エルデンエムブレム   作:yononaka

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シーダ

 空が途轍もなく広い。

 星星が瞬き、巨大な月が浮かんでいる。

 空の美しさは狭間の地と違えども、同じほどに心が沸き立つ。

 

 かの地では風呂一つ入るのにも苦戦したが、この世界ではあっさりと入ることができた。

 久しぶりに危険のない風呂だ。

 巨大な海老も出て来ないし、石化を狙ってくる爬虫類もいない。

 透明度の高い、程よい水温の風呂。

 

 そこから上がるとあれやこれやと食事を振る舞われ、やがて宴も終わる。

 オーシャンビューのベランダで夜景を楽しんでいると、控えめなノックが鳴った。

 

「どうぞ」

 

 警戒心もない。

 いや、ここで万が一暗殺者だのが来たところで対応できないわけでもない。

 警戒心を持つ必要がない程度の状態ってだけだ。

 だが、入ってきたのはタリス王かオグマが雇った暗殺者というわけではなく、

 汚れを落として元の美しさを取り戻したタリス王女シーダであった。

 

「夜に男の部屋に入るもんじゃないって教えられなかったのか?」

「そうなのですか?」

「おっと、パーフェクト箱入り娘来たな」

 

 男が狼であるということすら教えられてない奴だ。

 

「で、どうしたね」

「その……お礼を、と思いまして」

「礼?」

「私に復讐を遂げさせてくださった、そのお礼です」

「おいおい、冗談は止めてくれ

 オグマには反論したが、アイツが言っているのも正しいんだ

 オレはシーダを戦場に駆り立てて、道具として扱った

 殺さなくてもいい連中を殺させたんだ」

「はい……きっと、殺さなくてもいい方々だったのでしょう

 私が手を下す必要のないもの、いえ、レウス様であれば無用な苦しみなく殺めることができたのでしょうから」

 

 確かに、そりゃそうだ。

 神肌縫いを使えば一手で数人纏めて殺せる。

 痛みに無用もクソもないとは思うが、それは置いとくとしてだ。

 

海賊の主(ゴメス)を殺すためには、無闇な苦痛を振りまいてでも彼らと戦い、経験を積んで、

 そして命の手触りを知る必要があった……違いますか?」

 

 シーダの勘の良さは一介の王女様が持っていいレベルのものじゃない。

 一種の神憑りだ。

 いや、そうでなくては世界を救う英雄たるマルスの伴侶になれるわけもない。

 前へ前へと突き進むマルスの代わりに周りを見渡し、見渡しきれないものを直感で掴み取る存在。

 お互いを補うために運命から与えられた力なのだと、そう考えるしかない。

 

「それに気がついて、実行できるシーダが凄いのであって、オレが偉いって話にはならねえよ」

「自分の価値を自分で下げようとしないでください、レウス様

 私に与えた指令は他者に非難されるようなものであれ、実行した私はあなたにこれ以上無いほどに恩義を感じているのですから

 感謝している相手が自分を貶すような姿は……悲しいのです」

「……悪かった」

 

 どうにもよくない。

 性格が捻れている。

 元々がそうでもあるが、徹底的な悪意と害意に晒されたせいでより酷いことになっている。

 太陽でも信仰していればオレにも快活さが与えられていたのだろうか。

 しかし、ないものはない。

 

「レウス様、この後はどうするのです?」

「行く宛はできたから、そこに向かってみるつもりだ」

「明日からですか?」

「ああ、早いほうがよかろうからな」

 

 次に進むのもまた、血風吹き荒むことになる場所だ。

 

「シーダ

 復讐は成り、その心を安んじさせることもできるだろう」

 

 じっと、彼女の目を見る。

 瞳は透き通るようなスカイブルー。

 たとえ彼女が手を汚そうとも、復讐心だけは晴れたことを端的に表していた。

 

「タリスに戻っても──」

「オグマに告げた言葉を反故になさるのですか?」

 

『戦利品は絶対に手放さない』

 そうだとも。

 オレの信条だ。

 だが、

 

「オレの戦利品で居続ければ、今日の戦いじゃ済まないほどの骸を作ることになる」

「戦利品にそれをお求めになられているのでしょう」

「ここから先もオレは悪辣に戦う、忌避されるような力を使い、お前に流れる血に、王族の名誉を汚すことになる」

「今の私はタリス王女ではなく、一つの戦利品なのでしょう?」

「オレは」

「あなたが不名誉な戦いをして、非難されるなら私が弁護します

 あなたが私を戦いに駆り立てたなら、恐怖ではなく優雅を伴ってあなたの元に舞い戻りましょう」

 

 ですから、とシーダは続けた。

 

「あなたは帝国を打倒してくださるはずです

 これからより深みに落ちる戦の世になり、やがて何もかもが壊れてしまう未来

 それを止めることができるのはレウス様以外にはいないのです」

 

 けれど、オレは飽き性だ

 何か理由がなければ投げ出してしまうだろう。

 そのことを直感しているのだろうか。

 

「私の希望をどうか……どうか奪わないで」

 

 ここは後に英雄王と呼ばれるべきマルス王子亡き世界だ。

 シーダが見た希望は潰えた。

 天下の広くは戦乱という嵐で、地面に血の雨を降らせることだろう

 もはやそれを止められるものはいなくなった。

 いなくなったはずだった。

 

 だが、オレが現れた。

 ラダゴンを打ち破り、エルデの獣を屠り、遂には黄金律を超克した存在。

 神憑り的な直感で、彼女はオレに新たな希望を見たのかもしれない。

 

 彼女の瞳は恐怖に曇っている。

 約束したオレが、その約束を反故にしようとしているのを恐れている。

 オレがどこかへと行き、帝国との戦いなどつまらないと投げ出すことを恐れている。

 

「これから共に先に進むのなら、本当にお前を戦利品扱いするぞ」

「望む、ところです」

「その果てがお前が望まない場所だとしても、戦利品のお前に否定する権利なんか無くなるんだぞ」

「希望が手から離れるより、恐ろしくはありません」

 

 自分の頭で考え、その足で歩くことを望んだ。

 新たなる律を示すではなく、別の道を狭間の地はオレに与えた。

 かの世界は知っていたのだろうか。

 全てが己で決定するということが、どれほどに重責を備え、その路路で艱難辛苦が与えられることを。

 だが、それでもオレは確かに望んだ。

 

 ──ああ、そうか。

 どこに歩けばいいかを決めるってのはそういうことか。

 

「オレがお前の希望になってやる」

 

 その言葉が自由を損なうものであっても、損なうことこそが自由の終着点であるのなら。

 自由(獲得トロフィー)を経て、シーダの希望になることが、次の目標(未達成トロフィー)となったわけだ。

 

 オレの言葉に、シーダは大粒の涙を零す。

 彼女が与えられた宿命の重さも、本来あるべき片翼(マルス)が失われた痛みも、オレにはわからない。

 ただ、もうこのような涙は流させるべきではない、心の中でそっと誓った。

 


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