エルデンエムブレム   作:yononaka

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アストリア

 アストリアを逃しちまったのは手痛かったかもしれない。

 仮にここでミディアを殺せたとして、アストリアは復讐鬼になってオレを狙うことになる。

 復讐心ってのは恐ろしいもんだ、オレ自身がそれを持っているからよくわかる。

 逆にミディアを殺せなかったとしたなら、オレと戦った人間が二人いるオレルアン連合と戦う必要が出てくる。

 オレは達人でもなんでもない。

 対策をバチバチにされるともう勝機はかなり薄くなる。それこそほぼゼロだ。

 オレが今まで順当に勝っているように見えるのは全て『わからん殺し』が決まっているからに過ぎない。

 

 どちらの方がマシかを考えれば、二人より一人のほうが当然やりやすいだろう。

 ではミディアを殺すかと言われれば、次の問題になってくる。

 

 ミネルバだ。

 極めて単純に分が悪い。武器相性で考えれば小回りの聞く剣は斧に強い。

 こちらが不利なのは滞空できる相手ということだ。

 空を舞うやつを叩き落とせるだけの技は今の手元にはない。

 それ以上に問題なのは彼女が敵であるかどうかの確定がオレの中でできていない。

 原作じゃ彼女の妹であるマリアが人質になっていたから仕方なく戦っていたはずではあるが、もはやその知識は役に立つまい。

 何かしらの説得材料でもあればミネルバを味方に付けることもできるかもしれないが、

 その材料はまるで持ち合わせていない。

 

 一方でミネルバもまた攻めあぐねている様子だ。

 見たこともない戦術を持つオレと、明らかに本来の騎兵が持つであろう平均スペックから外れている猪武者。

 

 この静寂を打ち破るのは当然、ミディアであった。

 馬の腹を蹴り、ぱあんと跳躍させる。

 対空状態のドラゴンナイトの翼の付け根を狙って槍を叩きつける。

 そのままであれば切り落としかねない一撃だが、オートクレールによるブロックに入るも、力で押し負け、騎乗竜がバランスを崩してその高度を落としていく。

 

 勿論、オレもそれに乗じる。

 狙うはミディア。

 輝剣の円陣を発動し、振るい終わりを狙って放つ。

 それと同時に獣人の曲刀を鋼の槍を持つ手に合わせた。

 利き手を失うか、武器を失うか。

 選ぶ権利などない二択だ。

 ミディアは鋼の槍を捨てるが、この女騎士はただのイノシシではない。戦闘知性(バトルIQ)がずば抜けて高いのである。

 即時判断で鋼の槍をオレに投げつける。

 

 ミディアは輝剣の円陣を背に受け、オレは鋼の槍で打撲し、ミネルバは竜の飛行高度を失った。

 

 オレは鋼の槍を更に遠くへ蹴り飛ばしながら、ダガーをしまって曲刀と小盾に構えなおす。

 

「さあて、次はどうしたもんかね」

「……ふん、弱腰だな」

「慎重と言ってほしいね」

 

 ────────────────────────

 

 アストリアたちは何とかアカネイアの都市から脱出することができた。

 敵の影がないことを確認した兵士の一人がきずぐすりを取り出し、アストリアへ飲ませる。

 彼はかなり弱っているものの、致命傷は受けていない。

 きずぐすりが効いたのか喋る力だけが取り戻されたようだ。

 

「……迷惑をかけているな」

「アストリア様は普段我々を守ってくださっていますから、その恩返しをしているだけです」

 

 そういって護衛たちは手にあるもので何とか応急処置を済ませる。

 

「馬車があれば……いや、戸板があればアストリア様を運べるはずだ、戸板を」

「ははは、いや、気持ちだけもらっておく

 そんな格好悪い真似をしてみろ、お前たちも愛想を尽かすだろう

 走るのは流石に無理でも歩いて安全圏まで行くくらいの体力はある」

「アストリア様……」

 

 護衛達はアストリアの気力を信じ、道を進む。

 事前の話し合いで夕方を過ぎれば撤退になるはず。

 そのルートも決まっている、運が良ければミディア隊かジョルジュ隊と合流できるはずだ。

 

