後藤ひとりの英霊召喚   作:TrueLight

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ほしがまたたくこんなよる

 一応の主人(マスター)である後藤ひとりが、紆余曲折ありつつもバンドを組んでからしばらく経ったある日、王様はひとりの帰りを待ちつつ思案していました。

 

 (オレ)、やることなくね? と。

 

 伊地知虹夏(にじか)少女との邂逅をきっかけに、ひとりの学校生活、およびバンド活動は以前とは比較できないほど活発になりました。

 

 例えば、バンドの活動費を稼ぐためにバイトを始めたり。インストバンドから脱却するために探していたボーカル担当をひとりが勧誘したり。その加入が叶ってからというもの、ギターを指導するために先生役となったり。

 

 それらを帰宅したひとりから報告され、そのこと自体は使い魔(サーヴァント)たる彼も、口や態度には出さないものの喜ばしく思っていました。

 

 しかし、であればこそ王様は余計に解せませんでした。彼の知る世界とは似て非なるこの惑星(ホシ)が。無理を通してまで己を現界させた意味はなんなのか、と。

 

「あっ、ただいま帰りました王様、へへっ……」

 

 そうして物思いに耽っていると、卑屈な様子にも喜色を浮かべながらひとりが帰宅しました。もはや室内の畳間に似つかわしくない華美な椅子でくつろぐ王様に疑問を覚えることは無いようで、えへえへぺこぺこ頭を上下させながら彼の目前に腰を下ろします。

 

 ちなみにひとりはいつも通りのジャージ姿で、王様はカジュアルな現代の服に身を包んでいます。この期に及んで鎧を始めとした武装が不要なのは明らかでした。

 

「えへ、へへっ……」

 

 ちらちらと、緩んだ顔を隠そうともせず。その理由を尋ねてほしいなと前髪の隙間から王様の顔色を窺うひとり。

 

「……」

 

 対して、じろり。王様は眼前の不躾な畜生を見下ろしました。機嫌の良い時には愛玩動物(ペット)の意を汲んでやることもありましたが、この時の王様は不可解な現状に眉を(ひそ)めていたのです。

 

 なので態度で示していました。言いたいことがあるならはよ話せ、と。

 

「ぴっ──!?」

 

 紅の眼光に射抜かれたひとりは、出し惜しみせず鞄から封筒を取り出しました。触らぬ神に祟りなし、不機嫌な王様に無用な言動は()()()()に直結します。さりとて外での出来事を隠す選択肢はありませんでしたので、すべきことは迅速に一日の首尾を奏上することです。それがひとりの処世術でありました。下僕根性と言ってもいいでしょう。主人は彼女のはずでしたが。

 

ききききょうはお給料日でぇ……はっ、はじめてバイト代をいただけたんですぅ……

 

 ぶるぶる震えながらひとりが見せた封筒。そこから頭を覗かせる一万円札(福沢諭吉)を確認し、王様は刹那疑問を抱きましたが、自らの行動を思い出して自己解決しました。しかし、それは彼のみが知ることであり、ひとりには知りえないことで。とりあえずは素知らぬ顔をしておこうと、氷解した疑念を口にします。

 

「ふん、貴様がそれほど労働に精を出していたとは思わん。活動費とやらにあてれば即座に底を突こうに」

 

「そっ、それが、学生バンドのノルマを負担するキャンペーンをするって店長さんが……他のお店の迷惑になるから夏休みが終わるまでってことらしいんですけどっ、それでしばらくは無理にバイトを増やしたり徴収はしなくて良いって虹夏(にじか)ちゃんも言ってくれてて……バイトはつづけなきゃいけないんですけどね、へへ……

 

 要領を得ないひとりの説明に、王様はひとつ頷いて理解を深めました。

 

 彼が放った札束を、ライブハウスの店長である星歌(せいか)はどうにか結束バンドに流そうとした。しかし直接手渡すことは出来ず、王様の存在も口にできない以上迂遠な手段を取らざるを得ない。

 

 結果として店のキャンぺーン費用として計上することで、結束バンドの面々が稼いだバイト代をそのまま還元し、間接的に彼女たちの活動費としたのだろう、と。その額がいずれ尽きることを考えれば夏休み(八月)が終わるまでという期限も不自然ではありませんでした。

