紡がれる物語はそのときどきのよって違うのですが……嗚呼、今日は貴方もよく知るライオンが登場するようですよ。……おや、そんなに興味津々な顔をして。全く、仕方のない子ですね。いいでしょう、私が読み聞かせてあげます。
――では、紡ぎましょう。これはあるライオンと、ある小鳥の出会いの物語です。
これは、むかしむかしのお話です。……え、ほんの少し前の出来事じゃないかって? 話の腰を折るものではありませんよ、物語のはじまりはそのひとことから始まると古来より決まっているのです。
さて、貴方はカナリアのさえずりを聴いたことはあるでしょうか。歌声の美しい鳥の代名詞とも言える彼らは、まるで繊細なガラスで拵えた鈴を揺らしたような、春に降りそそぐ淡い太陽の光を音に変えたような、そんな美しい声を奏でるのです。
当然のように、彼らの歌声は多くのひとびとを魅了しました。そう、とてもとても強い力をもった魔女さえも……いえ、この話はやめておきましょう、きっとこの後、彼自身が語ってくれるでしょうからね。
彼とは誰かって? おっといけない、彼の話をするにはもうひとつ説明をする必要があるのです。
カナリアに続いて、ミュールのこともお話しておきましょう。ミュールというのは、言わばハーフのカナリアのこと。カナリアに近しい種の雄と、カナリアの雌の間に生まれた鳥のことです。このミュールもまた非常に美しい歌声をもつのですが、交雑種であるせいでしょうか、彼らは一代限り……つまり、生殖能力をもちません。
美しいとされるカナリアの歌は、おもに雄のカナリアの求愛のためのもの。その歌声で雌の気を引き、カナリアは番を得ます。しかしミュールは、美しい歌声をもちながら番をもつことは叶わない。嗚呼、なんと皮肉なことでしょう! ミュールの歌声は美しいですが、ただ美しいだけの無意味な歌に過ぎないのです。……んん? お顔が怖いですね、何かお気に召しませんでしたか?
まあそれはそれとして! そろそろ物語を始めるとしましょうか。
これは、番が存在しないとわかっていながらも諦めきれずに世界を歌い歩くミュールと、ある草原において群れの頂点に立つことが叶わなかったライオンの、その出会いのお話。
ふたりの間に生まれた関係は友情と呼べるほど美しいものなのか、それとももっと違うものなのか。それはどうぞ、この物語を読み終えた貴方がお考えになればよろしいでしょう。
ではどうか、この物語が貴方にとって良き旅路となりますように。
***
物語の舞台は、このツイステッドワンダーランドでも夕焼けの景色の美しさでは随一と謳われる、とある草原。勇敢で心優しい百獣の王が治める、獣人たちの国でした。
その王が住まう宮殿、その片隅に、いかにも怠惰な様子のライオンがひとり。この国の第二王子であるそのライオンは、三秒で眠りにつくのが特技と豪語しているのですが、どうも今宵は目が冴えてしまっているご様子。真夜中もとうに過ぎているというのに、どうしたのでしょう? 悪いものでも食べたのでしょうか。
豪華な天蓋つきのベッドに腰掛け、ライオンはぼんやり窓の外の満月を眺めています。彼はどうも実家が苦手なようですから、はやく自身が通っている全寮制の学園に戻りたいとでも考えているのでしょう。ご存知ですか? 由緒正しき名門校、ナイトレイヴンカレッジ! ……知ってるから続きを早く? 全く、つれないひとですね。
真夜中の静寂のなか、ぴくりとライオンの耳が揺れました。おや、私の耳には聞こえませんが、どうやら彼の聴覚が何かを捉えたようです。緩慢ながら全く音を立てることなくライオンはベッドを下り、そのまま窓からバルコニーへ。夜風にその豊かなたてがみを揺らしながら、夜の闇のその先を睨みつけます。
「……誰だ」
低い唸り声とともに落とされた声。彼の瞳は、まっすぐにその暗闇の先を見つめていました。
そしてその先で、ごち、と痛そうな音。どうやらバルコニーの手すりで、したたかにどこかを打ち付けたようです。あいた、とそれは美しい、柔らかなボーイソプラノが密やかに響きました。
「おや、……ごめんよ。お邪魔するつもりはなかったんだ」
