目を覚ます。
側にはシーダが小さな寝息を立てている。
褥を共にするのはリーザかシーダであり、それぞれが持ち回りにしているらしい。
オレが口を挟めることではないので詳しいことは知らないが、仲良くやっているならオレはそれで構わない。
平和な家庭が一番、そうだろう。
ふと、窓を見ると置いた覚えのない小箱がある。
なんだろうかと開けてみると手紙とリーザの指に嵌めたものと同じ指環。
手紙にはきっちりとした文字でこう書かれていた。
「お嫁さんに指環の一つも渡さないのは甲斐性なしと呼ばれて当然の行い
我が王、狭間の地の王とは思えない愚かな日々を過ごしたと巫女として叱責する
今日はお嫁さんを甘やかし、夜には指環を捧げねば向こう一週間の味覚をシャブリリ味にする」
過保護な母親めいている手紙の主はメリナだ。
オレの手ではなくあいつの意思でも道具を外に吐き出せるのか……。
ただ、メリナの言うことに一切の反論がない。
それにシャブリリ味ってなんだ。何かわからないが怖すぎる。
彼女がオレの体やら神経やらをいじれるわけではないのでちょっとしたジョークではあるのだろうが、
メリナにはそれをしかねない凄みがある。
アイツは短刀一つで
その日はシーダと共に過ごし、夜に彼女の細い指に指環を嵌めると涙を流す。
焦ったものの、嬉しくて泣いてしまったのだ、と言ってくれたので安心していいのだろう。
「本当であれば結婚式で渡すべきものだったのだが」
「そうなのですか?」
「文化の違いか」
タリスでは指環の交換ではなく、誓いの言葉と口吻、それに王家の人間を示すための王冠などの装身具をお互いに身につけさせ合うものだった。
そう考えるとアリティアでのオレの行動は謎の行動に見えたのだろうか。
後日聞いた話だが、アリティアの市井ではプロポーズの際に指環を渡し、嵌めてもらえるかどうかでその意思を確かめるものが流行っているらしい。
ノルン曰くに、聖王陛下が流行らせたことですよ、だと。
オレの行動が奇異に映っていなかったのなら一安心。
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カダインからアリティアへの大移動の計画は予想よりも難航しなかった。
この移動そのものもオレにとって試したいことが含まれていたのだ。
それがうまい具合に作用した。
試作品で大量に生み出されていた通称『ライブ未満の杖』、或いは『駄菓子の杖』などとあだ名されるものを駄獣に定期的に掛け続けることで長距離移動を可能にしたのだ。
「陛下が考えることは面白うございますな」
ガーネフは本格的な学院の引っ越しの前日にオレと主従の契りを結んだ。
聖王国及び聖王の相談役という立ち位置となっている。
その流れで、というわけではないがエルレーンにも正式に聖王直属の参謀という立場を与えた。
勿論、無理矢理にではなく、相談の結果だ。
ただの魔道士に恐れ多いと最初こそ断ったが、シーダ救出までに提案した策や、要所要所でのオレの相談対応などは以後も無くてはならぬものだと伝えると、引き受けると言ってくれた。
「まずはこれで一つ、軍部に対してカダインの有用性を示せるようになった
どうすりゃいいかって思ってたんだよな、
他の国を出し抜けるような
「こちらも実地でのデータが大量に集まるのは一研究者としてありがたい」
ガーネフとオレは現場を見回りながら、そのような話をぽつぽつとしていた。
巨大な蛇のように動く列を見回っているのはシーダとペガサスライダーたち。
羽ある白馬に混じって、黒いものが空を舞っている。
それもまた試験運用のもの。
かつてシーダが乗っていたペガサスとは異なる。
リーザの駆る馬と同じ、黒馬のペガサスであった。
ダークペガサスと名付けられており、有翼黒馬は有翼白馬とは異なる点がある。
それは魔法に対する恐怖心の無さであった。
魔法が引き起こす音や肉体的な刺激をむしろ心地よいものと捉えるらしいもの。
これらは自然発生するものではなく、通常のペガサスを『慣らしていく』ことで体質の変化を促した結果に転じるものである。
草案状態であったカダインのレポートを参考にし、ようやくにして生み出すことができた。
ただ、シーダの一騎のみしか実用段階にまで至っておらず、
兵科として運用するほどに数を揃えるのはまだまだ先になりそうであった。
長い列で倒れたものがいれば救援に飛び、ポイントごとに用意された休憩所でライブやレストによって治癒される。
それらもまた実際にはライブやレストそのものではないのだが、ここで必要な程度の効力は発揮できる。
大移動はまだまだ時間が掛かりそうだが、無事に達成できそうでもある。