空からの報告を受けて、オレたちも北へと向かう。
シーダだけを先行させる手がないでもないが、弓兵が確認された時点でリスクを犯すことはできなくなった。
アーマーナイトでもいれば随伴させて陸路を塞ぎ、弓兵をシーダで確実に処理するなんかの手もあろうが、
残念ながら我が陣容にそのような者はいない。
進んでいくと、森を抜けてきたシスターが見える。
赤毛の女性だ。
目的のレナであるのは間違いないが……ジュリアンの姿がない。
「シスター、大丈夫か」
「はあ……はぁ……、あ、あなたは?」
「レウス、
「騎士様、お願いです……あの森に私の友人が山賊の足止めをしているのです
どうか、どうか彼の命をお救いください」
ジュリアンが足止めを?
おいおい……なんで一緒に逃げてこない?
「承知した、シスター
シーダ、彼女を守っていてくれ」
「シーダ……?」
その名に覚えがあるらしく、レナは少しだけ驚いたような表情を見せるも、その後の事をオレは知らない。
急ぎジュリアンを助けに行かねば。
ここでアイツに何かあったら本格的に人手が足りなくなる。
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森を走る。
こういう暗い森ってのはどうにも苦手だ。
夜の騎兵とばったりと出くわしそうだってのが大きい。
それ以上にトラウマがあるとするなら大木だったと思ったらクマだったことだろうか。
とにかく、森には良い思い出がない。
だが、夜の騎兵やクマには出会わなかった。
代わりに登場したのは山賊たちであった。
サムシアン。
サムスーフの悪魔とまで呼ばれた残虐な連中だと言われている。
が、だからといって恐れる理由もない。
恐ろしさ満載の通り名を持っていたところで、ルーンベアよりも強いはずもないからだ。
「よお、お兄さんがた
この辺りで青年を見かけなかったか?
赤毛の……こう、抜け目のなさそうな奴なんだが」
「ああ?ジュリアンのことか?」
「そうだ、待ち合わせしてたんだが全然姿を表さなくてさあ」
「この辺りは迷いやすいからなあ、オレたちが案内してやるよ」
気安い感じで近づいてくるサムシアンたち。
オレも「いやあ、助かる助かる」といった具合に近づく。
「地獄への案内だがなあ!!」
サムシアンの一人が鉄の斧を抜き打ちするように振るう。
なるほど、凶悪な山賊と言われるだけあってそこらの兵士とは比べ物にならない筋力だ。
だが、オレものほほんとしているわけでもない。
神肌縫いで斧を弾くと、返し手で額、胸を刺突する。
振り返りざまに一歩引いての連続突き。
白銀の突剣を振り払うようにした瞬間にサムシアンたちの体からほぼ同時に血しぶきが上がる。
一撃で殺せる範囲だ。
まだ、単独行動でも危険水域ではないことが理解できた。
オレは森の奥へと歩を進める。
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「……クソッ」
オレは誰もいない森の中で悪態を吐く。
そこには蹂躙されたジュリアンの亡骸が転がっていたからだ。
なぜかを考え、答えはすぐにわかった。
オレが『マルス』ではなく、『アリティア軍』でもないからだ。
軍でなければサムシアンたちが警戒する理由がない。
警戒しなければ話題にはならない。
本来であればジュリアンたちはアリティア軍を頼って南下しようと発言している。
だが、寄る辺がなくなれば彼らは逃げ出したはいいがゴールの設定ができなくなる。
そうして行き先を迷った結果、サムシアンに追いつかれたわけだ。
軍ではない影響が遂に目に見える形で現れた。
だが、今はそれを悔いても仕方がない。
ジュリアンの亡骸が綺麗であればよかったが、この状態の彼をレナに見せるのは酷だ。
木の洞に彼の亡骸を隠し、そこらの草木で洞そのものを隠蔽する。
彼が握っていた剣で何があったかをレナに説明することにしよう。
オレは森から出て、シーダたちの元へと戻った。
気は重いが説明責任を果たそう。
「シスター、彼は……」
鉄の剣を見せる。
レナはそれで全てを察したのか、頽れて、肩を震わせて泣き始める。
私が我が儘を言わなければ、私が大切な杖を二つとも失わなければ……。
小さな声で自らの行いを悔いている。
そうだ、彼女はワープの杖も持っていたはずだ。
それも見当たらない。
ただ、今聞ける雰囲気でもない。
「彼はサムシアンに殺されたようだったが……」
「サムシアンに雇われた剣士にジュリアンは立ち向かったのです……私を逃がすために……」
ああ、クソ。
なんてこった。
ナバールか。
シーダに説得させれば味方に引き込めるからと甘く考えていた。
ジュリアンを殺したのがナバールであれば、ナバールを引き込んでしまうとレナが同道してくれるとは思えない。
いや、同道してくれたとしても、そうした関係を取りまとめるだけの才腕はオレにはない。
結局のところマルス率いるアリティア軍が多国籍化しても問題が出なかったのはマルスが絶対的なカリスマ性を持っていたからだ。
無い袖は触れない。
そうなれば二者択一となる。
レナか、
ナバールか、だ。
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「お頭ァ!何人か戻って来てねえって報告が上がってます!」
「あ?ジュリアンに殺されたってことか?」
「まさか、ジュリアンに取られるほどナマってねえッスよ」
「じゃあ何が起こったってんだ?
ま、何が起こったって構やしねえか。
ナバールに向かわせろ!渋るようなら金を追加してやれ!」
サムシアンたちの頭目、ハイマン。
無論、腕は立つ。サムシアン随一の斧使いである。
だが、それだけではない。
この男の恐ろしさは人使いの上手さであった。
用兵術というわけではない。
誰を、どのタイミングで動かせば効率的かを判断する能力。
そして動かすためには何が求められるかの判断の上手さ。
将来的に必要になりそうな人材確保の上手さ。
ナバールがサムシアンに雇われているのはハイマンのその手腕あってのものと言えるだろう。
(ジュリアンを追った連中は四……五人だろう
それを返り討ちにできるような奴がここらにいたってことか?
……だとしたら、ナバールの野郎でもちょっとばかりマズいかもしれねえな)
ハイマンはさらさらと手紙をしたため、それを部下に渡す。
「おい、早馬を飛ばしてこいつを連中の駐屯基地に届けてくれ」
「へい!」
部下が早足で去っていく。
「ベンソンよぉ、今日みたいな時のためにお前にも甘い汁を吸わせてやってんだ
存分に手伝ってもらうぜえ……」
にたりと笑う。
彼らがサムスーフの悪魔と呼ばれる理由はその残虐さからではない。
残虐な手段を考えたときの笑顔こそが、悪魔そのものに見えたから名付けられたのだ。