何事かを理解できなかった。
竜が取られたのは理解できた、その顔から槍が突き出ていたからだ。
浮遊感を覚えた。落下している。
下には川が流れているがあの急流だ、今の私の体力では溺れ死ぬだろう。
悔いのない人生であったかと言われれば悔いばかりの人生だったとしか言いようがない。
それがどこから始まったかもわからないほどに。
だが、その悔いから死によって解放されるのだと思うと、少しだけ気が楽になった気がした。
──何かが私を掴んだ。
『何か』を理解するのに少し遅れたが、それは聖王レウス。
なぜ彼が?
落下から何かできる見込みでもあるのかと思ったが、私を抱きかかえた状態で落下していった。
彼のお陰で着水の衝撃は緩和され、急流に飲まれても上手く浮かせてくれたお陰で溺死からは免れた。
次の問題は彼自身だ。
急流が途切れるまでにはかなりの時間が必要で、その間に彼もまた体力を使い果たしてしまったのだ。
溺れはじめた彼を今度は私が何とかサポートする。
いつ上からとどめの手槍を投げられるかとも思っていたが、私が思うよりも急流の速度は早く、距離も長かったらせいか、追撃が飛んでくる事はなかった。
水の流れが少し緩やかになった辺りで、何とか着岸することができた。
完全に気を失っている聖王を引き上げるのには難儀したが、それも何とか成功した。
先まで殺し合っていた相手が自分の命を拾ってくれたのだ、彼を捨て置くのはマケドニア王族の名折れだと自身を鼓舞しながら。
これほどまでに苦労した理由は利き腕の矢傷だ。
傷のせいで力は出ないし、精密に動かせもしない。
結局のところ、彼が起きるまでの間……そう長い時間ではなかったがお互いに濡れた鎧で凍えそうになりながら待つことになったわけだ。
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目が覚めたとき、青ざめた顔のミネルバが最初に映った。
そりゃあビビったよ。
死んでるんじゃないかと思ったほどだ。
しかし濡れた服のままで申し訳ないと謝られたが、彼女もまた鎧を脱げずに凍えていたことがわかった。
急ぎ服を脱ぎ、或い片腕の自由が利かない彼女を脱がし、
……これはまるでアレだ。
火を
「しっかり布を噛んでいてくれ」
「……」
頷き、適当な布を噛むミネルバ。
オレは一気に矢を引き抜く。
噛み締めた布の奥から「ぎ……ぅ……」と悲鳴が漏れる。
オレは急いで『きずぐすり』を振りかけ、簡単にだが傷を縫い縛る。
暫くは痛みに俯いているが、それでも弱音を吐かないのは心の強さを理解するに十分なことだった。
その後は周りを集めて燃えそうなものを探した。
オレもミネルバもガタガタと震えながら。
枯れた枝やら、藻類やらを集めたあとが次の問題だった。
火を
それをやると死のルーンの力で何もかにもが灰になるんだから求めてる結果にゃならんのよ。
結局持っていた武器同士を打ち付けて起きる火花を乾燥した藻類に落とし、着火させた。
言ってしまえば簡単だよな……。
これも死ぬほど苦労したんだよ。マジで。
こんなことなら攻撃に使えるアイテムを狭間の地で大量生産しておくべきだったと後悔した。
このままだと死ぬかもしれないと思ったオレたちは
ちなみにこれはまったくロマンチックな意味じゃない。
本当にこれは死ぬなと思って、動物的というか本能的な意識で肌をすり合わせていた。
濡れ場?そんな余裕あるわけないんだよ……。
ようやくお互いの体温が上がってきた辺りで、流石にオレから離れる。
幾分冷静になったオレは荷物を漁る。
見つかったのはシャロン家で着ていた使用人用の制服だった。
数着分あったのは助かった。
ミネルバに渡して、オレも早速着用した。
まあ、それだけ懐の中身を整理してないってことでもあるんだが。
シャロンの所の使用人はまったく、誰も彼も気配りをしてくれていた。
こちらが頼んでも居ないのに服は全て洗って綺麗に畳んでくれるし。
今にして思えば使用人はオレのことをシャロンの情夫だと思いこんでいたからこそ世話をやいてくれていたんだろうか……まあ、終わったことだ。掘り返すまい。
鎧はさておき、毛皮の外套も乾燥させたり、懐を漁って出てきた『免疫の干し白肉』と『茹でエビ』
を二人で分けて食べた。
食いでがありそうな『勇者の肉塊』とかがありゃよかったんだが残念ながら手元に無し。
ミネルバはオレが懐から食べ物を出して、それが美味しく食べれる鮮度を保っている茹でエビだったりするのには驚いていた。
よく考えんでも不思議だが、今はそこには言及すまい。
狭間の地に感謝するだけだ。
不思議なのはこっちの世界の武器はしまえるが、食事のたぐいはしまえない。
狭間の地のメシのように何かしらの
外套だが、元よりそれなり以上に撥水なのか防水なのかはわからないが、水に強い性質だったらしく毛皮の外套はふわふわふかふかになった。
血が足りないのか、体力が完全に尽きたのか、半死人状態のミネルバを外套に包んで寝かせた。
オレは前も言ったかもしれないが、眠りまでのスパンがかなり長いので、今日は寝る必要も感じなかった。
とはいえ、ミネルバを置いて周辺の探索に行く気も起きなかった。
まるで捨てられた子犬というか、親に置いていかれた子供のような表情をするミネルバをそのままにしておける感じでもない。
鉄の女というか、武人というか、そんなイメージが先行していたせいで、その表情をされると心配になるが、腕に大穴開けられて、落下して、急流に飲まれつつ、助けに来たと思った男は溺れてて、その後は凍え死にかけて……まあ、精神的に弱るのも当然だ。
眠りこそしないが、火の番を続けるという名目で彼女が起きるまでの間は側にいることにした。