「見えてきた」
ナギが目を凝らすようにして報告した。
オレに同行しているのはナギとシーダ。
三人だけなのには理由がある。
カダイン領北部にオレたちは来ていた。
「レウスが言っていた試したいこと……」
「ああ」
オレは数日前からナギに打診をしていた。
それは彼女を兵器のようにして使うという話の具体化だった。
彼女は戦いに出ることに否定もなく、そしてためらいもないと言っていた。
その心に偽りや、そうせねばならないという強迫観念に捕らわれている様子もなかった。
ならば、次に確認するべきは「彼女は戦えるのかどうか」である。
神竜族の力は発揮できるのであれば間違いなく強力だが、戦う姿は見ていない。
或いは、彼女の特異な出現によってその力が使えない可能性もないわけではない。
万難を廃するためにも、戦いは必要不可欠だった。
「ナギ、これを」
彼女に幾つかの石を渡す。
竜石と呼ばれるものだ。
竜族たちがその力を移した宝玉と言われているが、それ以上の事は知らない。
原作では元々持っていたものでなくとも発動でき、神竜族であっても他の竜族の姿に化身できていた。
他の竜族の力を行使できる理由はわからない。
「綺麗だ」
「竜石ってのは」
「その知識なら有している」
ナギは「どれから試せば良いか」と聞いて来る。
目の前に迫るのは『砂の部族』と呼ばれるここより更に北部に行った場所を根城にするものたちだ。
先陣として現れているのは弓兵たち。
シーダの姿を見て、まずは目に見える有効打を与えに来たのだろう。
「赤い竜石から使ってくれ」
「わかった」
ゆっくりと踏み出したナギを見送る前にシーダが、
「レウス様、私は」
と役割を求めてくる。
「とりあえずは弓兵を何とかするまでは待機していてくれ、こんなところで危ない真似をさせたくない」
「承知しました」
流石に目に見えている弓兵を相手にする危険に加えて、彼女の慣れない砂漠ということもあって素直に引き下がってくれた。
彼女が竜石を起動したのか、その麗しい立ち姿は風を伴う魔力の霧に包まれ、晴れる頃には巨躯の竜へと転じていた。
「███████ッッ!!」
およそ人では発音できないような咆哮を上げ、弓兵たちへと突撃する。
突如現れた火竜に慄きつつも攻撃を加えるもドラゴンの鉄壁とも言える竜鱗の前に歯が立たず蹂躙されていく。
最初こそ単純な質量攻撃と火の吐息を乱暴に吐き散らすだけであったが、そのうちに竜の姿に慣れてきたのか、それとも戦闘に関わる知性が発露していったのか、
巨躯を飛ばすことこそできない翼を、飛び跳ねて滑空するように使って離れた敵を叩き潰し、
吐息の吹き方を調整し、より遠くへと飛来させるようにしたりと見る見る内に戦闘能力が上がっていく。
このままナギに任せれば倒せはするだろうが、今回やりにきたのは殲滅戦というわけでもない。
「シーダ、ナギと交代だ」
「はい!」
一気に戦場を走る。
弓を持った伏兵がいないかの確認をしながらであろうのはわかるが、人馬一体となった彼女の速度は例え伏兵が居た所で射抜けないほどの速度である。
「ナギ様、お下がりください!」
「█████」
同意を意味するように咆哮を上げて、こちらへと戻るナギ。
交代したシーダはウインドの魔道書によって的確に対地攻撃を行っていた。
風の刃は当たらずとも砂漠の砂を巻き上げ、空を舞うシーダの姿を隠す。
弓はなくとも手斧などを工夫して攻撃を敢行しようとするも、目隠しと制動がしっかりと聞いた回避行動もあって、シーダを捉え、攻撃を当てることができるものは現れない。
シーダの戦い方は不殺だった。
殺せないのでもなければ、致命打を出せないからでもない。
徹底してかすり傷やあえて当てずの攻撃を繰り出している。
目的は時間稼ぎと魔法戦闘への習熟だ。
相手を当てるよりも当てられることを確信した状態であえて外すことは案外難しいもの。
だが、シーダはオレが出した時間稼ぎのオーダーを的確にこなしてくれていた。
一方で、下がってきたナギは化身を解く。
竜石を使っても無敵というわけではない、特に砂の部族が誇る戦闘能力は侮りがたいものがあり、
致命傷からは勿論、程遠いが無傷というわけでは決してなかった。
オレは外套から杖を取り出した。
『ライブ未満の杖』の一つで、淡く回復する光を出すことから『ちょうちん』などと馬鹿にされている。
ナギが受けている傷からすればちょうちんで十分である。
が、試したいことはこれだった。
オレはこの世界の武器を別に苦もなく扱える。
戦灰があるわけではないから戦局を覆すような技を放つことができるわけでもないが、
キルソードなんかは要所で役に立ってくれている。
であれば杖はどうだろうか、ということに今更気が付いたわけだ。
今まではレナがいたり、そもそも孤軍で戦う事ばかりで杖に意識を向けたことがなかった。
狭間の地でも杖はあったし、それに封じられた力を振るうこともできた。
