相手の退路を塞いで包囲し、人数でも圧倒的有利な状況なのにも関わらず護衛たちは銃の引き金にかけている指を引けずにいた。
二人の取立人から感じるオーラとでも言えばいいのか。少なくとも彼らは自分たちが引き金の指を引いた瞬間、命は無いという確信は持てていた。
一秒一秒が長く流れるように感じ、両方とも動かないその光景は時が止まったようにも見えるだろう。そんな状況に痺れを切らした雇い主のオークがこの場の空気を壊す。
「何をしているんだ! 早く殺せぇ!!」
「っ!」
その声に驚いた護衛のひとりが思わず構えていた拳銃の引き金を引いてしまう。
空気を切り裂く乾いた音が鳴り響き、弾丸が詩音に向かって発射される。
「がっ!」
放たれた弾丸が当たり、呻き声が部屋に響くがその声の宿主は詩音でも高嶺でもない。
弾丸に当たって呻き声をあげたのは自分の隣にいた仲間だ。
「…へ?」
周りの仲間どころか撃った本人も理解できないだろう。自分は目の前の青年に対して撃ったはずだ。照準がズレて向こう側にいる仲間に誤射するのはまだ分かるが、隣にいる仲間に当たる筈がない。
これこそ、魔眼「
「終わりだな」
護衛の視線や注意が倒れた仲間に向いた瞬間、今まで微動だにしていなかった詩音が両手の
「しまっ…!」
ひとりの護衛が声を上げようとしたが、その声は銃声によってかき消される。
ひとりを仕留め立て続けに次の標的に銃口を向けて素早く引き金を引き、ハンマーを下ろす。正面、背後、左右へと常人ではないスピードでそして無駄なく獲物を動かし敵を仕留めていく。
「なっ…バ、バカな!?」
オークは信じられないといった驚きの表情を浮かべた後、すぐに絶望の表情へと変わる。出入り口は塞がれ雇った護衛は全滅、自身に戦う術はない。
そうなると、もはや出来ることは必死の命乞いか殺されるのを待つだけだ。
「二秒…相変わらずの腕ね。たった一秒で五人も殺せる人間はこの世であんただけじゃないの?」
「それって褒めてるのか? お前も影分身を使えばやれるだろ」
「まあねぇ…そうだ、あんたが影分身を使えればもっと強くなるんじゃないの? 今度教えてあげましょうか?」
「これ以上詰め込んだら俺の脳がパンクする。ただでさえ、
い、今のうちに…
二人が話している間にオークがこっそりと護衛の銃を拾おうとする。
「おい…」
「ひっ!」
「遊びは終わりだ…お前の血を貰うぞ」
「まっ、まって…かひゅ……??」
血液採取用拳銃の二つある引き金のうちの一つを引くと、銃口から管がついたカエシ付きの翼状針が発射されオークの喉にささる。
もう一方の引き金を引くと、凄まじい勢いで吸血を行う。吸われた血液は管を通り拳銃の中でろ過され、再び管を通り腰に付いている、可逆圧縮式血納タンクへと吸収されていく。このタンクは魔族の血で作られており、容積以上の血を収納する事が可能だ。
「ひ、ひぎゃあああ!! やめて! やめてくれええ!!」
オークは必死になって翼状針を抜こうとするが、針に付いたカエシが邪魔をする。むしろ力づくで抜こうとしたことで、カエシが首の肉をえぐり、更なる痛みを与えるだけだ。
「あ゛ぁああ゛ぁ……ぁ………」
全ての血を吸い尽くされたオークはその場に倒れ、絶命する。
引き金を引いて翼状針を抜き、血液採取用拳銃を回転させながら戻す。
「
これで今日は五件目か…こうも働きっぱなしだと疲れるな。
「ねえ、これ見てみなさいよ」
「なんだ?」
高嶺が殺した護衛が持っていた拳銃を渡してくる。特段変わったところはないが、拳銃のスライド部分に「H.R.F」という三文字のアルファベットが彫られていた。
「こいつら人革戦の人間よ」
「魔族嫌いの連中がオークの護衛か…」
「オークは自分を襲わない代わりに、金を払い守ってもらう。人革戦はオークから貰った金で武器を買う…大方こんな感じかしら」
「だろうな…っと本部に連絡しなきゃ」
携帯を取り出して、血液銀行の取立部門へと連絡を行う。
「よお、予定通りにはいかなかったけど破産宣告は完了したぞ」
『ご苦労。何か想定外のことが起きたのか』
「護衛に人革戦の連中がついていた」
『そうか…最近、静かになってきたと思っていたんだがな。ドブネズミのごとく裏でこそこそと動き回っていたか。よし、その場に人革戦の情報がないか確認してくれ』
めんどくさ。勤務時間はとっくに過ぎてるのにサービス残業はごめんだ。
「…残業代はきっちり払えよ」
「…有効な情報を持ってきたらな。それと、そこにいる魔族たちは解放してやれ」
「りょーかい」
通話をきり、携帯をポケットにしまう。
「じゃあ、私は情報を探してくるわ」
「ああ、頼んだ」
情報集めは高嶺に任せて奴隷を解放しにいくか。
ステージ裏に行くと、そこには鎖や手錠で繋がれ檻に入れられた魔族が大勢いた。
「ひぃっ!」
「安心しろ。俺は味方…じゃないけど、お前らを解放しにきただけだ」
奴隷たちが入っている檻を解錠し、鎖や手錠をワイヤーの先に付いた曲刃で破壊し自由にさせる。その作業を繰り返していくうちに魔族の姿も見あたらなくなった。
これでもう終わりかな…ん? まだいたのか?
部屋の奥に一つだけ他より大きな檻があった。てっきり大勢の魔族がいると思ったが中にいたのはひとりだけだ。奥の方にいて暗くてよく見えないが、影からしてうずくまっているのだろう。
「おーい、助けにきたぞ」
声をかけると影が立ち上がり、ひたひたという足音を立てながら近づいてくる。
檻の入り口に近づいて来たため、その全容が明らかになった。そいつは、どんな男もイチコロに堕とすことができそうな少し幼さが残った美貌と凹凸のハッキリとしたボディを持った同じくらいの年齢の女魔族だった。先っぽがハートマークの尻尾が生え、丹田辺りに淫紋があるので恐らくサキュヴァスだろう。
オークションに目玉商品だったのか。服は秘部しか隠せていない。娼館の踊り子が来ていそうなものだった。
さっきの客が言ってた例の奴隷はこいつのことか。
「…あなた…は…」
「成り行きで助けにきたんだ。とりあえず、この建物から出て行きな」
檻の鍵を開けて扉を開けた瞬間…
ガプチュ!
「…はっ?」
その女魔族はフードを剥ぎ取り、スカルマスクをずらして首元に噛みついてきた。