 

 星歌(せいか)としては、取り組み自体がライブハウスの相場破壊に繋がるため苦渋の決断でしたが、妹のため。そして妹が立ち上げたバンドを応援してくれているパトロンの有難さを考えてキャンペーンに乗り出したのでした。そこまでは王様が察するところではありませんでしたが。

 

「ほぅ、それは重畳(ちょうじょう)端銀(はぎん)も貴様程度であれば使いようもあろう。それより、だ。ノルマとやらの目途が立ったのであれば、次なる催しの日取りも決まっておろうな?」

 

 頬杖を突きつつ不機嫌そうに瞳を鋭くする王様。もっとも、これはただのポーズでしたが。ひとりが虹夏(にじか)と邂逅した日のライブ、彼はひとりに内緒でそれを観ていましたが、当然気取られないようにしていました。なので、己の居ないところで愉快なことをするなと不満を漏らすフリをし、次のライブには招待しろと言いつけていたのです。

 

 それがいつまで経っても為されない以上、客観的に見て王様は機嫌の一つも損ねて然るべきでしたし、案の定ひとりも疑問には思わなかったようで、気まずそうに目を逸らしました。

 

「そっそれが、お店のオーディションを受けないと出してもらえないらしくて、来週の結果しだい、らしいです……」

 

 初の給料を抱えてルンルンで帰宅したひとりでしたが、そこには多分に現実逃避がありました。店長の星歌(せいか)が結束バンドの四人に給料を渡すと、妹である虹夏(にじか)はそれを手にライブに出演したいと申し出ました。そこでキャンペーンの話がされましたがしかし、ステージには上げられないと言われてしまったのでした。

 

 結局、オーディションで合格すればライブに出演できるということで話はまとまりましたが、ひとりを含むギター二人の実力に難があるという事実を突きつけられて今に至るのです。

 

 王様に報告することで現状を再認識したのか、ひとりの表情には少し焦燥感が浮かんでいました。実力は十二分でしたし、そこに多少の自信はありましたが。結局のところ、バンドのメンバーと肩を並べたとき、それは半分も発揮できては居ないのです。リーダーである虹夏(にじか)やメンバーの中で随一の腕を持つリョウをして、下手だと言われてしまったくらいでした。

 

「……なるほど。さしたる用途もあるまいが、今の貴様にはその端銀(カネ)で遊んでいる余裕なぞないワケだ」

「ふぐっ」

 

 ひとりの表情からある程度の事情を察した王様は、呆れたように彼女を見下ろします。それを受けて、王様から目どころか上半身をぐぎぎと逸らし、ひとりはだらだら汗を流しました。王様を招待するどころか、ライブへの参加すら危ぶまれている現状、どんな折檻をされてもおかしくないと思っていたのです。

 

 プルプルと哀れに震える畜生(つちのこ)を一瞥した王様は失笑し、椅子から立ち上がってはひとりが未だ両手で握っていた封筒を取り上げました。

 

「あっ」

「まぁよい、この程度の紙切れも貴様のような雑種には過分と見える。ゆえにこの(オレ)が一時預かってやろう」

 

「えっ──しょ、しょんなぁ……

 

 人生で初めてのバイト。その対価。ひとりの血と汗と涙の結晶。それを無慈悲に取り上げられ、ひとりは涙目で王様の顔を仰ぎました。さすがの小動物(ひとり)にも1ミクロン程度には反骨心が芽生えたのです。

 

うっ、うぐぅ……

 

 まぁ口答えなど出来るわけもなく、王様に上目遣いで潤んだ瞳を向けるくらいが関の山でしたが。

 

「ふっ。そう愉快な視線を寄越すでないわ、いずれ返してやるとも。しかしそうさなぁ……対人能力(スキル)が幼子にも劣る雑種が、僅かなりとも成長したのだと褒めてやるのは(やぶさか)かではない。それなりの体験をさせてやろうではないか。貴様らに合わせてやれば、(コレ)はチケットと言うヤツよ」

 

 一万円札そのものがチケットってとんな闇イベントなんだ、とは思いましたが。それよりも興味が勝ったひとりは小首をかしげます。

 

