後藤ひとりの英霊召喚   作:TrueLight

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ほごしゃづら

きえてしまいたい……

 

 学校帰り。後藤ひとりは公園でブランコに座り、どんよりと肩を落としていました。その理由はもちろん学校での出来事に起因します。

 

『わっ、後藤さんギター持ってる。軽音部だっけ?』

『えっ!? あいやその違うんですけどぉ……

 

『違うんだ?』

じじじつはバンド組みたいなと思っててあっもちろんギターは弾けますへっ、へへ……

 

『そ、そうなんだ。頑張ってね……』

 

 テレビの特集と、使い魔たる王様の感想を参考にギターを背負って登校したひとり。それに対し、目論見通り席が近い女子生徒が話しかけてくれました。しかし、ひとり自身も振り返るに、明らかに気色の悪い笑みで対応してしまった結果、特に話が広がることもなくイベントは終わってしまったのでした。

 

 楽器を携えるひとりに関心を抱いた生徒はその女子に限りませんでしたが、もちろんそのやり取りに彼ら彼女らは耳を傾けていた訳で。ぼそぼそと小さな声で、その上早口に語るひとりの不審な挙動を見聞きしてしまった同級生たちは、暗黙の了解が如くひとりへの接触を避けたのでした。

 

おうさまに報告したらなんて言われるかな……笑われるかな……もしかしたら怒られるかも……せっかく話しかけてもらえたのに……うっ、うぅ……

 

 放課後を迎えて、逃げるように学校を出たひとりでしたが。ギターを持って行くよう背中を押してくれた王様のことを考えると、何の成果もなしに帰宅するのも躊躇われました。さりとて、高校を後にしてしまえばギターを背にした女子高生に話しかけてくれる人間なんてそう居る訳もなく、うじうじと公園で時間を浪費しているのです。

 

「……もう、帰ろう。王様も雌伏の時って言ってたし、こんなところで落ちこむ時間があったら練習しなくちゃ……」

 

 ですが、しばらくするとひとりは顔を上げます。

 

 かの尊大な王様を召喚してからというもの、ひとりは彼に認められながら罵られるという評価の乱高下に晒されてきました。楽器を褒められて、でもそれは矮小なつちのこにしては、という前提のもので。舞い上がってはいけないと、落ち込みつつ自戒すれば、されどその音は王様が耳にするに遜色ない出来だ、と褒めて貰えて。

 

 自分の世界に閉じこもる悪癖からテンションのアップダウンが激しかったひとりに対するそれは、彼女に対する取扱いとして奇跡的なまでにマッチしたのです。つまり、ひとりは中学までに比べると多少打たれ強く、そして失意から立ち直るのが早くなっていました。

 

これいじょう遅くなるとなに言われるかわかんないし……

 

 頬を王様の手が往復した記憶が脳裏を(よぎ)り、ひとりはほっぺに手を当てて青ざめます。どうやら王様の力加減は完璧らしく、怪我をすることはありませんでしたが。それでも痛いものは痛いのです。

 

 (はた)から見れば褒められたやり方ではないでしょうが、王様の恐怖政治は間違いなくひとりの陰キャっぷりを改善しつつありました。

 

(最近は動画投稿についても相談に乗ってくれるし、帰ったらその方向に話を逸らそう……)

 

 呼び出したばかりの頃は現代の電化製品にさほど興味を抱いていなかった様子の王様でしたが、ひとりがPCで撮影や投稿をしているところを見て関心を持ったらしく。彼女が学校に行っている間にいつの間にやらパソコン操作をマスターしていました。

 

 そして当然のようにひとりがネット活動をする上で使用している「ギターヒーロー」アカウントの運用に口出ししてくるのです。ひとりをして納得するような指示ばかりなので、彼女に否やはありませんでしたが。問題があったとすれば、数々の虚言がバレて死にたくなった程度でしょう。

 

 ギターを持参して登校しても、特に友達が出来たりバンド仲間が見つかると言った成果が無かったことは一旦記憶から削除しつつ。帰宅してからはギターヒーローの活動について話すことで追及を避けようと狡いことを考えながら、ひとりは公園を後にしようとして──。

 

「あ! ギターーーーーーッッ!!!!」

 

 背後からの大声に、肩を跳ねさせては転げました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばひとりちゃんはバンド組んでないの?」

「メンバーが集まらなくて……」

 

