれるのはニックネームのようで可愛らしく思えましたし(当社比)、王様と呼ぶのも浮世離れした特別感がありました。

 

 まぁほとんどは貴様とか雑種と呼ばれるのですが。どんなに尊大だろうと、ひとりは自分を愛称で呼んでくれる王様に少しずつ親しみを覚えていきました。それ以上に恐ろしくもありましたが。

 

 中学の卒業式以来、ひとりが王様について知り得たことはさほど多くありません。しかし、王様に限らず召喚した使い魔というのがどういう能力を備えているかについては理解が深まったでしょう。

 

 例えば霊体化。これにより王様は完全に人間から不可視となり、壁をすり抜けて移動したりできます。幽霊状態ですね。反して実体化。これはほとんど人間と同じような状態に移行します。

 

 また、召喚者と使い魔の間には魔力的な繋がりがあり、ある程度離れていてもテレパシーのようなもので会話が出来ます。王様によれば彼は特別とのことで、なんと学校と自宅ほど離れていても念話が可能でした。ひとりが家から高校へ通うのに2時間かかると言えば便利さが伝わるでしょう。

 

 スマホで良いじゃんなどと思ってはいけません、何せ肉声を発することなく意思疎通出来るのですから。最初はひとりも不慣れでしたが、イマジナリーフレンズとのお話が功を奏し、早い段階で念話することが叶いました。

 

 さて、これらの能力により、王様はひとりに憑いて学校へ同行し、彼女が友達を作れるか見守ったり、あるいは手助けをしようとしました。しかし。

 

『なにをジッとしている。今は小休憩なのだろう? そこな生徒にでも話しかけよ』

あ、あぅ……

 

『昼餉か……むっ。貴様同様に一人寂しく食事する者もいるではないか。群れるには丁度良かろう、誘うがいい』

あぅあぅ……

 

 ひとりは王様の予想を大きく超えたコミュ障でした。陰キャでした。助言とは聞く側にそれを実行する能力が求められます。それがひとりには致命的に欠けていたのでした。

 

『見下げ果てた雑種よな……道化役すら貴様には荷が重いか。まぁよい、雌伏の時というヤツよ。この世界は(オレ)の眼をして見定めることが容易ではない。然るべき日に備えるのもよかろう』

 

 そんな言葉と共に、ただの一回で学校には憑いて来なくなった王様でしたが。以降、連日ひとりが肩を落として自宅に帰ると、それはもう毎日のように彼女の話を聞いてくれました。

 

『体育の授業がバドミントンなんですけど……女子が奇数だから余っちゃって、先生と……』

 

『羽根突きの類か。体調が優れぬからと休む者も居ただろう、そこに入ることは無かったのか?』

 

『あっ、見学する人がいると、一緒に休んじゃって……みんなで、お喋りしてて、こえ、かけられなくて……うぅ』

 

『同調圧力とやらか……いや、余りモノが加わることを嫌ったか? どちらにせよ下らん、取るに足らんうつけ共よ。そのような連中に交わっては貴様の底が知れる。しばらくは孤高を気取っていろ』

 

 これはひとりにとって予想外のことでしたが、王様は決して彼女を見限りませんでした。学校に来てくれることこそ無くなりましたが、それは一緒に居たとしてもひとりの友達作りやバンドメンバー募集という目標に対して意味がないからで、家に帰ればそれなりに世話を焼いてくれました。

 

 表面上は小馬鹿にした態度を見せますが、ひとりを心底から軽蔑するようなことは無かったのです。王様にとっては、優れた技術を持つ芸術家ほど常人離れした欠陥があるという既知に基づいた対応でしかありませんでしたが。

 

 でしたが、そう。王様はひとりを、優れた演奏家だと認めていたのです。素直に口にすることはほとんどありませんでしたが。なのでひとりには、何故か自分を見捨てないで相手をしてくれる、ちょっと怖いけど良いお兄さんという印象に落ち着きました。

 

いいんです、わたしはつちのこ……つちのこがラケットを振り回すこと自体おかしいんです。あっ、先生には悪いことをしましたね、わたしみたいなのとバドミントンだなんておかしな人と思われたかもしれませ……

 

『チッ、また()()()か七面倒くさい。えぇい起きんか雑種!』

あっ。あいたっ。へぶぅ!?

 

 ひとりが落ち込んで自分の世界に入り込むと、往復ビンタで現世に連れ戻そうとするのが難点でしたが。王様は基本的に、彼女が現実逃避するのを見逃してはくれませんでした。例外は、ひとりがギターを持っているとき。煩わしい現実に目を、耳を塞ぐことが、ひとりの新たな表現に繋がることもあったからです。

 

あぅ……いたぃですぅ……

 

頓馬(とんま)が。阿呆につける薬は痛みが手っ取り早かろう、いつまでもソレでは友だなんだは夢のまた夢よ。鳴りを潜めるまで(オレ)自ら頬を張ってくれるわ、感謝せよ』

 

はぃ、ぐす……ありがとぅごじゃいましゅ……

 

 涙目で。両手でほっぺたをもにゅもにゅと揉みながら、ひとりは王様に感謝をささげます。切なそうに唇を尖らせますが不満は漏らしません。反論を許してくれるお人でないのは明らかでした。

 

 とまぁ、そんなこんなありつつ。でこぼこながらも、卑賎な召喚者と高貴な使い魔はそれなりに上手く主従関係を続けました。

 

「あっ。おっ、王様いますか……? こ、これどうですか? かか、かっこよくないですか……?」

 