「体験、ですか?」

「只人には格別の、だ。比して地を這う貴様(槌の子)とあらば、生涯にただ一度の経験になろうと確約してくれる。そら、表に出るがよい」

 

「あっ、えっ、はっはい」

 

 何に遠慮することもなくスタスタと部屋を出る王様を追って、ひとりも後に続きます。途中で家族とすれ違いビクリとしましたが、ひとりどころか王様にも気づいた様子はなく、無事に家の前の通りに出ることが出来ました。辺りはすっかり闇に包まれています。

 

「あ、あの、いったい何を……?」

 

 おずおずと問いかけるひとりを肩越しに振り返ると、王様はにやりと笑って正面に向き直り──その瞬間、アスファルトに金色の波紋が広がりました。

 

「えっ!?」

 

 驚き後ずさるひとり。同時にまばゆい光が刹那彼女の瞳を焼き、ですがそれもすぐ収まります。ひとりが再び目を開けると。

 

「あっ、えっ。ば、バイク、ですか……?」

 

 そこには月の光を意にも介さず、それ以上の輝きを纏う大型の二輪車が鎮座していました。それもサイドカー付きの。

 

黄金帆船(ヴィマーナ)である。原初の機種(マーントリカ)艦艇(トリプラ)に由来する、(オレ)の思考より機構を調整(カスタム)せし至高の戦車よ」

 

「思考で至高……」

「何ぞ抜かしたか?」

 

「ひっ!? ひぇっ、なななにも言ってましぇん!!」

 

 最近は作詞に悩んでいたひとりは王様の言葉から無意識に韻を踏みましたが、当の王様の耳にはつまらないダジャレ未満でしかありませんでした。

 

 しかし今回はあくまで、王様による未熟な主人(マスター)へのちょっとしたサプライズです。ひとりの失言は聞き流し、ライダースーツが相応しいソレに跨りました。

 

「戯れ言は見逃してやる。そら、乗るが良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あばばばばばばば

 

 数分後、ひとりは空を飛んでいました。

 

 金沢は平潟湾を超え、八景島シーパラダイスを眼下に東京湾へ向けて飛行していたのです。王様が騎乗する黄金のバイク、そのサイドカーの上で。王様のバイクは空飛ぶバイクだったのでした。

 

ひえぇ……

 

 怖いもの見たさで地上に視線を向け、やっぱり後悔するひとり。ジェットコースターはおろかテーマパークのアトラクション経験も皆無に等しい彼女は、吹き付ける風を顔面に浴びながら蒼白の顔で空を見上げました。

 

「わーきれい……人生最後の景色にはピッタリ……」

 

 がくんがくんと揺れる頭は、そして視界は明らかに夜空を捉えてはいませんでした。どうやら死期を悟って今際の言葉をさえずっているようです。それも仕方がないでしょう、肌に風を浴びながらの上空300メートル飛行は、間違いなく彼女の人生において最も死に近しい体験でした。夏といえどジャージで強制夜空の旅は控えめに言って殺人未遂です。

 

「ちっ、惰弱な……そら」

 

 傍らの主人(マスター)の見苦しさにうんざりした様子で、王様は右手に握るアクセルスロットルから親指を離し、セルボタンをポチッと押下します。各装置は現代のバイクであればの名称であり、この黄金帆船(ヴィマーナ)のそれらは全く異なる機能を有していました。例えば、搭乗者に低ランクであれど風除けの加護を付与したり、というものです。

 

「あぅあぅあ──あっ、あれ? なんだか気分が楽に……」

「多少は余裕も戻ったか。そら、もう一度(ひとたび)地上を見るがいい。安心しろ、自ら身投げでもせん限り転落なぞ起こりえん」

 

 有無を言わさない口調の王様にごくりと唾を飲み、ひとりはもう一度視線を眼下へ。そして──。

 

「う、わぁ……っ」

 

 そこに、たくさんの輝きを見ました。夜の帳は下りていましたが、月明かりに照らされて。それが無くとも行き交う車が、連なる家々に灯った温かな光が。まるで夜空を映す水面のように、眩くひとりの瞳に輝きます。

 

 十数秒も目を奪われて、ふとひとりは思い返しました。地上の星々。それらは比喩に過ぎません。であるならば、頭上に瞬く本物に考えが及ぶのは当然のことで。

 