 ギターを携えたひとりをライブにと勧誘した金髪の少女は伊地知(いじち)虹夏(にじか)と名乗りました。彼女に先導され、挙動不審になりつつもひとりは下北沢を歩きます。

 

 ──そして、そんな二人を後ろからにやにやと眺める不審な男が居ました。

 

(クク……十全とは言えぬまでも、やはり(オレ)の直感は正しかったか)

 

 お察しの通り、霊体化して一日中こっそりとひとりの傍に控えていた王様です。彼は多種多様な能力を宿した宝物(ほうもつ)や、それらに依らない本人由来の異能を数多く有していました。使い魔として召喚されたこの異世界では十分な力を発揮できなくはありましたが、その類稀なる直感はこの時の変事をしっかりと察知しており、それを見逃すまいと尾行していたのです。

 

「一人気になってる人がいるんだよね。ギターヒーローって名前で──」

 

 ひとりに声をかけた少女はいかにも人の好さそうな娘で、しかもひとりの動画サイト上での活動名であるギターヒーローについても知っているようでした。

 

 ひとりが偶然目にしたテレビ番組。それを受けて気まぐれ同然で家から持ち出したギター。背負ったままに放課後訪れた公園で、示し合わせたようにギタリストを探しているという少女との邂逅。それも彼女は、別名義とは言えひとりの別の顔を知っていました。

 

(雑種がこの惑星(ホシ)にとって肝要な役を担っていることは疑いあるまい。ならば(オレ)はそれを見定めてくれよう……くくっ、悪くない退屈凌ぎよなぁ)

 

 虹夏(にじか)がギターヒーローの名を出したことで顔を真っ赤にしているひとりに視線を向けて、王様は愉快そうに目を細めました。もちろん不可視である彼の表情を盗み見ることは誰にも叶いませんでしたが、顔を見る人が見れば一目で分かったでしょう。それらしいことを考えていても、その有り様は間違いなく後方保護者(ヅラ)であると。

 

 それから先を行く虹夏(にじか)が、ベース担当だという一見してクールな少女、山田リョウとひとりを引き合わせ。スタジオで練習しようと三人がライブハウスに入っていくその後ろを、王様も当然のような表情で続きました。彼の姿を目視できる人間がいない以上、見咎められることは無いのですが。

 

 虹夏(にじか)の家だというライブハウスSTARRY(スターリー)に侵入してからと言えば、ひとりとの契約関係を暇潰しと断じている王様をして非常に満足いくものだったと言えるでしょう。

 

 例えば、薄暗いライブハウス内を唐突に

 

「私の家!」

「ここあたしの家なんだけど!!」

 

 と自分のテリトリー扱いし始める陰キャ(つちのこ)の縄張り宣言であったり。

 

ぃぃぃぃイキってしゅみましぇん……

 

 スタッフと顔合わせをする際に、気後れして無様に縮こまる道化っぷりであったり。

 

「……ド下手だ」

「!?」

 

 ギターヒーローを知っている虹夏(にじか)と共にする音合わせで。実力を見せようと意気込みながらも、セッションの経験不足により空回っては技術が拙いと扱き下ろされる哀れな様を目の当たりにしました。

 

どっ、どうもプランクトン後藤です……

「売れないお笑い芸人みたいな人出てきた!!」

 

 心折れ、ついに未確認生物(つちのこ)どころか浮遊生物(プランクトン)を名乗り出した主人(マスター)を見て、王様は腹を抱えてプルプル震えています。

 

「きょっ、今日のところはおかえりください──っ」

「ここあたしの家なんだけど!?」

 

 そして王様の腹筋は限界を迎えました。

 

「くっ。クックックック……」

 

 ライブハウスどころか可燃ゴミを捨てる箱の中に籠城し、ライブ出演を拒否しだしたひとり。本心ではどうにか虹夏(にじか)とリョウに手を引っ張ってもらって一緒に演奏したいという願望が王様には手に取るように分かり、いじらしさと滑稽さが共存する様子は心底から王様を笑わせました。

 

「怖いならこれに入って演奏したら?」

「いっ、いつも弾いてる環境と同じです!」

 

「どんな所に住んでんの?」

「みっ皆さん下北盛り上げていきましょう!」

 

「ハーッハッハッハッハ!!」

 

 ついには大きな声で笑い声を上げた王様でしたが、抜かりなく何らかの能力を行使していた彼は見つかることなく観察を続けました。

 

