トレントに乗せようと思うも、流石に『まだ』オレの物になったわけじゃないしな。密着距離はな。
などと心で思う。
水脈での一件はカウントはしていない。アレは命の危機あってのことだからな。
それにしてもミネルバは確実にオレを誤解しているよなあ。
据え膳は余さず食うんだよなあ。
今がその状況じゃないだけで。
それにミネルバが手中に転がり込んでくれるのは、
オレの性状という意味とはまた別の側面から考えても大変助かる。
マケドニア支配後のプランに目処が付けられるかもしれない。
レナは探し出すのは確定だとしても、国を彼女に預けたくはない。
明らかに彼女は政治向きじゃないからだ。
単純なオレが持つ欲求部分以外で、まだ彼女に嫌われるには早いというのが実情ってだけだ。
まあ、その辺りをミネルバが理解するのはまだ先の話。
近くの街までそれほどの距離もなさそうなので徒歩で歩き、馬を一頭買い上げる。
値段は安くはないが、徒歩でちんたらと移動するわけにもいかないし、
馬車なんて足の遅い移動手段を取っている場合でもない。
馬に乗れるかを聞くと「王族の基礎教養だ」と返ってきた。
竜に乗れるんだから馬にも乗れるか、とは思っていたが、基礎教養か……。
馬を走らせ、何度か宿やら野宿やらで進む。
約束はあれど、オレも彼女も努めてそれまでの関係性を維持しようとする。
ギクシャクしている場合でもない。
それにオレはミネルバとの関係性が気に入っているのもある。
……まあ、この先で手を出したらそれも終わると考えると残念ではあるが。
聖王国に到着する。
まず最初にやるべきことはリーザとシーダに会うことだ。
安心させねばならない。
腹に子供を抱えているのだから。
ひとしきり三人での再会を祝った後に、
「えーと、そちらの方は?」
とリーザが質問する。
ミネルバはフードを目深に被っており、その姿は見えない。
王族の前であるのはわかっているので事前にオレから「ちょっと事情があって、あとで説明する」言っておいている。
つまりその『あと』が来たわけだ。
ミネルバはフードを下ろす。
赤い髪と瞳があらわになる、リーザは勿論、シーダもその姿が何者を示しているか理解できたようだ。
「マケドニア第一王女、ミネルバと申します
聖王国女王リーザ殿下、聖王国聖王后シーダ殿下の御前で顔を隠し、名乗らなかった非礼、どうかお許しください」
「我らは子を宿しているため、常の如き礼を取れないことを許されよ
私はアリティア聖王国、女王リーザ」
「聖王后シーダです」
「と、堅苦しい挨拶はこれくらいにしましょう、ミネルバ王女」
リーザがリラックスして頂戴と態度を軟化させる。
そうしてすぐにオレに顔を向けた。
「あなた、『また』なの?」
「レウス様……、『また』なんですね……」
「『また』って何だよ、『また』って」
リーザは会話を区切るようにしてから、
「ミネルバ王女、失礼な事を言うかもしれないけれど許してくださるかしら」
「ええ、何なりと」
「レウスが何か失礼な事をしていない?」
「失礼な事などと、私は彼に命を救われました」
ここでようやくミネルバと共に有ったことを説明する。
そうして、後半のやり取り……つまりは彼女の身柄に付いての約束の話が終わった。
「端女でも何でも、なんて仰ったの?」
「ええ」
「レウスにとってあなたの外見が好みだというのは理解されているのよね?」
「それに関して、謝罪のしようもありません
事実として何もやましい関係にはなっていませんが、
それでも泥棒猫のような真似をして約束を──」
「そんな事はいいのです、ミネルバ王女」
「あの、私達が心配しているのはですね、ミネルバ様……」
シーダが困ったような顔をしてから、それでも言うべきだろうと言葉を続けた。
「そこまでレウス様が執着なされるなら、その……」
おそらくシーダが言いたいのは妻に迎えられる覚悟はあるのか、なのだろうが、
ミネルバの解釈は違ったようだ。
