自分の書いたゲーム転生小説の主人公に成り代わってしまった主人公の話 作:ぱgood(パグ最かわ)
前回の話の終盤の部分を少し修正しました。
話に大きく関わってくるかと言われると微妙ですが、見て頂けると幸いです。
勿論強制はできませんが(汗)
☆☆☆
体が重い、瞼が重い。
それでも現状を確認するために、瞼をゆっくりと開けていく。
一体何をしていたんだったか………。
そう思いながら、俺は周りを見渡す。
麗と弓弦が心配そうにこちらを見ている。
カルミアが安心したように息を吐く。
そして、
「才君大丈夫‼」
そうだった。
俺はこの人と戦っていたんだ。
それで、勝敗は……………いや、聞くまでもないか。
「……ええ、何とか、無事です。」
俺は信濃さんを安心させるために体を起こし、微笑みかける。
にしても、最後に受けた攻撃、いや、俺の≪ジェネリックシールド≫を割ったあの技は凄まじいものがあった。
恐らく、初めからあの技を使われていたら、勝負にならなかっただろう。
いや、それだけではない。仮に信濃さんが使ったあの衝撃波の攻撃や《土球》を使われ続ければ俺は防戦一方になっていただろう。
「う~ん、ほんとにごめんね?勇利さん基準で考えてたから………」
「ははは、父はそれだけ強かったんですね。」
「うん‼魔法も勿論凄かったけど、剣術と体術が物凄く強かったんだよ‼」
「へ~、そうだったんですか。俺、親父が戦ってる姿なんて見たことないから知りませんでした。」
「そうなの⁉もし良かったら私、いっぱいお話しするよ‼」
「ははは、ありがとうございます。今度聞かせてください。」
俺は曖昧に笑いながら信濃さんにそう告げた。正直な話、親父の話に興味がないわけでは無い。
むしろ、じっくり時間をかけて聞きたい。
だが、今は麗や弓弦、カルミアたちがいる。
そして、彼女たちにはまだ親父が戦人であったことは話していない。
だから、この場で親父の話を聞くわけにはいかないのだ。麗たちに親父の正体、そして、俺の正体がばれる訳には…………まだ、いかない。
勿論いつまでもこのままでいる訳にもいかないというのは分かっているのだが………。
特に、今は雷系統のマジックチップを器用に使い、様々な雷魔法を再現していると言い訳しているが、この良い訳がいつまで続くか分からない。
彼女たちだって馬鹿じゃない。むしろ学業に関してとてもいい成績を残している。
実技の実力からも俺の言っていることに違和感を持っていても可笑しくはない。
「でも、いつか必ず聞かせてください。親父のこと、親父とあなたがどうやって過ごしていたのか」
「…うん、いいよ。何時でもね!」
信濃さんは元気よく笑い、頷く。
「それで、信濃さんはこの後はどうするんですか。」
「……………え?一緒に住むでしょ?」
…………………………え?
俺の思考が停止する。
信濃さんが一体何を言っているのか分からなかった。
いや、というか
「俺、この後も防人魔法学校に通わなければいけないので……………」
「うん、だから、私も才君と同じ部屋に住むよ?」
「え…………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
何か良く分からないことを言ってきた。
☆☆☆
いやいやいや、流石に不味いだろ!
俺の住んでる場所は男子寮だぞ!
俺の他にも男はいるし、風呂とかどうする気なんだ。
「その、お風呂とかも大浴場しかないですし、信濃さんが入るのは…………その…………」
「あははは、分かってるよ~、そんなこと。大丈夫、お風呂に関してはくるみんに借りることにしてるから」
成程、それなら確かに、いや、まぁ、勝手に女子寮の一部を私物化してるあの人もどうかと思うが、うん、そこは深く考えないでおこう。
とりあえずこれで問題は解決………してない、全然してない。
食堂はいい。男子しかいないけど、そこまで問題にならない。
ただ、洗濯物とか、着替えとか、寝床とかどうするんだ!
洗濯物は個別で洗って貰えるけど、流石に女性ものを、その、不味いだろ!
紛失騒ぎとかが無いとは限らないし…………。
「その、洗濯をどうするかとか、着替えとか寝床とかの問題もありますし…………。」
「ん~、洗濯はくるみんの所でするから大丈夫。着替えとか寝床は才君と一緒で良くない?」
「いや、良くないですよ!その、良い年した男女が、その、そんな、よ、良くないですよ!」
「え~、何でさ。先輩とは一緒に温泉とかにも行ったよ。裸の付き合いしたよ?」
「そ、それは、子ども時の話ですよね?俺とあなたは大人なんですよ!」
「別にいいじゃん。先輩の子供は私にとっても弟みたいなものだし、…あっ、何だったらお姉ちゃんって呼んでも良いんだぞ?」
俺の体に抱き着きながら、耳元で信濃さんはそう呟く。
顔が熱を持つのを感じる。信濃さんはその、美人だし、スタイルも良いし、急に抱き着かれたらドキドキするというか…………。
声も耳元で、しかも、い、いきなりお姉ちゃんって、きゅ、急すぎるだろ!
