今、ハイマンに退場されるのは具合が悪い。
オレルアン王国の南部を任されていたベンソンは手紙を読みながらも悩んでいる。
騎士を殺し続け、遂には同じ騎兵を殺すための特別部隊を率いることになったベンソンは、
ハーディン率いる騎兵部隊、狼騎士団を散々に打ち破った。
中核たるハーディンとその近衛部隊こそ取り逃がしたものの、報奨としてオレルアン南部の一時的な統治権を与えられていた。
ベンソンはそもそも騎士として身を立てたいわけではなかった。
長く長く続けられる飯の種が欲しかっただけ。
南部の統治で問題になっていたサムスーフ山の治安を解決した時にハイマンと出会い、蜜月が始まったのだ。
ベンソンは彼らを見逃す。
ハイマンは巻き上げた金品をベンソンに支払う。
ただ、ベンソンの誤算があったとするならハイマンの『人を扱う才能』だった。
約束の中に組み込まれていた「サムシアンの危機には介入し、サムシアンを救援する」ことである。
利益の長期的維持のためにという名目のそれであったが、
サムスーフは戦略的に価値の薄いところで騎士団が出向かねばならないことなどなかろうとして承認したのだ。
それが、現在のベンソンの懊悩に繋がっている。
誰が襲っているのかも書いていない、だが、早馬を出している以上は間違いなく危機であろうのがわかる。
もしもこれがどこぞの正規兵によるものであれば、ベンソンとハイマンの関係が露見することを示している。
「……騎士団に伝えろ、サムスーフ自警団が他国からの攻撃を受けていると連絡があった」
サムスーフ自警団、それがサムシアンに与えられた表の名前である。
「は!」
ベンソン麾下の兵士が敬礼の後に準備のために退室する。
「アリティアの王子は殺されたと聞いている
であれば、誰がここまで来る?
……いや、細かいことなどよい」
誰がどうあれ、このナイトキラーの前では紙切れ同然。
ベンソンは己の腕前と愛槍には過剰なほどに自信があった。
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オレルアン南部に駐屯していた騎士団は3つに分けられた。
元より計画されていた対ハーディンの包囲網を狭めるための部隊、
ベンソン自らが動かねばならないサムスーフ自警団への救援部隊、
そしてこの南部を守るための鎮護。
(まだ街の方にゃ魔道士がいるって話だけど、戦略的な空白地帯ってのにしちまっていいのかねえ)
赤毛の騎兵、マチスは状況を伝えられると心の中でそうぼやいた。
ハーディン包囲網は重要であろうが、万が一ここを失陥したならハーディンにとって唯一絶対の血路になりかねない。
城に籠もられでもしたなら、昼夜問わず狼騎士団が包囲を切り裂いては戻っての戦いを取られることになるはずだ。
(ハーディンが死んでないとわかれば反抗勢力ってのが集まってくるんじゃねえの?
そうすりゃそこを起点にしてやべえ状況が起こりかねないとは思うが……)
マチスは無気力な騎士という評価を与えられ、マケドニア軍部からも一般兵程度の扱いに留められている。
ベンソンからもその態度から麾下には含められず、包囲網への援軍に振り分けられていた。
(提言なんぞして、下手に危険な戦場に送られるなんてごめんだからな)
保護下からレナが消えた話を受けてから、マチスは無気力な態度を装い、危険から逃げ回っている。
たった一人残った肉親と再会するまで死ぬわけにはいかないのだ。