「この身の全てをどうされようとも、レウス殿の物である以上、私に否やはありません」
『道具扱い』される事は承知している、と発言する。
我が妻二人も誤解に気がついているようだが、
シーダはどう言えばいいかわからず、
リーザはその状況を楽しんでいた。
実際にどうなるか決めてすらいないが、険悪にならないのであれば安心だ。
心の広いというべきか、オレの最大の理解者二名が彼女たちで大変ありがたい限りである。
この後も多少の歓談を交えたが、ミネルバも疲れもあるだろうということで解散となる。
ガーネフに選んでもらった杖使いを集め、ひとまずはミネルバの治療も進めることになった。
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オレはオレでアランに謝ったり、こっちの視点で何があったかの報告をしたりで忙しかった。
ミネルバも動けないわけでもないので立ち会ってもらう。
「お前らに言葉を着飾ってもなあ」
「着飾った事ってありましたっけ」
オレの言葉にノルンが返す。
「なかったっけ?」
「お味方に付かせていただいて以降は聞いたことはありませんなあ」
腹心たるホルスタットまでそう言って一同が笑う。
ひとしきり笑った後に
「ここにいるミネルバ王女のためにアカネイア・パレスを攻め、支配する
どちらにせよアカネイア攻めは既定路線ではあるが、オレにとっての理由ができた」
「王女のため、と?」
フレイがどういうことかを投げかけ、
「……いえ、やはり結構」
止めた。
「賢明ですね」
ノルンがフレイに言葉をかけた。
「ともかく、アカネイアを攻めるがその辺りの情報はミネルバが持っている
話してもらえるか?」
「無論だ、レウス」
(呼び捨てですよ)
(やはりそういうことでしょうな)
ノルンとホルスタットはひそひそと話している。
ミネルバには聞こえていないかもだが、オレには聞こえているんだよなあ……。
ともかくとして、ミネルバがもたらした情報はアカネイア・パレス攻略に対して非常に大きいものであった。
「アカネイア攻めですが、動員するものは決まっておいででしょうか」
アランの質問にオレは「まだ決めていない」と答える。
「であれば、もう一度参加させていただけないでしょうか
戦場での知己を得ました
もしかしたならば説得が通じるかも知れません」
何が有ったかの情報を聞いた上でオレは、或いはアランも、応じずとも少しでも力が減衰する可能性を考えている。
汚かろうと、戦いは勝つことが至上命題なのだ。
暫くの時間は掛かったが、陣容は決定した。
アランが率いる騎兵部隊、これは先遣隊で動員したのとほぼ同じだ。
通常の騎兵に加えて、医療騎兵が従軍する。
ナギと従わせた飛竜たち、飛竜は完全にナギの支配下にあるようで、
彼女の手によって躾まで終わっているという。
ミネルバには兵を付けるかどうかで少しばかりの問題は出たものの、
最終的にはホルスタットが新たに設立した
というのも、ミネルバもまた騎乗竜を失った状態であり、斧を使う以上はその戦いぶりに耐えられる馬を探すのが難しいため、彼女も歩兵として参加するためだ。
学院の仕事が終わったのか、ガーネフも途中参加し、彼までも参加したいと言い出した。
曰く、自分が目をかけた魔道兵が気になるのだと言う。
幾つかの研究中の魔道書の実地データも欲しい、つまりは戦いが欲しいということらしい。
ただ、自分は王城とリーザやシーダを守らねばならないため、エルレーンに軍を任せたいと言う。
勿論、実地データの回収も含めてだろう。
同じく途中から入ってきたエルレーンは嫌な顔を隠すこともなく、
しかし、
「レウス様のお目付け役も必要ですからね」
と同道することを決めた。
連合軍に背を衝かれるを警戒し、ホルスタットが軍を後ろから率いてその辺りを睨み上げる。
アラン、ナギ、エルレーン、そしてミネルバ。
アカネイア・パレス攻略の陣容はかのようして決定した。