満月の光の下で、たんぽぽのように温かな黄色の髪が輝いて見えます。黒い瞳を涙で潤ませながら、少し赤くなったおでこを撫でていました。
まだ声変わりもする前の年頃の、どこにでもいる少年のように見えました。その背中で揺れている、髪色と同じの美しい翼以外は。
「……ここは小鳥ごときが来ていい場所じゃねえぞ」
「あれ、君はぼくを見ても驚かないんだね」
呆れたように言うライオンの言葉に構わず、小鳥は無邪気にさえずりました。思わずといったように、ライオンの眉間にしわが寄ります。それすらも楽しそうに、おでこをおさえたままの小鳥は笑いました。
「
「……テメェ、カナリアか」
「ううん、ぼくはミュール」
ミュールだよ、と小鳥は繰り返しました。
様々な獣人が住まうツイステッドワンダーランドにおいて、鳥の獣人は実は数が少ないのです。そしてカナリアの獣人はさらに少なく、ミュールに至っては……おそらく、片手の指でも余ることでしょう。
ミュールは痛みを誤魔化すようにおでこをさすりながら、王宮の中でもひときわ高い塔を指さします。
「空を飛んでいたら、あの塔に頭をぶつけて落ちてしまったんだ。どうしてこの王宮は濃い砂の色をしているんだい? もっと明るい色だったらぼくにだって見えたのに」
「まず鳥目のくせに夜に飛ぶんじゃねえよ。馬鹿だろ」
「あ、馬鹿って言ったね! これだけ明るい満月なら大丈夫だと思ったんだよ!」
壁でおでこをぶつけたし、バルコニーの柵でまた頭をぶつけたし、もうさんざんだと癇癪を起こすミュール。衛兵を呼ぶのも馬鹿らしくなったライオンは、小さく息をつきます。彼はどうも、子どもの相手が苦手のようですね。
「見逃してやるからとっとと消えろ」
「何を言っているんだい、今飛んだらまた頭をぶつけてしまうかもしれないじゃないか。夜が明けるまでここにいさせておくれよ」
「普通に厚かましいなテメェ」
「こんな夜中に、まさかぼくみたいないたいけな少年を追い出したりはしないだろう?」
「今すぐ出てけ。さもなきゃ喰うぞ」
ぷく、と頬を膨らませたミュールは、しょうがないなぁと肩に引っ掛けていた袋に手をやりました。ごそごそと中を漁り、取り出したのは使い古されたリュート。よく手入れされている様子のそれは、月の光を浴びてきらりと輝きました。
「しょうがないから歌ってあげる」
「何がしょうがねえんだよ。いらねえ」
「いらない!? このぼくの歌をいらないだって!? どんなカナリアよりも綺麗に歌えるのに?! ぼくの心と矜持はいたく傷ついたよ、絶対に歌うし絶対に聴いてもらうからね!」
「本当に喰ってやろうかチビ」
ぼくみたいな小鳥食べても美味しくないよ、とミュールはリュートを爪弾きます。ぽろん、と零れたその音は、まるで星屑のよう。丁寧に調えられた音が、やさしく夜闇に溶け込んでいきました。
「ぼくはミュールだけど、ぼくの歌はほかのどんなカナリアよりも上手だよ。偉大な魔女たちをも魅了した、金色のカナリアの再来って言われたんだから」
「金色のカナリア? ……ああ、あの昔話か」
「あれは御伽噺じゃなくて、本当にあったことなんだよ。だからぼくたちは、……ぼくは
ライオンが永遠、と聞き返すより先に、ミュールは自慢の喉を震わせました。リュートの波に合わせて、囁きのような歌が風をなぞります。あらゆる優れた楽士の音に慣れたライオンの耳にも、その音の美しさは格別に響きました。この世のすべての美しいものを詰め込んだような、まるで宝箱のような歌声。さすがのライオンも、歌を止めることを忘れて聴き入りました。
彼が歌い始めたのは「金色のカナリア」。ここツイステッドワンダーランドに伝わる、御伽噺です。
金色のカナリアは今日も歌う
それは紅い実が輝く森の中
朝露よりもうつくしく
澄んだ湖よりも清らかで
怒りも哀しみも溶けていく
金色のカナリアは今日も歌う
聞くもの誰もが足を止める
ひとや動物、妖精たちも
とても偉大な魔女たちさえも
その歌声を愛してしまう
金色のカナリアは今日も歌う
偉大な魔女たち考えた
そうだ言葉を与えよう
私たちのすきなうたを歌って頂戴
そうだ手足を与えよう
楽器と一緒に奏でればもっと素敵
そうだ永遠を与えよう