 初対面とは思えないほど小気味良く漫才を繰り広げるひとりと虹夏(にじか)、そしてリョウ。これが相応しい場所、状況であれば褒美を下賜したであろうほどに、三人は王様にとって愉快な存在に映っています。

 

「初めまして! 結束バンドでーす!!」

 

 勿論のこと、この後に行われた彼女たち結束バンドのライブを、王様は口元に弧を描きながら鑑賞しました。完熟マンゴーと印字された段ボールをガタガタと揺らしながら演奏する契約者(つちのこ)に、その異様さに気圧されている観客に。拙い演奏でも十分に王様は楽しんだのでした。

 

 これが王様自らに(たてまつ)るような場であれば決して許さなかったでしょうが、下々の人間に聞かせてやることを思えば十二分な出し物であろうと彼は評価していました。

 

 約一名の奇行を除いてトラブルもなくライブを終え、ステージから控え室に三人が()けると、王様も自然に後を追い──。

 

「ミスりまくった~!」

「MC滑ったね」

「──あっ。あのっ!!」

 

(……ふむ。この辺りが頃合いか)

 

 気が抜けた声色の虹夏(にじか)とリョウに、ひとりが何やら声を上げたところで王様は(きびす)を返します。これから行われるであろうやり取りが、彼にとって相応に価値を認められるものであるという直感はありました。

 

 しかし、だからこそ王様はそれを盗み見ることを良しとはしませんでした。それは相応しい役者にのみ同席することが許されるべきであり、彼が耳にするには語り部が必要であると判断したのです。

 

「貴様、この店の主人(オーナー)だな?」

「えっ? あぁーっと……日本語通じるのか。はい、店長ですけど」

 

 用は済んだとばかりに王様は店を出ようとしましたが。途中でドリンクカウンターに背を預ける女性の姿を見ると、霊体化を解いてその姿を現します。これも彼の異能によるものか、唐突に出現した金髪の美青年に驚く人間は居ません。もっとも、その(かんばせ)に気づいた者は一様に見とれていましたが。

 

 彼が声をかけたのは、ひとりがこのライブハウスに訪れる契機となった少女、虹夏(にじか)によく似た女性です。やりとりの通り、彼女はSTARRY(この店)の女店長でした。名は星歌(せいか)虹夏(にじか)の姉です。

 

 彼女も王様の整った容姿に思うところはありましたが、責任ある立場としてそれを表に出すことはありませんでした。

 

 ちなみに王様は実体化する際に服装を現代のモノに切り替えており、輝かしい鎧によって不信感を煽ることはありません。白いシャツに前を開放したライダースーツの外国人が、果たして自然に受け入れられたかは(よう)として知れませんが。

 

「そうか。此度(こたび)の催しはそれなりに(たの)しめた。褒美をやろう、今後とも励むがいい」

「チップですか? ありが──えっ!?」

 

 王様が無造作に財布から取り出したソレを受け取ろうとして、海外の文化かと納得しかけた星歌(せいか)は目を丸くします。王様が星歌(せいか)に差し出した紙束は、まともに社会生活を送っていれば手にするのに不自然な金額ではありませんでした。が、決して赤の他人に渡せる額でも、身内でそれなりの理由があろうともポンと出せるモノでもありませんでした。

 

 王様は、ひとりのあずかり知らないところで衣類や相当の金銭を素知らぬ顔で調達していたのです。これも彼の有する異能を以てすれば簡単なことでした。

 

「えっと、気持ちは嬉しいんですが。ちょっとこれは……受け取れません」

 

 極めて常識的に遠慮しようとした星歌(せいか)に一層気をよくした王様は、手渡しではなくドリンクカウンターに放ることで意志の固さを表します。

 

「なぁに、この程度(オレ)にとっては物の数ではない。(オレ)が店の定めに反し捨てたモノを、店主たる貴様が拾ったのだとでも納得しておけ」

 

 そんな詭弁で納得できる訳もなく、困った様子の星歌(せいか)に対し。

 

「ふむ、そうさなぁ……。腑に落ちんと(のたま)うなら、彼奴等(あやつら)の活動費にでも充ててやれ。何と言ったか……結束どうのと名乗ったか。奏でる音は無様である。今はな。しかし光るモノはあろう、何せこの(オレ)の眼に映ったのだ」

 

 星歌(せいか)の妹である虹夏(にじか)が立ち上げたバンドに言及すると、彼女は目に見えて嬉しそうな表情を浮かべました。しかしそれも一瞬で、やはりカウンターの札束へ物憂げな視線を向けます。ことここに至って、王様からすれば陥落したも同然でした。

