「ミディア様はどこへ?」
「あのお方のことだ、大将首にまっしぐらだろう」
「よし、我々も」
城市で相談をしているのは騎兵。
ミディア麾下の騎士たちである。
だが、彼らの行動が完了することはなかった。
彼らの頭上、家屋の屋根に
赤霊、或いは聖王レウス。
彼が狭間の地で娯楽にしていたことがある。
それは高所から落下しながら武器を敵に叩きつけることだ。
彼は狂っていた。過去形としてではある。
だが、正気に戻っても真人間に戻るわけでもない。
久々に趣味に興じることができるポイントを見つけ、邪悪な笑みを漏らしそうになりながら、
グレートソードを構えるのであった。
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「よし、我々も」
ぱぁん。
水を含んだ破裂音が爽快に響く。
これこれ。
こいつは狭間の地でもアカネイアでも変わらないな。
オレは屋根から自由落下しつつ、グレートソードを騎兵に叩きつけた。
眼の前で破裂した仲間を見てぽかんとしている騎士たち。
「いかんよ君たち、狭間の地の兵士だったら即抜刀即斬撃だったぜ」
オレはグレートソードを乱暴に横薙ぎにする。
騎兵達は反応する暇もなく、馬ともども真っ二つにされた。
「城下町っつー動きにくいフィールドでいの一番に騎兵を突っ込ませるとはな……」
ナバールの傀儡を失ったのは痛手だった。
そろそろ何とかして新しい傀儡を手に入れないとな。
できれば強力な歩兵が欲しいんだが、ないものねだりはしたところで……。
大道を走る騎兵の姿を見る。
長い時間生き延びれるかは怪しいが、それでも連中に対しての特攻武器を持っているコイツに頼るのが早いか。
オレは
「オレとお前らでレースだ、どっちが多く敵兵をぶっ殺せるかのな」
自我のない傀儡だが、まるでオレの遊びを理解したかのようにベンソンとハイマンは大道を走っていく。
オレもまた飛び跳ねて屋根へと上り、次の獲物を探して疾駆した。
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「どの程度落とすことができたか」
アランの質問に対して副官は「一割と少しでしょうか」と返す。
「悪くない戦果だが」
しかし、アランが出立前にホルスタットや四侠たちによる内々の軍議とは違う状況になっていることには困っていた。
足の早い騎兵を使ったのは市街戦になる可能性は少ないと考えていたからだ。
パレスを攻めるのはあくまで未来で行うべき計画段階に過ぎない。
目下の目的はアカネイア攻略軍を可能な限り痛手を負わせた状態で追い返すこと、可能なら将軍級を倒せるならそれに越したことはない。
「それにしてもまさか最前線に将軍格がそれぞれ立つとは……」
「その後に単騎駆ですから、胆力の塊としか言いようがありませんな」
「噂でしか聞いたことはないがミディア殿は社交界で静かに咲いた花と言われるような可憐な人物だと聞いていたが……」
「噂は噂、そういうことでしょうな」
ただ話しているわけではない。散っていった敵兵を把握し、次の手を考えている。
存外、アランという男は押し黙って考えるタイプではなく、何か別のことを話しながらの方が思考が纏まるのであった。
かつて村の守護者をしていたアランの時代から付き従う副官はそれを知っているからこそ雑談に付き合っていた。
「アラン将軍、城門守護のアカネイア武将を発見しました」
「こちらへの態度は?」
「特に何も見せておりません、仲間が死にかけていてそれどころではないようです」
「まずはそちらへ向かおう」
副官には城門付近の調査と警戒を任せ、アランはそちらと走る。
よほどの激戦であったのだろう。
そこかしこに攻略軍と防衛軍の亡骸が転がっている。
報告を受けた武将は少し暗めの緑の鎧を纏った装甲兵と、やや明るい紫紅の鎧を纏った装甲兵の二人。
今にも死にそうなのは紫紅の装甲兵の方だ。
「ミシェラン!わしを一人にするな!我らは二人で一人!それでようやく無敵の壁足り得るのだろうが!」
もはや意識も殆どないのか、ミシェランと呼ばれた男が返事をする様子はない。
「まだ息があるのか」
「ええ、いかがしますか?」
「……
お言葉ですが、彼は敵将ですよと言いたげなロッドナイトであったが、言葉にはしなかった。
軍人として、指揮者の命令は絶対である。
それが人道的な行いならば文句のつけようもない。
数名のロッドナイトたちは杖を掲げ、装甲騎士を癒やす。
その様子に驚いたトムスはアランを仰ぐ見るようにして質問した。
「聖王国の騎士団、なぜわしらを癒やした?
我らは誇りあるアカネイアの騎士だ、恩を着て貴様らに味方することなど」
「ああ、そんなことは期待していないさ
輩の死を前に、心が死にそうになっている騎士を放っておく──
そのような行いは我が聖王国騎士の士道に反する」
「だから助けたと言うのか」
「ああ、そうだ
それが聖王国の騎士、最も新しきアカネイア大陸の騎士の形だと私は考えている」
「わしらが聞いている聖王国は聖王の戦場での暴虐ぶりだけだ
まるでその不名誉をお前たちの名誉で埋めようとしているようにも感じる」
「ふ……そうかも知れん
聖王陛下はたしかに粗暴で女好き、王としての誉れを語るのは難しいが……あれほどまで『人間らしい王』を私は知らん
だからこそ名誉を捧げる甲斐もあるのだ」
トムスとミシェランはその言葉に苦笑する。
「もはやこの戦場ではお前と戦えそうにないわい
わしらは一度主城に戻り、そこの守りを固める
騎兵ばかりの編成を見るにお前達の狙いは我らではなく攻略軍の方なのだろう」
「ご明察の通りだ」
「であれば、敵ではない
敵ではないなら武器を向ける事もできまいさ」
それは友情と呼ぶにはあまりにも薄氷のようなもの。
だが、トムス、ミシェラン、アランはこのいっときの友情に安らぎを覚えていた。