先遣隊は行軍速度に全ての重点を置いた編成となった。
四侠のアランと、彼の麾下である聖王国騎兵隊。
カダイン魔道学院は戦術科の肝いり新兵科である杖持つ騎兵、
そしてトレントを駆る聖王レウス。
先遣隊出発よりも前に事前に送っていた補給部隊と合流すると、アカネイア王国領での戦いの状況が鮮明化してきた。
「アラン、斥候の情報をどう見る?」
「攻略軍が全兵力を使ってアカネイアパレスに突き進もうとしているのは確かです
ただ、どうしても行軍速度は低下するでしょう
となれば、攻めが始まるのは明日以降かと」
「マケドニアの飛兵もいると思うが、ちょっかいは掛けてこないのか」
「ミネルバ王女が指揮するドラゴンナイツや白騎士団は素早く精強ではありますが、攻略軍にはジョルジュ殿がおられます」
「
「ええ、飛兵は強力な攻撃手ですが、それ以上に戦場を俯瞰する大切な目でもあります
撃ち落とされる算段が高い状態で攻めには使わないかと」
可能ならここで攻略軍を叩いてオレルアン連合の戦力を削りたい。
しかし、下手に叩きすぎると今度はアカネイア防衛軍との戦いに巻き込まれる。
今回の勝利条件はパレスの占領ではなく、あくまで連合軍の相手だ。
事前に聞いている話だけでもげんなりする。
ジョルジュとアストリアに関しては知識としてあるが、ミディアの強さはオレが知る限りではないらしい。
苛烈な性格をした女騎士ではあるが、それを許されるだけの武力を備えているんだとか。
てっきり
どこでどんな風に成長しているかなんてオレにはわからない。
少なくともここでのミディアは
「派手に攻めるのは怖いが……ううむ」
オレの対人戦に対する苦手意識は相変わらずではある。
そこに猛将と化したミディアなんて話を聞かされたら出たくもなくなるというものだ。
だが、避けて通れない相手になりそうではあるなら、望むべくは乱戦だ。
「オレたちもここで一泊しよう
翌日、相手が本格的に動く前に出立する」
「どのように動きます」
オレは地図上で動きを説明する。
アランは頭を抱えた。
「いつだったか、サムソン越しにシーマ様から承った言葉が思い出されます」
「なんだよ」
「聖王陛下は良くも悪くもアンリと同じだ、と」
────────────────────────
「……正気か、あやつら」
トムスが思わず口走った。
オレルアン軍が軍事演習の如くに隊を並べている。
パレスの城壁に向かい、隊を背にした3つの影が立っていた。
ジョルジュ
アストリア
ミディア
攻略軍の大将首が兵を盾にするでもなく立っている。
「よく聞け!アカネイア防衛軍よ!
我が名はジョルジュ、メニディ家のジョルジュである!
我らは諸君らを殺したいわけではない!
投降するのであれば寛大な処置をメニディの名において約束する!」
「ほざくなよ、ジョルジュ!
そのような心があるのならば何故城市に火を放つような真似をした!!」
何度かの衝突の際に攻略軍が撹乱のために火を放った。
混乱した戦場での報告は事実かはわからず、火自体も燃え広がることもなく消火には成功している。
今となってはその真相を確かめる術などないが、
例えそれが事故やアカネイア人同士に対する離間策だったとしても今までの彼らの言動もあって、ジョルジュの言葉を信じようとするものは誰もいなかった。
それでも、対話を求めるものはいる。
「では一つ伺おう、アカネイアの戦士よ!」
空から響く凛とした声。
武器や具足だけではない。
髪の毛や瞳に至るまで赤に染まった竜騎士。
マケドニアの空舞う戦姫、ミネルバの声であった。
「貴卿らの
「無論、ニーナ殿下だ!!」
ミディアが叫び返した。
「そのニーナ王女は戦場で立っている姿を見た者はいない!!
戦いの中に城や街を持つ主たちは誰もがその姿を戦場に晒している、
私もそうだ、各地を見ればアリティア聖王国の聖王の英雄譚は聞いた覚えはないか?
老齢のタリス王ですら武器を取り戦ったと噂はどうか!
武器を掲げず示せる大義がこのアカネイア大陸にあるというのか!
そんな弱腰でアカネイアはニーナ王女の物であるとどの口で言える!」
民草が王という立場に求める行き過ぎた英雄譚を求めるのは飢餓感のようですらある。
だが、それを果たしてこそのアカネイア大陸であり、
それを蛮族の習いなどと言うものは存在しない。
『平和な時代』の方がよほど夢物語である歴史がそうした思想を作り出してしまっている。
「ほざけ、ドルーアの犬に、いや、ドルーアの腹の下で這い回るトカゲどもにはわかるまい!!
ニーナ殿下のお姿を晒すまでもない戦いだという事だ!」
「では重ねて問おう!」
煽られようと顔色一つ、声音一つ変えない赤き王女。
ミネルバは生来の戦上手である。
言葉という矛は戦場で振るう鉄や鋼よりも力を発揮する場合があることを理解している。
それが刺し易ければ扱い、
逆に刺されて痛い腹があるか、刺し返され易いのであれば打ち切るべきである。
愚直なまでにアカネイア貴族、アカネイア騎士であるミディアとはとことん相性が良いこともミネルバは理解していた。
「ニーナ王女が連合の盟主と認めていたハーディン将軍の麾下が自領で強引な徴発を行なった挙句、現地のものに手痛い反撃をうけ、それが元で街を滅ぼした
そんな唄を吟遊詩人から聞いた
そのような軍こそがアカネイア軍の誉れだとでもいうのか!
盟主が自領を焼くようなものに対して、
燃えては消えた街ではあるが、そこに居たものを全て灰にできたわけではない。
狼騎士団は生きて戻っている。
誰かがそれを報告したなら漏れ出てしまうのは必然だ。
戸が立たぬなら、それは伝わり、やがては吟遊詩人の商売道具へと早変わりする。
その渦中にいたのが『今様のアンリ』とまで呼ばれる聖王レウスであるなら、春に吹く風よりも早く吟遊詩人たちに伝わっていく。
「であればやはり、貴卿……いや、貴軍に大義などありはしない!
貴軍は侵略者であり、自らの故国に火を付けて回る悪逆も納得できるというものだ!
悪逆にこれ以上加担できないと心に一片でも思える篤実な者はいるか!
いるのであればこの戦場から離れるべきだろう
その名誉をこれ以上穢す必要はないッ!」
「ぬ、ぬ……抜かせ!田舎武者!!」
ミディアが槍を振るい、馬の腹を蹴った。
「突撃せよ!!
我らが殿下を侮辱したパレスの凌辱者に鉄槌を与えるのだッ!!」