つがうまえの声が一番うつくしい
金色の少年は今日も歌う
楽器を爪弾く永遠の子ども
偉大な魔女たちのなかただひとり
やさしい魔女は憐れんだ
カナリアは歌は求愛の詩
子どものままでは未完成
愛をみつけたそのときは
永遠から解き放たれますよう
金色の少年は今日も歌う
いつか現れる番いのために
運命の番いと結ばれたなら
少年は大人になって声変わり
うつくしい声を失って
真実の愛を得るでしょう
金色の少年は今日も歌う
いつか現れる唯一のために
最後のリュートの音が周囲に響き、夜の静けさが再び息を取り戻してようやく、ライオンははっと我に返りました。息をするのも忘れてしまうような、星屑の音。ミュールの歌は、奏でる音楽は、確かにそれだけの美しさをもっていました。
どうだい、と胸を張るミュールに、ライオンは何だか悔しくなって舌打ちをひとつ。
「聴き惚れたかい? 聴き惚れただろう? 照れることはないよ、なんてったってぼくの歌だからね!」
「うぜぇ」
「素直じゃないライオンだなぁ」
気まぐれにリュートをつま弾きながら、ミュールは笑います。自分の歌がすべてを魅了するだけの美しさがあることをよくわかっているのです。
まあそれはそうでしょう、その奏でる音楽こそ、このミュールにとっての存在意義。それを否定されないために、必死の努力を重ねてきたのでしょうからね。
「ぼくはカナリアの一族の外れものだけれど、それでも一族の誰よりも歌が上手かったんだよ。もう森を出て随分経つけれど、絶対今でもぼくより歌の上手いカナリアはいないね」
「随分とうるせえ鳥だな……」
「囀り、歌うのがぼくらの本分だよ」
自慢げに言うミュールに、意地の悪いライオンは平気な顔で残酷な事実を告げます。
「ミュールに
腐っても王子と言ったところでしょうか、ライオンはミュールという生き物を知っていました。
最初にも言いましたね、交配種であるミュールは生殖能力をもちません。ヒトならばまた違った解釈をするのかもしれませんが、獣の習性を捨てられない獣人にとって《番い》とはすなわち《子をなすための相手》。その能力のないミュールは、決して番いを得ることができないのです。
彼らの歌は、本来愛しい相手に愛を語るためのもの。なのに、肝心のその相手がいない。ミュールの歌は、求愛の意味を成さない無意味な旋律。真に響かせたい相手に届かない歌に、何の意味があるというのでしょう。
美しいのならいいだろうって? そこは貴方、ひとと獣人の価値観の違いというものですよ。彼らにとって、歌とはそういうものなのです。軽々しく自身の価値観でものを言わない方がいいですよ、相手にとってはとてもとても大事な、柔らかい部分かもしれないでしょう?
ライオンの言葉を聞いたミュールは、特に気を悪くした風もなく、凪いだ表情をしていました。
「無神経なライオンだなぁ。カナリアの森では番いが見つからなくて、こうして旅にまで出ているぼくにそんなことを言うなんて」
「テメェの事情なんざ知らねえよ。どんだけ探そうがいねえもんは見つからねえし、どんだけ歌おうが聞かせる相手がいなけりゃ無意味な歌だ」
「ふふ、そうだね、ぼくの『唯一』はたぶんこの世界にはいない。いろんなひとに言われたよ、無意味だ、無駄だ、自分のためにもはやく諦めろって」
彼らの一族は、生まれながらに「永遠」の呪いを受ける「金色のカナリア」の末裔です。ミュールにはアトリの血も混ざっていますが、それでも例外ではありません。
呪いを受けた彼らは、番いと出逢い、真実の愛を見つけるまで永遠におとなになることはできません。ずっとずっと声変わりもせず、永遠の少年のまま。
そして子をなせないミュールには、番いが存在し得ない。つまりミュールは、本当に《永遠》なのです。誰よりも美しい歌声をもちながら、永遠にひとりで歌い続けるだけの小鳥。
かといってミュールも、決して不死なわけでもなく。年老いることはなくとも、傷を負えば血が流れますし、雨に濡れれば風邪だって引きます。永遠を厭うなら、自分でその生に幕をおろすこともできるのです。ええ、やろうと思えば。
しかしこのミュールは、今も《永遠》のなかで歌っているようですね。しかもどうやら、ミュール自身の意志をもって。
