2058年6月5日 PM.20時00分
東京、そこは日が沈んでもビルや歓楽街の灯りが輝き、表向きは闇を知らない都市だ。そんな都市のある建物の地下で、オークションが行われていた。深夜に地下で行われているオークションだ。もちろんまともな訳がない。
客である上流階級の人間たちは全員が仮面で顔を隠し、誰が誰なのかが分からないようにしてある。
「ようこそ紳士淑女の皆様。さあ、これより魔族オークションの方に移らせていただきます!」
スーツを着こなし、ステージの上に立ち司会を勤めている男は人間ではくオークと呼ばれる緑色の皮膚を持ち、人間よりも大きな体が特徴的な魔族だ。
「最初は人狼族の美しいメスです! 性処理に使うのはもちろん! 高い戦闘力も持っていますので護衛としても役立ちます!」
そう言うと、裏から人狼族の女が連れられてくる。司会のオークが言うとおり、中々の美貌の持ち主だ。
「おお、なんと美しい!」
「それに、あの完璧なスタイル!」
「なんて綺麗な顔…ああ…私が直々に愛でてあげたいわぁ」
「この人狼族は400万からです!」
後ろの席の客たちは人狼族の女を自分のものにしようと競り合いをしているが、前の席に座っている上流の中でも更に上に階級の客たちは見向きもしていなかった。
「ふん…こんな、どこにでもいる人狼族に400万も出せるものか」
「おや、もしかしてあなたも目星は例の魔族ですか?」
「その通りだ。噂で聞いただけだがどうやらちゃんと入荷しているようだな」
「実は私もその魔族が欲しくてですねぇ。何でもヴァンパイアとサキュバスのハーフなんだとか」
「ふふ、実際に見るのが楽しみだ」
本物の上流階級の客たちの欲しい奴隷は一緒らしく、この後も続く他の奴隷たちには目もくれずに出てくる酒を楽しんだ。
オークションが始まり小一時間程の時が経った頃だ。
「さぁ、次は…」
司会のオークが次の奴隷を紹介しようとした時…
バァン!!
「「「「っ!?」」」」
地下室の大扉を豪快に蹴り破り、二人の人間が入ってくる。客たちは一瞬、軍警が自分たちを捕まえに来たのかと警戒したがすぐに違うと分かる。
入ってきた二人のうちの男の方は白い半袖シャツの上に黒い半袖のミリタリージャケットを着て、下はジーパンというラフな格好だが顔はフードと黒いスカルマスクで隠され目しか見えない。
両手にはシングルアクションアーミーを改造した物騒なものが握られ、腰には曲刃が付いたワイヤーと各種弾丸がこめられたチェーン、マカロフ拳銃が入ったホルスターが二つ付いている。
もう一人の女の方は、白いファー付きのフード付きの黒いロングコートを着ており、下を黒いホットパンツと黒いニーソックス、男と違って顔は一切隠しておらずその美しい水色の髪と美貌が分かる。腰には赤い鞘がかけられており、それが日本刀なのは誰が見ても明らかだ。
そんな二人の唯一の共通点、それは左上腕に付けられた、赤い十字架に黒蛇が巻き付いている血液銀行の取立人を表す「黒赤十字」の腕章だ。
「へぇ…随分と楽しそうじゃないか」
「盛り上がっているところを邪魔しちゃって悪いわね」
客たちは二人を見て困惑の声を上げ始める。
「け、血銀の取立人だと」
「あの特徴的な目と銃は…綾瀬《あやせ》 詩音《しおん》か!」
「あの『魔弾の射手』だと…ということは隣の女は…」
「一ノ瀬《いちのせ》 高嶺《たかね》…『死の刃』だ」
裏社会に関わりのある者なら誰もが知っているであろう、血液銀行の刃とも呼ばれている取立人がこのオークション会場に来たということは、誰かが血液銀行から借金をしているということだ。しかも、破産宣告をされる程の金額というわけだ。
客たちは一体誰が借金をしているのかと周囲を見るが、全員が同じような反応をしている。
「説明助かるよ。ほら、今日のお楽しみはもう終わりだ。客は早く出て行きな」
「い、いいのか? 我々の中に債務者がいるんじゃ…」
「あはは、冗談言うなよ。いたらとっくに殺してる」
無機質な右目に対して左目は笑っている詩音を見てオークション会場にいた客全員が恐怖を覚える。
「私たちの目当てはそこのオークなの。あなた達に用はないわ」
「それに、どうやら血液銀行が贔屓にしている奴もいそうだからな…ほら、黙っててやるからとっとと行け」
上流階級の人間といえど、血液銀行の取立人とは敵対できない。それ程に血液銀行は影響力があるのだ。それに、この二人を敵に回すことは自殺を意味する。
客たちは急いで二人の横を通り地下室から出て行く。
「くそ…例の奴隷が…」
「この為に予定を削ったというのに…余計なことを」
一部の客たちは出て行く際に二人に文句を言う。
まったく…もう少しまともな金の使い方をしたらどうだ。一応、奴隷売買は違法行為なんだぞ。
「さて…」
客が全員居なくなったことを確認してからオークの方へと視線を移す。
「久しぶりだね。一年ぶりだったかな? 何の音沙汰も無く急に消えるから心配したんだぜ? でも、ようやく会えた。感動の再会ってわけだな」
「な、なんで…お前らが…」
「んー? そりゃあ、貸した金を返してもらう為に来たんだけど?」
ポケットから誓約書と借用書を取り出し、オークに見せつける。
「返済期限はとっくに過ぎてるんだよ。今、ここで払うか破産するか選びな」
「といっても、あなたが借りたお金は元が大きいから。利息と合わさってとんでもない金額になってるけどね」
オークにとっては最悪なタイミングだろう。奴隷を供給したため残っている金が僅かだからだ。といっても、オークは返済する気は一切ない。このオークションが終わった後は国外に逃げる予定だったのだ。
「くっ…そ、そうだ! あんたらは魔族の血が欲しいんだろ? ここにいる奴隷を代わりに差し出す! なんなら全部やるから借金はチャラにしてくれよ!」
「ダメダメ、この魔族たちは血液銀行から金を借りていないんだから。俺たちに彼らの血を奪う権利はないよ」
「連帯保証人なら別だけど…見たところその魔族たちが保証人には見えないわ」
「払えないならお前の血をもらうけど」
「くそ…おい、あんたらの出番だぞ!」
金も無ければ、奴隷たちを身代わりにもできない詰んだ状況となったオークが大声をあげると、隠れていた護衛たちが拳銃やサブマシンガンを持ってぞろぞろと現れる。
気配は感じていたが…まさか人間の護衛とはな。
「へへ、ここの出入り口はそこ一つだけだ。逃げ場はねえぜ」
自分たちが来た出入り口の方を見ると、既に護衛の男たちによって塞がれていた。もともと逃げる気もないが。
「全員銃持ち…相手はよろしくね」
「はぁ…自分の身は守れるな?」
「当然よ」
「俺は今からお前らを殺す。だが恨むなよ」
両手のChainSAAのハンマーを下ろし、二挺拳銃戦闘術《トゥーハンド・コンバット》の構えをとる。
「殺していいのは…殺される覚悟がある奴だけなんだからよ」