そもそも、血だって繋がって無いのに。
「な、なに言ってるんですか!ち、血だって繋がってないじゃないですか!冗談もほどほどでお願いします」
じゃないと心臓が持たない。今も心臓がバクバク言っている。
大丈夫か?こんなに密着しているし、ドキドキしてるの気づかれてないよな?
大丈夫だよな?
抱き着かれてるせいで、お互いの顔が見えない。
流石にこのドキドキがばれてないと良いんだが………。
暫くして、信濃さんは俺から体を離してくれる。
顔には苦笑いを張り付けて。
「…あははは、ごめんごめん、怒らせちゃったかな?」
そう言いながら、信濃さんは俺に背中を向ける。
「う~ん、最近の子は難しいなぁ。でも!」
信濃さんはそこで振り返り、人差し指をビシッと俺の方に向ける。
そして、にかっと笑う。
「ぜ~ったい、もっと仲良くなるよ才君と!」
えっと、これは何だろうか?
告白とは違うだろうし、宣戦布告?
別に仲良くなるのは俺としても一向に構わないし、むしろ親父のことをよく知っている彼女とは俺としても仲良くしたいとは思うのだが………。
「べ、別に仲良くなるのは良いんですよ?むしろ俺も仲良くして欲しいくらいですし。ただ、
男女の仲ですから、その、部屋を一緒にするのは良くないのではないかという話でして……………」
俺は信濃さんにそう伝えようとしたが、信濃さんはいつの間にかいなくなっていた。
何というか、嵐のような人だったな……………。
☆☆☆
真道才らと別れた弧毬信濃は屋上にいる雪白狂実に会いに行っていた。
「…どうでしたか~?勇利さんの息子さんと会った気分は~。」
雪白狂実は今もパラソルとビーチチェア、タオルケットというオフモードを維持しつつ、弧毬信濃に問いかける。
問いかけられた、弧毬信濃は校庭の柵に体を預けながら、苦笑する。
「そうだなぁ。もっと早くに会いに行くべきだったなぁとは思うかな?」
その後、「ま、元気そうで何よりだったけど」と付け足す。
雪白狂実はその言葉にため息を吐く。
表面上はニコニコしていても、内心ではうじうじしている所は昔から何も変わっていなかったからだ。
「そのことは~。私もな~んども忠告したのですよ~。傷ついているのはあなただけではなく~。彼もまた、実の父を失って悲しんでいるのですよ~って。」
「あははは、ごめんごめん」
「別にいいですよ~。そもそも私は~、終わったことをうじうじ考えても仕方ないと思っているので~。もっと合理的に考えていきましょ~。切り替え~切り替え~」
雪白狂実はどこまでものんびりとその様なことを宣う。
一見興味が無いようにも取れるこの言動はしかし、その実彼女なりの精一杯の励ましなのだ。
うじうじとしている同僚を励ますために、精一杯激励の言葉をかけているのだ。
付き合いの長い小毬信濃もそれが分かっているのか、表情を和らげる。
「うん、ありがと、くるみん。」
「別に良いのですよ~。人生の先立ちとして当たり前のことを言っただけです~。それに今の私は先生ですので~。」
「そっか、くるみんが先生か。みんなちゃんと前に進んでいるんだね。」
「……あなただってそうでしょう?だから、今更になって真道君に会いに来たのでしょう?」
「…どうだろ。私は今も昔も■■に飢えてるだけなのかもしれない。彼に勇利さんの影を重ねているだけなのかも」
「…少なくとも、私の目から見たあなたと勇利さんの関係は薄っぺらくなかったですよ~。」
「ありがと。私にとって先輩は特別だから」
「そうですか~。」
「うん」
それから暫く、二人の間に沈黙が流れる。
ただ、雪白狂実も小毬信濃もそれを苦痛だとは思わなかった。
真道勇利と弧毬信濃の関係程ではないにしろ、雪白狂実と弧毬信濃は間違いなく友と呼べる関係であったのだから。
「………信濃さんにとって~。真道君はどういう存在なんですか?どうなりたいんですか?」
「そうだなぁ。先輩の大切な子供で、………私は才君の■になりたい、かな」
「……なら、真道君についてもっと、もっと~、知らなくちゃいけないんですよ~。」
「うん、ありがとくるみん。出来るだけアタックしてみるよ。ま、取り敢えず、荷物とって来ないとね。」
弧毬信濃はそう言うとその場から搔き消える。