 

「あの年の頃であればまとまった金を稼ぐのも容易ではあるまい。楽器なぞ触れておれば特にな。だが芸術と言うのはとかく金のかかるモノ。ゆえに、幸運にも(オレ)がパトロンとなってくれようという話よ。現代(いま)では最早馴染み無かろうが、優れた芸術家やその卵には高貴なる者の支援があって然るべき。安心しろ、たかだかその程度の金で恩を着せる気も、彼奴等(あやつら)の活動に口を挟む腹もない。心ばかりなどと(へりくだ)ってはやらんがな! ソレは有難く受け取っておけ、貴様が適任だろう」

 

 小難しい言い回しをしていても、ある程度の意思は星歌(せいか)に伝わりました。王様が結束バンドに期待していて、その活動を支援しようと考えていること。直接彼女たちに声をかけずライブハウスの店長を経由するのは、過度な干渉をする気がないことを表していて。女子高生が降って湧いた大金を手に入れてもロクなことにならないだろうから、監督者として星歌(せいか)に運用を任せる、と。

 

 星歌(せいか)が大金を受け取ることに難色を示すような、その場でパッと思いつく理由のいずれにも王様は配慮しており。それを悟った彼女は、仕方ないと苦笑して紅い瞳と視線を重ねます。

 

「──それじゃあ、預からせてもらいます。……ちゃんと全部、あの子たちのために使わせてもらうんで」

「ふはははっ、疑うべくもない誓言は要らん。あぁそれと、(オレ)のことは他言無用だ。ではな店主よ、また会うこともあろう」

 

 今度こそ王様はSTARRYを後にしました。その背中が見えなくなるまで星歌(せいか)は頭を下げていて、他の観客は頬を染めて見送っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も、王様がチケットの代金を払っていないことには気づきませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっ、それで私バンドを組んでライブすることになったんです。王様がギターを持って行けって言ってくれたおかげで……!」

 

 夜。人生において最も輝かしい記憶の一つに数えるだろう一日を終えたひとりは、いつものように自室で今日の出来事を振り返っていました。報告相手はもちろん使い魔たる王様です。

 

「下らん、(オレ)は貴様の珍妙な格好を(わら)ってやったまで。(オレ)が口を出さねば間抜けを晒そうとも楽器は背にしたであろうが。(おの)が仕儀の理由を他人に求めないことだ、それが善かろうと悪しかろうともな」

 

「あっ、でもっ、わたし王様に感謝して……」

 

(たわ)け、雑種が王たる(オレ)に感謝を捧げるのは当然であろう。そのような些末な事実確認など無聊の慰めにはならん。貴様がすべきことは、()(ほど)の首尾を過不足なく奏上することである。吉事とあらば貴様の口も回ろう?」

 

「はっ、はいっ。それでその、虹夏(にじか)ちゃんにライブハウスに連れていかれて──」

 

 椅子に腰を下ろし、気怠そうに。肘掛けに預けた腕で頭を支える王様へ、ひとりは焦った様子で報告を続けます。しかし表情はすぐに喜色を浮かべ始め、たどたどしく口を開くたびに顔が緩んでいきました。

 

 ギターを始めて数年、今日までに何度も妄想し、(こいねが)った出来事が。今日だけでいくつも実現したのです。ひとりの頬は紅潮し、普段にはない溌溂さが見えていました。

 

「でででも、ステージの後……次のライブまでには同級生に挨拶できるようになるって勢いで約束しちゃって……」

 

 当然、願望が現実に起こったところでひとりのコミュ障が治った訳ではないので、その中でのやらかしを思い返しては顔を青くしたりもありましたが。

 

虹夏(にじか)ちゃんが歓迎会してくれるって言ったのに、疲れたからって帰っちゃったし……あっ、でもロインを交換したのでっ……」

 

 椅子に背を預けた王様に対し、ひとりは畳の上に女の子(ぺたん)座り。両手の指をちょんちょんと合わせつつ俯きがちに、思い出しながら報告していたので目が合うこともなく。ひとりは王様の表情にはついぞ気づきませんでした。

 

 へにゃへにゃと頬を緩めたり、かと思えばサッと顔を青ざめるひとりの面相を見下ろしながら、彼女にとってみれば波乱であった一日の報告を聞いて。

 

 王様の面持ちは、誰がどう見ても──。

 


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