 そうして高校に入学してからひと月が過ぎた某日。テレビ番組の特集に影響されたひとりは、普段通学に着ている制服とジャージに加え、ギターを背負い。様々なバンドグッズを装備した格好で王様を呼びました。ちなみに王様は、ひとりが何も言わずともプライバシーを侵害しかねない状況下では霊体化してくれています。もっとも、王様の気分でそれは容易く崩壊するのですが。

 

 と言うわけで、ひとりの着替えに気遣って紳士に姿を消していた王様は、彼女の呼び声に応じて姿を現してくれました。そして。

 

「ハーッハッハッハッハ! なんだその珍妙な格好は!? 美的センスの欠片も感じられんわ!! (オレ)の眼が届かぬ場所でまたぞろ脱皮を繰り返したか? ふははは! 朱に交わらんのが貴様の生き様というワケだ!! ロックと言うのだったか? まさしくそれだろうよ!! あぁかっこいい……かっこいいぞ槌の子よ!! ハーッハッハッハッハ!!」

 

 紳士らしさは吹き飛び。王様、大爆笑。額に手を添えて天井を仰ぎながら哄笑しました。可笑しな装いそのものというよりは、その出で立ちをかっこいいと自賛する滑稽な召喚者(マスター)に対する笑いでしたが。

 

あっ、えっ。へっ、変ですか……? へへ……

 

 王様の言い回しに褒められているのか(けな)されているのか判断しかねたひとりは、嬉しそうな不安そうな、複雑な面持ちで聞きなおします。

 

「変だなどという言葉では生温いわ! その姿で学び舎を跨いだが最後、(オレ)の法術に劣らぬほど人払いの働きを見せようとも! この(オレ)が保証してくれる!!」

 

 呵々と笑む王様の言葉にようやく馬鹿にされていると気づいたひとりは、どんよりと背を丸めながらバンドグッズをその身からパージしていきました。

 

 そして最後にギターケースを下ろそうとすると、それまでニヤニヤとひとりを見ていた王様が、ふと真率な表情で待ったをかけます。

 

「ふむ……雑種。貴様の奇行は先のテレビとやらが発端であろう? であれば小道具とは違い、その楽器は多少なり他人(ヒト)の目を集めよう。モノは試しだ、持って行け」

 

あっ、いいんですか……? わたしみたいなつちのこが調子のってると思われませんかね……

 

「えぇいそう卑屈になるなっ。(たま)さかであれば余興にもなろうがな、(オレ)の薫陶を受ける折は悠々たる面持ちで傾聴するが筋というモノであろうが!」

 

 どんよりと前髪の隙間から王様の顔色を窺うひとりに対し、王様は鬱陶しそうに言いながら片手で彼女の顔面を掴みました。ひとりの顔はとても他人には見せられない、哀れなタコと化していました。

 

「ぷぎゅっ」

 

「よいか雑種……貴様は誰がなんと(さえず)ろうが、この(オレ)が音を奏する役を許した楽手よ。相応の誉れはこの世に二つとあるまい? 貴様以上にギター(ソレ)が相応しい者を(オレ)は知らん。ゆえに! 有象無象が如何な目を貴様に向けようとも、他ならぬ貴様だけは胸を張っておけ。貴様は知っていよう? この(オレ)を認めさせた己が偉業を!」

 

 無理やり重ねられた視線に。その紅い瞳に、最初は恐れを覚えました。しかしひとりは、彼の苛立ちが垣間見える眼を見て、それ以上に言葉を聞いて、申し訳なさが湧き上がりました。

 

 羨ましいほどに自信満々で、言動の至る所からカリスマを感じる人が。王を自称するような、ひとりの目を以てして高貴な身分なんだろうなと察せられる男性が。自分を認め、発破をかけてくれることが不思議でなりません。果たして自分以外のギタリストを見て、演奏を聞いて、その上で自分を認めてくれるのだろうかと。

 

 自分が運よく機会を得られただけで、王様が知見を広げれば取るに足らない存在だろう己が、身の程を弁えずに時間を奪ってしまっているのではないかと。

 

 ですが、そんな考えをこそ口に出す訳にはいきません。王様の感性に口を出すなんて命知らずな真似はひとりには出来ませんでした。と言うか、彼女が少しそんな思考をしただけで、王様の眼光が鋭くなったのが分かりました。偉大なる王様には矮小な小動物の考えることなどお見通しのようです。

 

 なのでひとりは結局のところ、王様の言葉を素直に受け入れ、こう口にするしかないのでした。

 

はひ……。お、王様にみとめていただけたギターに誇りをもって学校いきましゅ……

 

 まぁあれやこれやと卑屈に思いながらも、王様が認めてくれて、そしてひとりの目標が達せられるのを応援してくれることは純粋に嬉しくありました。べちゃっとだらしなく笑いながら言うひとりに、王様は再び偽悪的な笑みを浮かべます。

 

「よくぞ宣ったぞ雑種。では楽器を携え出陣するがよい。ゆめ忘れるな、貴様は仮にも(オレ)召喚者(マスター)なのだ。相応しく在れば自ずと大器は成ろう。焦らず、しかして機を逃さぬことだ」

 

「はっ。はい!」

 

 王様の言葉をすべて理解はしていませんでしたが、それらを応援と受け取ったひとりは大袈裟に頷き。高校生活で初めてギターを背に家を出たのでした。

 

「──さて、どう転がるか……見物(みもの)よな」

 

 二階の窓から外を見下ろし呟く王様の声は、もちろん玄関を出たひとりには聞こえませんでした。そして次の瞬間、王様の姿は掻き消えていたのです。


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