ちょうちんはバカにされる理由がある程度の回復力しかないものの、
その扱いは極めて簡単であると説明を受けている。
これすら使えないのならばオレに杖の適正はないということだが、
意識を集中し、ナギの傷を癒やしたいと願うと杖の戦端がほんのりと光り、じわりじわりと彼女の傷が消えていった。
「治してくれたことに感謝を──」
「おお!成功だ!ナギ!痛い所はないか!治しきれなかったところとか!」
「なにかわからないけど、おめでとう
痛いところはもうない、ありがとう」
オレが喜んでいることを喜んでくれているようにナギも微笑んでいる。
今度はシーダがこちらに戻ってきた。
「予定通りにこちらへ引き付けています」
「おつかれ、ダークペガサスって兵種はどうだ?」
「とても戦いやすいです、元々こういう戦いをしていたんじゃないかというほどに」
元々が学習能力の高い彼女であったが、実戦前に暇さえあればリーザと模擬戦を繰り返していた。
リーザは既にダークナイトとしての能力に慣れきっていたが、
当初のシーダは久々の飛兵と、初めての騎乗での魔法使用に苦戦していた。
集中力の持続が難易度の壁であったらしい。
ダークナイトの経験を踏まえた説明や練習をリーザから受ける内に少しずつ少しずつ前進していった。
その結果が今日に繋がっている。
「私もそろそろ出るとする」
「ああ、次は」
「飛竜石、だろう」
石の力を解放し、空を舞い上がるナギ。
試したいことと、やりたいこと。
それがどこまで結実するだろうか。
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見えてきた。
竜族だ。
しかし、私とは違う。
彼らは理性を殆ど失ってしまっていることがその動きからもわかる。
はぐれ飛竜と呼ばれている彼らに私は会いに来た。
世界を見渡す度に、世界を見て歩く度に新しい感情に気がつく。
今もまた、初めての感情を認識している。
これは憐れみだ。
はぐれ飛竜たちに向けて咆哮を上げる。
私の言葉は届くまい。
自分のことを何もわからない私と、理性を失った飛竜にどれほどの差があるというのだろうか。
彼らの姿を見ると余計なことを考えてしまう。
はぐれ飛竜は牙を剥いて襲ってくるも、先程の砂の部族とは異なり、直情的な攻撃だ。
火竜に較べて飛竜の体は随分と動きやすい。
ひらりと攻撃を避け、足を使って飛竜の首を掴むとそのまま地面へと叩き落とす。
叩きつけられた衝撃でじたばたともがく飛竜を見てから、残る三匹を睨むように見た。
理性がない飛竜であっても、仲間がやられたことはわかるらしく、何も考えずに突き進んできたりはしない。
その三匹は私を包囲するように
████と鳴き、掛かってこいと呼びかける。
意図が伝わったのか、それともただ焦れただけなのかはわからないが一匹のはぐれ飛竜が戦いを挑んでくる。
牙を避け、爪を避け、ブレスを警戒するためにも風上を確保する。
飛竜がブレスを使いたがり、風上に移動しようとしたときを見計らい、鞭のようにしならせた尻尾を顔面にぶち当てる。
飛竜はぎぃぃと鳴き声ではなく、嗚咽のような音を立てながら砂漠の砂を巻き上げて落下した。
残り二匹。
飛竜の扱いはわかってきた。敵であっても、自分であっても。
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砂の部族がこちらへと走ってくる。
だが、その顔は闘志を持ったものではない。
しきりに後ろを気にしながら、明日への逃走といった感じでこちらへ向かってきている。
「砂の部族諸君、オレはアリティア聖王国が聖王レウス
えー、諸君らは我が領土を侵犯している
これ以上の侵入に対して断固たる──」
「た、頼む!オレ達の負けだ!」
武器を投げ捨て、手を組んで祈るような姿勢で命乞いをする。
「れ、レウスの旦那!頼む!殺すにしたって餌は嫌だ!!」
砂が舞い上がり始める。
部族の一人が振り向いては「ひい」と小さな悲鳴をあげる。
現れたのは飛竜だった。
威圧するように登場し、着地すると同時に人の姿へと戻った。
「どうしてだ、どうして、どう、どうやったんだ……!?」
錯乱する砂の部族だが、落命の危機から来るものではない。
ナギに付き従うかのように、五匹の飛竜が叫び声を上げて次々と着地する。
「どうしてはぐれ飛竜が従っているんだァ!?」
砂の部族は堪らずに叫ぶ。
彼らとはぐれ飛竜の関係性は複雑だ。
あるときは飛竜の餌であり、
あるときは砂漠に入り込んだよそ者を追い立てるために使う。
圧倒的な力を持つはぐれ飛竜は部族の者たちにとっては恐怖を根幹とした信仰にも似た感覚を持っていた。
その恐怖という信仰の対象は、
飛竜たちは人の姿にこそ戻らないが、主従の関わりが明確になっているかのような振る舞いを見せていた。