ブラッド&カース   作:パン粥

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報告

 

 血液銀行取立課の総轄の部屋、そこに五人の人間がいた。詩音、高嶺、シルヴィ、そして全ての取立人を指揮する総轄の立場に位置する人物、芭蕉《ばしょう》と彼の秘書だ。

 部屋の雰囲気は明るくなく、むしろいるだけで気分が悪くなるほど居心地は最悪と言っていい。

 

「…もう一度、言ってもらっていいか?」

 

「シルヴィは俺の眷属になった。身元を確かめるものが必要だから社員証をくれ」

 

「…詩音…てめぇ、そんな勝手が許されると思ってんのかゴラァ!!」

 

 芭蕉は拳で机を叩く。その様子を見て詩音と高嶺は微動だにしなかったが、シルヴィはその剣幕と音に驚いて詩音の後ろに隠れてしまう。

 

「そう怒るな。カルシウム足りてるか?」

 

「うるせぇ! 毎日牛乳飲んでるわ!」

 

(突っ込むところそこなのね)

 

「ってそこじゃねえ! 俺が頼んだのは奴隷の解放と人革戦の情報だ! 女魔族を連れてこいなんて誰が言ったぁ!」

 

「だーかーら、ついうっかり眷属にしちまったんだって。人魔共栄を掲げる俺たちが人魔協定を破るわけにはいかないだろ?」

 

「私たちは今まで文句も言わず、全ての取立をこなしてきたわ。お願いの一つくらい聞きなさいよ」

 

 芭蕉は頭を抱えてうなだれる。本来なら上司として仕事を確実にこなしてきた部下の願い事の一つや二つは叶えるべきなのだが、その一つの願いがデカすぎるのだ。

 さすがに自分の判断でシルヴィに対して勝手に社員証を出すわけにもいかないが、そのまま見捨てても人魔協定違反として罰せられる。

 

「その願い事が俺の判断できる範囲を越えてんだよ……あー、くそくそ! とりあえず上層部に報告するから少し待ってろ!」

 

「残業代は?」

 

「ちゃんと出す!」

 

 芭蕉は荒ぶる気持ちを抑えながら電話の受話器を取り、上層部の上司へと報告する。

 

「私です…ええ、取立は問題なく進んでいます。しかし、少し問題がありまして…家の者の一人が眷属をつくってしまいその眷属の証明書となる社員証を求めているんです…」

 

 芭蕉の顔色からして、向こうから怒鳴られているか冷たい対応をされているのだろう。

 

「その取立人をクビにしろ? 失礼ですが眷属を持ってきた取立人は綾瀬詩音ですよ」

 

 詩音の名前を出した瞬間、会話が止まる。上層部もまさか血液銀行に忠実な詩音が眷属をつくってくるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「…ええ…今この場にいますが……わかりました…」

 

 芭蕉は神妙な顔つきをしながら受話器を置く。

 

「なんだって?」

 

「…協議するから少し待てだと」

 

「そうか、ならその間にまともな服をシルヴィに着せてやってくれないか」

 

 さすがにずっとこのままの格好は可哀想だからな。まともな服を着せてやりたい。

 

「はぁ…秘書官、すまないが彼女に服を」

 

「わかりました。どうぞ、こちらに」

 

「あっ、はい」

 

 シルヴィは秘書に連れられ部屋を出る。それを確認してから、芭蕉は灰皿と煙草を取り出して火を付ける。

 

「ニコチンは身体に悪いぞ」

 

「うるせえよ。こちとら、これがなきゃストレスで死んじまう…それよりもあの女魔族は大丈夫なのか?」

 

「ああ、体調は万全だそうだ。食事もちゃんと与えられていたらしい」

 

「そうじゃねえ、あいつの正体だよ。実は魔独派の奴とかじゃねえのか?」

 

 魔独派は厄介ではないが面倒くさい連中だ。業務妨害はもちろんのこと、取立人の命を狙ったテロすら起こそうとする連中だ。

 人革戦同様、軍警とB.B.S.Sの掃討作戦によって最近はある程度大人しくなったがいまだに壊滅させられないのが実情だ。

 

「それは私も思うわ。自爆覚悟であなたを殺そうとしにきたかもしれないのよ」

 

 事実、過去に自爆テロなのかこの人工島にトラックで突っ込もうとしてきた魔独派の連中がいたのだ。その時は、警備員と警備ロボによって蜂の巣にされたが。

 

「高嶺、そんなことがあいつにできると思うか? あれが演技ならきっとシルヴィは女優としてやっていけるぜ」

 

「妙に奴の肩を持つじゃないか。あの女魔族に惚れでもしたか? ん?」

 

「ああ、惚れたね…シルヴィ無しじゃ生きられないかもな」

 

 そんな冗談を言っていると、シルヴィが秘書と共に戻ってくる。元着ていた踊り子のような服から白と黒を基調としたバッグパーカーとズボンへと身を包んでいるが、胸の部分のチャックがはちきれそうだ。

 

「えっと…戻りました」

 

「んー、もう少し大きいのなかったのか?」

 

「これが一番大きいサイズです」

 

 仕方ないか。でも、これだと周囲の視線がなぁ…ちょっ、高嶺さん何でそんなに睨んでるんですか。

 

「まあ、仕方ないだろ…っと電話か」

 

 ちょうど良いタイミングで電話がなる。上層部のシルヴィと詩音への対処が決まったのだろう。吉報を期待してるんだが…いけるかな?

 

「はい……はっ? いや、ですが…わ、わかりました…詩音…」

 

「何だよ」

 

「シルヴィと共に最上階へ行け」

 

「最上階…ちょっと待てまさか…」

 

「ハイテーブルがお呼びだ」

 

「…まじかよ」

 

 何でハイテーブルがここで出てくる。そこまで大きな問題なのか? それとも、シルヴィに何か問題があるのか?

 

「…報告書は私がまとめてあげるから早く行きなさい。ハイテーブルを待たせるのは、さすがにマズいわ」

 

「すまん助かる。シルヴィ、行くぞ」

 

「う、うん」

 

 シルヴィを引き連れて急いで部屋から出て廊下を進み、エレベーターに乗り込む。

 最上階のボタンを押した後、気持ちを落ち着かせるために手を動かしたくなった俺は最上階に着くまでChainSAAの銃口を専用の布で掃除し始める。

 

「ね、ねえ…ハイテーブルって?」

 

 シルヴィが不安そうな表情を浮かべながら聞いてくる。

 

「血液銀行のトップ…この国の…いや、世界の経済を動かしている連中さ」


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