「────」

 

 今度こそ言葉を奪われて、ひとりは大きな光を放つ(まんげつ)を。それに負けないくらいに小さな星々が輝く天上を見ました。

 

 つい先ほど、死に瀕して本能的に口を衝いた言葉は。確かに彼女の奥底に眠る願望を滲ませていたようです。

 

「とっても……とっても、きれい、です。本当に……もし死ぬときも、こんな満天の星を見ながらだったら、きっと幸せな最期ですよね……」

 

 それは月の魔力と、星芒の魔法と言えたでしょう。ひとりに散り際の幸福を想像させるほどに、頭上に描かれた綺羅星は美しかったのです。

 

「戯けが」

 

 そんなひとりの寝言は、やはり王様の一言にバッサリと切り捨てられました。

 

天空(ソラ)に何を見出そうとも雑種の自由よ。しかし、(オレ)に言わせれば全く以て度し難い愚考である。貴様ら凡人がいかに天を思おうとも、手が届かぬ以上ただの光に過ぎん。思い巡らせるのならば地上。大地を見よと(オレ)は言ったのだ」

 

「大地を……」

 

 どこか神聖さを伴って口にされた言葉に。月に、星々に魅入られていたひとりは我に返り、言われるまま再び地上を見やります。空は夜闇に包まれど、やはり大地は小さな明かりが集い、一つの星図を模していました。

 

「貴様が目を奪われた天上の光ではない。ただの輝きではない、ヒトの営みよ。貴様のような雑種が死を思うのであれば、それは闇に差す月明かりの下ではなく。あれらヒカリの中で、貴様の道程(あゆみ)を知る者の元であるべきだろう」

 

 王様の神妙な語り口に、ひとりは頭上と眼下の光を思いました。星空は確かに綺麗で、けれど言われてみればそれらの正体なんて知りようもなくて、手を伸ばすなんて無意味に決まっています。

 

 対して地上の光は、間違いなくそこに誰かが居る証拠で。そして手を伸ばす手段も、その意味もひとりには十分にありました。

 

 いつかこの、眼下に広がる光の一つ一つが。結束バンドのライブに来てくれて、みんながサイリウムやペンライトを振ってくれたら……きっと。自分が目を奪われた満天の空にも劣らない、美しい星々を描いてくれる──。

 

(結束バンドがペンライトとかサイリウムを採用するかは分からないけど……禁止してるアーティストとかライブハウスもあるし……)

 

 なんて現実的な問題にも考えを巡らせてしまい、我ながら台無しだとひとりは苦笑しました。けれど、現実的な問題を考えるほどに、ひとりにとってそれは、いずれ訪れたら幸せだと思えるような未来図だったのです。

 

 王様が言った格別の体験は相違なく。ひとりに得難い経験と、それ以上に価値ある知見を与えてくれました。いつか私も──結束バンド(わたしたち)も。こんな輝きを作り出してみたい、と。

 

「──王様、わたし、がんばります。もっと頑張って、絶対にオーディションに受かってみせます……!」

 

 ひとりは自分をいつだって見守り、そして励ましてくれる使い魔(おうさま)に、この上ない感謝を、誓いを捧げました。

 

「阿呆が、それで事足りると思うなよ? 雑種。審査(オーディション)に受かるなぞ前提にもならん。貴様が考えるべきは舞台に上がった後のことよ。いかにして(オレ)を興じさせるか……つまらん音を聞かせてみろ、その時は手ずからその首へし折ってくれる」

 

ぴ、ぴゃぃ……

 

 けれどやっぱり、ひとりの精一杯の宣誓はぶった切られます。どころか足りないと凄まれる羽目になりました。涙を浮かべて情けなく返事をすると、王様は悪戯っぽく笑みを浮かべました。どうやら発破をかけるための冗談だったようです。

 

(も、もう王様ってばぁ……じょ、冗談だよね? 本気じゃないよねっ? ね!?)

 

 えへえへと笑いつつも心のどこかに、この御方ならやりかねないと畏怖を残し。

 

 それでも、それからしばらくの時間。ひとりは王様とともに夜空の旅を満喫するのでした。

 


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