恐らく、件の高速移動でこの場を後にしたのだろう。
雪白狂実はその姿を見届けるとため息を吐く。
「なんだかぁ、空回りしそうで心配なのですよ~」
その言葉は誰にも届くことなく、風に流されて消える。
☆☆☆
俺は自らの魔剣でもって敵の一撃を受け止める。
だが、生憎敵は一体じゃない。
「麗、一緒に食い止めるぞ!弓弦援護を頼む!カルミアは付与魔法を!愛華はいざと言う時の為に防御魔法を待機させておいてくれ!」
「「「「はい!(ああ!)」」」」
現在俺たちはダンジョンにいる。麗達には信濃さんとの模擬戦の後であるため、ダンジョンに潜るのは渋られたが、俺からすれば魔法すら使っていない相手に負けたのだ。
このままジッとなんてしていられない。
もっともっと魔物を倒して強くなる。
そして、今度こそ信濃さんとの勝負に勝つんだ。
俺と麗が鬼人型の足軽組頭級の魔物攻撃を防ぐ。
そして、その隙に弓弦が≪プロミネンスレイ≫を放つ。
これは高熱の炎を一点集中させて放つ、超攻撃型の魔法だ。
勿論生産コストも高いため通常では学生に支給されることは無いが、そこは特別防人としての功績があるため、特別に支給されている。
鬼人型の魔物はその超火力の一撃を受け、一体は体を炭化させる。
そして、もう一体もあまりの熱量に距離を取る。
因みに俺と麗にはカルミアが付与魔法を愛華が防御魔法を使い熱から守ってくれている。
だからこそ、俺は怯むことなく前に踏み出す。
「終わりだ!≪サンダーボルト≫」
俺はそう言いながら、自分の力で発動した≪サンダーウルフ≫を放つ。
敵は俺の≪サンダーウルフ≫になすすべもなく外側と内側から電熱により焼かれ、倒れた。
因みに俺のチップ構成は片方が≪ジェネリックシールド≫、もう片方が≪サンダーボルト≫になっている。
≪ジェネリックシールド≫は兎も角として≪サンダーボルト≫を入れている理由としては他の雷魔法と比べて操作が楽であり、様々なアレンジを加えることが出来るからだ。
これを使い俺は今まで彼女たちから自分の正体を隠して来た。
「よし、今日の所はここまでだな。みんな帰ろうか!」
「ええ、ていうか見た!私の魔法の火力!」
「ふん、お前の魔法と言うより、実家のコネだろ?弓弦」
「何よ!私が特別防人になれるだけの実力を示したから学校が支給してくれてるのよ!そもそも私以外が使ってもあんな火力出ないわよ!」
弓弦と麗が口喧嘩を始める。二人は元々一緒にパーティーを組んでいた仲だからか、ああいう風によく喧嘩をする。
因みに麗が弓弦にいった実家の話に関しては元々弓弦の家は裕福で防人というか、国防の為にかなりの援助をしており、相応の権力を持っていることについて指摘しているのだろう。
勿論、彼女のたゆまぬ努力があったからこそ、≪プロミネンスレイ≫を支給されたのだろうが…。
実際、他の人間では同じマジックチップを使ってもあそこまでの火力は出せないからな。
俺は二人のやり取りを微笑ましく眺める。
すると、何故か話題の矛先が俺に移る。
「そもそも、凄いと言ったら才の方だろう?なんせ、≪サンダーボルト≫をあたかも≪サンダーウルフ≫や≪サンダーバード≫のように変化させて使っているのだからな!」
「ぐぅ、そ、それは認めるけど、っていうかほんとにあれどうやってるのよ!私ですら出来ないのに!」
「あははは。まあ、その、たゆまぬ努力、かな?」
「お前が大したことないというのもあるだろうがな!」
俺は罪悪感に苛まれながらもそう誤魔化す、ほんとはマジックチップなんて使わずに他の魔法を行使しているだけだから凄く、居心地が悪い。
…………いつかちゃんと話さないとだよな。
☆☆☆
俺は麗達と別れて男子寮にある自分の部屋に帰る。
帰りながら、結局、最後まで弓弦と麗はいがみ合いながら帰っていたなと思い返す。
まあ、あれは二人の間のコミュニケーションのようなものだし、気にすることでもないんだが………。
俺はそう思いながらクスリと笑う。
俺のパーティーも随分賑やかになったものだ。
いがみ合いながらも息がぴったり合っている弓弦と麗、それを仲裁するカルミア。
その様子を後ろで微笑ましく見つめる俺と愛華。
何だかようやく歯車が動き出した気分だ。
俺はそう思いながら、自分の部屋のドアノブに手をかける。
