エルデンエムブレム   作:yononaka

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纏うべき名

 アリティアにおいて、神竜の名はアンリと同じく憧憬と信仰が重なった対象である。

 自らの牙をファルシオンとして与え、人類救済の切り札として与えた深い愛を持つ神。

 神が去ってどれほど時間が流れようとその敬意は損なわれない。

 

 神竜、つまりナーガの血統たる神竜族もまた神そのものである。

 ナギは神としてのその威光を十分に備えた容姿を持っていた。

 オレよりも高い背を持ちながらも、しなやかさを内包した美しさを湛えている。

 

「ナギ様、我が夫レウスが無礼なことをしておりませんか?」

 

 リーザの言葉に対してナギは

 

「彼は私にとてもよくしてくれた、流石は私の目を覚ました男だと言えます」

「……本当に何もしていないのでしょうね、レウス」

「してない、誓ってなにもしてない。今のところは」

 

 ナギは慈悲深い眼差しをオレやリーザに向ける。

 

「レウスがこの地に来た時に私は目覚め、

 それから新たなる兆しをこの世に顕現させたことで私はアカネイアへと辿り着けたのです」

「……なるほど」

 

 つまりは、狭間の地に来た時に何らかの影響が、彼女の眠っていた『異界の塔』に伝搬した。

 そこで彼女は目を覚ました。

 暫く後にフィーナを失ったオレが発動した(エムブレム)

 その影響で彼女がいた塔とここを繋げてしまったらしい。

 

 死のルーンの影響か、

 それとも単純に大ルーンを重ねた結果に起こったことかまではわからない。

 

「アカネイアに降り立ったあと、レウスと会うまでは私は記憶もなく彷徨っていた

 運良く他の竜族たちが私を拾ってくれたお陰でこうして生き延びることができた

 記憶が戻ったのはあの時のレウスが飲ませてくれた薬のおかげだと思う」

「経緯は何となく理解いたしました」

「それはよかった」

 

 ナギは自分の説明に不足が多いと思いつつ話したのだろう。

 それでも理解されたことには嬉しそうだ。

 浮世離れした性質を見た目からも口調からも発している彼女だが、

 その感情のアウトプットは実に明瞭だ。

 

 しかし、その口調の不安定さはナギが対人能力そのものが育つ環境にいなかったからだろう。

 敬語(のようなものだが)を使うときはナギが生来備えている神としての対話機能だったりするのかもしれない。

 断定的な口ぶりのときは思考を直接アウトプットしているから言葉に「色をつける」のを忘れてしまっているのかも。

 なんて……勝手に判断するのも不敬ではあるか。 

 

「この後はいかがなさるのですか、ナギ様」

「レウスが作る世界を見たいと……思っている」

 

 リーザは少し複雑な表情をしてオレを見やる。

 オレは彼女に言わせるでなく、言葉を引き継ぐことにした。

 

「ナギ、オレは神竜族であるお前が側にいていいような存在ではないと思う」

「私が嫌いなのか……?」

「いや、そんなことあるはずもないだろう」

「ならいいのではないか」

「う……」

 

 シーダが「呑まれてますよ、レウス様」と言ってくる。

 確かに、ここで呑まれると会話を引き継いだ意味がない。

 

「オレは自分の目的を叶えるためであれば何でもする、女を奪い、敵を殺し、国を壊す

 道徳心って奴を後ろ足で砂を掛けながら大陸の統一を目指す

 人々の信仰を集める、正しき存在であるのが神竜であるならば」

「それは神竜王ナーガとそれを信じるものたちの(ひじり)だ、私のものではない

 私は、私を目覚めさせる奇跡をくれたレウスの世界が見たいと願う、

 これでは説明になっていないのだろうか」

 

 悔しいが、オレの理屈で言うなら十二分に説明になっている。

 つまりは、

 

「オレはオレの自由のために生きる、ナギも自由であるべきだ

 ナギの自由とはオレが作る世界を見たいから共に歩むことなのか?」

「自由!ああ……なんて素敵な言葉なのでしょう

 ああ、ああ、そうだともレウス

 私の自由はレウスの世界と共にある、だから側で見せて欲しい」

 

 ああ、そうさ。

 自由ってのは最高だ。

 自由によって選んだ不自由ってのは輪をかけて最高でもある。

 ナギはそれを知っている。

 マルスと共に戦っていた彼女にそれはなかったのかもしれない。

 かつて、オレが求められるままに狭間の地で戦い続けたのと同じように。

 

「だが、オレが作る世界を見たいというならナギ、お前にも汚れてもらうことになる」

「力を振るい、人の戦いに介入せよ……そう言いたいのだろう」

「そうだ」

「レウス、それはだめ!」

 

 リーザが叫ぶ。

 そりゃそうだろう、信仰対象を戦争の道具にしようとしている。誰でもない、自分の夫がだ。

 

「リーザ、お前はナギの自由を奪うのか?」

「それは……でも……」

「私は構わない、けれど、レウス」

「なんだ?」

「望むままに戦おう、人を倒し、軍を退けるだろう

 血に汚れ、汚名を纏うだろう

 私は構わない、それが私が持つ自由なのだから」

 

 ナギはどこを見ているのか、或いは全てを見ているような目をしながらゆっくりと目線をオレへと向ける。

 

「けれど、レウスは私よりも強く憎悪されることになる、私を使えば使うほどに

 レウスは私とともに穢れてくれるのか?」

 

 オレの答えは決まっている。

 

「ああ、汚名なんざ纏い放題だ」

 

 オレはナギに続ける。

 

「オレが大陸を支配した暁にはお前の像もそこら中に立ててやるさ」

「像?なぜだ?」

「『大陸の覇王と共に戦った神竜族ナギ、人の歴史と共にあった竜族』なんて名前を付けてな

 オレたちの汚名なんざ数百年もすればおとぎ話にでもなっちまう

 その千年後、二千年後に語られるのは汚名ではなく伝説だ

 お前やオレがかぶる悪名も汚名もひとときにしか存在しないものなら──」

 

 ナギは微笑む。

 

「纏い放題、か」


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