ミュールが露ほども揺らがないのを薄気味悪く思いながら、ライオンはさらに言葉を重ねました。それは、剣でもって敵を切り捨てるような、容赦のない言葉でした。
「ああ、無様だな。無駄な悪あがきだってのに、わざわざご苦労なこった」
そう、吐き捨てたライオン。……しかし、さて、その言葉の行き先は、果たしてミュールなのか自分自身なのか。幾度となく自身に投げかけただろう言葉を口にしたライオンに、ミュールはくすり、と小さく囀りを零します。
そこにあったのは、明確な嘲笑でした。
「きみ、意外とつまらないライオンだね」
「……あ?」
ライオンの鋭い眼光を正面から受け止めたミュールは、それでも泰然と微笑みます。それは、空高く飛んだ鳥が遙か高みから地上を見下ろしているかのような微笑みでした。
「きみは、自分の行いのすべてに、それらしい理屈がいるのかい?」
それは何て、窮屈なことだろうね。
その言葉を聞いたライオンの瞳が、僅かに、けれど確かに揺らぎました。
「いいじゃないか、無意味も無駄も。ぼくはぼくの『唯一』が存在しようがしまいが、『永遠』に飽きるまで探してみようというだけだよ。ぼくがそうしたいからそうするんだ、誰にも口出しはさせないさ」
それの何が悪いんだと、ミュールは自慢の喉を震わせます。
ライオンの胸の奥で、何かが小さく燻りました。それはちくり、ちくりと確かな存在感を示しますが、ライオンはその主張に気付かない振りをしながら、大きく息をつきました。
いかにも呆れ果てたという様子で、ライオンは牙の隙間から言葉を絞り出します。
「……ただのガキの言い分じゃねえか」
その言葉に、ミュールはあははっと声を上げて笑います。それは子どもらしい、ひどくはしゃいだような笑い声でした。
「いいんだよ、だってぼく子どもだもの」
「……お前は『永遠の子ども』なんだろ。本当はいくつだよ」
その言葉を聞いたミュールはにっこり笑顔を作り、可愛らしく首を傾げます。
「きみの十倍くらいは生きてるかなぁ」
ジジイじゃねえか、と半目で言うライオンに、じゃあ君は赤ちゃんだね、ミュールは満面の笑み。
唸り声をあげようとするライオンを、ミュールはリュートの音で制します。ぽろん、ぽろんと零れ落ちるその音色はライオンの怒りを溶かしてしまう力をもっているようで、ライオンは眉間に皺を寄せながらも、何故だか牙を見せて唸ることができません。
ふとミュールは空を見上げ、随分傾いてきた月を見つめました。おっと、と声を上げてまたライオンに顔を向けます。
「嗚呼、ぼくの十分の一しか生きていない赤ちゃんライオンに随分遅くまで付き合わせてしまったね。さすがのばぶちゃんもいい加減おねむだろう? そろそろおやすみよ、ぼくが子守歌を歌ってあげるから」
「その喉食い千切られたいのか?」
「わあ、冗談でもやめておくれ。ぼくの歌が聴けなくなったら君だって哀しいだろう」
何を決めつけてんだテメェと威嚇するライオンを追い立てるように、ミュールはリュートを爪弾く指を早めました。
「ほら、ベッドにお戻り。いいこだから」
明日も公務があるのだろう、とその言葉に、ライオンはぴくりと耳を揺らします。その様子に、今さら何をと言わんばかりにミュールは肩をすくめました。それでもリュートを奏でる指には、わずかの狂いもありません。
「わかるさ。君えらそうだもの」
「偉そうじゃねえ、偉いんだよ」
「ふふ、そうだね、第二王子のばぶちゃんレオナ」
「……小鳥じゃ食いではなさそうだが、夜食にはちょうどいいかもな」
「冗談の通じないところがばぶちゃんなんだよ?」
「本気で哀れむように言うんじゃねえ」
ライオンは舌打ちをして、たてがみを荒っぽく掻きながらバルコニーにすとんと座りました。そしてそのまま、腕を枕に横になります。
おやおや、どうやらそのままそこで眠るつもりのようですね? まあ何とかは風邪をひかないと言いますし、夕焼けの草原の気候は比較的温暖です。丈夫なライオンなら一晩くらい大丈夫でしょう。
くあ、と大口で欠伸をしたライオンに、ミュートは呆れたように声をかけます。