そして、扉が開かれると共に、
「おっかえり~、遅かったね才君」
俺のベットに腰かける信濃さんが目に飛び込んできた。
おまけ
周囲に響き渡る遊園地のテーマソング。
ジェットコースターがレールの上を走る音。
乗っている人間の絶叫。
親の手を引く子供のはしゃぎ声。
走る子供を注意する親の声。
仲睦まじく手を繋ぐカップルたちの談笑。
そこはとても騒々しく、賑やかで、弧毬信濃にとって初めてくる場所であり、全くの未知であった。
そして、その声と何より景色を見て弧毬信濃はこうつぶやいた。
「…まるでおっきなおもちゃばこだ。」
「ははは、ま、あながち間違っていないんじゃないか?」
勇利は信濃の言葉に笑って返す。
信濃はその勇利の言葉が殆ど頭に入って来ていないようにただ、ただ、辺りを見渡していた。
彼女にとってそれだけこの場所は興味の湧く、とても愉快な未知であったのだから。
その様子に勇利は苦笑し、信濃の手を握る。
そこでようやく信濃の意識は現実に引き戻された。
「さて、どこから行く?お姫様」
「ひめ?」
「おう、今日のお前はお姫様だ。だから、どこでも好きな場所に連れて行ってやる」
「わたしがおひめさま………。じゃ、じゃあ、あの、でんしゃみたいのにのってみたい」
「お?ジェットコースターか?いいぞ行ってみようか‼」
☆☆☆
「その…………すいません。身長制限がありまして……」
「なんだ!そのしんちょうせいげんとやらは‼」
「あ~、わり、お前小さいから入れないみたいだ」
「なんでだ。わたしはおひめさまなんだろ!」
信濃はジェットコースターの前で駄々をこねる。
それを前にどうしたものかと勇利は頬を掻いていた。
元々は勇利が信濃を姫様扱いし、どこにでも連れて行くといったのが原因だろう。
信濃は我慢をすることが当たり前になっている所があるので、ああいう言葉回しをしたが、まさか、スタッフに噛みつくとは。
勇利はそう思いながら頭を悩ませる。
「ふふふ、お姫様だから、まだジェットコースターには乗れないんですよ?」
「どういうことだ?」
そこに助け舟を出したのはジェットコースターのスタッフの女性だった。
「ジェットコースターは子供にとってとっても危ない乗り物なんです。だから、大人しか乗っている人がいないでしょう?私たちはお姫様がすっごく大事なので乗せることはしないんです。」
「むぅ、いちいあり、といったところか」
膝を折り、自分に視線を合わせながらそう告げる女性スタッフの言葉に信濃は渋々ながら頷く。
信濃はなんやかんやで大人びており、聞き訳がいい子どもだったのだ。
「なら、あのちゃいろいぼうをたべてみたい」
「ん?チュロスか?いいぞ。行ってみるか。」
二人は再度手を繋ぎ、その場を後にした。
☆☆☆
チュロスに関しては当然ながら、身長制限も年齢制限もないため、無事に買うことが出来た。
その手にチュロスという未知のお菓子を手にした信濃は目をキラキラさせながら、思いっきり頬張る。
「おぉぉぉ‼すごいサクサクふわふわだ‼」
そしてガツガツと口に運んでいき、あっという間にチュロスは胃袋へと消えていく。
子どもでありながらも大人顔負けで食べるその姿に勇利は何となくほっこりとした気持ちになる。
やはり、子どもがいっぱいご飯を食べてくれると大人としては安心できるということなのだろう。
「つぎはあのサンドイッチみたいなのがたべたい!」
「おっ、ハンバーガーか、んじゃあ、あっちに行くか」
勇利は信濃を連れて、歩き出そうとするが、それよりも早く、遊園地のアナウンスが流れる。
〈これより、フォレストランドのパレードが始まります。〉
そのアナウンスに勇利はピタリと動きを止める。
信濃はその様子に首を傾げた。
「どうかしたか?ゆうり」
「いや、折角ならパレードを見て行かないか?」
食べ歩きも良いが、勇利は信濃に遊園地ならではの楽しみを知って欲しかったのだ。
彼女に、弧毬信濃と言う少女にもっと世界の美しさを知って欲しかったのだ。
世界の広さを知って欲しかったのだ。
「ばれーど?よくわからんが、ゆうりがみたいならとくべつにみていってもいいぞ!」
「ありがとな、お姫様」
本当にいい子だ。
物分かりが良く。
周りをよく見ていて我慢が出来る。
