遅いわね…そんなに、奴隷が沢山いるの。でも、さっきまではこの扉から奴隷が出てきたけど今は出てこない。
先に地下室から出ていた高嶺はかなりの時間が経っても出てこない詩音に何かあったのかと不安に感じていた。
罠や伏兵でもあったのかしら…でも、あいつがそんなのに遅れをとるとは思えないし戦闘があったにしては静かすぎる。
「どうします…突入しますか?」
後ろに控えていたB.B.S.Sの隊長が高嶺に意見を言う。隊員たちもフルカスタムされたドイツ製自動小銃のHK416Cやイタリア製散弾銃のベネリM4などを構え戦闘準備万端といった感じだ。
更に後ろにはガトリングを構えた重装甲兵が待機していた。端から見れば、殺すことしか考えていない集団だろう。
「あと五分待ちましょう」
「了解……大丈夫でしょうか」
「ひどく心配するのね」
「私含め、この隊の全員が彼に命を助けて頂いていますから」
「…そう」
部下と共に帰りを待っていると扉が開く。
「待たせたな」
「遅い。どれだけ待たせてんのよ」
高嶺が軽く詩音の頭を叩く。その様子から、二人が信頼しあっているのが分かる。
「悪かったて」
「まったく…ん? その女は?」
高嶺が詩音の手を掴んでいたぼろ布を纏ったシルヴィに気づく。
さすがに、あのままの格好で歩かせる訳にはいかないと思った詩音は、落ちていた他の奴隷のぼろ布を被せたのだ。
何こいつ…何で詩音の手を掴んでんのよ。
「連れて帰る」
「…は?」
「ほら、お前らも帰るぞ」
「は、はい」
疑問を口にせず部下たちは急いで帰りの支度をしたり、車のエンジンをかけたりと自分たちの作業に移る。
「待ちなさい。あんた正気なの?」
「ああ、正気だ。こいつは八雲の情報を持っていたから連れて帰る」
「…ふざけないで、そんか勝手を総轄や上層部が許すと思ってるの?」
「俺はこいつに血を吸わせた。つまり、俺の眷属になった。人魔協定の基づいて俺はこいつを保護する義務がある」
魔族と人類の間で定められた協定である人魔協定第4条、主人が必要である魔族が人間の眷属になった場合、人間は魔族を保護する義務がある。詩音はこのことを言っているのだろう。
「なっ、あんた何でそんなことを!?」
「続きは車の中で話そう。早く報告して帰りたいんだ」
隊員たちは装甲車にそれぞれ乗り、高嶺と詩音はシルヴィを挟むように黒塗りの装甲化された車に乗る。
「ドライバー、このまま本社に直行だ」
「はい」
詩音の言葉に応じた運転手は車を血液銀行本社がある、東京湾沿岸の人工島へと向かわせる。
「それで…本当は何なの?」
「…この女…シルヴィがいきなり噛み付いてきた。だから、俺が主人らしい」
「了承なしでの主従関係は違法よ。あんたがその女を保護する義務はないわ。その女は豚箱にぶち込むべきよ」
高嶺の言うとおり、互いの了承なしでの主従関係は違法行為だ。魔族、人間どちらにも人生を狂わせた罰として本来なら重罪がかせられる。
「いや…事後とはいえ俺は主人であることを認めた。俺にはシルヴィを守る義務がある」
「…どうしてそこまでこだわるの」
「…さっきも言ったが、シルヴィは八雲の情報を持っている重要な存在なんだ」
「あんたにとってはね…血液銀行は既にあんたが第二の英雄としているわ。それに、その女は私たち取立人を殺そうとする魔独派の可能性もあるのよ」
「なっ、わ…私はそんな…ひっ!?」
自分が犯罪組織の魔族と疑われていることに不安を感じだのだろう。シルヴィが反論しようとするが、高嶺に採血用短刀を首もとに当てられる。
「黙りなさい」
「やめろ、シルヴィは善良な魔族だ。俺たちの敵じゃない」
高嶺はだまったまま短刀を納めるが、いまだにシルヴィを見る目は獲物を殺そうとするハンターの目だ。
「上層部と総轄はどうするの」
「説得する。血液銀行も俺を失いたくはないだろうから、ある程度のわがままは聞いてくれるさ」
「…はぁ…私もある程度は手伝うわ」
「助かる。ドライバー、今の話だが…」
「…私はクラクションがうるさくて何も聞こえませんでした」
「そうか、ならいい」
高嶺もこのドライバーも長年の仲だ。きっと下手なことはしないだろう。
「わ、私は…」
「シルヴィは俺のそばで黙って突っ立てな。それが最良だ」
そんなことを話していると人工島が見えてくる。近未来的な白いビル群があり、島の中央には「血液銀行」と書かれた巨大なビルがそびえ立っている。
橋の検問所で確認を終えて車は人工島の中へと入る。無人で走るバス、警備用の戦闘ロボ、最新の設備が備えられた島は魔界しか知らなかったシルヴィの目を奪った。
「す、凄いですね」
「まあ、莫大な金をかけて作られたからな」
「それと…魔族の血ね」
高嶺の言葉を聞いて、シルヴィの表情が暗くなる。
だ、大丈夫なのかな…友だちから血液銀行は魔族の血を命ごと奪う冷酷な会社って聞いたけど…もしかして私も…
「…安心しろ」
「え?」
「言ったろ? 俺が助けてやるって」
「…うん」
その言葉に安心したのか、シルヴィは詩音の腕を掴み肩に寄りかかる。
その様子を高嶺は冷たい殺意の籠もった目で見ていた。