「ここで眠る気かい? すぐそこに柔らかいベッドがあるだろうに」
「どこで寝ようが俺の勝手だ」
「まあ、確かに。……いいよ、それじゃあ歌おうか」
そしてミュールはまた、自慢の歌を響かせます。
星屑のように歌い奏でるは、ツイステッドワンダーランドでは誰もが知る子守歌。爪弾くリュートは耳に心地よく、歌声は見えない掌となってライオンのたてがみを優しく撫でていきます。
ゆるり、ゆるりと眠りの世界へ誘われたライオンは、いつのまにか深く深く、夜の闇へ沈んでいったのでした。
*
その、翌朝のこと。
バルコニーに差し込んだ朝日の眩しさに起こされたライオンは、ゆっくりと目を開きます。むくりと起き上がり、よく寝たとばかりに伸びをひとつ。堅い床で眠ったというのに、まるで堪えていないようですね。これが若さでしょうか。
すん、と鼻を鳴らし、周囲を探るように耳が動きます。どうやらもう、あのミュールは飛び立ったようですね。
「……ふん」
ライオンも別に、ミュールに何か言いたいことがあったわけではありませんでした。別れを惜しみたいとも、ましてやその歌声に褒美をやろうとも思いません。
ただ、そう、あの無礼で生意気で、そのくせどこか達観したようなミュールの、あの黄色い翼が大きく羽ばたくところが見てみたかったのかもしれません。朝の光と同じ色をした翼が夜明けとともに飛び立つ光景は、きっととても美しかったことでしょう。
ふと、ライオンは自分の手の中に何か柔らかいものが握られていることに気付きました。そっと手を開いてみると、そこにはたんぽぽ色の風切り羽。
夜半の出会いが夢ではなかったという証明が、そこにはありました。
「…………」
ライオンは、その羽をしげしげと見つめ、そしてぽいっとその辺に放り捨てました。せっかく残してくれたものを捨ててしまうなんて、何て薄情なライオン! ……なんて言ってみましたが、ええ、きっとそれでいいのでしょう。
真夜中も過ぎた王宮での、王子たるライオンと吟遊詩人ミュールの出会い。ロマンスでも始まりそうな物語ですが、だからこそ、その証なんて存在する必要はないのです。だってこれ、ロマンスじゃありませんからね。そういうのはどこかのハッピーエンドにでも任せておけば良いのです。
ライオンは大きな欠伸をして、だるそうに自身の部屋へと戻っていきます。どうせ今度は自分のベッドで寝なおすつもりなのでしょう。
そしてまた目が覚めれば、またライオンの退屈で忌々しい日常が訪れるのです。
***
そしてこの後、ライオンは何を考えてか一念発起、自身が通う学園の中で一波乱起こすのですが、これまた上手くいきません。せっかく腹心のハイエナや、彼を慕うたくさんの獣人たちが手を尽くしてくれたのに、彼ときたら上手くいかないとわかった途端に拗ねてしまいましてね、まったく困ったものです。
それでライオンはどうしたって? どうもしていませんよ、彼自身に変化があったわけでもなく、事態が好転したわけでもなく……まあ無意味なあがきだったのでしょうね。しかしそこはそれ、無意味だって良いのですよ。生きとし生けるもののすべてに意味や意義が存在するなんて、何とも思い上がったことだと思いませんか?
所詮私たちは世界の道草、時間の気まぐれ、何の因果か生まれてしまった刹那の生命。無意味なものだからこそ、気の向くまま風のまま、好きなように在れば良いのです。
……え、御託はいいから続きをはやく? はいはい、今ページをめくりますよ、まったくせっかちさんですねぇ……おや? これはすみません、この先のページは真っ白です。嘘ではありませんよ、ほら。どうやらこの物語、「めでたし、めでたし」にはまだ遠いようです。
このミュールとライオンが再びどこかで相まみえることがあれば、きっとこの魔法の絵本が続きを映し出すことでしょう。そう、これはそういう魔法がかかった、とてもとても貴重な絵本なのです。
続きが気になるのであれば、この白紙のページに続きが浮かんできたときにはまた、特別に貴方に読み聞かせてさしあげますよ。ええ、正直面倒ですが、遠慮することはありません。
――私、とっても優しいので。
支部より移動です。
わりと気に入っています。