(……………………見ていて、痛々しくなるほどにいい子だ。)
勇利は少女のその優しさに複雑な気持ちが過る。
嬉しさと悲しさと………………………そして、自分にはもっと我儘になって欲しいという寂しさだ。
ただ、勇利は胸に過ったその感傷を直ぐに振り払う。
今日の自分はあくまでも少女を楽しませるために来ているのだ。
なら、自分の内面に意識を向けるのではなく、目の前の少女に意識を向けなくてはいけない。
「ゆうり?どうかしたか」
「いいや、何でもねぇよ。」
勘のいい少女は勇利の機微に気づいて話しかける。
心配した表情をする。
勇利は少女にこれ以上こんな表情をさせないためにも、少女に笑みを浮かべ少女の頭を撫で、そして肩車をする。
肩車をしたことにより、勇利の顔は少女には見えなくなった。
「わわ、なにをする」
「別に?こっちの方が見やすいだろ?」
少女は気を取り直し、目の前が、今まで人影で何も見えなかった景色が突如開いたことに興奮する。そこはまるでおとぎの国のようであったのだから。
バスのように大きく、ピンクや緑、青色などを使った、カラフルな乗り物。そこから手を振ってくる。大きな動くぬいぐるみたち。
とても軽やかに、それこそ、妖精のように跳びまわる、ダンサー。
アップテンポでついつい体が無意識に動いてしまう音楽。
弧毬信濃にとってそこはその瞬間確かに地続きの日常ではなく、現実を置き去りにする不思議の国となっていた。
「…………すごい」
「だろ?世の中はな戦いだけじゃないんだ。もっと色々ある。心躍るものが、そいうのを創る奴が、…………だから、もし、もし、お前が「……………でも、それをまもるやつがひつようだろ?」それは!」
「わたしはな、いまちょっとうれしい。じぶんがたたかってきたりゆうがしれて。
ちょっとほこらしい、わたしがたたかったぶん、せかいでこんなすばらしいものができることに。
だからなゆうり、わたしはたたかうんだ。これからも」
「…………そか、分かった。
取り敢えず、今は楽しもう‼」
「おう‼つぎはハンバーガーだ‼」
この後、二人はハンバーガーを食べ、遊園地のショーを見て回った。
一通りのショーを見終わった二人は観覧車に向かって歩く。
「さいごのおたのしみと、いってゆうりがのせてくれないからこんなに、じかんがかかったぞ‼」
「ははは、悪りぃ、悪りぃ。でも、きっと、びっくりするくらい綺麗だぞ?」
勇利は少し、ばつが悪そうに笑う。
なんせ、観覧車を最後に回した理由は観覧車はライトアップされた夜景が一番きれいだという、勇利の自己満足によるものだったからだ。
それでも、観覧車に初めて乗る子供にがっかりして欲しくないという願いがあったのも事実だ。
今の勇利は独善的な大人だ。
それを自覚しているからこそ、勇利はどうしてもモヤモヤとした思いを抱いていた。
「これだけまたせたのだ。たのしいんだろうな?」
「安心しろ。今まで見たものの中で一番素敵な思い出になるぞ。」
そう言って勇利は信濃と手を繋ぐ。
「二名様ですね。どうぞ、楽しんでいってください」
スタッフはそれだけ言うと、観覧車の扉を閉める。
そして、徐々に観覧車のゴンドラは高度を上げていく。
世界は見える高さによっても見る者の印象を変える。
子どもからすれば故郷の街並みがとても大きく感じていたのに、大人になると、こんなに小さいのかと驚く。
そして、更に高く、それこそ、山の頂から見る景色は人に世界の広さを、雄大さを教えてくれる。
世界が子供の時ほど大きいものではないと悟った大人たちに再度、世界の大きさを示すのだ。
それと同じように、絶大な力を持ち、大人よりも頼られる少女は感動していた。
人の可能性に、人の築いてきた文化に、人の歩んできた軌跡に。
少女は泣いていた。ボロボロと、ただ、その景色に見入っていた。
「どうだ?悪くない景色だろ?」
「ああ、だが、いちばんのおもいでではなかったな」
だが、少女は自然とそう口にしていた。この景色に感動していながら、それでも、少女にとってそれは一番足りえなかった。
「なに?ならお前にとっての一番の思い出っていうのは何なんだ?」
「それはな…………■■■■■■■■■■■■■■。」
弧毬信濃はそう言って微笑んだ。