 全員が敵に出会わないことを祈りながら、道を進む。

 

 それは突然だった。

 幾重にも重なった魔法陣が現れ、光とともに厳かな声の、長身の老人が現れたのだ。

 

「アカネイアの勇者、アストリアよ

 我が名はガトー

 神竜ナーガの徒であり、この大地に現れた災厄を止めるために力あるものを探す者である」

「ガトー……カダインにそんな名前の賢者がいると言う話は聞いたことがある

 大掛かりな魔法を使ってわざわざ半死半生の私に会いに来るとは、よほど困っているようだな」

「……人間よ、お前がその様子なのは、人間であるからであろう

 所詮その器では今の状態が関の山だということだ

 それでは我らアカネイアに根ざす者全てに関わる災厄を止めようもない」

「先程から口に出す災厄とは何を指している」

「お前をそのようにした男のことよ」

「聖王レウスか、確かに人品も戦力も災厄そのものかもな」

 

 小さく「ふ」と笑いながらアストリアが答える。

 

「お前はこのままでは勝てぬ、もしかしたならば道中に賊に襲われそこで終わりかもしれん

 だが、わしはそれらを跳ね除け、災厄の主レウスを倒し得る力を与えることができる」

 

 そういうとガトーはアストリアの前に二つの光を呼び出す。

 

「触れるがいい、そこにお前が望むものがある」

「……」

 

 力無く一歩歩き、光に手を差し込む。

 引き出すとそこから現れたのは剣であった。

 

「……ファルシオンだと?」

「それはわしなりに作ったファルシオンの模造、しかしそれこそはお前に力を与え──」

 

 がん、からん、と音が響く。

 擬剣ファルシオンが無造作に投げ捨てられ、岩場に転がった。

 

「つまらん男だ、ガトー

 神竜の徒だかなんだか知らんが、このアカネイア大陸は貴様の所持物ではない

 そして私やこの国の人々もまた貴様の人形でもない」

 

 腰からメリクルソードを抜く。

 その立ち姿はとてもではないが、剣を振るえるような姿ではない。

 それでもアストリアは構えを取った。

 

「神竜ナーガだろうが、その徒だろうが、貴様たち神如きが我ら人間の戦いに口を出すことなど許されん

 貴様が災厄と呼び、憎しみをレウスに向ける理由はわからぬ

 だが神が我らに何をしてくれたというのだ

 気に食わないものが出てきたから排除させるためにおっとり刀で現れた貴様たちを信用しろなどと」

 

 力は入らない。

 だが、アストリアの剣には尋常ならざるほどの集中力が込められている。

 

「馬鹿にするなよ、神話の怪物ども」

「人間如きが神竜ナーガを侮辱するか……愚物めが」

 

 明らかな怒りを発するも、すぐにそれを抑え込むガトー。

 

「……後悔するがよい、お前たちではアリティア聖王国は止めることなどできぬ

 ミロア亡きアカネイア王国が、神竜ナーガの愛を忘れた蒙昧な者たちの群れである事をよく理解できた」

 

 魔法陣が再び複雑に絡み合う。

 その次の瞬間にはガトーとファルシオン、そして残された光もその場から消えた。

 

「……先を急ぐぞ

 だが、警戒は緩めるな

 あの老人が何を言おうと関係はないが、聖王国などとふざけた名前を名乗る連中に裁きを与えるのは我らアカネイアの武人の成さねばならぬことだ」

 

 アストリアは一度も振り返らずその場を進んだ。

 神が何をしてくれたというのだ。

 本当に神が、神竜が我らを愛しているというのならば、なぜアカネイアに我らが望む偉大な王を遣わさなかったのだ。

 偉大なる、力ある英雄王を。

 

「……ふ、どうにも血が足りんようだな」

 

 その姿を思い浮かべたとき、現れたのが自分を切り裂いたレウスであったのに自嘲し、

 アストリアは先を急いだ。

 先程まで薄れていた気力が、馬鹿げた考えのお陰で取り戻すことができた。

 

 急ぎオレルアンへと戻らねばならない。

 次の戦いに備えるために。


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